3出会い
それぞれの運命が交差する。
その時は突然にやって来る。
ヒタキとアジサシを追ってハヤブサとオオタカが。クイナ一家と離されるセキレイ。
バラバラになる糸は、これからどうなってゆくのだろう。
出会い
「ねえ!お腹が空いたよ、アジサシ。昼ご飯にしようよ!」
ヒタキが馬から降りるとため息をついた。
「だめだよ、ヒタキ。もう携帯食はあと少ししかないんだから。もう少し先まで行ってからにしようよ」
アジサシが馬の腹を蹴って先を行くと森の木々は明るくなって、木の種類も変わってきたのがわかった。
「ええ~~、どこまで行ったらご飯たべられるの~。あたし腹ペコでしんじゃうよ~」
ヒタキの座り込んだ姿を見て、アジサシがゆっくり戻ってきた。
「わかったわかった!」
アジサシは馬から降りると、風のよけられそうな場所で火をおこすと馬から荷物を降ろして木の枝をうまく使って葉で包まれたパンを焼き始めた。
「いただきま~す」
そういうと、ヒタキは荷物の袋の中から木の実を取り出して頬張った。
焼けたパンをヒタキに半分渡しながらアジサシがつぶやいた。
「あんな遠くの寒そうな場所に行って何がしたいの?」
渡されたパンをもぐもぐと頬張りながら目を輝かせて
「知らない世界だよ、あんな景色見た事ないだろう?ハヤブサの話じゃあんなところにだって住んでいる人がいるって言ってたじゃないか。知らない世界を見ることができるんだよ!興奮しちゃうじゃん」
ああ、そうだった、ヒタキは好奇心の塊なんだった。とため息が漏れた。
森の中に入ってからかなりの距離を来たが、そろそろ木々の密度も薄れ温度も低くなりつつある。
森の形態は変わってきて、その先に違う土地がある事をうかがわせる。
異国の地を踏んで、豊かな街の生活を味わう事もそこそこにヒタキと共にやってきた。
そもそも、ぼくは新しい土地も知らない世界もそんなに興味はないんだ。ただ、大好きなヒタキと一緒にいられればそれでいい、そう思うだけなのになぁ。
口に含んだ硬いパンはそれでも、良質の小麦の味がして生まれた島のパンよりも美味しいとアジサシは思いながらゆっくり飲み込んだ。
「いい加減にしろよ!あのばか女。何考えてやがるんだ!自分の育った小さな島とは勝手が違うんだよ、どんな奴がいるかわからないだろうが!」
オオタカが怒鳴り散らしながら、肩から大きな麻袋を担いで部屋に入ってきた。
「本当にね~」
笑いながらハヤブサが整った身支度で奥から現れた。
「本当にね~、じゃねぇよ!森にゃ盗賊だっているし獣だっているんだ。地図だって持ってないじゃないか!アジサシは何だって、止めもしないで一緒にのこのこついて行くんだよ」
真っ赤な顔で拳を振り上げて、歩き回るオオタカを見てハヤブサがお腹を抱えて笑う。
「本当に、心配なんだね。耳まで真っ赤にして!」
「はぁ?心配じゃねぇよ!何かあったら責任問題だっていうんだ!あれだけ待ってろって言ったのに!」
部屋中を歩き回りながら大きな声をあげるオオタカ。
「仕方がないよ、そういう子だもの。だからこそ、あんな希望に満ちた瞳でここまでついてきたんだ。そして、わたしたちをここまで返してくれたのもあの子なんだよ」
ハヤブサがオオタカと共に、馬を走らせたのは間もなくだった。
毛皮を二つ袋に詰め込んで、ヒタキの大好きな木の実の入った焼き菓子もたっぷりと。
空は抜けるように青く、その先に広がる森と遠くかすかにきらめく白い頂のようなものが木々の間から覗いている。
高い塔から見た景色とは違って、森の大きさを感じずにはいられない情景にオオタカはため息をついた。
「無事にいてくれると、いいよな」
「そうだね、確かに森は危険だね」
二人は馬を走らせながら、街を振り返った。
修復の指示に時間がかかってしまった。先の大地の変動で、大きな建物は倒壊し橋は崩れ離れた集落と中央の街は寸断されていた。
その代わりに、港が復活して船が航行できるのが嬉しかった。港の整備さえすれば、そこから資材は運搬できたし人も物も動かすことができた。
ストローグラスで覆われた地平線が、なみなみと澄んだ青い海の水に変わっている。
この短い期間でどれだけの変化が起きた事だろう。
その奇跡と呼べる瞬間に居合わせたのは、ヒタキのお蔭と言っても過言ではない。
そうハヤブサもオオタカも心の中で思っていた。
二人は北へと向かってただ馬を走らせ、好奇心の塊のような娘を想っていた。
目の前のうっそうと茂る森を目指して。
クイナは考えていた。
セキレイはどこから来て、どこへ行く途中だったのだろうか。
子どもたちの横で安らかな寝顔で、クイナが見た事もない美しい娘だ。
セキレイが現れたのは、言い伝えと何か関係があるのだろうか?
この辺にはもう何年と、植物が生えていない。
いつ、生えてもおかしくない時分だ。
もしかしたら、この次大地が緑色に染まる頃、それが伝えられたその時、なのではないのだろうか。
そうしたら、この子たちは自由になれる。
セキレイの記憶が戻る時、何かがかわるのだろうか。
パチパチと音のする、石で作った暖炉に薪をくべながらクイナは物思いにふけっていた。
そして、不思議な体験を思い出していた。
もう半年も前になるだろうか、大地が揺れて硬い岩盤がひび割れた。
森の木々はたくさん倒れクイナの村の民も怖い思いをした。ただ、この辺りは硬い地層でできていて大きな被害がなかったのは、幸いだった。
クイナはその時森に狩りに出かけていて、倒れる大木をよけて谷に落ちてしまった。
片足をくじいたクイナは夕闇迫る中、二人の残してきた幼子の安否に胸を痛めていた。
『こちらへ参られよ』
谷の中腹にぽっかりと空いた洞窟のようなものがあって、そこから真っ黒い羽をまとった者が姿を現すとクイナを肩に担ぐようにして中へ連れて行った。
暗い穴の中松明の明かりに照らされて、足に何かの実をすりつぶしたものだろうか塗られると嘘のように痛みが消えて行く。
差し出された硬い殻に覆われた木の実は、匂いでそれが何なのかわかった。
『殻を割り食べるがよい。明日には子どもたちの元へ帰れるだろう』
何十年かに一度、クイナの住居のあたり一面に背の低い植物が生える。硬い岩盤を割りほんの一日かそこらで目を見張るほど大地を埋め尽くす。
真っ直ぐな硬い葉は空を目指して育ち、人の背丈ほどになると丸くて大きな実をつける。
葉の中心は空洞で、ストローのようだった。
その頃今海となっている場所にある植物を人はストローグラスと呼んでいたのだが、クイナは自分の目で見た事がなかったけれど、きっとそれと同じものなのだろうと思っていた。
同じ果実の香りと味がした。
そうだ、この果実は身体の力になり痛んだ身体の回復にとても役立つ。
クイナはこの実を村の人たちと収穫して、村人が街に売りに行く。酒も作るがそれも高値で取引されクイナの村の大きな収入源になっていた。
ただ、数年前にストローグラスが生えてからはもう何年と見ていない。
果実の力はわかっていたけれど、実際に弱った身体にその実の効力は確かだった。
不安な夜だったが不思議と二人の子どもの安否は信じる事もできたし、深い眠りにもつくことができた。
朝になると洞窟の中には誰もおらず、気がかりだったクイナは礼をいう事も出来ずに家路を急いだのだった。
今になって、あれは誰だったのだろうかと思う。人だったのだろうか、それとも獣。
けれど、助けてくれたからこそ今ここにこうして生きている。
本当に礼も言えずに、と心苦しく思いながら薪をくべると床についた。
クイナは目を閉じようとして、ハッとした。
裏の物置のあたりで、微かに音がする。風のせいかと思い耳を澄ませると、もう一度音がしてくる。
獣はこの辺りには来ることは無い。獲物も植物も腹の足しになるものがないのだ。
人さえ訪れる事も滅多にない。
クイナはゆっくりと槍を掴むと表に出て裏手からゆっくり物置の方へまわった。月明かりで今晩は明るく遠くの方まで見通しが良い。
物置の入り口に二つの人影がある。
「うっひょ~たまらんぜ」
一つの影が声を上げた。
「し、しずかにしろよ、早く袋につめるんだ」
クイナは息を大きく吸い込むと腹から声を上げた。
「おまえたち!自分の命の心配をするんだね!」
振り向いた二つの影は知った顔だった。
村の数少ない若者だ。
もうすぐ村を捨てて出ていくと噂を耳にしていた。
「いいじゃねぇか!こんなところに暮らしてたって、こんなに宝は必要なかろうよ!」
「そうさ、じいさまの話すのを聞いちまったのさ。お前さんがしこたま宝をため込んでいるってな!」
若者の一人が月明かりに照らされて手に袋の中身をすくって見せる。
小さな袋の中から取り出した粒は手のひらからサラサラと月明かりに金色に輝いて落ちる。
「もうじき、宝が必要になる時がくるのさ!お前さんらが持って行って使うより価値のある使い方があるんだよ!」
一人の若者が腰から短刀を抜いた。抜くか抜かぬかというところで、クイナの腕が振り下ろされると若者の手首を槍の柄で叩かれて短刀はきらりと光りながら地面に落ちた。
「くっそう!早く逃げろ!」
袋を懐にしまい込むと、走り出そうとした。その目の前に
「どうしたの?」
「かあちゃん?」
二人の子どもが若者の目の前に現れた。
「わわ!」
「うわぁ」
小さな子どもは二人の若者にそれぞれ片手で押さえつけられ抱きかかえるようにして、短刀を首にあてられた。
「動けば、命はないと思え」
拾った短刀で子どもの襟首をつかんで鋭利な刃先をむける。
「ふん!そんなことをしても逃げられないよ!」
クイナは槍を振り上げた。
頭の上でくるりと槍を回転させると、もの凄い速さで二人の子どもを掴んでいる首元へ槍を振り下ろす。
え、まさか、という表情で押さえつけた子どもたちの身体を盾にしようと身体をのけぞらせた瞬間、槍の切っ先は若者の腕から胸へもう一人の腕へと通り過ぎてゆく。
戸口に立って驚いてみているセキレイの目の前で、起きた光景だった。
「ああ、子どもたちが傷ついた」
そう思って目をつぶった刹那、戸口に二人の子どもたちが転がり込んできた。
若者の腕から盗もうとしていた袋は落ち、数ミリの真っ直ぐな傷跡からは血がしたたり落ちる。
「行きな!馬鹿な真似をするんじゃないよ。村から出て行っても同じだ、こんな事をしたっていいことは無いよ!」
若者は大声を上げると、血でしたたった腕でお互いを掴んだまま走ってゆく。
セキレイは、笑い声をあげて去ってゆく男たちを眺めている母親とその子どもたちが無事なのを確認すると、クイナに向かって言う。
「なんて無茶なことをするんですか。二人が怪我でもしたらどうする」
言葉を遮るように
「しないよ」
「かあちゃんはしないよ」
アオジとクロジがセキレイを見上げた。
「え?」
クイナが小さな袋を拾って、物置に投げ込んだ。
「合図さ、頭の上で槍を回転させたら、振り下ろすってな」
笑いながらアオジとクロジが
「すり抜けられるよ」
「力持ちだから」
ああ、忘れていた。この子どもたちはわたしを、二人であの草原から担いでここまで連れて来たのだった。
「こんな夜更けに、目が覚めちまったね。驚かせて悪いね。前にもこんなことがあったのさ」
興奮する子どもたちと自分らの為にクイナは甘い果汁の暖かい飲み物を作ってくれた。
「ここに住んでいるのはね、昔からの掟でね。代々繋げてきたことなのさ。そして、それはこの国にも必要なんだろう、十年に一度、一袋の金粒をいただくんだ」
喜んで果汁を飲んでいた二人はもう飲み干して、うとうとしている。
クイナは二人を寝床に連れて行くと、可笑しそうな顔で戻ってきた。
「だけど、ここから出られない限り宝なんて使う事もないだろう?でもいつか、その時が来たら、この宝も人々の役にたつかもしれないさね、こどもたちの生きるのにもさ」
わたしは、この人に信用されているのだ。セキレイは思いながら、可笑しいなと思った。
だって、わたしが何者なのか、わたしでさえわからないっていうのに。
月明かりは、曇ることなく照らし続けた。荒れた大地にポツンと一つ建つクイナとその子どもたちがすむ粗末な住居を。
こんな家の物置に無造作に放り込まれた金粒の詰まった宝を、誰が想像するだろう。
クイナの作った果汁は、甘く少しだけ苦味も感じた。
翌朝、セキレイは物置に連れて行かれた。
クイナは分厚い一枚の木で作られた扉を開けて中を見せた。
暮らしている建物より幾分小さな倉庫になっており、かなりの広さがある。
食料や薪が部屋高く積み上げられている中、入り口付近に無造作に置かれたいくつかの小さな袋が見られた。クイナはその一つを取って中を見せた。
「ここにいる分には、あまり価値のないものさ。だけど、ここから外に出られるとしたら意味を持つものだね。あいつらは、これが欲しかったんだよ」
クイナの脳裏に亡くなった祖母の言葉がよぎった。
『いつか、街に降りることがあったらあの金粒もどれだけの価値があっただろね。いつか、お前たちが喜ぶならあたしゃ嬉しいんだがね』
母も死に際に言った。
『きっと、お前の子どもたちの時分には、役にたつに違いない。いくらなんでももうそろそろ、我慢も終る時が来るだろうさ。それまでの辛抱だよ。お前やアオジやクロジが幸せになるのなら、何も文句はないさ』
そう言って天国に旅立った。
クイナは、ゆっくりと顔を上げてセキレイを見上げると目を見つめて言った。
「あなたは、鍵を探しているのではないですか?」
セキレイは、クイナの言葉を聞いて顔を手でおおった。
「わたしは、何かを探して、それは」
顔色が変わった。クイナはその表情を見つめてゆっくりと言葉を選んだ。
「もし、そうであれば、この金粒の入った袋を一緒にお持ちください。わたしが案内をします」
その時だった。
地の底から唸り声が響いて大地が大きく、まるで怒りを込めたように揺れて震えた。
「かあちゃん、揺れてるよ」
「怖いよ、また地面がわれるよ」
アオジとクロジが物置に飛び込んでくる。
地鳴りと共に大きく建物が揺れて傾いだ。
セキレイが声を上げた。
「この中は危ないわ、外にでて!」
クイナが二人を抱きかかえると外に飛び出した。
外は驚くほど揺れて家の柱がギシギシ音を立てている。明るかった空は雲に覆われて、空から何かが強風と共に飛ばされてくる。
その何かが風と共に舞い降りて来たと思うと、セキレイの身体を掴みふわりと風に浮かんで嵐の中へ飛び去ってゆく。
クイナはその巻き上げられた空へ上る竜巻にも似た恐ろしい嵐の渦の中、飛んでゆかないように二人の子どもを力一杯掴んで地面に伏せていた。
揺れる大地は、大きな音をたて家のすぐ端に亀裂を作る。ビシビシと割れてゆく岩と岩の隙間に落ちないようにクイナは転がった。
強風は止むことなく、亀裂はまっすぐに白くて冷たい氷の壁に向かって進んでゆく。
目の前に細かい割れ目が現れたと思うと、何かが無数に顔を出した。
硬い岩盤を細かく砕いて、若い緑が顔を出してくる。
大きな揺れは少しずつ細かく柔らかくなりながら、大地は刻まれて無数の硬い葉を持つ植物が空に向かってズンと伸びあがった。
「かあちゃん!草がはえたよ」
「木の実のなる草かな」
二人の子どもの恐怖は興味にかわり、立ち上がった。
クイナのいる場所から先一面に膝くらいのストローグラス。
風だけは、まだ立っていられない位力強く吹き下ろしている。
「飛ばされるんじゃないよ!始まったんだ!とうとう始まった!」
揺れる足元に力を込めてクイナは立ち上がった。
見ている間にも、ストローグラスは子どもの背丈を超えて伸びた。
ようやく風がおさまり始めて、震える足をさすりながらクイナは腰を降ろした。
まだ、時折揺れは起こるが、さっきの揺れほどではない。
「明日には、木の実がなるよ」
クイナはそう言いながら、セキレイが連れ去られた北の空を見つめた。
そうだ、連れて行ったのは大きな翼を持った獣だった。強い風に吹き飛ばされながら、目的のセキレイを何とか掴んで舞い上がった。
『異国の者、富を欲せず、民の為に戦う。鍵を求めて、遥か空より訪れる。その者に命を預けよ、運命を共にして門を開け』
クイナは子どもたちの頭を撫でながら、歌うようにつぶやいた。
子どもたちもクイナの声に合わせて、歌った。
傾いだ屋根、物置の半壊、遥か彼方まで続く緑。
「その時が来たんだ」
クイナはもう一度、繰り返しつぶやいた。
二人の子どもたちの頭を抱きしめながら、目の前の光景をしっかり目に焼き付けようと見つめていた。
明日、アップします。