第9話 煩わせる者
「なんか昂ってたよな、あいつ」
【ええ……】
無理難題を押しつけたことに気が気でなかったが、これはこれで結果オーライだな。
だとしても、あいつが易々とローステル草原のボスを倒せるわけがないのは十分承知しているつもりだ。
トカゲが巨大化したようなあの魔物────バジリスク。
最大の特徴は……なんといっても、毒を吐き散らす点だ。
その毒には触れるもの全てを腐食するという性質があり、不用意にやつの身に近づくのはあまりおすすめでない。
その上、大きなギョロ目が目立ち、プレイヤーの間での人気度は隔絶低い。
そんなやつに対し──まず痺れ罠を設置し、それから錬金術で作った沢山の爆弾を痺れ罠に付加させ、作動時に爆発させるといった一筋に流れるお気に入りの方法で挑んだことがある。
けれど、それは失敗に終わった。
「罠設置」、「罠作成」、「錬金術」スキルに問題はなかった。ただ、上手く作動しなかっただけなのだ。
やつの全身は毒に塗れており、それゆえに、痺れ罠は作動しても爆弾そのものが破壊されてしまっていた。物足りない装置だったからという言い訳のもと、改良に改良を加えて再戦を試みても結果は変わらなかった。
それで結局は錬金術で『魔剣・赤竜の剣』を錬金し、罠を仕掛けて遠見するのではなく近接戦闘に持ち込んでなんとか倒せたわけで。
毒を火で燃やすことに成功したが、その代償として辺り一帯か焼け野原になったこともまた、今になってはいい思い出……。変にリアルな3D型オンラインゲームだからこその特殊仕様は、結構記憶に残るものである。
要は、あのデュラハンがいくら強かろうが、1日そこらでバジリスクを倒すのは至難のことなのだ。
「キュキュッ!」
白兎が突然俺の手を耳で掴み、ひたすら動揺している。「助けにいかなくては!」などと訴えているようにみえる。
でも、そうはいかない。これはあいつに課した試練、まして今に至っては取り消すことも出来ない状況だ。
俺は白兎に向かって静かに首を横に振る。悲哀に暮れた白兎の顔を見るのは……趣味じゃねぇが。
「…………何の音だ?」
ズンズンズンと、そんな地響きが次第に大きくなっていく。
原因不明……いや、まさかバジリスクがこちらに接近……なんてことは……ありえない、よな?
【ヒビキ様。直ちに戦闘の御準備を】
「……あー、やっぱり?」
草原の彼方──地平線の方に、黒い点が浮かび上がる。その黒点は地響きが激しくなるに連れて肥大化していく。
「白兎。死にたくなければ俺の後ろに隠れろ」
「キュ……?」
俺は問答無用で「錬金術」スキルを行使し、前にバジリスクを討伐した際に用いた『魔剣・赤竜の剣』を錬金する。お陰様で『赤竜の鱗』に『赤竜の爪』、『赤竜の涙』……などなど、レア物共が一気になくなってしまって心の中で涙しているのはさておき。
白兎は首を傾げたが、すぐ後にその意味を理解し、そそくさ俺の背後に隠れた。
そのあまりの可愛さゆえに頭を撫でてやりたいが、それよりも先に成すべきことがある。
「あいつ、何してくれてんだ……っ!」
俺の視線の先には、みるみるうちに肥大化していく黒点だけでなく、その手前をゆく、極々小さな影があった。