第35話 寝床
「は、はあああ!? 」
所持金が、その数字から変化することはない、だと……?
なんの冗談だ!
「0なんてことはありえねぇだろ……そんな、ばかな。いくら何でもあいつはそんなこと―――」
【どうせ、すぐにたんまりと稼ぐでしょう? 】
「やっぱお前かあああ! 」
「キュウビ、どうしたんだ」
「こ、こっちの話だっ、お前には関係ねぇからだ、大丈夫だ」
大丈夫ではない。
所持金が0ロストだなんて、万死に値するというもの。
楽しい転生ライフを満喫しようとかいう俺の目標が取捨されて、メンタル的にも生活的にも余裕が無いってどういうことよ!
一難去ってまた一難だぞ、こんなの。
「俺の、100万ロストがぁ……」
【仕方がないじゃないですか。ヒビキ様の転生に合わせ、所持金の引き継ぎだけは出来なかったのです。ヒビキ様が男ならば、なんのこれしき、と割り切るのが筋では? 】
「どの口が言ってんだ、ゴラァ」
有り金なしの、楽しい楽しい転生ライフ。
まず初っ端から真っ先に決まったのは、野宿である。
「キュウビ、どこかで頭でもぶつけたか」
「ちょっと黙ってろ」
苛立っている俺だが、野宿なんて初めてで、前までは興奮していたことだろう。そう、前までは。
命を懸けた今現在、野宿は最悪な選択としか見れないのだ。
世に言う、夜襲というものが、この世界では確実にある。
「しゃーねー。今日は野宿だ! この調子で当分野宿になる可能性、忘れんなよ、お前ら」
「別に構わねーけど……」
「何も恐れることはない。我がいれば、な」
心配で、仕方がないのだが。
まあ、面倒ではあるが就寝時に罠をありったけ仕掛けておくとしよう。多いに越したことはないし。
さて、そうと決まれば寝床探しである。
食料確保も重要だが、その面は俺の所持品でしばらくはやりくりできそうだ。
寝床はできれば罠が作動しやすい、開けた場所がいい。
下手に木々の生い茂った場所を選べば、罠の効かない死角からの夜襲を防げず、殺られかねない。
例えば、俺らがいるこの場所とかは最悪の内に入る。
マップで確認すると、ここはヨルム村から大分離れた所らしい。
『バウンダー(S級)』の効果に確か、最大50メートルという表記があったな。ということは、大方その通りなのだろう。
村に近かったら、追っ手を拒んでさらに遠くに移動するつもりだったけど、幸いなことにその必要は無い。
「開けた場所を寝床にしたいと思う。暇なら一緒に探してくれ」
俺一人で探し歩くのは些か効率が悪いので、助力を請う。
デュラハンは「うむ。」と一言で返したが、ノーグリードは首を捻っている。
「何がおかしい」
「いや、寝床探す必要ねえと思ってな」
必要がない? どういうことだ。
「まあ、見てろ」
ノーグリードはそう言って、深紅の大剣『バルガノム』を両手に持ち直し、堂々と構える。
ここいらで、流石の俺も事を察する。
「荒々しいな」
そう呑気に言いつつ、実は焦っている。
このままでは、下半身がなくなってしまう、という畏怖ゆえに。
そのため俺は、いちいちアイテム操作をせず「錬金術」スキルを使って錬金履歴より『浮遊石(B級)』を選択し、二つ作る。先程、デュラハンがノーグリードに対して投げていた『ただの小石(G級)』を拾っていたことで、錬金素材不足が解消したのだ。『ただの小石』は残り31ほどある。後々使えそうだな。
浮遊石の片方は自分が持ち、もう片方はデュラハンに手渡すことにした。
「おい、これを持て! いいから早く!」
「な、何を焦っておるのか分からぬが……まあいいだろう」
浮遊石を使うと、最大10メートルくらいの高さまで浮上することが出来る。それほどあれば困りはしない。
「う、浮いておるぞ!? 」
「当然だ」
何も言わずに浮かせたからな、驚くのも無理ない。
そうして俺らが場を離れた直後、下方より木々の薙ぎ倒される轟音が聞こえた。たった数秒の間の出来事だったけれど。
「大したもんだ」
呆然としているデュラハンの側で、俺はつい感心の声を漏らしてしまう。
多分、ノーグリードは「風刃」スキルを使ったのだろう。
なにせ、奴のいるあたり一面に生えた木々が、円状に広く薙ぎ倒され、その勢いで奥へと流され、上から見たところ、木の壁らしきものが作られているのだから。
「風刃」はただ対象に斬撃を与えるだけでなく、突風のような効果も後付けのように加えられているスキル。
こうなるとは、ほんのさっきに検討はついていたが、ここまでのものだと思ってもいなかった。
まさか、寝床でなく広場ができるなんて。
「降りれぬぞ!? 」
めんどくさい奴だな。
たしかに、浮遊石での浮遊の仕方にすぐに慣れるなんて天才的な奴はさほどいないはず。そういう面ではデュラハンの嘆きは最もだ。
浮遊石は、所持者の身体を浮かばせるだけで、その他の者には効果がない。しかし、所持者が不所持者を抱えれば、別に問題がないような気がする。
そこで俺は嘆いているデュラハンに近づき、腰辺りを抱えてゆっくりと下落していく。腰といっても、硬い黒鎧を掴んでいる状態だが、この方が運びやすいし、視界の確保も出来る。
「……なんだ、その、屈辱的だな」
「んなことまた言うんなら、次は落とすからな」
ぶすっとした顔で俺を睨みつけてくる。
こいつは恩を仇で返すような奴だと、すぐさま判断できた。
「戻れ」と念じれば召喚が解除されるのだから、わざわざデュラハンの分の浮遊石を作る必要なんてないのでは……という方へ!
ヒビキはテンパっていたがゆえに、気付けなかったのです。
召喚に対しては初心者、ということなので、どうか、どうか温かく見守ってやって下さいっ。




