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大阪茨木屋台村(其1)  作者: 城☆陽人
1/1

採用担当者の思い

「山田さん、ちょっと手伝ってくれませんか?落としたい奴がいるんです」


1年後輩の、専任でリクルーターで駆り出された、同じ大学出身の岡田から、午後6時前に、勤務中の部署に電話が掛かってきた。


平成9年6月初め、不織布の営業を本格的に任される様になって半年が過ぎた頃、山田義之にとっては顧客に名前を憶えて貰う為、必死に駆けずり回っている時期だ。

売上高、粗利のノルマを果たす為、毎月月末に頭を丸坊主にして頭を下げて、何とか押し込みで顧客にカーペット基布用の不織布を引き取って貰い、5月分のノルマをなんとかかんとか達成した後だったから、頭は殆どスポーツ刈り状態だった。

義之が担当として与えられたのが、カーペット用の、主にビルディングに敷かれているタイルカーペットや、自動車の運転席等の下に敷かれているカーマットの、表に見えるパイルを打ち込む為の基布となる不織布。地味な商材だ。

だが、特に自動車のカーマットは自動車各社が意匠を凝らし、その結果、パイルの太さやその打ち込みの間隔等、様々変わっていく。それに対応出来る基布を提案するのは大変だった。

何より、表で見えるパイルにお金をかけたいカーペットメーカーは、その裏に隠れる基布に金なんかかけたくない。他社との相見積もりは当たり前だし、本当かどうか分からない、ライバルメーカーの価格をしれっと会話の中に潜り込ませてくるので、その真贋を見極めなければならない。

それも、顧客の無茶なニーズに応えながらだ。

それも、相手(顧客)の殆どが大阪南部の泉州、和泉・岸和田界隈に集中している。

血の気の荒さはだんじり祭りで有名だろう。

口は悪いし、気性も激しい。「お客様との打ち合わせ」と言うより、青二才の義之に、半ばバカにしながらあしらっている、って感じだ。

昨年末の月末に、

「お前は、『お願いします』と頭を下げるしか能がないんか?おもろうない。例えば、頭を丸坊主にしてみるとか、芸をみせろや」

と言われて、義之は無言で立ち上がり、席を外し、すぐさま近くの理髪店に行き、

「丸坊主にして下さい」

と、髪の毛をバッサリ、バリカンで切って貰い、その坊主頭で再び、その顧客の元に戻った。相手は大笑いして、何とかノルマ分引き取ってくれた。

それから、毎月末には義之は、丸坊主になっていた。


同期で、織物や編物の営業に配属された連中が、工場実習後に再配属された去年の7月には、下請けの関係にある織・編メーカーに、金沢の料亭で芸者を上げて接待されていたのにだ。


そんなこんなで、なんとか「営業」ってらしきモノを実感し始めた平成9年5月、何故だか義之は、新卒者のリクルーターの任を、人事部から命じられた。

まぁ、東京・大阪・浦安の、各本社に再配属された同期はほぼ任じられるのだが、上司が断る部署もあり、自ずと人数は限られていく。

義之の仕事が大した事ないと思ったのか、義之の上司は受諾し、結果、義之はリクルーターのローテーションの最後を担う事となった。


「大した事ねぇよ」


最初の頃にリクルーターをした同期から聞いてはいたが、それは時期による事、そう義之は痛感していた。


採用活動も最終番。自ずと選考相手も絞られてくる。

彼・彼女達を、特に採用したいと望んでいる学生を、課長・部長面接に通る様、様々な情報を仕込ませながら、当然の事ながら採用したいと思わせる学生は他社もそう思っている訳で、そんな他社になびかない様に、会社の魅力を伝え、何とか引き留めようとさせられる。

普段の営業はプロ相手だったが、素人な学生相手は一層しんどかった。

琴線を揺らす言葉が難しい。なかなか分からない。

それも、カーペットの上の糸を売っているのなら、「そのデザインやテクスチャーを売り込む仕事」として学生の心にうったえられるだろうが、その裏に隠れた基布の営業だ。

まぁ、何とか、学生達の、義之の勤める会社のイメージから推測し、それと自分の携わる「不織布」の魅力を織り交ぜながら、人事部の、「採用課長」と言う一時的な一応の肩書を持った3年先輩と、1年後輩で、各工場に勤労関係で配属された、同じ大学の後輩、岡田を含めた3人、そして、同期の、織物加工の手配をする繊維業務課の鈴木と6人で、リクルーターの実務を行っていた。


「同じ大学の後輩ですしね。採りたいんです。そいつが、大手の商社、物産に決まりそうだと言うんで・・・」電話口から、後輩の岡田の声が聞こえる。

「俺の仕事もさせろよ・・・」

「必要でしたら、課長にも、部長にも話を通します」

「・・・んな事したら、ますますややこしくなるやん・・・もし採れなかったら大問題になるじゃねぇか」

「じゃあ、6時半に堂島ホテル地下1階のレストラン『レザリオ』で、お願いします」

「・・・んったく・・・まぁ、まともに残業代付くからいっか」

「お願いします」と、電話は切れた。


「呼び出されたので、行ってきていいですか?」

「あぁ、行ってこい。きっちり残業代付けて貰ってこいよ。その代わり、こっちの仕事はしっかり片付けろよ」しれっと課長は言う。

まぁそうだろう。マネジメントをしている課長にしてみれば、残業代が人事部に支払って貰えるのは、「これ幸い」だ。しなければならない仕事はリクルーターの合間にせざるを得ず、席を外す間も、その残業代は人事部払いだ。課長にしてみれば、規定時間外の仕事は願ったりだ。

そのシステムが分かってから義之は、半ばうんざりしなてはいたが、今回も仕方なくパソコンをスリープにして、席を立った。


まだ、お客様であるカーマットの幅に合わせたスリット指示が残ったままだが、まぁ今日しておかなければならない分は終わった。本当はもう少し手配をしておきたかったのだが、まぁ、「就職相談」と称した目当ての学生との食事を終えてからでいいだろう。


正直、夕食がタダになるのは嬉しいが、食べるだけの胃の隙間は全くと言っていい程無い。

大体、早朝出勤で朝8時から(この時間から会う学生は、ほぼ目的の人材ではない)、その時間から開いている、会社近くの、今でいう「スタバ」みたいな喫茶店で「相談」をする。

9時に部署に戻って挨拶をして、すぐに戻ってもう一人。

それが終わると、10時には本格的に人事部が「採ろう」としている学生と、開店したばかりの、格式高い喫茶店で、本命レベルで採用しようとしている学生との「就職相談」が始まる。

それら全てが、会社で行う事が出来ない行為であり、社外の喫茶店で行われるので、必然的にコーヒーか何かを注文せざるを得ず、相手の学生がリラックス出来る様に、それら飲料を、自分から率先して飲み始めなければならない。


そう、平成の初めの頃は、名実の就職(または「採用」)活動は7月1日から開始、と政府から決められており、義之達の行為は、行政からの指示を無視したフライングの「青田買い」だった。

と言っても、義之達の会社が特別なのではない。「一流企業」と言われている企業では、暗黙の、当然の事だった。

実質、「就職活動開始日」と言われる7月1日は内定確定日であり、各社は内定者をホテルで囲い込むのは、有名「一流大学」と呼ばれている大学の学生にとっても、「一流企業」にとっても、半ば当然の暗黙のルールだった。


だから6月に入ると、もう各社ラストスパートだ。特に銀行、生保はもう内定を出している。

学生からそれとなく他社の動向を聞き、こちらの動きも見極めていく。


結果、10時、11時、12時、と1時間おきに埋められた「相談」と称する「面談」も時間がどんどんと押し(積極的な学生の話を聞くだけで1時間が過ぎる事もあり、「有名大学」と呼ばれる大学の中でも「超一流大学」の学生(彼らに限ってやる気がない、まぁ義之もそっちの部類だったが)を、より上の面接に上げる様レクチャーしたり)、そんなこんなで話しまくった結果、喉が渇き、注文したコーヒーだけでなく、水も飲む。

結局、それが午後6時まで毎1時間毎に続き、1日10回以上喫茶店に行く事になる。

一応、数件喫茶店は変えるのだが、それでも会社近くの喫茶店は限られており、喫茶店のマスターは、「またか」ってな顔をするが、「そんな顔はしないで。飽く迄『貴方の為だけに、こっそりやってるんだ』って雰囲気にしなきゃ」と目配せする。

もう、1日10回以上も喫茶店に行き、飲み物を口にしながら、下らないと思う学生の話を聞き続けたり、逆にやる気のなさそうな学生に、必死に会社の魅力を伝えたりしていると、もう顎が疲れたり、何よりもうコーヒーで胃が痛くなっているので、ミックスジュースを注文したりはするのだが、どっちにしても水分で腹が膨れて、昼食はおろか、夕食も胃に入らない程たぽたぽになって腹をちょいと叩けば水の揺らぐ音がする程で、体力も削られている。


そんな中で、こう言った「本命」を「採る」為に、「落とす」為に、夕食のディナーに呼び出す事がある。ぶっちゃけ、食事が入る胃の隙間は殆ど無い。

まぁ、そんなシステムになっていると分かったので、独身寮の夕食はずっと欠食にしているのでいいのだが。


「で、どんな奴?」

「レザリオ」の前で待っていた岡田に義之は聞いた。

5時45分。本命には、事前に待っているのが礼儀だ。

「山田さんはお会いになっていらっしゃいませんでしたっけ?ギャングスターズです。鈴木さんは絶賛していました。実直な奴です」

「あのなぁ・・・それならスズッキー(鈴木のあだ名)にもう少し情報を聞いておいたよ・・・」

「すみません」岡田が、儀礼的な謝罪をする。

「まぁいいや・・・本気度は?」

「大本命です。物産がぶっこ抜こうとしている程の奴ですし」

「なら、もっといい仕事、アピール出来る仕事してる奴がいるだろ・・・」

そう言いながら義之は、ネクタイを本気用の、有名ブランドものに代えた。

「山田さんなら、引っ張れると思いまして」岡田は小声で答える。

「やっぱり、同じ大学は強いです。鈴木さんは東京の大学ですし、一度会った人よりは新しい人の方が、説得力があるでしょう」


5時55分過ぎ、岡田が「大本命」と言う黒田がやってきた。

岡田とは何度か会っているらしく、お互いに会釈した。

つられて義之も会釈しながら黒田、と呼ばれる男をちらりと見た。

アメフトのギャングスターズらしく、体格は立派だ。そして何より、就職活動で大抵の学生は慄いているのに、彼は堂々としている。

加えて、面談時間の5分前にはきっちり来ている。それも好感が持てる。

ただ、正直、一目見て、義之は「こいつ、物産に就職した方がいいんじゃね?」と思った。

気遅れは一切感じないし、こいつはデッカイ仕事がやれる男だと思う。そんな野郎が、こんな会社に入るのは勿体ないと思った。

でも、こいつを「採る」のが仕事だ。

岡田と一緒にレザリオの店内に黒田を促した。


岡田は最上級のサーロインステーキ定食を勧めたが、黒田はハンバーグ定食を注文し、もりもり食いながら、岡田の言葉に答えていた。

それを聞きながら、それまでの喫茶店での水分補給過剰で腹がそんなに減っていない義之は、チキンサラダ定食をちびちびと食べつつ、その話を聞き、何となく黒田君の人物像を探っていった。

1.ギャング(アメフトのギャングスターズ)だけあって、大抵の事に物怖じしないだろう。

2.でっかい仕事がしたい。

3.好奇心は旺盛。

4.でも、人に対する配慮は出来る。


こりゃ、確かに欲しい人材だろうな、と義之は思った。

でも、正直、物産に行った方が、彼に取っていいんじゃね?とも思っていた。

しかし、それでも「狩る」のが今の仕事だ。


「で、物産では何やるの?」

義之は商社の弱い所を突く。

商社は殆どの場合、就職した部署で管理職まで続ける事になる。

「石油です」

「そっかー、石油って安定してるもんな~(物産で石油って、「超一流」ゃねぇか)」

「そうですね。でっかい仕事がしたいんです」

「でもさぁ、石油ってもう決まりきった仕事やん。殆どルートは決まっているし、上司の鞄持ちの仕事だよ(いいよな~、そんな他人がやってくれる仕事してぇよ)」

「多分そうなんでしょうね。でも、そこから下積みして、自分で差配出来る様になりたいんです」

「まぁでも、最初っから自分で開拓出来る仕事って、面白くない?」

そう言うと義之は、何時もの「リクルータートーク」を始めた。

高級レストランには当然の、フロアカーペットを指し、黒田の視線を確かめて、パイルを指で広げた。

「ここにぼんやりと灰色の布らしいモンが見えるやろ。それが今、自分が扱っている『不織布』。地味やろ?でもなぁ、この不織布ってヤツは工場のフィルターに使われたり、護岸の砂が流されない様に使われたり、家庭向けに防草シートに使われたりしてるんや。不織布ってぇのは織物や編物の代わりとして、紙おむつなんかにも使われていて、コムデギャルソンのブルゾンにも試されたりしている(事実)。そんだけ色んな用途に求められているんだ。逆に言えば、自分でどんな用途に使えるか、自分みたいな若僧でも試せるんが、この『不織布』てヤツの営業や。どう?おもろうない?(って、業界最下位だし、事業開始以来、万年赤字だけど・・・)」

「そうですか・・・面白そうですね・・・」儀礼的に黒田君は、ハンバーグを食い終わって、サラダを食べながら答える。

もう少しかな?と義之は思ったし、机の下で、岡田君から足を突っつかれた。

「他にさ、炭素繊維ってのがあったりして、ボーイングやエアバスなんかの飛行機や、マクラーレンやフェラーリのF1のボディに使われたりしているんだ。そんな企業とサシで営業出来るんやで?まぁ、その部署に配属されたら、の話だけど(自分なんか、事業開始以来、万年赤字の部署に配属されてしまったんやけどね)」

「そうですか・・・炭素繊維の事は知っていましたけど、そんな所まで食い込んでいるとは知りませんでした」

「まぁそれだけじゃなく、ポリエステル・ナイロン・アクリル・ポリプロピレンなんかの主要樹脂以外にもケプラーなんかの特殊樹脂も扱っているしね。やりたけりゃ、どんな業界にも飛び込んでいけるってのが、この会社の魅力かな?(って、そんな事したけりゃ、化学メーカーの大手に行った方がいいって)」

「・・・面白そうですね・・・そんな会社だと思っていました」

サラダもご飯も、スープもきっちり平らげた黒田君が言った。


「じゃあ、ちょっと会社に行って、もう少し掘り下げた話をしない?」

暫く口を閉ざしていた岡田君が言った。

どうやら感触を得たらしい。

急いで義之は、水分でたぽたぽの胃にチキンサラダを落とし込んだ。食事は残さない、これも社会人としてのルールだ。


会社に戻ったのは8時前。リクルーターの中では、通称「監獄室」と呼ばれている会議室の一室に黒田君を招き入れた。

窓のない部屋。一応、上座って事で奥に座って貰うが、逆にこちら2人で出られない様にするポジション。さりげなく卓上に電話が置いてある。


・・・


「・・・正直言うとね、君に我が社に来て欲しいんだ・・・でも、昨日、君は電話で、「物産の最終面接まできている」、と言ったよね。

ウチも、君が我が社を希望するのなら、すぐにでも最終面接をする手筈をするよ。

勿論、儀礼的なもので、君が来たいのならば、確約みたいなものだ」

え?義之は思った。課面(課長面接)、部面(部長面接)、どこまで行っているのかさっぱり分かっていない。少なくとも最終面接、役員面接は未だ行われていない筈だ。

黒田君の応対をメモする振りをしながら、岡田君はメモ帳にさらりと書き、気付かれない様に破ると、黒田君に見えない様に机の下から、そっと義之に見せた。


「何も言わないで下さい。言うのなら、肯定的な言葉だけで」

と書かれていた。


「・・・でもね、その為には、いろいろ手続きがいるんだ。・・・先ず、ウチ1本に絞って貰わないと、役員の方々にも、話が通せないんだよ・・・」

岡田君は冷徹に言う。

「べ、別に・・・すぐって訳じゃないよ」

義之が言った途端、岡田君は机の下で脛を蹴った。

「ここにいる山田さんとか、色んな人を見てくれたと思うけど、結構楽しんで仕事してそうでしょ?」岡田君が畳み掛ける。

(いや・・・そんなに楽しくないって)と思う間もなく、岡田君は予め脛を蹴ってくれた。


・・・


「どうかな?ウチに来てくれる気があるんだったら、今ここで、物産に断りの電話を入れて欲しい。そうすれば、我が社は採用確定だ。・・・気持ちが決まったらでいい」

岡田君は、そう言い切った。そして、そっと、また机の下で、これは予め決まっていた文言なのだろう、岡田君はジャケットのポケットからメモを差し出した。


「人事常務からも承諾を得ています。ウチの大学生は何人でも欲しいですから。手伝って下さい」

と書かれていた。


「金が欲しいんだったら(「ゲシッ」また岡田君に脛を蹴られた)、ま、まぁ物産だろうけど、冒険したいんだったらウチだよ。勝って当然の試合をしたくてギャングに入った訳じゃないだろ?あの、京都の大学で、中学からアメフトしている大学に勝って、更に社会人に勝ちたい、ってか、勝った君は、安穏と出来る仕事じゃなくって、もっと冒険出来る仕事がしたいんじゃないんか?

たしか、DBをやってたらしいね、ギャングの時に。物産いけばDBのプロになれるかも知れない。でも、QBやRB、WRなんかもやってみたくなかった?物産ならDBはやらせてくれる。でもそれだけだ。でも、ウチならどこのポジションでもやっていけて、数年苦労すれば、そのポジションのプロになれる。そのままそのポジションのプロでいてもいいい。若しくは新しいポジションで、もう一つのプロを目指してもいい。そうして数々の業界のプロとなり、様々な業界に精通出来るって、面白くないかな?」


義之は、自分の置かれている境遇を忘れて、自分が就職活動をしていた頃の夢を語っていた。

義之は元々マスコミ志望で、その結果、その他企業への就職活動が遅れ、なんとかこの、今いる会社に就職出来た。

その時、面接の度に言っていたのが「ジャンフランコフェレやアルマーニ、日本の川久保玲、イッセイミヤケ、ヨウジヤマモトにテキスタイルを提案したい」だった。

でも、それで今は、カーペット基布の営業だ。地味で、誰に言っても、「何それ?」って言われる商材の営業だ。


そんな野郎が、大手商社と天秤を掛けて、何を言えばいい?


「・・・自分は、夢を追った。冒険したかった。・・・安定ならあっちの方が確実だろう。でも、石油で冒険出来る?俺は、君も冒険したい「野郎」だと感じた。お公家さんじゃなく、野武士をしたい奴だと感じた。

それが本当なら、ウチに来てくれ。後悔はさせない」


本音は後悔ばっかりだった・・・


・・・


「分かりました。電話します」

そう言って黒田君は物産に電話をした。

机の下で岡田君がVサインを出した。


暫く電話のやり取りがあり、黒田君は受話器を下した。


「お願いします。一緒に冒険させて下さい!」

体育会系の大きな声と、仰々しい頭の下げ方で、黒田君は応えてくれた。


ぶっちゃけ、義之は、「バッカだなぁ・・・絶対、物産の方が良いって」と内心で思っていたが・・・


「山田さん、ありがとうございます」

採用担当部署として割り振られた最上階の一室に戻るエレベーターの中で岡田君は言った。

「まぁ、あいつなら、どこの会社でも欲しがるよな。・・・ウチに決めて、彼も災難だわ、全く・・・」

「でも、そんな人材が採れれば最高ですよ!今日は祝杯を上げさせて下さい!勿論、採用課で領収書切りますから!」


と言いつつも、ある意味、これから仕事が始まる。

今日、採用に携わるメンバーが、色んな意味で「合った」学生達へのフォローと、釣り上げたい、確保したい人材への電話だ。


履歴書と、合ったリクルーターのコメントを見ながら夜分に電話をする。

反応が芳しくない人、なんだか電話が掛かってきた事で興奮している奴、様々だ。

あまり言いたくない事だが、このフライング採用活動では対応する大学が限られている。

大阪本社では、京・阪・神・関(学)の方・同・迄だ。立・関(大の方)さえも入らない。

みな、やるせない気持ちながら、それでも数十人はいる採用予定者に電話を掛け続ける。


部屋がどよめきだった。

咄嗟に、受けていた加藤と言う1年後輩の、岡崎の労務課に勤務している女の子が、電話をスピーカーフォンに切り替えた。

「僕は、穴(某航空会社)を救わなければならないんです!

「そんなリスクのある会社より、もっといい会社があるんじゃないか?例えばウチ以外でも」

さっきまで、黒田君に言っていた事と真逆の事を、義之は大声で受話器に向かって言う。

彼は、阪の筆頭と採用メンバーで考えていた人物だ。逃す訳にはいかない。

「救われたいのは我が社も一緒だ。君なら僕の会社をもっと盛り立ててくれる。それを望んでいるんだ」

義之の同期の鈴木も訴える。


30分程経っただろうか。もう11時も過ぎた。

彼は、

「申し訳ありません!」と、スピーカーフォンだからか、大きく響く声で、一方的に電話を切った。


・・・


室内の空気は一気に重くなった。


それでも、一応キープしたい学生に、深夜ながら電話をし、終電の時間ギリギリで部屋の電気を消し、走って終電に飛び乗った。

女の子の加藤は特別に尼崎にホテルが用意されていたので、もう20分程終電まで時間はあったが、そこはそれ。女の子1人残しても意味がない。


JRの終電は、酩酊状態のおっさんか、座席で寝ている人ばかり。

朝から大学生と面談しながら、何度となくコーヒーを飲んだり、深夜迄電話して疲労困憊しているこっちもおんなじ感じ。

眠気に誘われながら、何とか茨木駅で降り、独身寮に戻る途中に、午前3時迄開いている居酒屋の集まりがある。言ってみれば、焼き鳥屋や、串カツ屋、焼きそば・お好み焼きなんかの粉ものに、刺身、干物焼き等、色んな居酒屋が揃った屋台村だ。

「行くか」

採用担当課長の肩書を頂戴している越谷先輩が、毎晩通り言った。


嫌じゃない。逆に営業の接待やら、部署での飲み会に比べたら、物凄く気楽だ。何より本音が言える。

それが、アルコールより、好きな焼き鳥より、毎晩酔わせてくれた。

大学生との対応に、普段のプロの、零細企業であっても社長でやってきた人とのやりとりとは違った疲労が、それを一層感じさせてくれたのかもしれない。


本来ならば、翌日に向けて早く寮に戻って眠るべきなのだが、リクルーターをしている仲間は、つい屋台村に足を運び、閉店迄少しばかりの酒を飲みながら語り合う。

兎に角、様々な学生に会い、選ばれた5つの大学の内でもランク付けがあり、1・2番の大学の学生には何とか関心を持ってもらう様に促し、下の大学は学生も多く、ある意味容赦なく切っていかなければならない。

面談の最後に「また電話するよ」と言っておきながら、部屋に戻ると履歴書を「廃棄」や「保留」のBOXに入れたり、夜の電話も次の面談の予定を組む為ではなく、他の会社の動向を聞くためだけの電話だったりする。

そんな自分達の行為がやるせなく、少しのビールでも酔う疲労困憊の体でも、毎日、その日に思った事を誰かに聞いてもらいたいのだ。

しかし、フライングのリクルート活動は社内でも公然の秘密だが、個々人への対応の情報の他人へのリークは知人や親族への情報拡散の懸念もあり、また、他社へ採用活動の進展状況のリークに繋がる恐れもある。

その為、自ずとリクルーター同士だけでの、深夜の飲みとなる。

「もうね、お酒も含め、全ての料理を制覇しましたよ」4月中旬、リクルート活動が開始されてからずっと張り付いている岡田君は、苦笑しながら言う。

「あの喫茶店『ベル』も毎年の事なのか、一番奥の見えない席を空けていてくれていますしね。あそこの飲み物の全部制覇しましたよ。もう、どれを飲んでもうんざりしてしまいます」岡田君と同じく工場から呼び出されて張り付いている後輩の篠原君もビールをちびりと飲んでポツリと言った。

「まあ、課面(課長面接)も始まった事だ。これからは喫茶店で会う事も少なくなる。もう少し頑張ってくれ」越谷先輩が励ます様に言う。

「でも、出前か弁当ですしね・・・」

「勘弁してくれ。お前達が外で何を口走るか分からないから、そうせざるを得ないんだ。もう2ヶ月程こんな生活が続いて疲弊しているだろう事は分かっている。でも、それが会社の方針なんだから」

「・・・『会社の方針』ねぇ・・・」義之は呟いた。

「そんな会社に、そんな会社なのに、学生達は憧れるんですかねぇ・・・」

「まぁ、もう寝よう。と言っても2時間程だが。少しでも体力を回復してくれ」

越谷先輩のその声を合図に席を立ち、義之達は寮に戻った。

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