私の中の君
ただ茫然とテレビを眺めてる。
特にみたい番組もないが、ちょうど過ごしやすい雑音。
今日もいつも通り目が覚め、働き、帰宅、食事、シャワー。
代り映えのないいつもの日課。
リモコンに触ったわけではないのにチャンネルが勝手に変わった。
ちょっとした違和感。無視してもいい。その方が楽だ。
画面に写っているのは信号を待っている私の姿。
非現実的な状況を整理する間もなく、画面に吸い寄せられるかのように顔を近づけた。
突然、画面の死角から車が猛スピードで飛び出し画面の中にいる私を跳ねた。
重りの入ったゴム人形みたいに投げ飛ばされ、フロントガラスが散った地面の上に落ちた。
瀕死の私から流れ出る血がガラスの破片を飲み込み、
未知の体験によって自身の存在を脅かされるような恐怖が身体に侵入し脳裏と背中を刺激する。
思考を整えるために一旦画面から目をそらしたいが目線が固定されたように動けない。
瀕死の私が徐々に目線をこっちに移動させていく。
思考停止の私と死にゆく私の目があった瞬間、意識が無理やり引っ張られるように目を開いた。
ベッドの上だ。時計は朝の6:30。いつもの朝。
夢の余韻を少し引っ張りながら支度を済ませ会社へ向かう。
アパートを出て、3ブロック歩き、バスに乗り、3つ目の停車場で降り、
信号を渡って3ブロック歩けば会社に着く。
いつもの信号が今日は工事中だ。
この違和感は好きじゃない。でも無視してもいい。
しばらく歩くと他の信号にたどり着いた。赤から青に。
この違和感。昨日みた自分と同じ状況。
もう歩き出していた足を止めた瞬間、体が一瞬熱くなり視界が地面から離れていく。
飛び散るガラスの破片の一つ一つがくっきり見える。
ゆっくり地面が近づいていく。
身体は自由に動かせないが、思考はクリア。
死を意識しても恐怖はない。本能がこれから訪れる終わりに備えている。
まるで何の価値もないかのように少し跳ね返りながら地面に落ちた。
薄れゆく視界に赤いガラス玉が光っているのが見えた。
白から黒に。黒から白に。
目を覚ますと、ソファの上で不格好な態勢で寝ている。
目の前には見覚えのある映像がテレビ画面に映っている。
説明できる出来事に安心を覚え、明日のためにベッドに向かった。
時計は朝の6:30。
いつものように会社に向かう。
自身の記憶に不安と不信感を抱かせる工事中のサイン。
夢の中で事故の目撃と体験をした信号の前で待つ。
青になった信号に向かって歩き出す人々。
行動を決められない私は突っ立ったまま、
夢の中で車がやって来た方向に目をやった。
一台の車が猛スピードで横断歩道に突っ込み歩行中の一人を跳ねた。
安心感と罪悪感に同時に襲われ、逃げるように跳ねられた被害者に元に駆け寄った。
片膝を着き被害者を確認しようと顔を覗いた。
良く知る私の顔。
瀕死の私だ。
気づくと視界から全ての人が消えている。
受け入れられない非日常。
自身を保つには納得させること、これは夢なんだと。
夢でなければ存在が否定される。
「こっち!」
突然の後方からの声。
振り向くとある人が立ってる。
知ってるはずの知らない人。
性別もわからない。分かるはずなのに分からない。
物事を判断する認識がぼやけてる。
でも、目に見えてる、だから知ってるはずのもの。
その人は私が働いている会社のビルの中へと入って行った。
後を追って私も入ると、広いロビーの真ん中で私に向かって立っている。
「こんなところで何をしてるの?」
「私は。。。」
私はここで何をしてるのだろうか。
会社が。。。
ここは会社。私が働く。。。働いている記憶がない。。。
本当に私が働いていた場所なのか確信が持てない。
自分を自分として認識できるものが一つずつ消えていく。
自分が薄れていく。
ここから出て行かなければ。
「ここから出て行って!もう君は必要ない」
その人は手に刃物を持って私に目がけて突進してくる。
咄嗟に避け、お互いの手を絡む糸のように握り合う。
ここは私の夢、きっと私の世界。
ほうら、刃物が私の手に移った。
あやふやな君を排除すれば、戻るはず。
力が入らないけど、思いっきり刺そう。
その人の脇腹に刃物を刺した。
あやふやさが消えていく。
泣き叫ぶその人を認識できるようになってきた。
この人は私だ。
苦痛に歪むもう一人の私の顔。
突然私のわき腹から激痛が走る。
私も刺されている。
私、もう一人の私、そして激痛
全てが独立した一つの世界のように
外界から隔たれ融合し感覚になり、
そして外界を意識し始める。
この違和感は避けなければいけない。
夢から覚めればまた私としての存在が安心を得るはず。
夢から覚めなければ。
そうだ、これは夢なのだから、
もっと荒々しい感情を、もっと激しい感情を。
目の前で苦しみ叫ぶもう一人の私よりももっと激しく。
もっと激しい感情を。
目が覚めた自分の視界と激しく揺れる感覚に意識が追い付かず、
ゆっくりと一つずつ確実に
ベッドの上の自身の感触を確認した。
夢の中で刺された脇腹にはまだ違和感を感じる。
強烈な余韻が残ってる。
安心感を得るために布団の中に手を忍び込ませ、
脇腹の感触を確かめてみる。
違和感が少しの痛みに変わった。
咄嗟に手を布団から出してみると、
指から垂れんばかりの血が手のひらを伝って腕に伸びていく。
慌てて体を少し起こし、布団をはらう。
もう一人の私が悪意のある目線でこっちをにらみ叫んでる。
「なんでまだいるの?なんでいなくならないの?」
手には脇腹に刺さっている刃物が握られてる。
痛みと恐怖で飛び上がり、バランスを崩しながらも必死にドアの方へとかけ
アパートから飛び出した。
もう一人の私の異質な目を思い返しながら、
必死に走りバス停に止まっているバスへと飛び乗った。
もう一人の私は私と認識できるけど、
明らかに異質なもの、私とは違うもの。
私の世界ではないもの。
大きな違和感。
無視できないもの。
3つ目の停車場で降り、工事中の信号を通り過ぎ、次の信号にたどり着いた。
青になり、道路の向こう側へと足を運ぶ。そして、飛び出した車が私の体を跳ねる。
ガラスの破片と地面が赤く広がる。薄れゆく意識が私を認識する。
気が付けば、ソファの上でいつものテレビをただ茫然と眺めてる。
特にみたい番組ではないが、ちょうど過ごしやすい雑音。
今日もいつも通り目が覚め、出社、帰宅、シャワー。
代り映えのないいつもの日課。
ほんの小さな違和感。
無視しなければいけないもの。