第27話 ヨルム村の事情
彼女の先導のもと、俺はヨルム村の出入門がはっきりと見える場所に辿り着いた。
村の門前にはえらくガタイのいい男性が二人、細く長い槍を片手に持って突っ立っている。こちらからは完全に把握できる位置だが、彼らからすれば生い茂った木々が邪魔で、俺らに気付いてないらしい。
「ミーシャさん、あの人達って」
「あのお二人さんですか。あの方々には門番をして頂いております。それで色々と助かったことだってあるんですよ。ヨルム村の英雄といっても過言ではありません。あと、さん付けはやめてください。貴方様は私の命の恩人。呼び捨てで構いませんよ」
「そ、そうか」
誰かを呼び捨てにするのは久しぶりだな。
ピザ屋のアルバイトで上司として新人や同僚と親しげに呼び交わして以来か。
「ミーシャさん。一つ聞きたいことが」
「あ、はい、なんでしょう」
「俺は冒険者だ。それでもこの村で異邦人として扱われることってあるか? 」
「…………実はですね」
ミーシャは重々しい口調で、現在のヨルム村に起きていることを教えてくれた。
大抵の村では規制することなく冒険者を村の中に歓迎している。
当然ヨルム村でも同様だった。
一ヶ月程前に、とある冒険者の群れがこの村に訪れた。
当たり前のように村人達は彼らを歓迎したが、彼らは訪れるなり――――――――――――村を襲った。
金品を強奪し、攫うことなく女子供も皆殺し。
平和な村が、一転して一方的な戦場と化した。
だが、なにも村人達は反抗しなかった訳では無い。
村人達は子供を協会に預け、農具である木の桑や鎌を手に取り、立ち向かった。
そんな村人達の先頭に立って戦ったのが、門兵をしている男二人だという。
二人の尽力そして村人達の総攻撃のもと、冒険者らはあいにく敗れ、逃げるまもなく死した。
この一件をみて村長は「冒険者の立ち入りを禁止する」と宣言した。
けれども、冒険者には悪事を働くものばかりではない。
その件が二日三日たった頃、とある冒険者が村の門前に現れたという。その冒険者は赤いローブを纏った女魔法使いだった。
当時も門の前で警備をしていた村の英雄二人は、彼女の立ち入りを断った。
しかし彼女は諦めずに粘った。「立ち入れないというのなら、立ち入れる理由をつくる」とかなんとか、至極落ち着いた声音で言われたと、後の二人の話により分かったという。
彼女が何をする気なのか全く分からず、恐怖ゆえに二人は彼女を取り押さえた。
すると、彼女は何らかの魔法を詠唱し、青い空に向かってとある魔法を行使した。
二人は身の危険を感じて退避し、更なる彼女の動きを警戒した。
でも、警戒など必要のないことだった。
雨。強い日差しばかりが襲う、水不足に悩みを抱えていたヨルム村全体に、突如として雨が降り始めたのだ。
その時の彼女の言葉は、「よかったですね」の一言だったらしい。水不足、という点で村を救った冒険者―――彼女は、村の立ち入りを許された。
この一件を踏まえ、冒険者には何も悪い者ばかりでなく、良い者もいるとして、規制はあるものの、「信用のある、もしくは良心的な冒険者の立ち入りは許可する」として結論づけた――――――――――――。
「そんなお話がありまして。それにしても、先に申しておくべき内容でしたね。申し訳ありません」
「いやいや、むしろ教えてくれたことに感謝する」
つまり、だ。
村に入るには己の信用を得よ、ということだな。ただ単に「俺は善人」だと言っても信用されることは万が一にもない。
それをミーシャは事前に伝えてくれたわけか。その場でいきなり告げられては怯んでしまうに違いないからな。
「さて、どうやって信用を得るべきか……」
「信用、ですか。あるじゃないですか」
信用なんて、どこに。
「私を救ってくださったのですよ? その時点で心優しきお方だと私は認識しております」
そんなので信用が取れたというのか。悪巧みのために貸しを作った可能性だってあるのに。
「そんな困った顔されても無駄ですよ。私にとっては良心的なお方なのですから。さあさあ、こちらです」
ミーシャはたじろいでいた俺の手を優しく掴み、先の門番の元へとスタスタ歩いていく。為す術なく連れられ、とうとう彼らと対面することに。
「と、止まれ、そこの若いの」
「ミーシャ様をどうするつもりだ! 」
出会って早々きつい言葉を投げ掛けられてしまった。
どうするもなにも、村に入りたいがために村長の娘さんに無理矢理連れられただけだ。
俺は悪くない。
「待って、二人とも。これにはわけが―――」
「ミーシャ様、それ以上お話にならないで下さい。この若造に脅されておられるのですよね、見てすぐに気付きました」
俺は、悪くない。
「おい、貴様。なにか喋ったらどうだ」
「……俺は、悪くない」
「よし、連れてくぞ」
「だから、待ってって! 」
ミーシャは俺の無罪をなんとか証明しようとしているが、もう手遅れ。
筋肉マッチョの門番の二人は、両端から俺の腕を掴んで身柄を確保し、そのまま門の中へ。二人の力は確かに強いが、俺の筋力には随分と劣っている。
軽く抵抗するだけで薙ぎ払えそうではある。けれど、それではこの村の住人を傷付けることになり、立場も一層悪くなる。仕方なしと、気を楽にして身を委ねることにした。
門近くでは小さな子供から年配の人まで、多くの人で賑わっている。そこに現れた、捕えられし異邦人。
皆の俺を見る目は冷ややかである。
入ってすぐ左方に、相当でかい刑務所のような建造物があった。行先はどうもここらしい。
出入口は高さ2メートルほどの木製の扉で、その扉の前にもまた別のガタイのいい男性が二人立っている。
「こいつはミーシャ様を攫っていた重罪人だ。例の房に連れてけ」
「攫ってなんかいない! 」
あとで弁明してやるとしても、攫いだなんて言われては聞き捨てならんな。必死に抵抗したが、その二人は「そうか」とだけ言って、俺を扉のなかへと連れ込んだ。この二人の力も相当なものだった。
◇◇◇
そんなこんなで刑務所のような場所に連れ込まれたわけだが、中はやけに肌寒い。
横に目をやれば、いくつもの牢獄が並んでおり、それぞれに複数人が投獄されている。
なぜかこちらを睨んでくる人が多い。この先、仲良くなんてするつもりもない奴らばかりだな。
「ジロジロ見ずにさっさと歩け。お前の牢屋はまだ先だぞ」
「そうですか、そうですか」
感情を押し殺し、その指示に従う。
不要な問題は起こしたくないからな。
まだ先だと言われててから、俺らはひたすら直進した。
どうやらこの刑務所は奥に向かうに連れて罪が重い人ばかりになっているようだ。
チラッと横目で見ては、明らかに犯罪者面の男たちだらけ。まさか、俺も奴らと同じ牢屋に入れられるわけじゃ……ないよな?
「着いたぞ。入れ」
言われるがままに牢獄に入れさせられた。
正直薄暗くてぼやっとしか見えないが、何かが、いる。
監視役でもある男二人は、その牢屋に鍵を掛けたのを確認し、来た道を戻っていった。
「あんた……いくつだ」
「え? 」
暗闇に包まれた牢屋の隅っこから、不意に問い掛けられた。
男性の声だ。
やはり、いた。先客だ。
「歳は18ですけど」
「18、か。なら俺の方が少しは老けてるわけだ。俺はかれこれここに5年ほど拘束されている。歳は23、今のお前と同じ18の頃にここにやってきた」
暗闇の中で次第に目が慣れていき、はっきりとは見えないが、その男性の容姿をやっと確認することが出来た。
肩まで伸びた茶髪、キリッとした目が印象的な人だ。服装に関しては、薄汚れた絹の服一式を身に付けている。
「お前、何か悪いことでもしたのか? いや、お前はなにかしでかすような顔じゃない。つまるところ、冤罪、か」
この人、凄い。俺の顔を見ただけで罪状を把握した。
当てずっぽうなのかもしれないが、この状況だとまず何かしらの犯罪を犯したとして認識するはず。
そう考え、俺はその人の洞察力に心底感心する。
「まあまあ、そんな驚くこともない。俺は人の心を読むのがちとばかし得意なだけでよー。で、どんな経緯だったんだ? 詳しく聞かせてくれよ。さすがの俺も、退屈で仕方がなくてだな」
3000字越え……次回も越せれば良いのですが^^*
お読み頂き、ありがとうございました!




