第43話 誘い込み
ゴブリン亜種との戦いは、まだ続く!
先制で繰り出したのは、ロール・ホーケストに使って大成功を納めた、土魔法―――地面に巨大な針を生み出して串刺しを狙うあの攻撃。
避けられやしないはずのその攻撃を、ゴブリン亜種はいとも簡単にすり抜けていく。
それは予測済みだ。
生み出したばかりの針針が、大海原のようにくねくねとうねる。
「いけ」
かけ声とともに、間間をすり抜け真っ直ぐにこちらに向かっている奴の身に、針針が全方位から襲いかかる。
針に誘導性を持たせることで、ただでかい建造物ではなく強力な間接攻撃となる。
「ギエェェェッ」
それらは全て、奴のたった棍棒一振りで粉砕される。
何て馬鹿力だ。
懲りずに針を生み出しては襲わせるを繰り返すが、ことごとく帳消しになっていく。
「これならどうだっ」
何層も重ねた粘土質の土壁をぶつける。
ロール・ホークが掛かったように、奴の勢いだと十中八九めり込むだろう。
淡い期待がのる。
たしかに、土壁は奴を飲み込んだ。
だが、捕縛できたという考えが甘かった。奴はバグ持ちのゴブリン亜種、たかが土壁くらい破壊できて当然である。
まさしくその通り、奴は分厚い土壁を内側から容易く打ち壊した。爆弾でも包容していたかのごとく、土の塊が勢い良く周辺に散らばる。
ベチャ、ベチャ、ベチャ。静かになるまでにある程度の時間を要する。
奴は、「ギエェ」という鳴き声を仁王立ちで発している。土にまみれた姿は、ゴーレムを小型化したイメージを引き起こす。
能力値が二倍になっているものの、近接戦でこちらに分があるとは考えにくい。念のため、ズボンのポケットに入れたままにしていた能力値アップポーションを取り出し、使用する。運以外の全能力値が500だけアップしたらしいが、心許ない。
「キュッ」
「待て。まだ使うタイミングじゃない」
白兎が、左脇腹に挟むようにして抱えていた弱体化ポーションを両手に持ち替えている。
弱体化ポーションは所持数1で、ここぞという時に使いたい。今弱体化ポーションを投げつけても、避けられるのがオチだ。
もっと近くまで引き付けてぶつけるのが正攻法だろう。
でも、危険が伴う。
「ギエッ、ギエエェェェェ」
ゴブリン亜種の様子が、ますますおかしくなる。
更には、奴の身体から黒い煙がモヤモヤと湧き出てくる。
記憶の鱗片に、何か引っ掛かった。
「あれは……バジリスクの時の」
昼間のバジリスクから出ていた黒い煙とよく似ている。
寧ろ、同じである。
ひょっとして、あれがバグの正体なのか。
黒いモヤモヤは奴の足先から脳天までを隈無く包み込み、すると奴はより一層気味の悪い雄叫びをあげた。
俺の足が僅かにも竦む。
煙で覆われた奴は真っ黒な容姿―――まさに悪魔。
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〘ゴブリン亜種 ♂〙 【種族】:魔物・ゴブリン
Lv :100
HP :21502/21550 → 43052/43100
MP :8312/8312 → 16624/16624
筋力 :4582 → 9164/9164
耐久 :2803 → 5606/5606
魔力 :8020 → 16040/16040
敏捷 :9201 → 18402/18402
幸運 :285 → 570
【状態異常】
憤怒(小)・?????《「?????」により、全能力値倍加》
【スキル】
「疾走Lv2」「猛打Lv4」
【特殊】
?????
【称号】
「ゴブリンの異端者」「人間キラー」「?????」
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「は!? 」
なんてデタラメなバグなんだっ。
このステータスだと、勝ち目はほぼゼロに等しい。
たとえ無理だとしても、こうなる前に早くケリをつけるべきだった。
「ギエッギエェェェェッ! 」
先程までのよろめきがなくなり、真の脅威がすぐそこに立ちはだかる。
「どのようにして勝つか」という思考が大きく旋回し、「どう生き延びるか」に変更され、連なって、死相が自ずと浮かぶ。
能力値はただの数字でしかないわけではないと何よりも知っているからこそ、怖い。
奴は今も、様子見している。
こいつには、ありったけの力を発揮せざるを得ない。
猶予があるのなら、策を探りだせ。
一秒さえも無駄にはできない。
それまでは時間が無い、効果がないなどと諦めていたが、罠も必要だ。
奴はしばらくの間、ひたすら様子を見ていた。
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罠を仕掛け終え、準備が整ったところで、奴がようやく動き出す。
あたかも故意に待っていたかのように、丁度よく。
「ギエエェェェェッ! 」
雄叫びが一つ。
やはり野太く、そして轟く重低音。
ゴブリンのあの甲高い声音と比べれば、一目瞭然。
それから、ありえない速度で接近してくる。
手始めにと仕掛けていた痺れ罠極(A+級)は、奴の速さを前に作動が遅れてしまった。
奴は、笑っている。
浮かんだその顔を見るや、心底ゾクゾクしてしまう。
しかし、奴が罠を抜け出すほんの少しの所で、複合させていた第二の罠が上手く作動した。
奴の片脚に巻きついた蔦が、奴を派手に地面に転ばせた。
『ウェンデリルの種(C級)』と『ライジオンの牙(S級)』、『ラ=スパイダーの糸(G級)』を罠作成スキルで合成し、『ディラート(A+級)』を作成し、痺れ罠極の下に設置していた。
作動すると同時に、ウェンデリルの種がライジオンの牙の効果により急成長し、自己防衛に長けたウェンデリルそのものが誕生するように仕向けた。
ウェンデリルは俗に言う肉食植物だ。それも、巨大な。
ウェンデリルの手である蔦は硬く、厚みもあり、ちょっとやそっとじゃ断つことはできない。
その上、つけられた渾名は「植物界の暴れ馬」。
同種であろうが関係なく攻撃することからそのような名がついた。
作動して生まれたそいつも、同じである。
生き残ったとしても、奴の弱点は火だから、魔剣などで対処は可能だ。
「ギエェェェェギエッッ」
ゴブリン亜種が、盛大にもがいている。
もう片脚で巻きついた蔦を蹴ったり棍棒で叩いているが、蔦は千切れそうになっては復元し、抉られても復元し、その度に巻き付く蔦の大きさや数が増えていく。
「ギエッグギィィィッ」
ついに、片脚だけでなくもう片方の脚にも蔦が巻き付き、自由に動かせる体位は上半身のみとなる。
ウェンデリルの圧勝だろう。
「トドメ、いけるか」
「キュ、キュ」
「あ、そうだな。一応それも投げといてくれ」
「キュ」
俺の頭から降りた白兎は、弱体化ポーションを抱えてぴょんぴょんと跳ねながら罠の方に近付く。
ゴブリン亜種が相手だというのに、ウェンデリル一体だけで済むなんて、なんだか呆気ない。
奴の能力値はウェンデリルよりも遥かに上をいっている。
巻き付きごときに負けてしまうはずかない。
…………おかしい。
何かが、変だ。
俺の頭の中で、歯車がカチッと噛み合うような音がした。
「白兎、下がれっ! 」
「キュ? 」
すでに時遅し。
ゴブリン亜種はウェンデリルの蔦をあっさり引きちぎり、棍棒片手に飛び跳ね――――――白兎に急接近した。
無理に引き止めてしまったせいで白兎は振り返っており、気付いていない。
「ギエエエエェ」
奴の声音が、表情が、とことん良くなる。
すると、わずかながら奴の表情が曇った。
その直後、奴と白兎の間に白銀の鉾が、真上から一線に降ってきた。
地面にグサッと刺さった鉾には、赤い血がベッタリと付着している。
ゴブリン亜種は飛びかかる直前に降ってきた鉾を左に避け、着地するなり距離をとって警戒を強める。
また、今度は白兎の目の前―――鉾の側に、黒い鎧を纏ったあいつが降ってきて、綺麗に着地する。
それでもって、銀白色の美しく長い髪が小風でたなびく。
「我が友よ、大事ないか」
ああ、間違いない。
デュラハンだ。
「ブルルルルル」
俺の元に、黒馬が鼻を鳴らしながら歩み寄ってくる。
黒馬の脚や腹にも返り血が付いている。
《第2回 ミニバグ録》
〜『石けん』〜
ノーグリード 「ところでキュウビ。お前、皿洗うって時に何か、汚れがめちゃくちゃ落ちて、泡が出るおもしれえやつ作ってたよな? 」
ヒビキ 「ん? ああ、石けんか。それがどうした」
ノーグリード 「いやー、良ければだが……ミーシャのやつに会えた時にプレゼントしてやりたいから、一つ作って欲しいんだわ。あいつ昔、家事用具が大好きだったからよー」
ヒビキ 「別に構わんが、それでいいのか? 」
ノーグリード 「それがいいんだ。頼む」
ヒビキ 「分かった。じゃあ沢山作っておかないとなー」
ノーグリード 「沢山? なぜだ? 」
ヒビキ 「あいつ―――デュラハンの野郎が、『これ水に溶けるぞ、面白いな』とか言って、遊びでストック分の石けん5個全部使いやがってな」
ノーグリード 「遊び……? あれで遊ぶ、だと…………? 」
キレ気味なノーグリードは、黒馬の上で昼寝をしているデュラハンの方へと、握り拳を両手に作って向かっていくのであった……。




