表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

4.

 

「レロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロ」


 ルルは冒険者ギルド玄関前で、いつもの日課である、舌をグルグル回す運動をしている。

 やはり、犬の舌は人間の舌とは違う為、滑舌を良くする為のトレーニングが必要なのだ。


「またアホ犬が何かやってるぜ!」

「兄ちゃん達は頭が良いのに、末っ子のアイツだけは、いつも変な事ばかりやってるな」

 冒険者ギルドに依頼を探しにやって来た冒険者二人組が、玄関先でおかしな行動をしていルルを見て唖然としている。


 俺は本当は頭が良いんだよ!

 なんたって、超難関フライヤー王国学園始まって以来の天才だと言われていたんだからな!

 この見た感じ、アホな娘にしか見えない舌の運動だって、人間の言葉が喋れるようになる為の練習なんだよ!

 フン! 俺がいつか流暢な人間の言葉を喋れるようになった時、自分の無知に気付くのはお前らなのだ!

 と、ルルは心の中で思いながら、レロレロレロ運動をひたすら続ける。


「レロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレ……レレレノレ……」


「ワッハッハッハ! 見ろよ!

 またあのアホ犬、舌をつってるぜ!」

「何で、あのアホ犬は、毎日毎日同じ失敗をするんだ?

 あんなに舌をグルグル回したら、誰だってつるだろ」

「犬だからじゃないのか?

 犬の記憶力は10秒持たないとか言うしな」


 冒険者達がルルのおバカ行動を見て、またゲラゲラ笑っている。


 糞……バカにしやがって。

 俺だって舌をグルグル回せば、つる事ぐらい分かってるんだよ!

 敢えて、限界までやってるんだ!

 死ぬ気で努力をしないと、犬の骨格では人間の言葉なんて喋れないんだよ!

 と、ルルは心の中で思う。


「あのアホ犬のアニキ達は、お手もお座りも直ぐに覚えて頭が良いのに、何で同じ兄弟なのに、こんなに違うんだろな?」


「もしかしたらお手ぐらい出来るようになってるかもしれないぞ! ほれ、お手!」

 冒険者は、ルルに向かって手を差し出す。

 ルルは、差し出された手を無視して、ぷいっとそっぽを向く。

『誰がお手なんかするか!

 俺の事をアホアホ言ってる奴に、お手なんかする訳ないだろ!』

 こんなアホなんかほっといて、次の練習練習!


 ルルは仕切り直し、発声練習を始める。


「ナオン! ナオン! ナオン! ナオン!」


 ルルは、まだスラスラと言葉は喋れないが、一瞬ならどんな言葉でも発する事ができるようになっていた。

 但し、吠えながらでないと発音ができないので、『ナ』と、言おうとしているのだが『ナオン!』になってしまうのだ。


「ナオン! って何だよ! 本当に変わった犬だな……

 まあ、それが可愛いんだけどな」

 俺の事をアホアホ言ってた冒険者が突然デレ出した。


 どうやらこの冒険者は、実は俺の事が好きだったらしい。

 俺が、どんなにおバカな行動をしようとも、俺から発せられるプリティー光線に当てられれば、思わず誰でもデレデレになってしまうのだ。

 自分で言うのもなんだが、俺は兄弟の中で一番可愛いのだ。


 ーーー


 それから2年後。


 ルルは町のみんなが寝静まった真夜中、町中央にある冒険者ギルドから誰にも気付かれない様に抜け出し、夜道をトコトコ歩いている。


 暫くすると、ルルは足を止めた。

 ルルの前に、5メートルの高さはある壁が現れたのだ。


 ルルの住んでる町は、2年で大分様変わりし、現在は立派な城壁都市になっている。

 元々は、魔王城に攻め込む為に、魔国に作った簡易的な拠点の町だったのだが、魔王の脅威が無くなった現在は、魔国でしかゲットできないレアな素材を求めて、高ランクの冒険者がたくさん集まってきている。

 それに伴い、お金をたんまり溜め込んでいる冒険者を狙って、商売人や一攫千金を狙った人達が集まりだし、どんどん町が発展していったという訳だ。


 因みに、この町は現在、『セドリック』と呼ばれてるらしい。

 なんでも、魔王を倒した勇者様の名前からとったという事だ。


 そう、『セドリック』とは、まだ人間だった時の俺を、卑怯にも背後から刺し殺した公爵家嫡子、ヤリル·セドリックからとった名前なのだ。


 そして、元々勇者だった俺の扱いはと言うと、勇者ヤリルと聖女セシリーが決死の覚悟で魔王と戦っている最中、絶大な力を持つ魔王の攻撃に恐れおののき、あろう事か敵前逃亡し、挙句に背中を刺されて絶命した、腰抜け勇者という扱いらしい。

 ヤリルとビッチ性女が考えそうな話だ。


 大方、性女が勇者と結婚するのは既定路線だった為、俺を貶める事でヤリルを勇者に仕立て上げ、自分達の都合の良い解釈をしたのであろう。

 まあ、そんな事、俺は気にもしないのだが。


 俺は高い壁を見上げながら呪文を唱える。

【オールアップ】!


 俺は2年の修行の成果で、人間の言葉は勿論、それより発音の難しい魔法で使うルーン文字まで唱える事ができるようになっている。


 魔法の発動方法は、基本、長ったらしいルーン文字を唱えなければならない。

 正しいルーン文字を唱えたとしても、その魔法の属性の適性がなければ、魔法は発動しないのだが、それは取り敢えず置いておく。


 しかし実践では、その長ったらしいルーン文字を唱える時間が命とりだ。

 魔物は魔法を待ってはくれない。

 その為、殆どの魔法使いはショートカットを用いる。


 たった一度でも、長ったらしいルーン文字を唱えて魔法を発動する事ができたならば、その魔法はいちいちルーン文字を唱えなくても、適当な言葉と紐付けする事により簡単に発動する事が出来るようになるのだ。


 今回使った【オールアップ】は、全ての身体能力を上げる魔法だ。


 俺は基本、可愛らしいプリティーワンコだ。

 尚且つ、可愛らしくなるように品種改良されていて、攻撃力など全く無い。


 それを補う為には、魔法で身体能力を上げるしかないのだ。


 俺のオリジナル魔法【オールアップ】は、瞬発力を100倍、力を100倍、攻撃力を100倍、防御力も100倍、魔法耐性を100倍、状態異常耐性を100倍にする超絶魔法だ。


 元々、全ての数値が低いので、これくらい身体能力を上げなくては魔物のレベルが高い魔国ではやっていけない。


 実際、全ての能力が100倍になる【オールアップ】が掛かった状態でも、元のポテンシャルが低過ぎる為、A級冒険者より少し強い程度の実力になるだけだったりする。

 ルルは元々最強勇者だった為、この程度の強さでは全く納得できないのだが。


「よし! 今日も経験値を稼ぐぞ!」


 ルルは5メートルはあるであろう城壁を、軽々飛び越える。


 壁を飛び越え地面に着地すると、目の前にオークジェネラルとオークメイジ2匹が間抜けな顔をして立っていた。


 無理もない、空から可愛らしいチワックスが降ってきたのだ。


 オーク達は、どうしたものかと突っ立ている。


 相手は可愛らしいチワックスなのだ。


 屈強な冒険者が相手なら、直ぐに戦闘態勢に入るだろう。

 しかし、もう一度言うが、目の前にいるのは、愛くるしいチワックスなのだ。


 警戒する必要もない。命を奪うのも簡単だ。

 アジトに連れ帰ってペットとして飼ってもいいかなと、オークジェネラルはのんびりと考えてしまう。


 だが、この数十秒にも及ぶ思考が命とりだった。


 ルルは魔法を発動させる。

「【ウインドカッター×3】!」


 スパパパパーン!!


 オークジェネラルとオークメイジを、空気の刃が斬り裂いた。


 オーク達は、可愛いルルに見とれたまま輪切りにされてしまった。


「【ネンリキ】!」


 ルルは再び魔法を唱える。

 すると、輪切りにされたオーク達がルルの前までフワフワ浮いて飛んで来る。


「【シュウノウブクロ】!」


 これは賢者ミリーが開発したオリジナル魔法だ。

 空中に亜空間の裂け目を発生させ、物を収納する事ができる。

 亜空間の中は時間が止まっているので、ナマモノを保存するのに便利なのだ。


 ルルは、輪切りにしたオークをシュウノウブクロにぶち込んだ。


 こんな感じで、ルルはハイペースで魔物を倒していく。

 シュウノウブクロがあれば、1番大変な素材の運搬も簡単だ。


 ルルは、何も考えずに魔物を倒すだけでいい。


 兎に角、魔物を殺しまくりシュウノウブクロに入れていく。


 ルルのシュウノウブクロは、この1年間で倒した魔物死体でいっぱいの筈だ。

 本来なら魔物を解体して、高く売れるコアを取りだす所だが、ルルは三食飯付きの冒険者ギルドに飼われている看板犬なので、お金は必要ない。


 お金が必要になったら、その時、死体からコアを抜き取れば良いのだ!


 兎に角、今はレベル上げに集中する。


 lv.75になると、変身魔法が覚えられるらしい。

 俺は、とある理由で変身魔法を覚えたいのだ。


 多分、この変身魔法を覚えれるのは、この世界で2人だけしかいない。


 俺以外に覚えれるのは、既に変身魔法が使える賢者ミリーだけだ。

 変身魔法は、光属性、火属性、水属性の適性が無いと覚えれない魔法だ。

 因みにミリーは、光、闇、火、水属性の適性持ちだったりする。


 そして変身魔法は、lv.75で覚えられるみたいだ。ミリーが言ってたので間違いないだろう。


 ミリーが、【シュウノウブクロ】魔法の様に、俺に魔法の構造式を教えてくれていたら、直ぐにでも使えた筈なのだが、俺はその当時、変身魔法に全く興味が無かった。

 なので、レベルを何とか上げて、自力に覚えるしかないのだ。


「おっ! ミノタウロス発見! 今日の夜食は、焼肉だな!」


 俺はトコトコ歩いて、ミノタウロスの前に出る。


 ミノタウロスは俺の事をジッと見ている。

 基本、魔国の魔物は、俺を見ても直ぐには襲ってこない。


 何故か魔物は、俺に見とれてしまうのだ。多分、魔国に犬がいない事が原因だろう。

 というか、動物自体が居ない。

 魔国には、魔族と魔物しか居ないのだ。


 魔物と動物の違いは、魔力を持っているかいないか。


 俺は本来、動物なのだが、何故か魔力を持っている。

 完全にイレギュラーだ。


 なので、魔物は俺を見ると固まる。

『コイツは何だ?』と、

 それ以外にも、俺が可愛らし過ぎるのも原因の一因だけど。


「まだ、俺を見つめている。俺の事が好きなのか?」


 ミノタウロスが、まだ俺の事を観察している。

 俺の事がを好きな奴を殺してしまうのは忍びないが、俺はお前を今日の夜食にすると決めてしまったのだ。


「南無三、【ウインドカッター×300】!」


 スパンスパンスパパパパーン!


 ミノタウロスは各部位が、適切な大きさに、綺麗にカットされていく。

 ルルは、ナイフとフォークが使えないので、食べやすい様に一口サイズだ。


「【ネンリキ】!」


 綺麗に切り分けられたお肉が、ルルの前でフワフワ浮いている。


「【ファイアー中火】!」


 俺は口からファイアブレスを吐き続ける。

 肉の表面だけを、サラッと炙る感じだ!


 基本攻撃魔法は、全て口から発動させる。

 何故なら、俺の前足は地面についている。


 最初どうやって発動させようと悩んだが、普通に口から発動できた。

 多分、魔法は、体のどこからでも発動できるのだろう。


 肉が焼けてきた。

 この1年間、魔国でたくさん魔物を狩ってきたが、ミノタウルスの肉が1番美味しかった。

 殆ど牛肉。というか、「これ牛肉ですよ!」

 と、言って食卓に出されたら、絶対に分からない。


 ヨダレが垂れてきた。

 犬になってから、直ぐにヨダレが垂れてしまう。

 俺は一応レディーなので、どうにかしたいと本気に思っている。

 そして俺は食通犬なので、お肉にしっかりと調味料をかける。

 調味料は、夜中に冒険者ギルドに忍び込み、少しずつ拝借しているのだ。


 これは塩だな。

 今日のミノタウロスの肉は、サシが入っていたのだ。

 良い肉は、塩だけで食べるのが通なのだ!


 ルルは、最初にシャトーブリアンの部位を食べる。

 ルルは、大好物を1番最初に食べるタイプなのだ。

 好きな食べ物を、最後までとっておくなんて愚策だ。

 お腹いっぱいの状態で大好物を食べたって、美味しさが半減してしまうのは分かりきっている。


 やはり、お腹がすいた状態で1番好きな食べ物を食べるのが、勇者なのだ!

 勇者がみみっちく、好きな食べ物を最後まで残していたら格好悪いだろ!

 挙句、残していたのを人に食べられて、怒ったりなんかしたらそれは既に勇者とは言えない。

 ただの我儘怒りん坊さんなのだ!


 そう、ヤリル·セドリックはそういう奴だ。

 俺は、奴と一緒に旅をしていた時に、ヤリルが最後まで残していたニンジンを、嫌いなのかと思い食べてやったら、『 最後に食べようと取っておいた俺のニンジンを……チッ! だから平民は嫌いなんだ!』

 と、グチグチ半年間も小言を言われ続けたのだ。

 普通、ニンジンは嫌いな食べ物と相場が決まってるだろ!

 俺だってニンジン嫌いなのに、良かれと思って食べてやったのに!


 そんな事より、アイツ、これからどうするんだろ?

 俺的に、これから世界が乱れるのは目に見えている。

 勇者になったヤリルの出番が確実にやってくるのだ。

 ヤリルは、この世界では強い方だが、俺や賢者ミリー程ではない。


 俺が倒したのは、一応 魔王だった。

 だが正直、それ程強くなかった。

 伝説の魔王は、SSSS級の強さだと伝承が残っている。

 しかし、俺が倒した魔王は、良くてSS級のレベルだったのだ。

 魔王城に行く途中で、倒した龍よりも正直弱かったし……


 ヤリルと性女は、魔王討伐の最中、俺の嫌がらせに夢中で、今回倒した魔王の弱さに気付いていなかったらしい。


 まだラスボスとして、伝説の魔王が居ると思うんだが……

 あいつが、勇者のままで大丈夫なのか?


 頼りの賢者ミリーも、俺の為に『勇者ルル·アンガーソンは、魔王から逃げてなどいない! ヤリルとセシリーが嘘を言っている!』

 と、国王に進言したのだが、逆に娘を嘘つき呼ばわりされた国王の怒りを買い、王宮魔道士の地位を追われ、この国を去ったというし。


 まあヤリル·セドリックは、自ら望んで勇者になったのだから、伝説の魔王を倒す算段があるのかもしれない。


 俺が倒した弱い魔王を、ヤリルが伝説の魔王だと勘違いしていたとしても、俺の知ったこっちゃない。

 なにせ俺は、腰抜け勇者なのだから。


 ーーー


 ここまで読んで頂きありがとうございました。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ