11島へ
ヒタキは語り出した。あの時の事、頭に浮かんだ事を。
島へ
「あの時、あたしはあなたの身体を見てすぐに小さい頃のあたしを思い出していたんだ」
ヒタキはゆっくりと話始めた。
大地が揺れその中で救いを求めて来た美しい人。
ヒタキはその人を見て脳裏に、苦しく幼い自分の姿が浮かんだ。と同時に、果実だ。とそう思った。
幼い頃、村に病が流行った。そして自分も同じように発熱し、身体の片側が徐々に変色して感覚がなくなっていく。
当時そんな病は見た事もなく、何人もの人が亡くなって行った。
熱に浮かされながら、オオババ様が言うのを耳にした。
「ウンガヨケレバ、コノヤマノドコカニストローグラスノミガナッテイルカモシレヌ。タダノミデハナイ、ソノミヲミツケラレレバ、スクウコトガデキヨウ」
幼い頃のそのあとの事は記憶にはないが、目の前の人を見てすぐにヒタキの頭の中に金色に輝く果実の映像がはっきりと浮かんできた。
よく目にするストローグラスの果実ではない、丸々と太りコロンとしたフォルム、はち切れんばかりに実った果実。
そして、同時にその果実が実っている山の斜面の映像も頭に浮かんできた。
それは、幼い頃遠い異国の地に想いを馳せた山の斜面に他ならない。
「ピィ!お願いここに来て!あたしを連れて行って!」
ヒタキは目の前の異国の人を見つめて心で叫んだ。
(ココ二イル)
すぐに声が聞こえた気がして振り向くと風のような羽音がして崖のすぐ向こう側に大きな銀色の翼が見えて来た。
目の前の人は意識を失おうとしていたが、口元にギュッと力を込めて駆け出した。
大丈夫、ハヤブサもいるオオタカもいる。あたしが帰ってくるまできっとこの人を助けてくれるだろう。
「ピィ!行って!懐かしいあたしの故郷の山に!」
風は冷たかった。そして昔ピィにしがみついて空を渡った時よりもずっと強かった。
けれど、昔よりたくましくなっている大好きなこの大きな翼を持った友だちは、いとも簡単にその強風の中、風を分けて飛んでゆく。
「強いね、ピィ!もう子どもなんかじゃないね!」
昔より密度の濃い羽毛の中にもぐり込んだヒタキは呟いた。
(ヒタキモモウコドモジャナイネ)
羽毛が震えて喜んだように感じた。
「助けたいんだ!小さい頃死んじゃうかと思ったけど、たくさんの人が協力してあたしを助けてくれた。それを誰かに返してあげなくちゃいけないんだ!」
上空にゴーと音かする。ヒタキは思った、風の川だきっと。
ヒタキはしがみついている手に力を入れて、飛ばされないようにピィの首元に身体中をしっかり沿わせた。
(イクヨ、シッカリツカマッテ!イマハムカシヨリナガレガツヨイ)
物凄く強い風に身体が飛ばされそうになるが、ヒタキは離れなかった。
そうか、かつて無くなった風の川という存在が本来の力強さを取り戻して空を流れているんだ。
しがみつきながら、ヒタキはそう感じていた。
これが本当の姿なんだ。
流れに乗ると、その中はさほどきつくなく流されるままに飛んでいける。
(ムカシヨリカナリハヤイヨ、モウジギツク)
声が聞こえたかと思うと弾かれたように、ボンっと空気の違うどこかに投げ出された。
(ダイジョウブ?)
ピィがヒタキを気遣っているのがわかる。
「当たり前だろう?あたしはピィと一緒に何度も飛んでいるんだもの!」
元気よく声を上げると、掴まっている羽毛が震えた。
眼下に海が見えている。たくさんの大きな船が沖に停泊していて、島との間を小さな船がいくつも浮かんでいる。
あ、あれは港だ。
ヒタキは柔らかな羽毛の間から見える景色を眺めて笑顔になった。
父さんや母さん、どうしてるかな、今は急いで帰らなくちゃいけないから顔を見る事は出来ないな。
ピィはヒタキがどこへ降りてと言おううか迷っている間にも真っ直ぐに地上に降りてゆく。
考えていることが伝わっている。
懐かしい山の頂、ピィの生まれた巣のあった頂上が目の前に広がってゆく。
頂上を過ぎたあたりに人影が見えた。
「あ、あれは!父さん!」
ヒタキが声をあげる。
そして怪鳥は弧を描いて頂に降りてゆく。
「ヒタキ!」
懐かしい声の主は優しい表情に溢れた父だった。足元の不確かな地に降りても、ヒタキは何の心配なく父のもとに駆け出していた。
「父さん!小さい頃あたしを病から救ってくれた木の実を取りに来たんだ。大切な人を救う事ができると思うんだ、あたし!」
真っ直ぐな瞳はキラキラと輝き、表情は何の迷いもない。
これが我が娘、シギは胸のどこかに感動すら覚えながらうなずいた。
ストローグラスの亜種であるゴールドの果実は、裏手に回るとすぐに見つかった。通常ほんの数個しか見つからないのだが、なぜかその時目の前に実っている輝く果実は無数にあった。
「こんなにたくさん、見た事もない」
シギは持ってきた袋にできるだけの果実を詰めると、手を振った。
愛する娘は何の不思議も感じないまま、それがここにたくさんある事を知っていたかのように持ち去った。
大切な人、とは誰の事だったのか、今どこでどうしているのか、聞きたいことは山ほどあったが何一つ聞く事もなく話す事もなく娘は銀色の翼に乗って去って行った。
「元気な事だけは、わかったな」
シギはくすりと一人ほほ笑むと、空を見上げて頷いた。
ヒタキはもうすでに向かう先の事を考えていた。
胸の中に不安に包まれた映像が流れた。
そこは氷の壁と山々に囲まれた大きな都市だった。キラキラと輝く畑や田んぼ、その空から日の光が差し込んでいる。そして囲まれた家々のずっとずっと空高くうっすらと光を落としている天井が続いている。
その都市を覆っているのはストローグラスの根の絡まった薄い天井だ。通常とは違う短いストローグラス、まばらな根は隙間から光を都市に落としている。
そして大地が揺れストローグラスの根でできた柱がきしんでいる。家々の人々が騒ぎうろたえ声を上げて逃げ惑う。
やがて大地は都市をのせたまま、ゆっくりと浮上してゆく。
人々の不安がくすんだ色になって空間を埋めている。
逃げてゆく人、立ちすくむ子ども、空を見つめて泣いている人。
沢山の人は氷の壁の崩れてできた洞窟の中に逃げてゆく。
その間にも大地はせり上がり、都市の空間が狭まってゆく。このままでは、ストローグラスの天井に押しつぶされてしまうのではないだろうか。
ヒタキははっきりと見えている頭の中の映像に、ぞっとした。
(ダイジョウブ、ナカマガムカッテイル)
ヒタキの脳裏にもう一つの映像が流れた。空に無数の銀色の羽を羽ばたかせて飛ぶ大きな鳥たち。
「ピィの仲間なの?」
(ソウ、キョウダイトモイッテイイ)
「あの日、ピィが生まれた頃にみんな生まれたんだね」
遠くの空に小さな影が見えてきた。その先にもいくつも陽の光に輝いて飛んでくる。
翼を持つ鳥、大きな見た事もないような美しいそしてたくましい。
「ピィはあの人たちを助けてくれるの?」
(ワタシタチハグラストトモ二イキルモノ。ダイチハカナシイコトヲノゾンデイルワケデハナイ)
「ピィは大地とお話しができるの?」
(ソレハヒトモオナジ)
大地と話す、オオババ様がよく言っていた言葉だ。
人は大地と対話して生きるのが定め、そう何度も言っていた。思い出した途端にヒタキの胸が熱くなり力が湧いてくる。
オオババ様はきっといつでも、あたしと一緒にいてくれるのかもしれない。
目の前にさっきまで頭の中に浮かんでいた映像と同じ、短いストローグラスの天井が見えて来た。ギシギシと音を立てて軋んでいる。いくつか陥没してぽっかり穴が開いている。そしてその隙間から見えているのも、頭の中に見えていたのとそっくりな都市、田園、人々。
ヒタキのすぐ脇で、ピィより幾分小ぶりな銀色の翼を持った鳥がギーと鳴いた。
それに答えるかのように、気がつけば何十匹という怪鳥が鳴き、空を飛んでいる。
ストローグラスの続く屋根に皆いっせいに、風をきって降りてゆく。
(シッカリツカマッテ!)
ピィは蛇行しながら、グラスの尾根に向かってくちばしを大きく開けて何かを噴霧している。
そこここで、グラスに近づいては口から何かを吐き出して、空高く舞い上がる怪鳥たち。
ヒタキは目の前に近づいたストローグラスが溶けてゆくのを見た。
ピィたちは、身体の中から消化液をかけているのに違いないと思った。
そうだ、ストローグラスの巣の中にいたんだ、あの時のストローグラスは信じられないくらい柔らかかった。ヒタキは故郷の山の頂上で見つけた大きな鳥の巣を思い出していた。
広い大地を覆ったストローグラスがみるみると溶けてゆく。
乾いた木くずのように粉々になって、都市にふりつづく硬いストローグラスの葉も根っこも。
遠くの方で歓声が聞こえる。
喜んでいる心が淡いピンク色になって見えてくる。
(たくさんの人が喜んでいるよ!ピィたちのおかげだよ!)
そこに大地が現れて、いくぶん崩れた建物も見えるが、ほとんどを被害なく残っている。
(アトハヒトガカンガエルバンダネ)
ヒタキを乗せて大きな銀色の翼を羽ばたかせて、ピィはくるりと旋回すると人々が非難している洞窟に向かった。
土曜日、アップします。




