1蒼の時国
ヒタキとアジサシの目の前に広がる広大な蒼の時国。
ハヤブサとオオタカの国は想像以上に興味深い、魅力のある国だった。
ストローグラスに覆われた世界から海が戻り降り立ったその国には新たな、ヒタキの瞳を輝かせるような目的があった。
そして、ヒタキの冒険は始まる。
第二章
蒼の時国
ヒタキは目を輝かせて大きな声を上げた。
「すごいよ!大地がみんな石でできてるなんて!」
ヒタキは大きな港から船を降り立つと、足元を見つめてその道が続く限りを見定めようとするかのごとく瞳を見開いて、街へと続く石畳の道を目で追った。
「本当だ、それもみんな同じ大きさの石でそろえられているね!」
ヒタキの後に船から降りて来たアジサシは、しゃがんで足元の石畳を指で撫でながら、感心したようにつぶやいた。
ここは『蒼の時国』、かつての名を『ウルマ国』という。
この国を目指す旅人が一番最初に目にする光景は、街のいたるところで使われている深く染みわたるような蒼いレンガや蒼い石畳だ。
長い時間と歴史を重ねて多くの人々が暮らすたくさんの街がその蒼い石畳でつながっている。
そして人々に親しまれ尊敬された王の統率によって、長く平和の続く国。
旅人はいつの間にかそう呼んでいた『蒼の時国』と。
港には青々した海の水が満ち、多くの船が休んでいる。
ヒタキとアジサシは、生まれて初めての航海を終えて、今まさに生まれた島を離れて憧れていた国に降り立ったところだった。
「そうだね、ヒタキのいた島では懐かしい土や自然の石に覆われた道が主だったものね。わたしたちが生まれた時からこの港町は石畳で覆われていたよ。そしてこの道はわたしたちの城まで続いているんだ」
ハヤブサが笑いながら二人を見つめて、懐かしそうに遠くに見えている塔に視線をはせるとふと、表情が曇った。
「生まれた時から見てるからどうってことないが、田舎者には珍しいとみえるらしいな?」
ハヤブサの隣で黒髪を風になびかせると、肩をすくめてオオタカが大きな声を上げた。
「田舎者だけど、そんな大きな声でいう事ないじゃないか!本当にオオタカは繊細な神経ってものがないんだね!」
ヒタキがオオタカをにらみつけると
「繊細な神経はそれ相応の相手につかうもんだろ!」
オオタカが笑って出した舌を、腕を伸ばしたヒタキが指ではじいた。
「いたたた!なにしやがるんだ!このおてんば娘が!」
オオタカが口元に手をおしやってのけぞる。
「繊細な言葉が使えないみたいだから、少し手入れしてやったんだよ!」
笑いながらハヤブサが、にらみ合う二人の間に手を入れて
「まあまあ、本当に仲がいいんだね二人とも。とりあえず、迎えが来ているから行こう!」
港の前の大きな通りには、引いている馬のいない馬車のようなものが止まっている。
「誰がこんなやつと仲がいいって?」
「それは、こっちの台詞だろうが!」
にらみ合いが終わりそうもない二人の肩を抱いて、ハヤブサは先を進ませた。
馬車と同じように、ドアを開けて中に入ると向かい合わせのシートがありクッションが置いてある。
「これは、馬が引かなくても動くんですか?」
アジサシが奇妙な表情で、座ると中をくまなく見定めて「あっ」と声を上げた。
室内は広く四人が腰かけても余裕があったが、前方の窓の外に一人黒い正装した男が座っていて船の舵取りの様な物を握っている。
「あれで、舵をとるのですか?」
聞いたアジサシに
「そうだよ、賢いねきみは。もう用意はいいよ、行ってくれ!」
ハヤブサがアジサシにほほ笑みながら、前に座っている男に声をかけた。
「島にはなかったよな、車っていうのさ!馬なんかいなくたって、こいつで移動できるのさ」
オオタカが、偉そうに胸を膨らませた。
車はブルルと震えると、静かに動き出した。
「まだ、岬に向かう道は通れないままなのか?」
ハヤブサが男に問いかけると
「はい、たくさんの人が修復に向かっているのですが、なにしろ崖ごと流されたものですから、そう簡単には通る事はできません」
オオタカが顔を振って困った表情をつくる。
「まいったな、オレらが遊んでいた森や洞窟にも行けないなんてな。オレはあの町から見下ろす景色が一番癒されるんだ」
車は坂道を上っていく。大きな道の両脇には石でできた家がいくつも並び、中から出て来た人々は右手を胸のところに押しやり、頭をさげて皆の乗っている車を見送っている。
「あれは、王に敬意をはらっているのですね」
アジサシが聞くとハヤブサは頷く。
「ストローグラスが地上に伸びて海が現れたあの時、この国のいたるところで大地が裂け山が崩れてたくさんの犠牲者がでたそうだ。国を挙げてその修復にあたっているんだが、なかなか思うようにはいかないらしい」
その言葉に町の建物を注意して見てみると屋根が欠け落ちた家がたくさんあり、石で詰まれた塀が倒れて砕け散った場所に人々が石を積みだしたりしている。はるか遠くに見えているのは崖崩れのように見えて、アジサシは口元に力が入った。
大地がストローグラスに覆われて長い間見た事のない海が、その日崩れゆくストローグラスの土煙の中から地面を揺らして現れた。
ヒタキやアジサシの生まれ育った小さな島でも、大きな揺れと地割れで昔からの樹木が倒壊し建物も被害にあった。
それでも地面にできた地割れはいつしか跡形もないくらいにふさがったし、樹木は若い木々が新しい光を浴びてぐんぐん育っていく兆しも見えていた。小さな島は時間とともに未来に向けて再生がみこまれた。不安は少しずつなくなり人々は安堵のため息をもらし、希望とともに修復に汗を流した。
けれど、小さな島とはここは違う。何十倍もの人々が暮らし積み上げられた石でできた町は、かなりの痛手が見て取れた。
家を失った人々が悲しい目をしてうずくまっている。
ハヤブサはじっとその様を見つめていた。
「大丈夫だよ!きっとなんとかなるって!生きているんだもの、助け合えばきっと良くなるよ!」
ハヤブサの険しい表情を読み取ってヒタキが元気に声をかけた。
「ああ、そうだね。わたしたちがせねばならない事はここからだね、ありがとう」
ハヤブサは優しい笑顔を作ってヒタキをみつめて頷いた。
ガタガタと揺れていた車が静かになって、舵を取っていた者が声をかけた。
「さあ、皆さま。城に着きました。南門の一部が崩れてしまったので、南西の広間よりお入りください」
車から降り立つと右手に城壁に突き出ている大きな門の一部が崩れているのがわかった。目の前には、車が通るのがやっとという高さの入口があり木戸が開け放たれている。
「ああ、あっちこっち大変だな。疲れたね、早く自分のベッドに入って眠りたいよ!」
オオタカが伸びをしながら、木戸をくぐって歩いていく。
入り口を入ると色とりどりの花の咲く広い庭に出た。
「すまないね、こちらから入ってください」
ハヤブサが庭に張り出したテラスに招いて先をゆく。
テラスは白いツルツルした石でできていて、ヒタキは思わずテラスの端から手で撫でながら歩いていた。
「^疲れてるし腹も減ってる事だし、とりあえず飯にしてもらおうや!」
オオタカがずかずかテラスから中に入り、その先にたくさんあるテーブルの端に座った。
ヒタキとアジサシは白いドレスの女性に案内されて、それぞれ部屋に通された。
島の、来客が来たときに通す広間と同じくらいの大きな部屋に入るとヒタキはその広さに驚いて、すぐに隣の部屋のアジサシのところに行った。
「アジサシ、部屋が広すぎちゃって落ち着かないよ!」
アジサシは自分の家族が住む家くらいの広さがある部屋に目を丸くしていた。
「ほんとだ、この国は何て広いんだろう、ぼくらの住んでいた島はなんてちっぽけなところだったんだろう」
二人にとって、島を出るという事がこれほどの価値観の違いを生むという事を初めて感じた瞬間だった。
そうだ、狭い島からでて大きな世界に飛び立ちたかったんだっけ、あたし。
こんな風にまだまだあたしの知らない事がこの世界にはあるんだって事、わかってたけどすごくショックだし胸が熱くなるし、ドキドキが止まらない。
ヒタキはあの日、大きな怪鳥に掴まって空を飛んで目の前に見えていた知らない世界を思い出していた。
小さな頃から憧れていた芥子粒ほどに見える遠い異国の塔、ヒタキにとって目の前にある未知の世界の初めはそこからだった。
そして夢見る異国からの使者、ハヤブサとオオタカ。大きな卵の化石から生まれた怪鳥、その鳥に掴まって空を飛び天から地上を眺めたわくわくは、思い出すだけで胸がいっぱいになる。
初めて大きな船に乗りハヤブサの国に立つ事も、異国の街並みを眺める事すら身体中を期待が増幅して今にも破裂しそうなほどだった。
「世界は大きいんだね」
ヒタキは自分の中の心に呟いた。
「そうだね、本当だね。ぼくらはなんてちっぽけなんだろう」
アジサシが答えた。
「お二人に、紹介をしよう」
二人の背後に声が聞こえて、振り向くとハヤブサが立っていた。
今まで着ていた服を着替えて、金色の刺繍を施した襟の立った膝まで丈の長い上着を着ている。
「うわぁ、かっこいいね!王子様みたいだよ」
ハヤブサが、この国の王の息子だったという事を思い出し、軽い言葉を口にしたと気がついたヒタキは舌を出した。今は叔父がこの国を治めていると言っていたハヤブサ。
「時間が無いので、とりあえず二人に見せたいものがあるんだ。ついてきて」
そういうとハヤブサは二人の前に早足で広い廊下を歩いていく。
「時間?時間がないの?」
ヒタキの瞳が驚いてアジサシを見た。
「急ごう」
訳はわからないまま二人は先を急ぐハヤブサの後を追った。
広い廊下は回廊の様にカーブを描いて長く続いていて、その先に広い階段が見えてきた。ハヤブサは早足で階段を駆け上がって行く。
二人も走りながら、太い円柱やさっき入ってきた下のテラスが見渡せるバルコニーを物珍しそうに横目で眺めながら、追いかけてゆく。
階段は螺旋を描いて上ってゆく。長い距離上ったところで、大きな扉が開け放たれていてハヤブサはためらいもなく、光り輝いている扉の外へ消えた。
「待って!」
ヒタキが心細い声を上げて、扉の外へ出る。
そこは周りに何もない、この城の天辺だった。周りを石の塀で囲まれているけれど、腰の高さまでしかないその先は空だった。
「わあ!」
ヒタキは感嘆の声を上げた。
空の中にそびえ立つ目の前の塔は、恋焦がれたあの芥子粒ほどに見えていたあの塔だ。
周りは見渡せばそこそこの広さがあり、出て来た扉の正面には石碑がいくつも置かれている。
空に輝く太陽は西の空に隠れようとしていて、辺り一面をオレンジ色に染めている。
そして眼下に今まで旅してきた故郷からの海や車に乗ってここまでやってきた石畳の街、そして街が途切れて緑あふれる放牧地に牛や馬が草をはむ姿。
その先には山々が遠く広がっていて、オオタカの言っていたそこへ続く道ががけ崩れの為にふさがっている様子も、すべてここから見渡すことができる。
まるでオレンジ色の別世界に来たようだ。
日の光が輝いて真っ直ぐに石碑に当たると、石碑から光が立ち昇って金色の幾筋もの細い柱を作る。光の柱はまっすぐ空に向かって伸びると、空高く一つになり雲の中を進み遥か彼方の見上げる先までも見えている。
「きれい」
ヒタキは呟いていた。
ああ、あたしは小さい頃から見ていた、あの異国の塔にいるんだ。
そう思うと胸のどこかがかすかに震えるのを感じた。
いつか行ってみたいと思って眺めていた自分がまるで幼子の様に脳裏に映っている。
「この時間が一番きれいなんだよ、良かった間に合って」
茜色の世界の中で、異国の服をまとったハヤブサがほほ笑んで白い歯を見せた。
「ありがとう、あたしをここまで連れてきてくれて」
ハヤブサは嬉しそうにほほ笑んでいる。
ヒタキは、改めて塔の周りに広がっているオレンジから薄桃色になっていく世界を見つめた。
石碑は今はもう、静かに眠っているだけだ。
ああ、あたしはついにこがれていた場所に来たんだ。
ヒタキは静かに自分の中のさざ波が落ち着いていくのを感じていた。
翌朝、アジサシがヒタキの部屋をノックすると返事はなかった。
おそるおそる中を覗いてみるとベッドの中は空っぽでどこを探してもいないので、着替えを持ってきた侍従に聞いてみると、
「ヒタキ様は、御着替えをなさるとお食事もとらずに、どこかに消えてしまわれました」
と言う。
アジサシはあわてて、ハヤブサの部屋を訪ねた。
「ヒタキがいなくなっちゃったんです。部屋にもどこにもいないんです」
アジサシの声を聞いてオオタカが、ハヤブサの部屋にやってくると
「あいつが飯も食わないで、どこかへ行っちまうなんてありえねぇよな。誰かに連れてかれたか?」
オオタカがすぐさま、探し始めようとした時ハヤブサが事もなげに呟いた。
「きっと、あそこだよ。心配しなくても大丈夫だから」
とそう言って皆を石碑の塔に連れて行った。
朝日に輝いてそこは夕べとまた違った景色を見せていて、三人が塔に出るとヒタキの声が響いた。
「おはよう!すごいね、ここは!この国の端から端まで見渡せるね。ハヤブサの国はとっても大きいね」
満面に笑みをたたえて、光り輝く中で明るく声をあげるヒタキを見て、皆安堵のため息をついた。
「おめぇが飯も食わないなんて、どこいったかと思ったぜ!いい加減にしろよ、みんなに心配させるなって!アジサシなんか顔色まで変わっちまって気の毒だろうが」
オオタカが呆れたように言うと
「そんな、ぼく顔色なんか変わってないよ!大げさに言わないでくれ!」
アジサシが怒る。
そんな二人の事など気にならないようでヒタキはハヤブサに聞いた。
「ハヤブサ、あの牧草地の先の白い山々の先に輝くのはなに?」
指さしたヒタキの目は朝日に輝いてまっすぐ北の空を見つめている。
この塔はかなりの高さがあり、石畳の街並みはそこここに崩れた跡があるけれど、長い年月をかけて大きな国として栄えてきたことを物語っている。
街並みの先に牧草地が見え、その先に森が大きく広がっている。朝日に緑が輝いて空気さえ澄んでいるのがわかりすがすがしい。
そして、森が広がった先に緩やかな傾斜地が続き、山の頂のように大地は続いていて、その先に朝日に輝いている光の壁のようなものが続いているのがわかる。
「あれは、閉ざされた壁、だよ」
ハヤブサは低い声でつぶやいた。
「閉ざされた壁?」
ヒタキは不思議そうにハヤブサの顔を仰ぎ見た。
「わたしが生まれる前から、あそこに同じように立っている。一度だけ近くまでいった事があるけれど、不思議な壁だった。たぶん氷でできているのだろうと思うがそれ以上先には行かせてもらえなかったんだ、子どもだったしね」
ハヤブサの言葉が終わらないうちに
「ありゃ、調査の為の研究者たちと同行した時だよな。近づくと冷気でキンキンになっちまって、オレは二度と行きたかないね」
オオタカが鼻を鳴らした。
「聞いたことがあるよ、ヒタキ。ぼくらの島にも書物が残されたていたもの。氷に閉ざされた国があるって、いつしか扉が開くとき世界は大きな変貌をとげるであろう、って書かれていた」
アジサシの言葉に大きな目をいっそう大きく見開いてヒタキが叫んだ。
「そうか、オオババ様が言ってたね、閉ざされた世界にきっとお前は行くことがあるだろうって」
ヒタキが慕っていた鳥とも人ともわからないその者は長い間ヒタキの島に生きてきて、ストローグラスが大地に裂けめを作った時にまるで空気の様に消えていなくなってしまったのだった。
「むかしむかし、平和に暮らす事のできない猛獣たちを神様が懲らしめるために、氷に閉じ込めた。って伝説もあるよ」
アジサシがオオタカにチラッと目線を送って、言葉にした。
「ふん、そんな話ならこの国にだってあるさ、大昔の事人食い鬼がいて心が氷みたいに冷たいからみんなと一緒に生きて行けなくて、遠い寒い国にこもっちまった。そうしたら、そいつの身体から冷気が出てみる見る間に氷でできた国が広がった。とかな」
「あははは、それは子どもたちに伝わる間に変わって行った話だろう?本当の話は、強い民族が遠い国まで滅ぼそうと大陸を北へ進軍した。その民族が通った後は、まるで氷の国の様に草木も生えないほどの荒れ地になった。って話なんじゃなかったかな」
ハヤブサが笑う。
「この国はその民族とたもとをたがえた人たちの国、って事なのかな」
遠い家々が崩れた場所に目を落として、表情が曇る。
「決めた!あたし、あそこに行ってみる!」
ヒタキの黒い瞳が朝日に輝いた。目標を見出した表情は硬い意思が現れていて、その場にいる誰もが口を閉ざして見つめるばかりだった。
日は輝き、真っ直ぐに四人に降り注いでいて、この先どんな出来事が起こるか誰にもわからないままだったが、この時は一人ひとり胸に充実した幸せを抱いて眺めた景色は美しく光に満ちていた。
それから、程なくしてヒタキとアジサシは城を出て、北部に向かって馬に乗っていた。
ストローグラスの第二章が始まりました。
ヒタキの目指す先に、新たな人々が現れます。
そして、一章で言葉を交わした怪鳥との再会も。
沢山の人を巻き込んで、ストローグラスがまた騒ぐときが来るのかもしれません。