第12話 不死族の王として③──(デュラハン視点)
「なんだこの、とてつもない異臭は」
「ヒヒッ、ブルブル」
黒馬は我と同じくこの臭いを警戒したのか、急遽足を止める。
鼻の奥にツンとくるこの臭い。これは、毒だ。
不死族の中にも毒を纏う者もいるが、その毒よりもこれは恐らく純度が高い。
でなければ、毒ごときに鼻を弄られるはずなどない。
異変を確かめるべく、とりあえず黒馬から降りる。次いで黒馬に待機命令を出して独り行動を始める。
あの人間の所から現在地に近づくにつれて草丈は伸びていくらしく、我が歩いているのはもはや密林だ。
そのせいで敵を早期発見するのに「危機感知」スキルに頼る他ない。だが鵜呑みにせず、念のため周囲に気を張りつつ一歩一歩進んでいく。
「む? 」
草を掻き分けていくと、いつしか開けた場所に辿り着いたが、その瞬間を見計らっていたかのように強烈な毒の臭いが我を襲う。
どうにか自我を保てるほど。ここは、何か危険な感じがする。
「キシャキシャー! 」
「こ、こやつは? 」
我は歯を食いしばらなければ危うく怖気付くところであった。
前方に巨大な生物──何もなかったはずの所から、突然それは現れた。
まさか透明に? いや、強いて言うなら同化していたのであろう。
第一、「危機感知」スキルはなぜ反応しなかったのだ?
それに、このような気持ちの悪い生物、我は知らぬぞ。
「黒霧! 」
我は体勢を整えるため、まずは黒魔法『黒霧』によって周囲を闇で覆い、時間を稼ぐ。
我の目は暗視可能なものであるゆえ、自滅にはならない。
それを利用し、構えた矛を『疾走』スキル使用後に勢いよく突き出し、『矛術』スキルを堪能してもらうことにしたのだが。
矛先は、その頑丈な鱗を貫くことなく弾かれた。
「なるほど、ダメか! 」
この巨大生物は単なる魔物、ではない。
言うに「ステージボス」だろう。
なんにせよ、我がこれほどにも苦戦しようとは。
我は一時撤退することを決め、来た道を『疾走』スキルを使って短時間で戻り、黒馬に撤退命令を出す。
ブルブルと鼻を鳴らすと、黒馬はあの人間がいた方角へと慌てながら走り出す。
先程よりも少し低い草丈ばかりの草原地帯に突入し、ホッと安心する。
それもつかの間、後ろを見れば、なんとあいつが等速で追いかけてきているではないか!
「黒馬よ! 急ぐがよい! 」
「ヒヒィーン! 」
スピードを上げ、少しはあいつから遠のくも、これからどうしたものか。実に難解だ。
このままではあの人間の元へこの気味の悪い魔物を連れて行きかねない。そうなると、あの者たちの抹殺や我の非力さを明かすことにも繋がる。
今ここで決着をつけなければならないのか?
あれこれ悩んでいると、視線の奥の方にあの者達の姿が映った。
矛を右手に構え、いつでも戦闘に入られるようにする。
あとは覚悟するだけ。こんなにも全身が震えるのは初めてだ。
我は不死族の王、デュラハン。ゆえに、悠長にしている訳にはいかぬな。
「ゆくぞ! 黒馬! 」
「ヒヒィーン! ブルブルッ」
我の合図に合わせ、黒馬は足を止めずに大きく曲がり、巨大生物と対面しては真正面から盛大に突っ込んでいく。
「付与」
魔法の種類によって属性が変わるが、我は黒魔法ならではの『付与』を、手にした矛に向かって唱える。
この魔法は、対象物を一時的に飛躍的に強化し、そしてそこに属性を加えるといった優れたものだが、200という大量のMPを必要とするために普段は使っていない。
しかし、出し惜しみはできない。
「喰らうがよい! 」
強化された矛を、我は奴目掛けて思い切り投げた。