第6話『初試合』
模擬戦開始と同時に、ジョージは馬鹿正直に真正面から突っ込んできた。高性能な障壁の鎧があるからこそ取れる、ジョージにしかできない戦法だ。
あの障壁をどうにかしない限り、半端な魔法では1ダメージすら与えられないだろう。
「そらッ!」
強固な障壁のナックルガードによる殴打。威力はそこそこだが動作が単調で避けるのは簡単だ。
1撃目を半身で躱し、続く2、3、4撃目を軽くいなす。そして5撃目を躱したところでジョージの背後に回り込み、頭を狙って回し蹴りを食らわせる。が、防御の素振りすら見せずにノーダメージで受け止められる。
「おいおい! そんなヌルい攻撃じゃあ、オレに傷一つつけらんねえぜ!? それともビビっちまってんのかぁ!?」
「ビビってねえし! コレはほら、ちょっと軽く遊んでやってるだけだし!」
「ハッ、言うじゃねえか! だがその威勢もいつまで持つかね!」
「……魔法の模擬戦なんだから魔法使えよ」
「そ、そりゃそうなんだけど……っ」
俺が魔法を使わないのにも理由がある。というのも、俺はこういう模擬戦には不向きなのだ。
相手を「倒す」というよりも「殺す」ということに特化しているので、どのぐらいの力量で魔法を使っていいのか判断に困る。そもそも俺は魔法の適性が微妙に低いので、出力の調整も苦手なのだ。
ジョージの攻撃をいなしつつ、その辺について羽多野に尋ねてみた。
「なぁ、このバリアってどのぐらいまでの攻撃なら吸収してくれるんだ?」
「……さぁな。上限は知らん。が、上級魔法は余裕で耐えてるの見たことあるぞ」
「おお、結構すごいんだな! じゃあ俺も魔法で対抗するか!」
一旦ジョージから距離を取り、魔法による遠距離戦に移る。出力の調整は苦手なので、使うとすればあまり威力が出ないことがわかりきっている下級魔法だ。
本気を出したところでそこまで強くはないのだが、一応の手加減は必要だろう。妙な真似をして目立つのも良くない。「無敵の鎧相手に食らいつくも、惜しくも敗北」なんてシナリオが丁度いいか。
「――《ブレイガ》《アクウォラ》《ウィルド》《グラズド》」
展開するのは4属性の下級魔法。誰にでも扱えるレベルの基礎的な魔法だ。
テニスボール大の火球と水弾がジョージ目がけて射出され、続いて疾風の刃と堅牢な岩石の槍が降り注ぐ。これだけ連携すれば少しぐらいは削れるだろう……と思ったが、
「ヌルい、ヌルいヌルいヌルい! そんなヘボい魔法じゃオレの鎧は突破できねえぞ!」
まさかのノーダメージ。どれだけ連発しても1つ1つが弱ければ無意味ということだろう。これ以上下級魔法を使っても無意味なのは明白だ。
そして、ジョージはお返しとばかりに一気に距離を詰めてきた。魔法の雨をものともせずに、一直線に突っ走ってくるジョージ。そして、何を思ったか俺から離れたところで腕を振りかぶった。
「オラァ!!」
別段、何か特殊なことをした様子は無い。一体何をしているのか、と思ったのは一瞬。俺は目前に迫った「何か」を察知して大きく飛び退いた。
直後、その判断が正解だったと知る。俺が展開していた水弾が一気に霧散したのだ。まるで、何か見えない刃に切り裂かれたかのように。
「チッ、これを初見で避けやがるか!」
「な、何だ今の……っ!?」
「企業秘密だ! そら、呆けてるヒマはねえぞ!」
ジョージの不可解な遠距離攻撃は続く。
腕を振り回しているだけなのに、俺の周囲の魔力が斬り払われるように散っていく。
さっきまでは何の変哲も無かったのに、いきなり得物の見えない剣士と戦っているかのような錯覚に陥る。いや、待て、剣……? まさかこいつ――
「あ……ああ! そういうことか!」
その正体に気付くと同時に関心した。よくもまぁ、こんな戦い方を思いつくものだ。思いついたとしても、こんなのを再現しようと思う奴はいないだろう。
謎の攻撃の正体もまた、障壁魔法。それを鎧よりもさらに薄く引き伸ばし、無色透明な剣として拳から伸ばしているのだ。しかも、何の予備動作もなく一瞬で。
「意外とすげえなお前! 障壁を剣にするなんて普通は思いつかねえよ!」
「意外ってのは余計だ! ……って嘘だろ見破りやがった!? 初見でバレたのはお前で3人目だぜ!」
そりゃ気付かないだろう、こんな変態的な魔法の運用方法なんて。むしろ俺の前にも2人いたのが驚きだ。
俺が瞠目していると、ジョージは憤慨した様子で、
「つーかお前、絶対なんか隠してるだろ! これを見破れる奴が下級魔法しか使わねえなんてあり得るか! 本気出せよ!」
確かにジョージには失礼なことをしていたかもしれない。本来ならばここは大人しく負けておくのが正解なんだろうが、ここでそれをするとジョージと羽多野からのイメージが悪くなる。監察官としては、それもあまり良くないだろう。
……というのが建前で、本音としてはジョージの本気に俺も応えてやりたかった。加えて、いつもの任務では猛毒で瞬殺してしまうので、拳で語り合う熱い展開というものに憧れていたのもある。
「……わかったよ。その代わり、何されても後から文句言うなよ!」
「上等だ! どんとかかってこいや! それでもオレが勝つけどな!」
もたもたしていたらこのまま倒す、と言わんばかりの勢いでジョージが特攻してくる。魔法戦よりも肉弾戦で勝負を決めるつもりなのだろう。
だが、生憎俺の得意魔法は近接戦闘で真価を発揮する。しかも、ジョージのような硬い相手にはすこぶる相性がいい。
「どうしたどうしたァ! 本気とやらはまだ出さねえのかぁ!?」
次々に俺を襲う不可視の刃。ほとんどの学生はそのプレッシャーに焦るだろうが、ここまでの打ち合いで間合いはすでに見切っている。
それに、ジョージの攻撃パターンも現役の騎士に比べれば単調も単調。不可視の刃で焦燥感を煽り、相手のペースが乱れてきたところで――
「右の大振り、だな」
「な……っ!?」
狙い通りに来たジョージの攻撃を、姿勢を低くして回避。そのまま一気に懐へ潜り込み、ジョージの鳩尾に鋭い掌底を食らわせる。
無論、これだけではノーダメージだ。本命はここから。掌に魔力を集中させ、俺の最も得意な魔法――強力な振動波を発生させることで、対象を破壊する魔法を発動させる。
「――振動魔法《クエイク》」
「――が、は……ッ!?」
振動魔法は、外側からではなく内側から破壊する魔法だ。どれだけ硬い鎧を纏っていようと、この振動魔法の前では無意味。
ジョージは全身に振動波を受け、バリアを4割近く削られた上で白目を剥いて気絶してしまった。一種の脳震盪みたいなものだ。
「えっと……羽多野? これは俺の勝ちでいいんだよな?」
「……あ、あぁ。KOして10カウントでも勝利にはなる、が……嘘だろ……」
丁度ウインドウに表示されたカウントが0になる。そして、俺の勝利を示す文字が浮かび上がってきた。
その直後に先生から模擬戦終了の声が上がる。
「よし、そろそろ時間だからキリのいいところで終わらせろー!」
模擬戦時間が終了となり、一気に緊張が解けた様子の生徒たち。しかし、気絶したジョージを見ると先生も生徒もぎょっとしていた。その様子を見て冷や汗が俺の額に浮かぶ。
「や、やり過ぎた……」
俺、また何かしちゃいましたか……なんてことは言わない。明らかに調子に乗っていた。気絶するまでやれと誰が言ったんだ。これは反省だ。ジョージにあとで謝っておかなくては。
だが、これで俺の存在はアピールできたのではないだろうか。これで少しは俺に興味を持ってくれる人も出てくるかもしれない。
俺はやらかしてしまった事を無理やり肯定的に捉えつつ、引きつった顔の先生に事情を説明した。
そして、俺は再び思い知る。
現実はそこまで甘くはないということを。
◇◇◇
体育が終わると昼休みだった。
制服に着替え直し教室に戻った俺は、1人寂しく昼食を広げる。すると、丁度そこへジョージと羽多野が声をかけてきた。
「よう、メシ食うぞ! 付き合え!」
「……ちょっと話もあるしな」
ぼっちの俺にとっては嬉しい誘いではあるのだが、心境としては微妙なところだ。さっきジョージを気絶させてしまったのもあるし、どう反応すればいいものか。
先生に叩き起こされてすぐに意識を取り戻していたが、やはり怒っているだろうか。内心少しビクビクしながらも、2人に連れられて学園内の人気の少ないベンチへと腰掛ける。
するとジョージは開口一番、
「すげえなお前! このオレを一撃でぶっ倒すなんてよ! あんな負け方したのは初めてだ!」
意外にもジョージは全く怒っている様子は無く、それどころか俺を賞賛しているようだった。あまりの後腐れ無さに少し驚く。
「あ、ありがとう……? いや、むしろごめんな。思いっきり気絶させちまって……」
「なに、んなこたぁ学園じゃよくある事だ! いちいち気にしてたらこの先やってけねえぞ? ガッハッハッ!」
ジョージが俺の背中をバンバンと叩きながら高らかに笑う。痛い痛い痛い痛い。というか、これが日常茶飯事ってそれはそれで物騒すぎないか。
苦笑する俺に、羽多野がぼそりと呟いた。
「……このゴリラはいつもこんなんだ。我慢してくれ」
「お、おう……」
「……まぁ暑苦しいゴリラは置いといて。こうして九頭龍を呼んだのは、1つ忠告しとこうと思ってな」
「忠告?」
「……ああ。お前、すでに学園じゃ有名人だぞ。しかもかなり悪い方向にな」
「は!?」
何だそれは。俺が何をした? 強いて言えば、あのイタい自己紹介ぐらいのものだろう。ジョージをKOしたのはついさっきの方だし、有名になるには早すぎる。
どうしてそうなったのかは見当もつかない……つかないのだが、何となく良く思われていないのは感じていた。初対面でハユルちゃんが俺の名前を聞いた瞬間に逃げ出したのがいい例だ。
「……こいつは自己紹介のせいだって嘘ついてたけどな」
「あれ嘘だったの!?」
「そりゃあ、ほら。初対面で悲しい現実をぶつけるのもどうかと思ってな。100パー嘘ってわけでもねえし?」
「そこは嘘であってほしかった……」
しかし、そうなると俺が避けられてた原因がますますわからない。話を聞いている限り、まるで俺が転入してくる前から有名だったみたいじゃないか。
明らかに時系列がおかしい。俺が転入してくる前に、いったい何が――
「……お前が避けられてた最大の理由は、転入前から『九頭龍巳禄はとんでもない不良だ』って噂が流れてたからだ」
「はあ!? そりゃまたどうして……」
「……前の学校で暴力沙汰を起こして、生徒を1人半殺しにしたって噂されてたが」
「……あっ」
それか。ここでそれが影響してくるか。ああ、そうだ。それには心当たりがある。むしろ心当たりしかない。
そのエピソードはほかでもなく、俺が前の監察官任務を外された原因だ。
「……流石にそれは噂に過ぎないって言う奴もいたんだけどな。さっきの体育でそれが実行できるだけの実力があるって証明されちまった」
「オレ達、この学園じゃ結構上位なんだぜ? 学園内のランキングだと500人中の30位ぐらいだな。そんなオレを一撃でKOなんかすりゃあ、そりゃ警戒もされんだろ」
「そうか、そういう事か。なるほどね、なるほどなぁ……はぁぁぁ……」
全部繋がった。ハユルちゃんが露骨に怯えていたのも、自己紹介であれだけざわついていたのも、今のみんなの警戒っぷりも、つまりはそういう事だったという訳か。
そして、俺の今までの行動はことごとく逆効果だったと。もはや溜息しか出ない。
「あれ? それじゃあ何でお前ら、俺に普通に接して……」
「んなモン決まってんだろ! 性は人と人を繋ぐ! そこに国境なんてありゃしねえのさ兄弟!」
「……ま、少なくとも危険人物には見えねえしな」
「お、お前ら……!」
やばい、少し涙が出そうになった。ここまで誰にも相手されてなかったし、ここに来る前もほぼ友達いなかったし。偉大なり鼠蹊部。ありがとう鼠蹊部。
「……で、実際どうなんだ? 事実なのか?」
「元ヤンだったのか!? どうだったんだ!? 強かったのか!?」
「あ、結局そこは聞くのな……」
何だよ、やっぱりこいつら戦闘ジャンキーの素質あるじゃん……と肩を落としながらも、正直に話すことにした。
「うん、まぁ……事実だよ」