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第八話 初デートは海に向かって

 はながファーストキスを大樹ひろきのオフィスで捧げた翌日の土曜日の早朝。

 土日は午前九時から午後三時までバイトをしているコンビニに、急用ができたのでお休みさせてくれと花から電話があった。

「あ、あの、突然のお休みでご迷惑を掛けるといけないので、知り合いの方が私の代役を務めてくれることになりました。その方は九時前には見えると思います」

「そこまで気を使わなくても良かったのに。これまで無遅刻無欠勤で勤めてくれている花ちゃんが当日の朝に連絡してくるんだから、緊急で大事な用事なんでしょ?」

「はい。私の人生が変わるかもしれません」

「ははは、それは大変だね」

 と、コンビニのオーナー兼店長の近藤がにこやかに花と話した一時間後。

 花の代役というバイトが店に来ていた。

「あ、あの、亀谷かめたにさん」

 近藤がおそるおそる声を掛けたのは、背はそれほど高くないが、恰幅のある中年男性で、見るからに迫力があるその雰囲気から、コンビニの縞々の制服が囚人服に見えて仕方なかった。

「あんだよ?」

「い、いえ、あの、レジは、その、愛想良くしていただきたいのですが」

「俺としては、これ以上ないほど、愛想良くしてんだけどよ」

「そ、そ、そうは見えませんが」

「何だと!」

「ひえぇ~、すみませんすみません! そのままで結構ですぅ~」

 思わず、亀谷を拝みながら謝る近藤であった。

「まあ、心配するなや。うちの若い者に客として来てもらうことになっとるんや」

「は、はあ」

「おっと、言ってるそばから来たで」

 見ると、黒いスーツに白いワイシャツ、黒のネクタイに黒いサングラスを掛けた、統一感ありすぎの男たちがぞろぞろと店に入って来た。

「おい、てめえら! 一人一万円は買っていけ!」

「へい!」

「釣りはいらねえだろ?」

「へ、へい!」

 黒服の一団が去って行った時、コンビニの陳列棚にはほとんど商品が残っておらず、レジには入りきらなかった大量の一万円札が溢れていた。



 その頃。

 花は、自分なりに精一杯のお洒落をして、自宅最寄りの駅前のロータリーにいた。

 冠婚葬祭用にと祖母が買ってくれた黒のベロアドレスしか一張羅はなかったが、いかにデートでも、このドレスでは浮いてしまいそうだと考えて、とりあえず、最近買ったばかりの白いブラウスと濃紺のカーデガン、膝丈の茶色のスカートで出掛けた。黒のソックスとスニーカーと合わせても、五千円もしないコーディネイトだ。

 そして、お洒落をして自宅の近くで待っていると、親しい近所の人に冷やかされそうだったので、駅前で待ち合わせをすることにしたのだ。

 昨夜。花と大樹はお互いの気持ちを告白して、晴れて、両思いの恋人となった。

 花はファーストキスを大樹に捧げたが、大樹も紳士で、それ以上のことは何もなかった。

 そして、大樹が好きだという気持ちを抑えられなかった花は、大樹から誘われるままに、人生初のデートに行く約束をした。

 大樹の真っ黒なスポーツカーが、ロータリーに入ってくると、すぐに花の目の前で停まった。

「おはよう、花ちゃん!」

 運転席から降りて、花の前に立ち、先に挨拶をしてくれた大樹に、「おはようございます、飛鳥さん!」と、花も笑顔を返した。

 仕事をしている時とは違って、カジュアルなジャケットにシャツ、綿パン姿の大樹は、大学生だと言っても誰も疑ったりしないだろう。

 いつもどおり、花をスマートに助手席にエスコートした大樹が運転席に戻ると、車はスムーズに走り出した。

「ねえ、花ちゃん。お願いがあるんだけどな?」

 運転をしている大樹が、目だけで花を見ながら言った。

「何ですか?」

「僕は、花ちゃんを名前で呼んでいるんだから、花ちゃんも僕の名前で呼んでくれないかなあ。『飛鳥さん』って、何だか他人みたいでさ」

「な、名前でですか?」

「だって、僕達はもう両思いの恋人同士だろ?」

 昨日のキスのシーンが思い出されてしまって、花は照れてしまった。

 しかし、大樹が好きだという感情には迷いはなかった。

「そ、そうですね。じゃあ、……大樹さん」

「うん。やっぱり、良いね。恋人同士って感じだ」

 本当にうれしそうな大樹の顔に、花も思わず微笑んだ。

 車は首都高速に入り、東に向かって、順調に走って行き、右手に海が見える所まで来た。

「海だ!」

 輝く海面が見えた花は、思わず、声を上げた。

「海は好きかい?」

「実は、海に行ったのは、小学生の頃、お婆ちゃんに連れられて行って以来なんです。でも、その時、すごく楽しかった記憶があるので、きっと、海は好きなんだと思います」

「そっか。……そうだね。じゃあ、そうしようか?」

「はい?」

「実は、この先にあるネズミの遊園地に行こうと思っていたけど、海をゆっくりと見られるところも良いなって、今、思いついた。ネズミの遊園地は、また、今度でも良いかい?」

「ネズミの遊園地にも行ったことないので、それはそれで行ってみたいですけど、今日は、大樹さんともっとお話をしたいので、海が良いです」

「分かった。今日は海を見に行こう」



 ネズミの遊園地の手前のインターを降りた車は、樹木が生い茂る大きな公園の駐車場に入った。

 車から降りた花に、大樹が左手を差し出した。

「じゃあ、行こうか?」

 花は、その手がどういう意味なのかがすぐに分かったが、照れくさくて、すぐに握り返すことができなかった。

「何か、恥ずかしいです」

「恋人なら、みんな、していることだよ。外国では、キスだって、おおっぴらにしてるでしょ?」

「それは、さすがに」

「ははは。何だかんだ言って、僕も生粋の日本人だから、さすがにキスを人前ですることには抵抗があるね。でも、手をつなぐことは、そんなに大胆なことじゃないよ」

「は、はい」

 考えてみれば、キスを先にしてしまい、大樹と手をつなぐことは初めてだった。おずおずと大樹の手を握ると、大きくて暖かい手だった。

 ちょうど季候の良い時期の晴天で、公園には多くの家族連れやカップルがいた。

 ここでも、花は、みんなから注目されていることを感じた。もちろん、イケメンな大樹に対する女性からの視線だったが、男性からの羨望あるいは嫉妬が混じった視線もあった。そして、その連れである花にも視線が注がれていた。

「大樹さん」

「うん?」

「大樹さんって、すごくハンサムだし、スタイルも良いじゃないですか」

「どうしたんだい、突然? まあ、褒められて悪い気はしないけど」

「私、大樹さんの隣を歩くのに、不釣り合いかなあって、いつも自信が無くなってしまうんです」

「そんなこと、気にすることはないよ。僕は、今の花ちゃんが大好きなんだから」

「大樹さんがそう言ってくれるのはすごくうれしいですけど、私が気になってしまうんです。大樹さんは、恋人は見世物でもないし、自慢するものでもないって言ってくれましたけど、少なくても、私は、大樹さんの隣を歩くのに、おかしくないような女の子になりたいです」

「花ちゃん……」

「だって、ずっと、大樹さんの隣を歩きたいから」

「ずっとって、それって?」

「えっ! そ、それは、その、そのとおりなんですけど、あっ、いえいえ、私、まだ十八歳ですし」

 まるで結婚を前提にしているような自分の台詞に、花自身が焦ってしまった。

「でも、僕は、そこまで行ければ良いかなって思ってるよ」

「大樹さん……」

「恋人同士なら、誰しもそう思っているはずだよね。この楽しい状況がいつまでも続いてほしいって。むしろ、この人とは今日限りとか、一年後には別れてるだろうって思いながらデートをする方が不健全だよね?」

「それもそうですね」

「だから、花ちゃんが僕の隣をずっと歩きたいって言ってくれたのも、少なくとも、今の花ちゃんの正直な気持ちなんでしょ?」

「は、はい」

「花ちゃんの気持ちはすごくうれしいから、帰りに服屋さんに寄ろうか?」

「でも、今日、お洋服を買うお金を持ってきてないです」

「僕のためにもっと可愛くなりたいっていう花ちゃんのためなんだ。僕が買うよ。これは、僕からのプレゼントだと思ってくれて良い」

「何か、大樹さんにおねだりしたみたいになっちゃって、ごめんなさい」

「服を買ってあげると言って謝られたのは、花ちゃんが初めてだよ。やっぱり、花ちゃんだって、もっと好きになってしまったよ」

「そ、そんな」

 照れて、うつむいた花に、大樹が「ほらっ、花ちゃん!」と声を掛けてくれた。

 花が顔を上げると、目の前に海が広がっていた。

 

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