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東京HYDRA 〜猛毒使いの不死身騎士〜  作者: 江戸川すし
1章『ぼっちの蛇王と臆病ウサギ』
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第1話『監察官』



「巳禄、お前学校行け」



 事の発端は、上司のそんな言葉だった。銀行強盗の一件から3日後のことである。俺は報告書を作成する手を止め、灰色のデスクから「は?」と上司を見上げた。

 まるで引きこもりに外へ出るよう催促する親のようだが、俺はれっきとした社会人だ。騎士という特殊な職業の上、まだ17歳ではあるが。



「どうしたんスか、ノブさん。藪から棒に……煙草の吸いすぎで、とうとう脳やられましたか」


「上司に向かって減らず口たぁ、いい度胸だ。その首ぶった斬ってやろうか」


「おっさんの暴力なんざ普通に罰ゲームだからヤだね! どうせぶった斬られるなら、ナイスバディのお姉さんがいいですー!」


「……ほう」



 その次の瞬間。急にガクンと俺の視界が低くなった。何が起こったのか、と立ち上がろうとする。が、視界は依然として床の上。

 そう。俺は今、胴体と首がサヨナラしている状態だ。現在進行形で俺(の首)を見下ろしているこの男が、目にも留まらぬ剣技で俺の首を落としたのである。しかも、出血ひとつなく。俺は生首状態のまま絶叫した。



「うおぉぉい!? マジでやりやがった、このアラフォー侍! 冗談通じねえのか! 鬼、悪魔、パワハラ上司!」


「うっせえ、いいからさっさと再生(・・)しろ。床に転がってる首相手に喋んのもダルいんだよ」


「自分がやったくせに……っ!」



 と文句を言おうが、ノブさん――東京騎士団第10師団長・小野屋おのや信明のぶあきには何を言っても無駄だ。それは直属の部下で、彼に師事している俺が一番よくわかっている。

 俺はブツブツと恨み言を呟きながら、自分の首を拾い上げて胴体にくっつけた。これだけで元通りである。



「んで? さっきの……学校? ってどういう事スか」


「潜入捜査。渋谷第三魔導学園って知ってんだろ」


「知ってるも何も、国内最大の魔導学園じゃないスか。知らない方がおかし……待って、学園に潜入捜査? ま、まさか」


「そのまさかだぞ。お前の次の任務は、監察官として学園を監視することだ」



 監察官――その名の通り、潜入先に異常が無いかを監視し、有事の際にはそれに対処するスパイのようなものだ。

 この世界と異世界が繋がって120年。この東京でも魔法が発達し、純正の人間ではない人間――『亜人』や、いわゆる「モンスター混じりの人間」である『魔人』といった種族も増えてきた。


 そして当然、そういった能力を悪用する輩も出てくる。先日の銀行強盗なんかはいい例だ。だから、それらを監視する監察官が必要なのである。

 しかし、実際に効果があるかどうかと言われれば……よくわからない。というのも、こんなカオスをカオスで煮詰めたような空間を監視したところで、予測も対策も困難なのだ。事後処理にしても、武力でゴリ押しするぐらいしかできない。



「嫌だ! 絶ッッッ対に嫌だ! あんなんトラブル起こるのが前提みたいな任務じゃないスか! もう始末書の束と仲良く残業すんのは嫌だ! 俺は断固拒否します!」


「俺だってお前なんかに命令したくねえよ。1年前、潜入先で暴力沙汰起こしたお前にはな」


「あーあー聞こえないー! 俺なんにも聞こえてませんー! つーか、それがわかってるなら尚更俺に頼むなよ馬鹿野郎!」


「上司には敬語」


「ぎゃあッ!?」



 今度は脳天に峰打ちを食らった。峰打ちとは言っても、鉄の塊で頭を殴られたようなものだ。このクソ上司、「頭を鉄塊で殴られたら人は死ぬ」ぐらいわからないのか。

 そうか、わからないんだな。こいつはどっかの不殺の侍と同じような認識というわけだ。いつかやり返してやる。



「生徒として潜入できる奴がもうお前しかいねえんだよ」


「えっ、ほかの10代は?」


「お前以外は全員監察官やってんだよ。むしろ1年で放り出してきたお前が異常だっつの。なんなら一部の20代前半の奴もサバ読んで高校に潜入してんぞ。30代でセーラー服着せられてる奴もいたっけな」


「う、うわぁ……痛々しい」


「やめてやれ。本人も死ぬほど恥ずかしがってた」



 基本的に傍若無人なノブさんが、珍しく哀れみの目をしている。俺もこれには同情せざるを得ない。合掌。



「でもおかしくないスか? 渋谷第三なんてデカい学校に、なんで今更監察官を? 前任者はいたはずでしょ」


「……理由はいくつかある。まず1つ、あそこの学生のレベルが急上昇してること。並大抵の騎士じゃ、生徒が束になって反乱でもしたらとても抑えられねえ」


「で、歳の割には強い俺ってことスか」


「歳の割には……な。まぁいい、2つ目だ。最近、あの学園の近辺で魔物の出現数が増加傾向にある。見張りを強化しといて損はねえ」



 この東京では、たまに空間を突き破って異世界から魔物が侵攻してくる。これがただの雑魚ならいいのだが、危険度Aレート相当の強い個体だったり、ゴブリンやコボルドみたいにやたら統率が取れてると民間人に大きな危害が及ぶ。

 その魔物を討伐するのも、東京騎士団の立派な仕事だ。むしろ本来はこっちがメインと言っていい。もっとも、民間人の方もぶっ飛んでいるせいで忘れられがちだが。



「以上の理由で、前任者は力不足と判断されてクビになった。あそこの監察官やるなら、B級中位程度の騎士じゃ話にならねえからな」


「B級騎士で話にならないレベルっスか。うへぇ……余計やりたくねえ……」


「3つ目、お前のそういう所を叩き直すためだ。最近のお前の慢心っぷりは目に余る」


「慢心?」



 予想外の単語が出て、少し驚く。慢心なんかしてるつもりは無いのだが、師であるノブさんの目にはそう映っているのだろうか。

 いや、思い返せば不死身をいいことに調子に乗ってた節はあるかもしれない。銀行強盗の時もあえて先手を取らせていたし……一応あれはあれで「犯人を手っ取り早く戦意喪失させるためのホラー演出」という名目があったのだが、もっと他にやりようもあっただろう。



「確かにお前の実力は高い。不本意ながらお前のことを第10師団のエースと認めなきゃならねえ程にな。非常に不本意だが」


「そんなに不本意かこの野郎」


「ま、とにかく今のお前は周りを舐め腐りすぎなんだよ。どこかで自分は絶対に負けないと思い上がってやがる。だからその天狗の鼻をボッキリ折ってやろうと思ってな」


「いやいや……国内最大の魔導学園っつっても、相手は素人の学生っスよ? 監察官として通ったところで、俺の自信が折れるとは思えねえんスけど」


「折れないまでも意識は変わるだろうよ。油断してたらすぐに追いつかれるって事を、嫌でも思い知る。そもそもお前が強いのも魔人の力が反則級なだけであって、お前本人のスペックはカスだからな。道端のクソと変わらん」


「流石にそれは言い過ぎだろ! そっちは性格クソ未満のくせに!」



 しかし、そんなに近頃の学生のレベルは高いのか。それはそれで少し興味が湧いてきた。それに、最近の一般人いっぱんじん逸般人いっぱんじんと化してきてきるのも事実だ。

 出現した魔物が、騎士団到着前に市民に殲滅されてるなんて事もザラにある。それの超強化版と思えばいいか。そうなるとますます俺の手には負えない――



「……ん? 待てよ? 学園ってことは現役JK達の宝庫って事じゃないスか! なんだよ監察官最高かよ!


「おい。問題行動だけは起こすんじゃねえぞ」


「わかってるっスよ! 今度はドン引かれる行動は取らない! そして夢の現役JKハーレムを作るんスよげへへへ」


「……俺は責任取らねえからな」



 呆れたように溜息をつき、ノブさんは俺に背中を向けた。ノブさんは基本的に放任主義なので、やりたいようにやらせてくれるだろう。

 こういう時だけはこの人の部下で良かったと思う。総合的に見れば、この人の部下だけは嫌と言いたいが。そんな事を思っていると、ノブさんは思い出したかのように振り向き、



「ああ、ちなみに転入試験今日の昼からだからな」



 ……こういう所だ。



「はぁ!? おまっ、急すぎるわ! 監察官なんだからその辺は免除されるんじゃねえの!?」


「俺がやらせるように手配した」


「なんでだよ! 嫌がらせばっかかよこのクソ上司!!」


「上司には敬語」


「ぬわああああッ!?」



 今度は剣先で顔面をぶっ刺された。綺麗に額にグサリと一発。これ脳ミソ大丈夫か。海馬とか逝っちゃってないか。

 不死身だからって普通のツッコミ感覚で殺しにくるなと言いたい。ぶん殴りたい。だが相性・・的に返り討ちにされるのがオチだ。もう嫌だこの上司。


 だがしかし。そんな日々も今日で終わりだ。明日からは夢の学園生活(JKハーレム)が俺を待っている。後から僻んでも知らないからな!












 ……転入試験に合格したらの話だが。



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