第44話 積もる恐怖、抗う弱者
ゴブリン亜種との戦い……終わらない?
「貴様、よくも我の友を虐げてくれたな」
憤りを孕んだ言葉を投げかけ、ゆっくりと鉾を地面から引き抜く。
鉾先はゴブリン亜種に向けられた。
若干ながら、鉾を構えたデュラハンの手が、震えている。
「ブルルルルル」
何かを察した黒馬はデュラハンの元へ迅速に駆け寄り、彼女を上に跨がせる。
「愚者ごときがいい度胸だ……貴様に慈悲などないと思え! 」
爽快な声とは裏腹に、面は荘厳だ。
白兎はデュラハンにとって友という認識で確定しているらしい。
「行けっ」
「ブルルルルッ」
「疾走、疾走、疾走、疾走、疾走」
黒馬と共に突撃し始める。
何度もスキル疾走を使用しているが、能力値の増減に関するスキルは、同スキルを重複させていくと効果が2分の1になっていってしまう。最初の効果を1とするならば、徐々に2分の1、4分の1、8分の1となっていく。
疾走はMPを40消費して敏捷を2000向上させるスキル。
連続使用したデュラハンの敏捷は、ステータス確認を行ったところ約4000の加算がなされていた。
勢い余って1万を、越えた。
けれど、ゴブリン亜種の敏捷には劣る。
「ギエェェェェエッ」
瞬間、ゴブリン亜種が脚に力を込めて思い切り地面を蹴った瞬間までは見えた。が、双方の速さは異常だ。
目を追いつかせるのがやっとである。
先制はゴブリン亜種がとった。
飛び出した勢いで黒馬の馬脚に棍棒を払ってきたが、デュラハンの操りにより黒馬は難なく飛び躱す。
そこに、追い打ち。
ゴブリン亜種は宙で一回転し、横に払った棍棒を今度は縦に、黒馬の胴体に叩きつけてくる。
その攻撃に対しては、デュラハンが鉾で棍棒を突き、相殺した。
さすがにそれには反動も伴い、ゴブリン亜種は後ろへと派手に飛んで行き、デュラハンが体勢を崩したのに合わせて黒馬は上手く調整する。
ゴブリン亜種の方も問題なく受身を取って凌いだが、仕留めきれる自信が大きかったせいか、奴は顔を歪める。
「ブルルルル……」
「分かっておる……相見えて気付いた……。あやつは我よりも強いとな」
黒馬が体全身を小刻みに震わせ、デュラハンもまた恐れを口に出している。高飛車なデュラハンが歴然とした力の差を素直に認めたことに驚いたが、無理もない。
能力値の倍加をも手にした奴に勝つのは、些か無理がある。
弱点をつけばもしかしたらもしかすると思うけれど、今の奴に弱点と見れる箇所はない。
「デュラハン」
「あぁ、ああ。なんだ」
「お前一人じゃ無理だ」
「やってみないと分からぬだろう……貴様は、我の友でも守っていろ」
デュラハンが戦闘しているさなか、白兎は俺の足元に戻ってきていた。今頃恐れおののいてるだろうなと妄想するが、残念ながら違った。
ある一時に魂さえも投げ捨てることを厭わないような、覚悟した顔。そのつぶらな瞳には、デュラハンと黒馬の二人像がうつっている。
「そうは言われても、白兎は守られる気がないみたいだぞ? 」
「キュ」
いまだに弱体化ポーションを両手に抱えた白兎が、俺の言葉に同調する。ステータスからみても完膚なきまでに劣るというのに、大したものだ。こういう強者に食らいつく精神は嫌いじゃない。
本人の意思表示もあってか、デュラハンは「ううむ」と偏屈そうな顔で渋っていたが、やむなく了承した。
ただし、ある条件のもとで。
「ヒビキ……貴様、我の友に万が一死ぬような事があってみろ。我は貴様を恨み恨み恨み恨み恨み、いたぶりながら葬ってやるからな……っ、覚悟しろ」
「あー、はい……」
面相を尋常ではないくらい暗々とさせられては、こっちの身が、精神が持たない。暗鬼にとらわれた狂者から睨まれる気分だ。
「ギエエエエエエエェェ!! 」
視線の奥よりゴブリン亜種のさらなる咆哮が轟く。
辺りを震撼させる咆哮に、また足を軽く痺らせてしまう。それに、奴の咆哮には怒りしか感じない。
ステータスを確認してみても、奴の【状態】は「憤怒(特大)」となっていて、その効果「?????の効果で、憤怒(特大)の効果が倍加。全能力値+4000」だなんて、ぶっ壊れな加算もされてしまった。
あのとんでもないステータスに加算……それは、俺達の敗北いや、絶望を示している。
「気の所為ではない。あやつ、また一段と力を溜めたようだな」
「お前には分かるか。そうだ、その通りだ。デュラハン、ここは大人しく逃げた方が良いかもしれない。逃げるが勝ち、とも言われ―――」
「逃げたくば、白兎を連れて逃げろ。ノーグリードのやつはどうでも良いが。我は残る、そう決めた。そもそも足止めのためにも残らねばならぬだろう? 」
デュラハンが、苦笑いを寄せてくる。
「お前……正気か」
「無論だ。格上相手などと既に分かりきっておる」
「いや、そうじゃない。お前、死ぬ気か」
「我が死ぬ? 何を滑稽なことを抜かしておるのだ。猛者を屠ってこそ我の矜恃というもの」
デュラハンの覚悟を真っ向から告げられ、俺は、どうしようもなく惨めだった。
死んだら終わり、という恐怖からくる逃避心に駆られていた俺が正反対のデュラハンから後ろ指を指されたような気分。
「はあ。戦うか」
「よいのか? 先程逃げようなどとほざいていたではないか」
「あっ、あれはまあ、その、出来心で」
「まあよい、別に構わん。しかし、友だけは貴様の中に戻してやってはくれぬか。友は、少々非力なのだ」
「キュ!? キュッ、キュッ」
白兎は驚いた表情を浮かべ、それから首を横に振り、両耳で空中に叩き出した。自分も戦う、という意思表示。
「……それでよいのか、友よ」
「キュ! 」
「うむ……相分かった。気を付けて挑むがいい」
デュラハンに士気を培われる展開になったが、ようやく俺にも腹をくくることができた。
どうせ逃げてもいずれ追われるだけ。戦うしか、道はない。
わかってたはずなのに、今更のように聞こえるけれども。
「来るぞっ」
さっきからピーピーと鳴り止まない危機感知スキルによる警鐘を無視し、進化したゴブリン亜種との戦闘に集中する。
《第3回 ミニバグ録》
〜『包丁研ぎ』〜
ノーグリード 「(シャッシャッシャッ)」
デュラハン 「何をしておるのだ? 」
ノーグリード 「ああ、これか。料理する時に使う包丁の手入れ、包丁研ぎだ」
デュラハン 「そうなのか。では、これは? 」
ノーグリード 「ああ、これは砥石っていう。見た通り、研ぎに使うやつだな」
デュラハン 「ほう。人間というのは面白い道具を持っているのだな」
ノーグリード 「まあな。あ、ところでお前、」
デュラハン 「ぬ? なんだ? 」
ノーグリード 「さっきキュウビから『石けんを無駄遣いした』と聞いたが、本当かー? 」
デュラハン 「な、なぜ怖い顔してそれを聞いてくる! 真だが、貴様には関係ないだろう」
ノーグリード 「家事をやらねえお前に、あの石けんっつー代物を阿呆みたいに使われちゃあ、腹が立つに決まってんだろが! 」
デュラハン 「なっ、なにをー! 」
仲がいいのやら悪いのやら。




