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トラップマスターのゲーム記録〜バグ処理のために転生します〜  作者: 鳶崎斗磨
第一章 旅立つ最強のプレイヤー
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第2話 女神とバグ

 


 ◇◇◇



「…………はっ!? 」


 これまた勢いついて俺は目を覚ました。そしたらなんと、すぐ目の前に見知らぬ女性の顔が、


「うわっ!? 」


 あまりの驚きで腰を抜かしてしまい、両手でぺたぺたと床を這って後方に急遽移動する。淡いピンクの長髪に、白い着物を纏ったその女性は……変に微笑んでいる。


「だ、誰だ! 」


 思わず声が震える。だが彼女は何一つ微笑みを崩すことはない。


【突然のことで状況が飲み込めないのは当たり前のことです。それは重々承知しておりますが……まずは落ち着いて下さい】


 彼女はゆったりとした、可愛らしい声で話しかけてきた。何が何だか分からず怖気がして堪らないが、派手にふうと一息ついて、気持ちを整理しつつ顔を上げる。


【少しは良くなりましたか? 】


「……はあ」


【それでは、早速自己紹介の方に移らせて頂きます。私は『グリムガル・ドール』を統べる女神──『フィロリエル』と申します】


「……は? 」


 今しがたゲーム(あれ)の名前が聞こえたのは、単に俺の聞き間違いだろうか。


【っ、はあ。そうですか。ではもう一度、ですね。私は『グリムガル・ドール』を統べる──】


「もういいから、それ。つまりだな……あんたはゲーム(あれ)の女神とやら……でいいんだな? 」


【はい。貴方様の世界で言うゲーム(あれ)の、です】


 ゲーム、女神。


 よく分からんが、たしか俺はあのチャットを見てから──


「まさかあれは……お前が? 」


【あれは、とは? 】


「メッセージだよ、メッセージ。あれをクリックしたら急に光がな」


【ああ、あれですか。その通りですよ】


「なにしてくれてんだ、あんたはっ」


【経緯をまとめますね。私は貴方様宛に、半強制的に()()に来て頂くためのメッセージを送らせて頂きました。それから今に至ります】


 要するに、俺はゲームの世界にやってきたということなのか?解せんな。てか、何食わぬ顔で淡々と状況説明始めないで欲しかった。


「今すぐに俺を元に戻せ。無理なはずはねぇよな」


【無理ですね。それに貴方の身はもう…………必要ならばお教え致しますが。とりあえず、()()な結末を迎えたとでも言っておきますね】


「え、なんだそれ。いや、ちょっと待て。まさかとは思うが……俺は、殺されたのか? それも、あんたに」


【大変申し訳ございません。貴方様に私の世界に()()して頂くためには『現世での死』が絶対条件でしたので……かなりの荒事でしたが】


 立派な殺人だぞ、それ。


「生き返らせてくれないか? 」


【生き返らせません】


「女神に罪を問うことは出来るか? 」


【出来ません。というより、させません】


「……俺も荒事に出ていい? 」


【ダメです。貴方様はこのようなか弱い女性に手を出すような性分なのですか? 】


「平気で人を殺す女神とやらのどこがか弱いっつーんだよ! 」

 

 俺が拳を握りしめると、彼女は乱れた女性座りに加え口に手を当てて【よよよ……】なんて演技で抵抗してくる。俺を殺しておいて、それはないだろう。


 ともかく、どうやら俺は女神とやらに殺られ、今この暗闇の中に連れられたらしい。状況把握のためにも、こちらが折れる必要がありそうだ。


「……で、要件は何だ。ないわけがないだろう……? なら、なるべく簡単に頼む」


【では、簡潔に言います。貴方様──いえ、トラップマスター様にはこれから『グリムガル・ドール』の世界に転生して頂きます】


 ……はい?


 ()()、やっぱり聞き間違いじゃなかった。輪廻転生ってやつか?宗教じみた要件だな。


【転生。つまり、貴方様は女神の加護の元、『グリムガル・ドール』に新たに生まれる存在となる、というものです】


「だろうな。でも」


 聞きたいことが色々ある中、まず先にこれを聞いておきたい。


「なぜ俺が転生しないといけないんだ?俺以外、プレイヤーなんぞ五万といるだろ。なぜ俺を選びやがった」


【『トラッパー』の頂点である貴方様、トラップマスターである貴方様でないといけないのです。何よりも、貴方様の強さを見込んでお願いしておりますから。私の世界の……存亡がかかっているので】


「存、亡? 」


【はい。その元凶こそが……貴方様も聞いたことくらいはあると思います。『()()』、です。『バグ』は今も小規模ながら魔獣(モンスター)などに寄生して、世界の秩序を乱しており……そのバグを、ぜひとも貴方様に除去して貰いたいのです。ちなみに処理をお願いしたいバグは非常に厄介で、ディスプレイ越しに操作する者には不可能に近いモノであり、私の力があってはじめて、可能性が見えてくるといったレベルなのです。と余談はさておき、私も大々的にバグ処理に取り組んでおりましたが……細かなものまで完全に除去することは出来ませんでした。除去しても除去しても湧いてきて、その上バグは小規模でも充分に厄介ですから。】


 じゃあ、俺も無理ですね。


【お断りされても無駄ですよ? 元の世界に生き返ることは出来ないのですから。それに、貴方様の住む世界の神とはもう既に話はつけておりますのでご安心を】


「理不尽じゃねぇか……」


 なんつー話だ……神と話をつけてるってどういうことだよ!俺は見殺しにされたってわけか!?


【それで、お返事はどうなされます?転生すればきっと、楽しいことばかり。お断りなされば、ここではないどこか遠ぉい、暗ぁい、退屈ぅな場所で、それはそれは独り寂しく過ごすことになりますね】


「うぜぇし、なんじゃそりゃ。身勝手にも程があるだろ……で、引き受けるしかねぇんだろ? 」


【あら。それは引き受けて下さるということで? 】


「そうだ。勘違いするな、仕方なくだぞ、仕方なく」


【良かったです】


これです、なんてチャットを押しただけで死を迎え、挙句の果てには転生と。なんともひでぇ話だこと。


【それでは、まず転生先の『グリムガル・ドール』についてお話させて頂きます。内容的には貴方様がよくご存知でしょう。ですが、注意しなければならないことがあります。これは今後、貴方様が生きていく上で重要な問題となりましょう】


「問題? 」


【はい。それは──『死ぬと二度と生き返れない』、ということです】


 ……本来のゲーム内容では冒険者は死んでも生き返れる、いわゆる不死身な存在だったはずだが。そうか、死んだら終わりか。どの世も同じこと言ってんな。


【これでは私が貴方様の命をいいように利用しているだけ……】


 間違いありませんよ、女神さん。否定できないぞ。


【ですから、私が叶えられる範疇で貴方様の望みを叶え、そしてそれとは別に、私から何かささやかなプレゼントを渡すことにしました】


「あー、その前にもう二つほど質問が」


【はい、何でしょう】


「仮にも俺が転生したとして、その世界ではネトゲ感覚でPCに向かっている他のプレイヤーがいる……つまりだな、第三者は女神さん、あんただけか? もし他のプレイヤーが楽しく遊んでいたとしたら、バグ処理がその邪魔になりかねないと思ってな」


【なるほど。ですが、他のプレイヤーはいますよ。私は貴方様をゲームの世界に連れてきた訳ですから。それと、バグ処理に他のプレイヤーが巻き込まれたとしても一切責任は貴方様にもないので安心してください。加えて……これはそもそもの話になりますが、バグ処理について他のプレイヤー及びNPCに話をされる場合、秘密保護のための緊急措置として、強めの電撃が与えられる設定となっております。ご注意ください】


「おい」


 まあ、ルールならば仕方が無い。


「会話とか、そういう感じで接触するのはいいよな? 」


【はい。問題ありません】


「じゃ、最後の質問だ。ゲーム内の俺のアバターのステータスって……そのまま受け継がれるのか? 」


【そのつもりですが……何か? 嫌でしたら初期化してからでも】


「い、嫌じゃない。そのまま頼む……」


 レベルがやっと99になったってのに最初からってのは、相当過酷だからな。第一、レベルがもう少しで100になるだなんて、この小悪魔には言えない。何をしでかすか、さっぱり分からない。


【質問は以上ですね。では、貴方様の望みをお教え下さい】


「ないぞ」


【……ないのですか? 「レベルを100にして」とか「レベルが100になったらステータスが10倍になるようにして」とか】


 こいつ、分かってやがる。


「それでもな、ゲームの秩序を壊すために俺は転生するんじゃないだろう?バグ処理つったって、俺だって人生(ゲーム)を普通に楽しみたい。元のステータスが維持されたまま転生されるのなら、俺にこれ以上の望みはない」


【見事に綺麗事を並べられておりますね】


「んなもん別にいいだろ」


【そうですか。しかし……】


 女神さんはどうも納得いってない様子だ。まあ、傍から見ても偽善者っぽいが、これは俺の本心。偽ってはいないと女神さんも分かってくれているはず。


 そして彼女は俺の意見を汲んだ上でこう言った。


【ならば、貴方様の邪魔にならない程度の加護を与えます。これは貴方様の意思に関係なくです。それは当然、バグ処理のためだけでなく、貴方様に楽しく過ごしてもらうためでもあります。そ、それにあなたのステータス以上の敵だって沢山いるかもしれないですし。心配なのですよ、ええ、心配だからいいでしょう? 】


「ホントかぁ?引っかかる部分があったが、確かにステータス面で不安がないとは言えんからな。分かった。頼む」


 俺は渋々彼女のやり方を受け入れた。


【……女神としての威厳を保つためにも】


 ボソッと言ったつもりだろうけど聞こえてますよ、女神さん。あえてその事には触れないでおこう。

 面倒事は御免被る。


【さて、最後は私からのささやかなプレゼント、ですか。ええっと……あ、これです。受け取ってください】


「水晶玉……か? よく分からんが、綺麗だな」


 半透明な水色の水晶玉を手渡されたが、これは一体何なのだろうか。


【それは使用者の性分に合った従魔が召喚される、いわゆる従魔召喚のための無二のアイテムです。そして使用後はすぐに割れて消えてしまいます。これはこの空間、女神の部屋では使用できませんので、向こうの世界に着き次第、使用して下さい】


「いいのか……これ」


【ま、まあ、私のとっておきですが、バグ処理のためならば出し惜しみはできませんからね! バグ……あれのせいで私は処理に追われ、終いには自由時間が減りに減って、それなのに製作者側は何の見返りもくれないし──】


 よっぽど不満が溜まっていたんだろうな。女神さん、可哀想に。


【─それはさておき、他に何か悩み事はありませんか? もし後から何か聞きたいことがありましたら、ヘルプボタンを押して、何なりと聞いて下さい。ヘルプボタンはチャット枠の端に設けますのでご安心を】


「それは心強いな」


 本当にありがたい。ここまでしてもらったら、頑張らないわけにはいかないか。


 俺は遂に腹をくくることにした。まずは深く深呼吸をし、次いで軽く胸を張る。


「女神さん、そろそろ頼む」


【承りました】


 女神さんの言葉に伴って、俺の身体は段々と光の粒子となっていく。もうすぐ転生するとあらば、興奮してしまうのは気のせいだろうか。


【応援していますよ、トラップマスター様】


「呼びづれぇだろ。ヒビキでいい」


【そうですね、そうします。では私のことは短く「ロリ」とお呼びください】


「お断りだ! 」


 俺は全力で否定する。何があっても、そんな名で呼びたくねぇ。俺の何かが壊れてしまう。


【むぅ……じゃあ「ロリさん」と】


「断る! つうか、なぜその部分だけを抜粋してんだ! 他にいいとこがあるだろ、他に……」


 俺がそう言うと、女神さんは見るからにふてくされた様な顔をしてきた。もしかして女神さん、「ロリ」が結構気に入ってたのか……?


【はぁ……仕方ないですね。貴方様には特別に「フィーさん」と呼ばせてあげます】


 ああ、さようですか。


【プレイヤー名はどうなされます? 】


「なら、『キュウビ』のままでよろしく」


【……それはダメです】


 え、なぜ?


【貴方様はもう既に一度死んでおり、心苦しいながらも、その死体は貴方様が元いらしたお部屋に転がっております】


 おいおい、事実だがやけに軽く言ってくれるな。


【警察による調査は依然として行われ、特定などが始まりましょうが、もし貴方様が、生きていた頃に使用していたアバター名『キュウビ』を転生後も継続して使ってしまいますと……このゲームでは同じ名前を使用出来ない設定なので、「死んだ人間がゲームをプレイしている」ということになりかねません。その結果、考えすぎかも知れませんが、貴方様が何らかの形でゲーム内に存在している、というような噂が流れたり。ともあれ、このゲームの評判は、「恐怖のゲーム」として悪化していく恐れがあるのです】


「へ、へえ」


「それにですね、目立ちが原因でバグ処理に支障をきたすこともありましょう。ですので、申し訳ありません」


 要は、俺が『キュウビ』を使わなければいい……ということか。


 だが、今からいちいち考えるのはめんどくさいし、考えたとしてもいいものが出そうにない。


 逆に後悔しそうだ。


【これは私からのおすすめですが、貴方様の本名でもある『ヒビキ』はどうでしょうか。これならばあれこれ悩む必要もないでしょう。貴方様のお名前なのですから】


『キュウビ』は俺にとって愛着のある名前だったが、問題があるのならば仕方がない。本名でも別に構わない。


「それでいい」


【──では。ヒビキ様、準備が整いました。それでは、ご武運を】


 すると光の粒子を纏った形で、俺の身体は上へ上へと浮いていく。見上げてみても、薄暗さのために何も見えない。


 俺の身体がどんどん闇の中へ引きずられていく。その最中、彼女は改めて微笑んでみせた。俺はその顔を一瞥し、「ああ」と軽く返事をする。


 そして、気楽な感じで目を閉じた。


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