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東京HYDRA 〜猛毒使いの不死身騎士〜  作者: 江戸川すし
1章『ぼっちの蛇王と臆病ウサギ』
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第2話『音速少女』

 危惧していた転入試験は、思っていた以上に簡単なものだった。この学園は学力よりもまず実力ということなのだろうが、それにしたって簡単すぎた。

 特に、『「物質界アガルタ」と「魔法界シャンバラ」について正確に説明せよ』という設問。これはこの世界の住人にとっては常識問題以外の何物でもない。



 前提としてこの世界(・・・・)は120年前に2つの世界が繋がったことによって大きく変容・成立したものだ。それがこの「物質界アガルタ」と「魔法界シャンバラ」というわけである。


 「物質界アガルタ」とは、こちら側(・・・・)の世界のこと。かつては魔法など存在せず、人々の科学力によってのみ発達してきた世界だ。

 かつては「現実世界」と呼ばれていたそうだが、今ではあちら側(・・・・)も立派な現実なのでそう呼ぶ人は少ない。


 対する「魔法界シャンバラ」は、あちら側(・・・・)の世界のこと。その名の通り魔法によって発達してきており、一般的な生物に加えて魔物や精霊なんかもいる。

 物質界アガルタが「現実世界」と呼ばれていたように魔法界シャンバラを「異世界」と呼ぶ人もいたのだが、こちらは今になっても割とポピュラーだ。「異」なる「世界」ということには変わりないからだろう。


 この2つの境界が色々あって曖昧になり、120年前に世界で初めて「異界門ゲート」が東京にて開通。以後、2つの世界を繋ぐ唯一の正規ルートとして異界門ゲートが用いられてきた。

 ちなみに、この異界門ゲートを無視して空間を突き破り、こちら側に侵攻してくる輩もいる。それが魔物――東京騎士団の討伐対象なのである。




 このほかにも色々と出題されたが、ほとんどの問題……特に歴史や公民に関してはカモでしかなかった。

 ほかの教科も割と平均的な点数を取れていたと思う。ノブさんからも「監察官は目立つな!」と釘を刺されていたので丁度いい。


 ちなみに俺が監察官だということは、生徒はもちろん教師も知らない。ここの教師も俺の監察対象だからだ。

 そういう理由で、学園内で俺の正体を知っているのは理事長のみ。これを綺麗に隠し通すのは中々に大変そうだ。




 そして、今俺はその打ち合わせ(・・・・・)をしている。




 落ち着いたアンティーク調の部屋に配置された、ソファやテーブルなどの高そうな家具の数々。壁には賞状やトロフィーなどがズラリと並び、自然と背筋が伸びてしまう。

 ここは渋谷第三魔導学園の理事長室。唯一、俺の素性を知る理事長と監察官任務についての話し合いをしていたのだ。



「こうして顔を合わせるのは初めてだね。ようこそ、渋谷第三魔導学園へ。私はこの学園の理事長、草間くさま倫太郎りんたろうだ」



 思っていたよりも、理事長は穏やかそうな人だった。

 白髪に丸眼鏡をかけた初老の男性で、細かい装飾が施された杖をついているのが印象的だ。その所作からはどこか気品のようなものを感じさせる。まさに老紳士といった風格だ。



「九頭龍巳禄です。これからお世話になります。……あと、色々と手間をかけそうなんで先に謝っときます。すいません」


「はは、構わないさ。生徒のためなら私も手間は惜しまない。君の働きについては小野屋氏からも聞いているからね」


「……ノブさんと話を? ってことは前に俺が監察官任務でやらかしたことも……」


「事情は一通りね。だが、あの状況で被害を最小限に抑えた君の手腕は信用に値する。期待しているよ」


「……どもっス」



 理事長からの期待が重く、つい萎縮してしまう。いや、期待の言葉をかけて緊張感を持たせるのが狙いなのだろう。さすがは国内最大の魔導学園を束ねる男。人心掌握はお手の物か、食えない人だ。

 俺が居心地悪くしていると、理事長は「これを」と言って小さなメモリーカードを1枚手渡してきた。



「これは?」


「この学園の生徒の詳細なプロフィールだ。監察官任務に役立つだろうと思ってね。確認してくれたまえ」



 メモリーカードを受け取り、小型の携帯端末に挿入する。すると、俺の目の前に大量のウインドウがホログラムのように浮かび上がった。

 内容は理事長が言った通り。生徒の名前、性別、学年、略歴などはもちろん、家族構成や魔法適性、性格、交友関係なども詳細に記されていた。去年の監察官任務ではこんなもの貰えなかったので、非常にありがたい。



「助かります。ちなみに俺のクラスは……?」


「2-Aだね。今の2年生には逸材が多い。特にA組は個性豊かな生徒が揃っているから、君も退屈しないだろう」


「へぇ、どれどれ……うわぁ」



 目を通した途端に情けない声が漏れる。個性豊かというレベルではなく、これはしっかりと手綱を握らないと面倒なことになりそうだ。

 前回の反省を生かして、今回はそこそこのポジションから上手くコントロールしなくては。



「ガ、ガンバリマス……」


「よろしく頼むよ。最近は何やら良からぬ流れ(・・・・・・)が来ているようだからね」



 穏やかな微笑のまま、理事長は穏やかではない事を言った。良からぬ流れというのはよくわからないが、俺がまだ預かり知ることのない何かしらがあるのだろう。

 平然と更なる不安要素を積み上げられ、俺はそのプレッシャーに苦笑いをするのだった。




◇◇◇




「読めねえ人だな、理事長……」



 下見がてら校内をぶらぶらと歩いていた俺は、空を見上げてぽつりと呟いた。休日の校内はがらりとしており、俺の呟きも妙にハッキリと響いていた。


 渋谷第三魔導学園は、扱いとしては高校なのだが校舎は大学レベルかそれ以上に広い。生徒が暮らす寮や、魔法戦闘訓練ができる体育館、さらに大きな大会用の通称「闘技場」、専用の研究施設、本格的な医療施設など、設備が豊富なためだ。

 これも国が膨大予算をつぎ込んでいるおかげなのだが、俺個人としては目的地に辿り着くのも一苦労だ。


 正直に言えば、俺は完全に迷子になっていた。



「……あれ? ここさっきも通らなかったっけ?」



 理事長に貰った生徒のデータに同封されていた、校内のマップを確認する。そして溜息をつき、別の道を行くことにした。

 特に方向音痴というわけではないのだが、いつになったら俺は寮に辿り着けるのだろうか。このまま孤軍奮闘するよりも、素直に誰かに同行してもらう方がいいのかもしれない。



「そうと決まれば人を探すことから始めないとな。JKハーレム計画の第一歩……これが運命の出会いになったりして……ふはははっ、ははははっ……はぁ」



 不安と孤独を紛らわすための冗談だったのだが、端から見れば相当に気持ち悪い絵面だろう。自分で虚しくなった俺は、今日何度目になるかわからない溜息をつきながら曲がり角を曲がった――その時だった。



 ろくに前も見ていなかった俺は、その曲がり角から飛び出してきた女子生徒とぶつかってしまった。



 ……ぶつかった事は別にいい。問題は、その子のスピードがちょっとおかしかったという事だ。それはもう、トラックなんか目じゃないくらいのスピードだった。

 ぶつかった衝撃で、あっちは「きゃっ!」と可愛らしい悲鳴を上げて尻餅をついていたが、こっちは「ごはッ!?」という呻きと共に錐揉み回転しながらぶっ飛ばされた。


 地面に叩きつけられて全身の骨が悲鳴を上げる。そんな俺を、ぶつかって尻餅をついた女子生徒がきょとんとした顔で眺めていた。

 直後、ようやく現状を認識した女子生徒は顔を真っ青にして俺に駆け寄ってくる。



「へ……? わ、わああぁぁっ!? だだだ大丈夫ですかそこの人!?」


「だ、大丈夫……一応……っ」



 俺とぶつかったのは、小柄な女の子だった。


 まず目についたのは、頭から生えたウサギの耳。獣人系……一角兎アルミラージの魔人だろうか。それが落ち着きなくぴょこぴょこと動いている。

 髪はふわふわとしたミルク色のボブカットで、桜色の瞳の大きな潤目はチワワのように小動物めいていた。その小柄な体格とはアンバランスな、首から提げた大きな一眼レフカメラも目を引く。


 彼女はぷるぷると震える手を地面に転がっている俺に差し出し、



「ごっ、ごごごごごめんなさいっ! 怪我とかしてないですかっ!? というかしてますよね絶対っ!!」


「え、いや、俺は別に……そっちこそ大丈夫?」


「わたしのことなどお気になさらず……って、ええええぇぇぇ!? む、無傷!? いやだってそんなはず……とっ、とにかくごめんなさい!!」



 うさ耳の女の子は、土下座せんばかりの勢いで食い気味に謝ってきた。余所見をしていたのはこっちなので俺が悪いのだが……というより、どんなスピードで走ってたんだこの子は。

 怪我してないとは言ったが、実のところぶつかった衝撃で骨が所々逝っている。持ち前の再生力で何も無かったかのように元通りだが。



「そんなに謝んなくてもいいよ。この通り怪我してないし。それにそこまで謝られると……その、逆に困る」



 このまま謝られ続けたら、なんか俺がこの子に当たり屋みたいな事をしたように見える。今は周りに人がいないが、こんな所を見られたら俺がヤバい。

 転入前に「九頭龍はか弱い女子を脅すような不良だ」なんて噂が流れたら、監察官なんてできるわけない。



「そう、でしたか……? ごめんなさい……」


「また謝ってるし……あ、じゃあお詫びって事で男子寮に連れてってくれないかな? ちょっと迷っちゃって」


「男子寮ですか? あ、あの……付かぬ事をお聞きしますが、あなたは……?」



 あぁ、いきなりこんな事を聞いたら不審者にしか思われないか。それはそうだ。1年生でも4月中には迷わなくなってるだろうし、明らかに不自然すぎる。ここでちゃんと名乗っておいた方がいいだろう。

 それに、この子と顔見知りになっておけば監察官任務も多少は楽になるかもしれない。この子はそんなに社交的には見えないので、本当に多少だが。



「俺は九頭龍巳禄。もうすぐここの2-Aに転入するんだ。よろしく」



 なるべく爽やかな好青年に見えるように、精一杯の笑顔で名乗る。ここで馴れ馴れしくならない程度に右手を差し出すのがポイントだ。

 何回これを練習したことか。これなら友達500人&JKハーレムも夢では――



「……ひぇっ(・・・)


「え?」


「く、くくくくくずりゅうさん、ですか、そうでしたか。と、ところで別の九頭龍さんが転入してきたりとかは……?」


「い、いや? 俺以外に九頭龍なんて奴ほとんどいないと思うけど……それがどうかした?」


「そっ、そそっ、そうですか、あなたがあの(・・)……」


「……あの(・・)?」



 俺のことが噂にでもなっていたのだろうか? まだ転入どころか、会ったのもこの子が初めてなのに?

 しかも、この子が妙に怯えているようにも見えるのは気のせいだろうか。気のせいだと思いたいが、嫌な予感しかしない。



「もしかして俺のこと知ってたりとか?」


「いや、えっと……それは……っ」


「それは?」


「ご……ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!」


「えっ、ちょっと待っ……足速っ!?」



 女の子はなぜか口籠った方思うと、謝りながらダッシュで明後日の方向へと逃げていってしまった。それも、ぶつかった時のスピードを優に超える、F1カーもかくやという速度で。

 残された俺はそのスピードに驚きつつも、舞い上げられた土埃の中で呆然とすることしかできなかった。



「あの……道案内……」



 などという呟きが届くはずもなく。

 「あの子は何してたんだ?」とか「あっち出口じゃね?」とか、色々と思うところはあったが、結局のところ全ては謎のまま終わってしまった。


 仕方ない、気を取り直して1人で寮を目指そう――と、思い直した時だった。



「ん、電話か。誰から……げっ」



 画面に映し出された相手の名前を見て俺の顔が歪む。今から仕切り直そうと思っていたところで、どうしてよりにもよってこの人なのか。いっそ無視してやろうか……という訳にもいかないので、大人しく通話ボタンを押す。



「何スかノブさん、今忙しいんスけど」


『お前、今どこにいる?』


「どこって……学園に決まってるじゃないスか。理事長と打ち合わせが終わったんで、寮目指してるところですよ」


『魔物だ』


「は?」


『学園から1キロ弱の広場に空間の裂け目を感知した。ちょっくら行って片付けてこい』


「は? ちょっ、そんないきなり……って切りやがった!」



 仕事を押し付けるだけ押し付けて……全く、いつもながら人使いが荒いクソ上司様なことだ。だがわざわざ俺にかけてきたということは、俺が一番現場に近いということなんだろう。ここは被害が大きくなる前に俺が片付けるのが最善だ。



「はぁ……結局いつも通りってことだな」



 俺は溜息をつきながら、現場に向かって走り出した。












「……って出口どこ!?」



 ここからさらに数分間迷うことになったのは、言うまでもない。



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