第32話 トラップマスターの脱獄④
「うっ……痛てぇ」
ノーグリードは俯せの状態から一旦仰向けになり、目を開いた。気絶が解けたようだ。
そんなやつを上から覗き込むようにして目覚めの挨拶をする。
「お疲れ」
先に謝るべきなのかどうか、そこん所が分からない。
まあ、あえて教える必要は無いしな。
だが、ノーグリードの様子は変だ。
のっそりと起き上がるなり、すぐ近くに放り捨てられていた大剣―――深紅の大剣『バルガノム』を手に取り、暗い顔して俺に向けて剣を構える。
「『ウィンド・ポイント』!」
そしていきなり風魔法「ウィンド・ポイント」を使ってきた。
この魔法の効果は、単純に対象を風の魔法で吹っ飛ばすというもの。
でも当たると厄介なため、素早く横移動して回避する。
「しまった」
避けた先に、ノーグリードが既に待ち構えていた。
敏捷性なら俺の方が勝っているのに。多分、こいつのスキル欄にあった「加速Lv」のせいだろう。
なにぶん、避けようがない。
ならば、と、緊急で「防護術」を使い、やつの一振を真剣白刃取りで止めた。
ぷるぷると、手が震え止まない。
「すまん! 俺が、悪かった! 」
恐らく痛い目に遭わせられたことに憤怒している。
ここは、謝らねば。
「殺されるかと思った。痛かった。だから、お前にも味あわせてやる。この剣で、痛みというものをな」
「だから本当にすまない! もう絶対にこんなこと、しない! 」
「嘘だな」
バレバレだった。
「マジでやめろ! 死ぬ、これは死んじゃうから! 」
「簡単には死なせない。苦しみながら、死ね」
「旧友に対してあんまりじゃねぇ!? 」
「お前が言うな! 」
目が……目が、笑ってない。
このままじゃ押し負けて、痛い思いをしてしまう。
何かないか何かないか。
ひとまずステータス確認をしよう。
自身のステータスを隈無く確認してみる。そしたらなんと、バジリスクから奪ったものの中に使えそうなスキルがあった。
「強固Lv52」だ。
効果はその名の通り、耐久を大幅に向上させ、また物理的に表皮を硬くするのである。
ありがとう、バジリスク。このスキル、ぜひ使わせてもらうぞ。
いつかまた倒して、肉を喰らってやるからな。
そう思い残し、「強固」を使用する。
すると、手の震えは止まり、なおかつ『バルガノム』はピクリとも動かなくなった。もはや、白刃取りどころではない。
「もう、やめよう。マジですまんかった。代わりにと言ってはなんなんだが、欲しいものはあるか」
「モノで釣る気か! 」
「そう、なるよな―――」
「その話、乗った! 」
え、それでいいの?
「欲しいものっつーか、俺、また旅がしたい。付き合え、これは強制だ。脱獄のおかげで村には帰れねーから暇だ。それに、腕がなまって仕方がねぇ。だから付き合え」
「いや、別に構わんが」
先程までの奴とは取って代わったような雰囲気。
俺、地雷を踏んではないよな……?不安になってきた。
「結構辛い旅だが、それでもいいのか」
「辛い方がより楽しめるってもんだ。どんと来い、だぜ」
ノーグリードは胸を張って、旅へと意識を傾けている。
こうもあっさりと旅仲間を増やしても良いものだろうか。
俺には女神との秘密もあるし、どうなのか。
「よし、そうとなればこの一件はこれにて終了。二度と、すんなよ? 」
「あ、ああ」
そんなこと言われたら刺さる刺さる、俺の胸のずっと奥に深く突き刺さってしまうから。
〖旅の供ができたか……羨ましいな〗
悲しげなデュラハンの声。
白兎とその仲間たちと交友するまで、友だなんて付き合いがなかったんだっけ。
〖旅の供ならば、我もその一部。我は供ではなく、主の如き存在だがな……新参者とも友好的になれれば良いのだが〗
新しく友を増やしたがっておられる。
ここは気を遣って―――
「出てこい、デュラハン」
俺は、何の合図もなしにデュラハンを召喚した。
デュラハンを召喚しただけでMPが200も持っていかれたことにひどく驚いたが、俺の場合はMPなんてすぐに尽きるものでもないし、安心だ。
そうして、黒鎧を纏った、銀白色の髪を長く伸ばしたデュラハンが目の前に現れた。
ちなみに、あの黒い馬は召喚されていない。ということは、デュラハン自身が召喚したやつなのだろう。
「なぜ、我を呼んだのだ」
デュラハンが率直に尋ねてくる最中、ノーグリードはというと、目を点にして突如現れたデュラハンを見ていた。




