七行詩 381.~400.
『七行詩』
381.
貴方が五秒で出した答えも 私には一時間を要し
貴方が二分で引き離す距離を
一日かけて 追いかけるような日々だった
今は背を向けたまま 止まった二人の時計を
私はもう一度動かしたい
ずっと一緒に居られなくても構わない
同じ場所から歩き出し ほんの時々 交わればいい
382.
夕立に ずぶ濡れになって考えた
なぜ貴方に借りた傘は こんなに小さかったのか
それは小さな貴方を いつも守ってきた傘であり
二人の間には 大きな違いがいくつもあった
鏡のようで 間違い探し
思い合っても 丈違いの服は着れない
私は貴方の傘となり 貴方を守れるのだろうか
383.
思えばいつも 私は嵐の中にいて
待ってくれ、と 呼び止めることはできても
自らの 感情の波に 足を取られ
岸辺にたどり着くことができず
伸ばした手は 貴方には遠く届かなかった
そんな私を 貴方は見てもいられずに
目をそらし 背を向けていってしまうのだ
384.
幸せは私に羽を与える
その羽で 一人舞い上がるのか
大事なものを 温めるために使うのか
幸せは私を試そうとする
二本の足を 地につけ生きるなら
二本の腕は 誰かのためにあっても良いのに
幸せは私に選ばせる この手を何に伸ばすのか
385.
貴方には見えないかもしれない
他の誰にも見えないかもしれない
私は今 大きな家を建てていて
貴方を呼び 案内する日を 待ち侘びている
家具の一つから 装飾まで 私が用意した部屋に
きっと音楽は絶えないでしょう
そこに二人を 住まわせる日を 待ち侘びている
386.
凍えるような 風が吹き抜けてしまうまで
空は早くから 春を迎える準備をしていた
水面がきらきらと光るので
向こうの河原へ 報せたいけれど
投げ入れる石のように 上手く跳んでは行けない
仕方がないので 橋を目指し
馬車を呼び止め 会いに行こうかと思います
387.
何を言っても 少しも大袈裟ではないけれど
言葉が作り物だとしたら
それは 誰かに贈る 誰かのために
宝石を磨くことであったり
貴方の生活に寄り添うため
家具に刺繍を施すことに 似ています
作り物には 人の手の温もりがこもるものです
388.
貴方が再び 人々の前に現れるとき
そこで私はまた間違えるでしょう
それは運命が 私に与えるものを間違えたから
世界で一番高く咲く花に
たくさんの人が手を伸ばすけれど
貴方がこぼす 花びらの一つを
拾うまで 私はこの腕を下ろせないのです
389.
人の優しさは数あれど
特別というものを知ってしまったら
優しさより 欲しくなるもので
幸せより 尊いものを追い続けた
貴方ではなく 自分のために
私はいつか 貴方につり合う人になりたい
そこに貴方が居ても 居なくても
390.
時計が私に教えることは
今夜眠りにつくまでに
どれほどの時間が残されているか
春が私に教えることは
あの日から 暦は何周巡ったのか
私は急ぎ 次に髪を切る頃までに
貴方に知らせたいことがあります
391.
貴方がくれた言葉たちは
私の大切な音楽であり
貴方に返す音楽は
私の言葉となるでしょう
舌足らずに 伝わらなかった感情が
ずっと言葉になりたがっていたのが
ある日 私には聞こえたのです
392.
貴方を胸に 筆を持つとき
目の前に ちらつく光は何なのか
探りながら 私は夜通し書き続ける
眠らず朝まで語らうように
子どもたちは 五線の中を駆け回り
出会っては離れ 浮かび上がるハーモニーが
寂しさなどは感じさせず 立派に鳴り響くので
393.
ポリフォニー音楽と 呼ばれるものが栄えた頃
私たちは出会っていたのでしょうか
それは 歩むリズムや 辿る道筋は違っても
同時に存在することで 一つの響きを取るのです
寄り添うだけでは 得られぬ言葉や感情が
終わりに向かい 一つの足跡になる瞬間を
待ち望み 異なる歩みを 続けるのです
394.
今の私には 世界は広く 命は長く
身体に巡る神経が 私に疲れを伝えますが
この世界には 貴方が居ると
知れたことだけで幸せです
それだけで 私がこの先 何を失くしても
負けずに生きてゆけるでしょう
心に貴方を 失くさぬかぎり
395.
私は今 できる限りの準備をして
避けようのない 嵐に向かうような心持ちです
けれどもし 成し遂げることができたなら
これを宛てた 貴方こそが
私の生きる支えとなるでしょう
私はまだまだ頑張れる
すり減らし残る 最後の一屑まで
396.
あの日から 年を取ることのない貴方を
この先増えることのない写真を
見つめて思う どうせなら仲直りをして
お別れを もう一度やり直したいと
その写真は ぐしゃぐしゃに丸めてはならない
いつまでも綺麗なままで
私は 守ってゆかねばならないのです
397.
「私には貴方しかいない」と
まるで私以外の全てから
ここまで逃げてきたように言うけれど
帰る場所もなく 進み続けるだけの旅路も
逃げ続けることと同じでしょうか
ならば 二人はどこまで逃げきれるのか
手を取り 確かめてみましょうか
398.
荷物を持たない 私はいつも身軽だった
手放した分だけのものが
いつか戻るわけでもないのに
空になった手は孤独で
自らの腕にしがみつくように
自らの腕にもたれるように
歩いては 時々空に伸ばしている
399.
塔は傾いでも その存在を誇示するように
私は真っ直ぐ歩けないときも
倒れずに 夏の嵐を受けましょう
若さという 表層もやがて 剥がれ落ち
醜さは 忘れ去られた場所で なお在り続く
それで良いのです 私が求めるのは 幸せではなく
身を捧げるべき 試練なのですから
400.
出会いという 一つの願いは 二つに分かれ
別々に育ってきたのです
いつか同じ場所に戻るまで
互いの両手は 持ち帰るものを探している
それが 互いの姿となったとき
二つの旅は 終わるのでしょうか
無事に一つに 戻れるのでしょうか