第18話 腹黒ヒビキ
「されば、王に伝えよ! 『元より俺は絶大なる力をもって王子を生かすつもりなどなかったが、兵らの愚直な思いに共感し、今は人質として同行させているまで。兵らは最善を尽くした。王が兵らの善策を踏みにじり、挙句の果てに俺の意向に背く行為に転じるのであれば、相応の覚悟をもってせよ。王子の命は天秤にかけられている』、とな」
「キュ!?」
白兎は戸惑いを隠せないでいる。
どうやら『人質』に反応したようだ。
俺は生まれて初めて『人質』という言葉を使った。転生前も、それからも。
「キュキュ──」
白兎は神妙な面持で通訳を行い、話の末には俺の方を向いてしょんぼりとしていた。
脅し程度に言っておかないと王に見縊られてしまう。また、兵たちの貢献を伝え損なえば、彼らの身が危ない。
こうも優しさを配っているわけは、あくまでも「俺に攻撃しない」ことを前提に話が進んでいるからである。
ちょっとした交渉ともいえる。
前提をなしにする動きがあれば、即交渉決裂とする予定だ。
【ヒビキ様。上手くいったみたいですよ】
「そう、なのか? 」
半信半疑で兵たちの様子を見てみる。
敵意は解消されており、むしろ穏やかな表情だらけである。
俺が兵たちの身の安全をも考慮していることを、俺の悪態の中に見出したのだろう。
その後、白兎は兵たちに近寄り、別れの挨拶を始めた。
周囲を気にせず泣く者、涙を堪えて笑顔で送り出そうとする者、ここぞとばかりに話をする者──。
これもまた運命だ。
俺が非を感じる必要は無い。これが、現実だ。
「貴様ら、一体何をしておる」
「「!? 」」
黒い馬に乗って駆け寄ってきたデュラハンが俺らにそう訊ねてくるなり、兵たちは揃いも揃って全身を震わせ始めた。
どうも、怖がっているようにしか見えない。
魔物の中でもランク付けがあるしな。デュラハンは中でもそこそこ上位種で、ラビット族はせいぜい下級種の上位。差が開きすぎているから、兵たちが恐れてもおかしくない。
「なぜ答えぬ」
もっと下手に出なさい。
「……貴様らも、我を除け者にする気か」
デュラハンは異常なまでに落ち込み、黒い馬に寝そべる。
そして馬の頭に自身の顔を置き、「黒馬よ……我はどうしたら」と語り掛ける。
問い掛けに応じれず、馬は困っていた。
「デュラハン、ちょっといいか」
「ぬ……? 」
提案を口にするやいなやデュラハンと目が合う。
改めて見ると、こいつは相当な美人だった。
ゲームの中なのは分かっているが、ジィーと見つめられるのは流石に照れくさい。
俺は若干視線を逸らしつつ、言葉を続ける。
「お前、プライドとかそんなのはさて置いて、こいつらと仲良くなれよ」
「な、仲良く、だと? 」
「そうだ」
人差し指をラビット族の兵たちの方に向けながら、一つ提案してみる。予想通りにデュラハンはたじろぐ。
それなりに面白そうだったから、という理由が第一で、第二にはラビット王への伝言に付け足す俺らの保険的な意味合いを込めるためだ。「人質の側にデュラハンがいる」というだけで恐れ戦いてくれるはず。
「よ、良いのか? 我と仲良く……なってくれぬか」
そう言われた兵たちは少しの間呆然としていたが、その直後緊張が解れたらしく、双方の仲は徐々に縮まっていき、遂には兵たちが黒い馬に乗るといった程までに進展した。
「キュキュキュ」という兵たちの鳴き声を俺は自力で翻訳できなかったが、デュラハンはできていた。
策略とか人間語は今どうでもいい。
魔物の言葉を早く知りたい。
俺も自力で何とか解釈できるようになりたい。
それが、俺の切実な思い。
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