第5話『初めての友達、初めての模擬戦』
3限目、体育。
体育といっても、スポーツをするわけではない。そもそもスポーツは魔人の出現と同時に、ルールの公平性が疑われ廃れている。これから俺たちがするのは魔法戦闘の実戦訓練だ。
この渋谷第三魔道学園は、代々優れた魔術師を輩出してきたことで有名だ。そのまま各地方騎士団にスカウトされることもあれば、魔法が欠かせない技術職に就く者もいる。
そういったネームバリューに加え、魔法をただ「学ぶ」だけでなく「使える」ことを目指す、より実践的な魔法教育をするのが、ここが国内最大の魔導学園と呼ばれる所以なのである。
体育はその代表格と言えるだろう。
1年生で「学んだ」魔法を活かし、2年生からは自分の魔法適性を活かした模擬戦をする。最もわかりやすいカタチで魔法を実践しているのだ。これには俺も驚いた。
俺はこんなに丁寧に教わったりできず、ノブさんから地獄のような訓練を……おっと、これ以上思い出すとストレスでハゲるのでやめておこう。
「よし、それじゃあ2人組になって模擬戦やってみろ!」
――転入史上最大のピンチ到来。
鬼か。あの先生は鬼なのか。
俺は未だぼっちで友達なんて1人もいない。ハユルちゃんはまだ友達なんて言える距離感じゃないし、そもそも体育は男女別だ。
詰んだ……と呆けていると、
「あ、今日は奇数だから3人組が1つできるな……丁度いい。九頭龍、お前は初めてだからあそこのペアに入って教わってこい」
間一髪。なぜこんな所で心臓バクバクさせなきゃならないんだ……が、ファインプレーだ先生。鬼とか言ってごめんなさい、鬼はクソ上司だけで十分だった。
さて、肝心なのはこのペア割りだ。できれば学年の中心人物、もしくは声の大きい奴――いわゆるリア充が望ましい。そうすれば存分にアピールができるのだが……流石にそこまで運は向いていなかった。
「おう転入生、よろしくな」
「……」
この2人はデータにあったが、中心人物かと言われれば首を傾げざるを得ない人種だった気がする。
1人は、柳沢譲治。
通称「ジョージ」と呼ばれているらしい。ウニのようなチクチクした黒髪で、黒縁眼鏡をかけた大柄な男子だ。まるでラグビー選手みたいな体格だが、バリバリのインドア派だそうだ。こちらは魔人ではなく、純粋な人間。
もう1人の無口な奴が、羽多野耀。
まるでギャルゲーの主人公のように茶髪で両目が隠れた、柳沢とは対照的な線の細いイケメンだ。ただし、女子からの人気は皆無らしい。理由は無気力すぎるからだそうだ。どんだけ無気力なんだ。
そんな無気力さの原因は、彼が幽霊系モンスター・レイスの魔人だからかもしれない。
どちらも喋ったことはないが、クラスメイトだ。
「ああ、よろしく。俺は九頭龍……え、知ってるよな?」
「おう、寝てたからあんま覚えてねえけど。ほらアレだろ、自己紹介で盛大に戦闘狂宣言してドン引きされてた奴」
「えっ」
「……お前がぼっちな理由、それだぞ」
「は?」
柳沢に事実を突きつけられ、羽多野から追い討ちを食らったことでその場に崩れ落ちる。
そこか。そこが悪かったのか。いくら個性のテーマパークみたいな学園でも、みんながみんな血の気が多いというわけではなかったのか! 改めて考えれば当然だ、ハユルちゃんなんてその対極にあるような子じゃないか!
「俺の努力はいったい……ッ」
「ガハハ、まぁそういうこった。それより九頭龍、ずっとお前に聞きたかったことがある」
「な、何だよ……?」
軽く笑った柳沢の表情が、急に張り詰めたものになる。
その雰囲気の変化に並々ならぬものを感じ取り、俺は身構えた。そして、柳沢が再度口を開き――
「……女の子の部位なら、どこが好きだ?」
――高尚な話だ。
しばし悩む。この問いに俺はどう答えるべきか。
時間にして10秒にも満たない時間。しかし、俺にとっては永遠にも思える時間の中で、ようやく俺が出した答えは――
「……鼠蹊部、かな」
「……そうか」
再び沈黙。
黒縁眼鏡の奥で、俺という人間を試しているかのような真剣な眼差しをする柳沢。それに応えるようにして、しばしの間睨み合う。
そして、
「今日からオレ達はダチ公だ、九頭龍」
固い握手を交わす。
ここに来て初めての友達ができた。
◇◇◇
それから各々の性癖について2人で語り合った。柳沢……いや、もうジョージと呼ばせてもらおう。彼は性に対して正直で、真摯で、紳士な漢だった。
5分ほどして、羽多野の「……そろそろ模擬戦やらね?」という呟きが飛んできたのでそろそら真面目にやることにする。ちなみに羽多野は脚フェチだった。わかる。
「で、模擬戦のやり方なんだが……まぁぶっちゃけ普通に戦うだけだ」
「じゃあこのウインドウは何なんだ?」
俺たちのすぐ側に浮かんでいるウインドウには、模擬戦中の2人の顔と名前、そしてHPバーみたいなゲージが表示されていた。
何となく理解はできるが、ちゃんと仕組みを聞いておいて損は無いだろう。
「これはバリアポイントの表示だな。流石にマジで戦り合うと危ねえだろ? だから模擬戦の時は、システムが俺らの魔力を消費して体に特殊なバリアを張るんだよ。もし致命傷レベルの大ダメージを受けても、バリアが耐えられる分はバリアが受け切ってくれんだ」
「なるほど、それでバリアの耐久値がゼロになったら負けってわけだな」
「そうだ。ちなみに、バリアが割れてもまだ余力があるように作られてる。逆に言えば、余力があるからってゲージを無視すればバリアが割られて模擬戦には負けるってこった」
これは画期的なシステムだ。己の体力や魔力の残量を考慮して戦うのは戦いの基本。その感覚を叩き込むのに、適切な魔力残量をゲージとして可視化するのはいい方法だ。
この学園に導入されているということは、騎士団にもあるとは思うのだが……俺はトレーニングルームなんて使わずに実戦で鍛えられてきたので、このシステムの存在を知らなかった。これも不死身だからって考えなしに最前線に放り込むクソ上司のせいだ。
「んじゃ、早速やるぜ。まずはオレと羽多野でやるから、オレの強さに目ぇ輝かせてな」
「……今日こそ潰す」
ジョージがウインドウをいじると、そこに数字が表示される。制限時間は3分。それから試合前の10秒間のカウントが始まった。
互いに睨み合ったまま、3、2、1とカウントダウンが進み――
『――Duel start』
「っしゃ死ねコラァ!」
「死ねコラ!?」
電子音声が試合開始を告げると、ジョージはまっすぐに羽多野に殴りかかった。何の魔法もかける様子なく。
おい魔法。魔法はどこに行った。確かにバリアゲージが本人の体力を反映してるなら、普通に殴っても削れるんだろうが……これはアリなのか?
「……《ブレイガ》」
対する羽多野が出したのは初級の火炎魔法。
テニスボール大の火球が10個、羽多野の周囲を飛び交い始めた。まるでジャグリングのように火球が宙で乱舞しており、狙いが全く読めない。
「ハッハァ! 今日はその手にゃ乗らねえぞ!」
しかしジョージは不規則に浮遊する火球なんて気にも留めず、思いっきり拳を突き出した。インドア派とは何だったのか。
その拳は無表情の羽多野の顔面を鋭く打つ……と思いきや、するりと手応えなくすり抜けた。
これは幽霊の魔人の体質――かと思ったが、直後にそれが違ったと理解する。単にすり抜けただけではなく、羽多野の姿そのものが完全に消滅したのだ。
これは幻影魔法だろう。だとしたら、羽多野は試合開始から俺にすら気付かれずに幻影と入れ替わったということか。大した技術だ。
そして、隙を見せたジョージを火球の群れが襲う。火球もステルスしていたのか、最初に見せた数よりも明らかに多い。
その猛攻撃を受けてジョージのHPは――1ミリも減っていなかった。
「オレの障壁魔法も日々進化してんだぜ! オラ、そこだァ!」
ジョージが何も無い空間に拳を振り下ろす。
すると、その空間から羽多野が現れ、炎の盾を作ってジョージの拳を防御した。しかし炎の盾に突っ込まれたジョージの拳は無事。攻撃こそ防がれたが、ダメージは負っていない。
強化魔法でも完全にノーダメージにするのは不可能なはず。俺はジョージの拳をよく注視して……絶句した。
なんと、ジョージは拳を障壁魔法でコーティングしていたのだ。まるで無色透明のナックルガード……いや、拳だけじゃなくて全身に張ってやがる! 障壁魔法を盾としてではなく、薄く引き伸ばして鎧にするなんて考えもしなかった!
「……チッ」
再び羽多野が姿を消す。
それと引き換えに大量の火球が出現し、ジョージを取り囲んだ。今度の火球はサッカーボール程もある。無詠唱でこの大きさをこれほど大量とは、学生のレベルを超えている。明らかにB級騎士に片足を突っ込んでいた。
その全ての直撃を受け――ジョージは未だ無傷。こちらも学生としては規格外だ。
「クッソがぁ! 男なら真っ正面から来やがれ!」
「……誰がゴリラに正面切って挑むか」
「この卑怯モンが!」
「……卑怯結構。さっさとくたばれ」
こいつら本当に友達なの? ってぐらいの言い合いの末、またまた2人の攻防が始まった。
その攻防は何度も何度も繰り返され――結局2人ともノーダメージのまま3分経過した。ウインドウから発せられるアラーム音が模擬戦の終了を告げる。
「だークソ! これで1勝1敗83引き分けかよ! いい加減勝ち越させろや!」
「……それはこっちのセリフだ」
それだけやってまだ勝負が付いていないのか。いいライバル関係だ……と、呑気に言ってられる場合ではなかった。
正直ここまでとは思っていなかった。俺の想定では、2年生なら初級魔法がある程度使えれば十分、適性があれば中級魔法も使えるだろうという程度だった。
だが現実は違った。2人とも使っていたのは下級〜中級の魔法だったが、その熟練度が並大抵のものじゃない。
特にジョージの障壁魔法の鎧なんて、あそこまでの完成度にするには、よっぽど適性がぶっ飛んでても相当な努力が必要な芸当だ。
「……すげえ」
その一言に尽きる。
ノブさんの言ってたことを本当の意味で理解した。パッと見た感じだと、ほかの生徒も一昔前の魔導学園ならば十分トップに立てる実力があった。将来有望というレベルではない。油断してるとすぐに追いつかれてしまうだろう。
「こりゃうかうかしてらんないな……!」
「お、やる気じゃねえか。どうする、どっちとやる?」
あまり時間も無いし、やるとしたらどちらか1人だ。
俺の中では、どっちと戦うかは観戦してる途中でもう決めてある。
「ジョージ、お前とやるよ」
「ハッ、あの戦いぶりを見て勝負を挑むたぁいい度胸だ! 受けて立つぜ!」
少しの休憩を入れてから、ジョージがウインドウの設定を書き換えた。羽多野の表示が消え、俺のHPが浮かび上がる。それと同時にカウントダウンが始まった。
「お前がどこの学校から来たかは知らねえが、ウチの学園はレベル高いぜ? ちょっと腕に自信があるからって調子乗ってたらすぐ潰されるぞ」
「ああ、そりゃ今思い知ったよ。だから俺もちょっと本気出そうかなって思ってた所だ」
「へえ、本気出しゃ勝てるってか? ナメられたもんだなぁ!」
3、2、1――0。
『――Duel start』
「っしゃあ! お望み通り拳で語り合おうぜッ!!」