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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その手にアスターの花を

風邪

作者: 雨宮 桜花

 くしゅん。

 ドア越しに、大きなくしゃみをしたのが聞こえた。季節の変わり目だからか、最近は頻繁に暑い日と寒い日が変化していたせいで、体調を崩してしまったらしい。二人で早めに摂った昼食の後、莉乃の様子を見に寝室へ入ると、ベッドの上で弱々しく蕩けた目を私に向ける。

「莉乃、気分はどう?」

「あたま、ぼうっとする……」

 それでも声をかけてやると、小さいながらしっかりとした返事があった。それに少し安心しながら、熱はどれくらいのものかと莉乃の額に手を当てる。

 案の定というべきか、彼女の額からは結構な熱が感じられた。前もって用意してきた濡れタオルを出そうと手を離したとき、莉乃はそれを嫌がるように私を見つめる。

「お姉ちゃん……」

「莉乃?」

「もう少しだけ、こうしていて……?」

「いいよ。莉乃がもういいって言うまで、してるから」

「ありがとう……」

 ささやかな我儘の理由は、肌を合わせていたいためだろうか。彼女の願いに異論などあるはずもなくて、私はタオルの代わりに手を額へ添える。すると莉乃は気持ちよさそうな表情を浮かべて、安心したように目を閉じた。

 私はそのままベッドの端に座って、莉乃の寝顔を眺める。いつも視線を惹きつけられる造作は、熱のせいか頬に赤みを帯びて、妖美にさえ映る。

 こんな時にキスをしたら、怒ってしまうだろうか。

 ふと、無防備に眠る莉乃の傍で、そんな邪なことを思ってしまう。いっそキスしてしまおうか、それとも心地良い眠りを妨げないでおくべきか。些かの迷いを抱えながらも、特に何をするわけでもない。今は、彼女の隣にいられるだけで十分だった。

 ぼうっとしたまま、視線を莉乃から壁に掛けた時計へ向けると、いつの間にか時針は午後の三時過ぎを指している。莉乃の様子を見に行ったのはお昼ご飯の後だったから、記憶が定かなら、少なく見積もっても一時間は莉乃の寝顔を見つめることに終始していたことになる。私がそれだけの時間を費やしてしまったのは、ひとえに莉乃があまりに可愛らしいからだと勝手なことを思う。

 視線を戻そうとすると、不意に身体が傾ぐような感覚を覚えた。時間を意識してしまったせいか、少なからず睡魔を感じた。昼下がりの、静かで気怠い空気の中、莉乃と一緒に午睡に耽るという楽しみは、ちょっとした背徳感もあって、ひどく魅力的なものに感じられた。

 せっかくだから企みを実行してしまおうと、莉乃の額に当てていた手を離す。そうすれば、まるで何かに怯えるような声が耳朶に届いた。

「いかない、で……」

「……莉乃、私はここにいるよ。どこにも行かないから、安心して」

 ごく小さな寝言は、夢に怯えたがためだろうか。どこかしら、震えているようにも聞こえた。

 思わず、ぎゅっと莉乃の小さな身体を抱きしめる。莉乃の着ているパジャマは、寝汗のせいかひどく濡れていた。着替えさせてしまえば、きっと悪い夢も見ないだろう。どうせ眠るのなら、せめて心地の良い、幸せな夢を見て欲しい。

「莉乃」

 身体をそっと揺すって声をかけると、すぐに莉乃は目を覚ました。さっきまで見ていたものがただの夢だと気づいて、その表情はひどく安堵したように見える。細い腕を甘えるように首筋へ絡めて、熱で潤んだ双眸を向ける。

「おはよう、莉乃。起こしてごめんね」

「ううん……」

 汗で湿気を帯びた体温の熱さ、普段よりも強く香る莉乃の匂い。触れ合うほどの近さで、それは普段以上に生々しさを持って感じられた。

 言葉もなく、何をしようとしていたのかも忘れて、ただ莉乃の矮軀を抱きしめる。そうして抱きしめていた時間は長くなかったはずだが、汗が引くとさっきまで帯びていた熱は嘘のように冷めてしまう。

 それでようやく我に返って、腕に籠もった力を緩めると、莉乃も腕を緩める。表情はまだ眠たげにも見えたが、反対に意識は覚めているらしかった。

「おねえちゃん……」

「……莉乃」

 満足したのか、花が綻んだように莉乃は微笑んでくれる。あまり汗冷えさせてはいけないが、その微笑から意識を逸らすのに、私は一抹の時間を要した。

「……お着替え、しようか」

「うん」

 必要になるだろうと思って、多少の着替えは寝室に持ち込んである。莉乃の下着とパジャマ、柔らかいタオルを何枚か。ただ、寝汗の様子からすると、単に汗を拭って着替えさせるだけでは不足かもしれない。それにもうひとつ、したいこともあった。

「お湯、持ってくるね。待ってて」

「うん……」

 莉乃にはそれだけを伝えて、いったん寝室からダイニングの方に向かう。そこでお湯を沸かしながら、他に必要なものを整える。

 一通りの用意を済ませて寝室に戻ると、冷えてしまったためか、莉乃はすっかりはだけた掛け布団をかぶっていた。頭だけを出してこちらを伺うのだが、なんとも言えずに微笑ましい。

「おいで」

「ん……」

 着替えとお湯の入った洗面器をサイドテーブルに置き、タオルをお湯に浸してから固く絞る。ベッドに腰掛けて莉乃をそばに引き寄せると、彼女の着ている薄桃色のパジャマは、触って分かるほど汗で湿気てしまっている。

「お姉ちゃん……」

「ん、なあに……?」

「ちゃんと、脱げるよ……?」

「いいの。お姉ちゃんにさせて?」

 後ろから抱き寄せて膝の上に座らせると、パジャマの上衣からボタンを解いていく。脱がされる莉乃は気恥ずかしいのか、頬を染めているけれど、だからといって放っておくこともできなかった。

 薄手の生地に包まれた胸元は、まだ膨らみを見いだせないくらい未熟だった。身体の肉付きにしても、不健康とまではいかないが、恐らく同年代の少女よりも細いだろう。透き通って滑らかな、磁器のように白い肌は熱のせいで薄紅に染まっていた。とりあえず上だけを脱がせて、お湯で濡らしたタオルで汗を拭きとっていく。

 パジャマを脱がせる際、些か恥ずかしがるような素振りを見せたきり、莉乃はされるがままで特に嫌がる様子はない。単に発熱で消耗しているだけなのかもしれないが、時折、身体を寄せているのか、体重がかけられる感触が伝えられる。

 肌の白さは生来のものと同時に、あまり外に出ない、ということもあるだろうか。莉乃がとても社交的とは言えない性格なのは、よく知っているけれど、それでも偶にはどこかへ連れ出した方がいいのかもしれない。

「何か、見に行きたいものはある?」

「見に、いきたいもの……?」

「うん。莉乃が、見たいもの」

「……お花を、見にいきたい」

 莉乃に好きなものは、と問う機会があれば、花だと答えるだろう。そういえば、もう少し暖かくなれば、桜の時期になるはずだった。

「いいよ、見に行こうか。莉乃、脱がせるよ」

「……ん」

 腰のあたりに手をかけると、莉乃はむずかって腰を揺らす。それに構わず、湿気ってしまったズボンを引き下ろせば、ほっそりとした太腿と白いショーツが露わになる。

 誘惑に負けて、曲線をなぞるように指を滑らせる。すると莉乃は驚いたように身体を捩った。

「や、あまり……、みないで……?」

「ん、ごめんね」

 それでも脱がさないことには、拭きようがない。ショーツの上辺に手を滑らせると、ぴくりと反応を示す。パジャマ以上に湿気ってしまったそれを取り払うと、可愛らしいお尻とまだ幼い鼠蹊部を隠してくれるものは、何もない。

 ぐい、と莉乃が顔を押しつけてくる。幼いなりに羞恥という感情は強いのだろう、熱もあってこちらを見上げる目は潤んでいるようにも見えた。ただ、本当に嫌だとまでは感じていないのか、タオルで拭いていけば身じろぎしながらも、大人しくしてくれている。

 爪先まで綺麗に拭いても、さほど時間はかからなかった。タオルを置いて、新しいショーツとパジャマを着せてやる。柔らかでふわふわの衣服に換えると、莉乃の表情は確かに明るくなっていた。

 莉乃と一緒に、私も手早くパジャマを羽織る。きょとんとした様子の莉乃を抱き寄せ、そっと身体を横にさせる。

「おねえちゃん……?」

「一緒に寝ようか、莉乃」

 そのまま掛け布団をかけ、莉乃の唇に触れるだけのキスを落とす。それに莉乃は驚いたのか、腕の中でじっと私を見つめる。

「ダメだよ、うつっちゃう……」

「大丈夫。移した方が、早く治るよ」

「そんな……」

「ふふ、冗談。莉乃は病人なんだから、ちゃんと寝ないと。お休み、莉乃」

「……うん、ありがとう。お姉ちゃん、お休みなさい」

 莉乃がぎゅ、と胸元に顔を押しつける。私は莉乃の在処をしっかりと確かめながら、睡魔に身を委ねた。

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