第52話 拠点
「なんだお前ら。いいから座れよ」
ノーグリードに諭され、大きな焚き火を囲むようにして設置された座り心地の良い丸岩に座ることに。
焚き火の上には木の蓋の付いた鍋が置かれ、蓋の隙間より漏れてくる甘い匂いがまあなんとも食欲をそそるもの。先程の一件を引きずったままだから、もどかしくて仕方ないけれど。
皆が座ったところで、ノーグリードはおもむろにアイテム欄からミトンを取り出し両手に装着。そして、鍋蓋をゆっくりと開けていった。
大量の湯気の溢れに乗じ、コーンポタージュに似た匂いが辺り一面に広がる……俺の鼻腔を燻り、強引にも更なる食欲を誘う。
「美味そうだな」
「そうだろう、そうだろう? 」
料理に関して鼻にかけているノーグリードだが、本当に助かっている。俺が料理をしたとしても、ここまでの物は一切完成しないと、自信を持って言える。軽いものしか作れない、それは以前も今も変わらない。ノーグリードの料理に何となく触れてきたが、戦闘以外ではこいつ女子力の塊なのではと、今更ながらに気付いた。
「さぁさ、注ぐから待ってろ」
そう言ってノーグリードは手際良く全員の分を用意すると、「召し上がれ」なんて料理屋でよく言われてるような台詞を吐き、それまた俺らの評価を待ちきれないのか、それぞれの顔を真っ直ぐに見てくる。
「いただきます」
俺は行儀よく、デュラハンは戸惑いながら、白兎は無邪気な笑顔でスプーン一杯にそのスープ料理を掬って口の中に流し込む。昨夜の料理とはまた違った、濃厚かつコクのある料理である。口の中が幸せになる、というのはこういうことだろうと1人納得した。
「どうだ、どうなんだ? 」
「美味しいな。そりゃあ、凄く」
「お、そうか。隠し味にニュラペラ入れてよかったぜー。あれ、入れても合わない料理ばかりだから、ちょっと心配してたんだ」
「ニュラペラ……それって匂いのきつい植物ですよね? 」
「そうだ。兎、お前物知りだな。ニュラペラなんて、そうそう聞かないモノの類なはずなんだが」
「私の国でニュラペラは主食ですよ? 」
「あれが主食……恐れいったぜ」
ニュラペラはたしか、ニラのようなデザインだったような気がする。名前が似てるから覚えやすかった。
「……美味しい」
「ん、なんか言ったか」
「なっ、何も言ってなどいない! 」
「美味しいと聞こえたんだが? 」
「我への供物にしては上出来だと言っただけだ! 褒めて遣わされただけでも感謝するがいい」
ノーグリードも段々そのやり取りに慣れてきたのか、はいはいと流して自らも朝食をとり始める。
「たしかに上出来だな」
自画自賛が絶えない様子。やりきった顔をしていて、にヘラ顔が地味に気味悪い。
そうして一同朝食を済ませ、それぞれの器を大小屋の流し場でまとめて洗った後、大小屋の中央に設置されたやや大きな円卓に皆を呼んだ。昨夜の闇石の件ではなく、今後のことについてである。
それぞれ円卓を囲む木の椅子に座り、俺からの言葉を待っている。相変わらずこのように軽々しく家具を調達できるゴーレム達になんとなく感心を抱きつつも、軽く咳払いして早速本題に入った。
「さて、今後の動きについてなんだが……まだなにも決めてない。あの村はまずそうだが、グレナの街にも脱獄のことが知られている可能性は高い。街にも行けない訳だが、ここもヨルム村から離れていたとしても50mほどだ。だから、ここよりももっと離れた場に拠点を置くなりなんなりしたいと思ってる」
「まあ、そうだな。お前派手にやったしなー」
「そりゃどうも」
脱獄なのに派手なことはするな、なんて言いながら門を壊したり。今思い出しても心做しか哀れに見える。
「そうですね、ここを拠点にするのは得策とは言えないので、主様の言う通りで良いかと思います」
「それについて私に案があるのですが。お話してもよろしいでしょうか」
「聞かせてくれ」
「はい。ここより北上した所に、花の都とも呼ばれる『ファロール』という地があります。そこは魔物の国ではありますが、皆温厚な者ばかりです。人間が近付くようなこともないかと思われます。私の知り合いも住んでおりますので、着いた時に私の方から色々とご説明致しますよ」
『ファロール』。どこかで聞いたことのある地名だ。
だがまあ、脱獄など一切を知る人間が立ち入るような場でないだけマシで、しかも白兎の知人が住んでいるのならば都合がいい。
「よし、お前ら。それでいいか」
「我は構わぬ」
「俺もだ」
「なら決まりだな」
すくっと立ち上がって、俺は皆にこれからの流れを説明する。
「とりあえずこの大小屋は、せっかく建ててくれたゴーレム達には悪いが、ゴーレムらの手で解体してもらう」
「いや、解体する必要あるか? そのままでいいんじゃねーか」
「そうか? 立つ鳥跡を濁さず、と言うし、生活痕を無くそうかと思ってたんだが」
「まあ、こんなところに立派な建物があるなんて思わねーから変に怪しまれるだろうが、いざとなったらまたここに戻って住めばいいしさ。そんときは、キュウビ。お前罠貼り得意だろうからここを拠点にするくらい造作もねーはずだ」
変に持ち上げられてるようでこそばゆい。「ここを解体するのは勿体ない」、そう言いたいのだろう。
ここをもしもの時の保険としておくのも悪くない。
「なるほど、それでいこう」
そうして俺はそれぞれの案を採用し、身支度が済み次第出発することにした。またゴーレム達を土に還元しようとした所をデュラハンが抗議―――「この地を守護するには彼らが必要になるのではないのか!? 」と迫られたら、面倒に思えてくるわけで。
ゴーレムを生成したとはいえ、残存させていてもMP消費などには関係ないため、俺はゴーレム達をその場に残留させることにした。
ただし万が一の拠点として残しておくにあたり、増設可、俺ら以外の一切の立ち入りを禁止せよ、という命令を出している。いざ帰ってきた時に他人に荒らされてるようでは拠点として相応しくないので。
この条件によりデュラハンの説得に成功し、100に及ぶゴーレム達に囲まれながら別れを惜しむ奴の姿は、実に滑稽だった。
◇◇◇
各自が準備を終え、そろそろ出発となる。
一応このローステル草原からファロールまでの距離を測っておこうと、マップを開いて目的地となるファロールに赤いピンを刺す。距離は8.6km。歩いて行くにしても大体2、3時間だろう。遠いが、行くしかないと悟る。あの大砲も、素材が足りないから作れやしない。
「さて、行くか」
ゴーレム達の見送りの元、俺らは元拠点を経った。




