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02 非凡と平凡、事件と恫喝は屋上にて


 約束通り屋上を訪れた優斗が目にしたのは、正座をさせられている同級生と、その目の前で仁王立ちになっている二人の先輩の姿だった。


 扉を薄く開けて、様子をうかがっているだけの優斗に話の内容は聞き取れない。

 扉の隙間から入り込んでくる煙草の臭いが、ことの異常さを際立たせている。


 優斗が少し考えて、そっと扉を閉めようとした刹那、扉の隙間に足が差し入れられた。


「ようこそいらしてくださいました」


 香織はその美貌に笑みを浮かべながら、しかしそれに似合わぬ剛力でもって、今まさに閉じられんとした扉を蹴り開けた。

 予想だにせぬ『王子』の振る舞いに衝撃を受けた優斗は開いた口が塞がらない。彼はただ呆然と立ち尽くしていた。


「さぁどうぞお入りになって」


 優斗は有無を言わさぬ香織に手を引かれるまま、屋上に足を踏み入れた。

 ベンチが一つ置かれただけの殺風景な屋上に、学校一の美人と秀才と変人がいる。

 変人こと蘭はへらへらと笑いながら優斗に手を振り、秀才である神楽はため息を吐いてこめかみを押さえていた。


「……座れ」


 神楽がベンチを指さし、ぶっきらぼうに言う。


 優斗は椅子を勧められている。しかし彼はベンチを前に何かを戸惑っている。

 ベンチの前で正座をしている蘭のせいだ。優斗は救いを求めるように、出入り口の前にいる香織を見やり、目を剥いた。


 かの『王子』が煙草を吸っている。


 あまりの衝撃に声も出ないらしい優斗を見て、香織はニヒルに笑った。


「ご内密に。どうぞ?」


 香織のこれが脅しであることは明確で、優斗は目を逸らすことしかできない。

 優斗は慣れた様子で煙を吐く香織を見なかったことにして、これ以上ないほどぎこちなくベンチに腰掛けた。彼は閉じた膝の上で握りこぶしを震わせる。


「そんな緊張することないってー」

「お前が言うな」


 いまだ正座を続けている蘭の呑気な物言いに、神楽が呆れたように言葉を返す。

 神楽は柵にもたれかかると、ゆっくり口を開いた。


「疑問に答えてやる。言ってみろ」


 神楽の態度は不愛想極まりない。しかしその物言いは、有無を言わさぬ香織とは似て非なる、比較的柔らかな口調であった。


「いや、その、別に……」


 優斗の手の震えはおさまっている。しかし、彼に昨日の出来事の真相を尋ねる気力はもはや残っていなかった。優斗は俯いたきり、口を開かない。


 一同の無言が屋上を占拠した。


 少しの間をおいて、神楽は何かを決めたように一つ息をつく。そして彼は再び優斗に話しかけた。


「こういうものがある」


 神楽は優斗が顔を上げるのを確認して、手にしていたペットボトルのキャップを緩めた。


 自販機、コンビニ、どこにでもある、ただの水。それが突然、意思を持ったかのように、小さなボトルの中で蠢き、躍動し、飛び出した。宙に飛び出した水は、重力に従うことなく浮遊し、形を変え、滞空している。

 非現実的な光景に優斗は釘付けになっていた。


 ふと、神楽が腕をもたげる。途端、優斗の目の前を漂っていた水の塊は、見る見るうちに形を変え、誰もが一度は目にしたことのあるシルエットを宿した。


 左右に枝分かれした大きな角に、ひづめを持った細くしなやかな四本足。市販品の水から生まれた鹿は、泡沫の生を謳歌するかの如く宙を駆けまわった。

 陽光を受けた水滴はきらきらと輝き、時折光を反射しては小さな虹を生み出す。


「わぁ……!」


 幻想的な光景に、優斗の口から感嘆がこぼれ出る。

 まもなく鹿は屋上を一周し終えると、神楽が差し出したペットボトルに吸い込まれるようにして元の姿に還って行った。


「俺たちはこれを『異能』もしくは『獣の力』と呼んでいる」



 ・

 ・

 ・



 ヒトは弱い。鋭い牙も、強靭な爪も、堅牢な鱗も有さない。外皮は脆弱で、膂力さえも高が知れている。

 故にヒトは道具を生み出し、群れで行動し、知識の研鑽でもって生存競争をくぐり抜けてきた。


 やがて進化の一端として、己が身一つで生存を可能にする者が現れた。


 今日における、異能者である。


 彼らは獣にまつわる力をその身に宿していた。変身、支配、創造、操作。その形態は多岐にわたるとされている。


 獣を司る超常の力は、個の生存を可能にする――――はずだった。


 強大な力を持つ異能者は、群れの中で恐れられ、迫害され、ヒトによって命を奪われた。

 獣のごとく群れを離れて生きようとした異能者は、ヒトであるが故に孤独のうちに死に果てた。持って生まれた力をひた隠すことで、かろうじて生き延びた異能者もいた。


 ところが、文明の発達によって平均余命が伸び始めると、生存の為の力は徐々に失われた。

 集団の力を前に、異能者は淘汰と衰退の途を辿ったのだ。しかし、姿を消したかに思われた異能者は、今尚存在する。


 隔世遺伝、継承……先天か、後天か、原因は解明されていない。

 現代を生きる異能者は力を隠し、集団社会に溶け込む傍ら、各地に独自の集団を形成した。

 その一つが、陰理研究所。別名、異能調査研究保護施設。


 胡蝶蘭、陰理神楽、白井香織の三名は、この研究所に所属する異能者である。



 ・

 ・

 ・



「ここまで理解できたか?」


 神楽の問いかけに優斗はうんうんと首を振る。


「質問は?」


 優斗は悩むそぶりを見せ、そして気になっていたことを口にする。


「昨日の桜も、その異能なんですか?」

「俺たちも木を生やせる異能持ちは一人しか知らん」


 そうして一同の視線が蘭に向けられる。


「反省はしてるんだよなー」


 困ったように、けれどケロリと笑う蘭に反省の姿勢は見えない。長く重いため息が誰からともなくこぼれ出た。


「まぁ良いでしょう。能力を使用せねば死人が出かねなかったとのこと。本題はここからでしょう」


 香織が新しい煙草に手をつけながら言う。彼女は煙草に火をつけながら、話の続きを促すように神楽に視線を向ける。

 困ったように頭を掻く神楽は、参ったと言わんばかりにため息を吐いた。


「俺たちは今、先月起こった死体遺棄事件および、十三年前の殺人事件の犯人を追っている」

「えっ、警察は?」

「犯人は異能者だ。異能について世間一般に漏らすわけにいかない」

「はぁ……」


 酷く現実味のない話に、優斗は間の抜けた声しか返せない。


「俺たちはかれこれ一ヶ月近く犯人を追っているが、そこに昨日お前が居合わせた」

「そうですね?」


 容量を得ていないだろう優斗の返答に、神楽は再度、困ったように頭を掻きむしった。


「犯人に顔を見られた可能性がある」


 気まずそうな神楽の声に優斗は嫌な予感を覚える。

 優斗は恐る恐る、人差し指で自分自身を指さした。


「他に誰がいると?」


 冷ややかな香織の声が、優斗の嫌な予感を肯定する。


「選びなさい。事件解決まで研究所に留置されるか、私共の保護下で普段通りの生活を送るか」


 選択肢などあって無いようなものである。優斗が答えを言い出せずに戸惑っていると、蘭が勢いよく右腕を上げた。


「ちなみに警護は私がするよー!」


 優斗が誰の目にも明らかに嫌そうな顔をした。しかし蘭は気にする様子もなく、屈託のない笑顔を優斗に向けている。


「心配になるのはわかります。が、あれで腕は確かです」

「ねこーっ!!」


 香織が言い終わるか否かのところで蘭が突如立ち上がる。


 蘭が指さした先は、彼らがいる東校舎すぐ横の体育倉庫。その水色の屋根を、黒と赤茶の毛並みが特徴のサビ猫が歩いていた。


「ねーこちゃーん!」


 嬉々として言うなり蘭は柵に手をかけ飛び降りた。

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