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第七話 会いたい気持ちが溢れて

 祖母の症状も安定してきて、少なくとも命の危険は去ったということで、はなの気持ちも落ちついてきたが、コンビニでのバイトが終わり、自宅で一人、横になっていると、ときどき不安に駆られてしまい、布団の中で涙することもあった。

 そんな花のくじけそうな心の支えになってくれたのは、大樹ひろきだった。

 大樹は、仕事中に抜け出して来てくれているようであったが、花が病院にいる夕方には毎日お見舞いに来てくれた。大樹が来てくれた時には、本当にうれしくて、大樹が帰る時には寂しくなってしまう花であった。

 お見舞いに来てくれた大樹とは、いろんな話ができた。

 大樹が一人っ子で飛鳥家の唯一の跡取りだということも分かった。

 そんな大樹には数多くの縁談話が舞い込んできていたが、どれも飛鳥家の財力を目当てにした目的が見え隠れしていて、すべて断っていること。そして大樹の両親も政略結婚ということにはまったく興味がなくて、大樹の思い通りにさせてくれていることも話してくれた。

 大樹が包み隠さず、自分のことを話してくれるのはうれしかったが、その話を聞くたびに、自分と大樹との身分不相応なことに気づかされ、花は、大樹とつきあい始めることにどうしても踏み切れなかった。

 

 

 祖母が入院してから、二週間ほど経った。

 それまで毎日、大樹は見舞いに来てくれたが、「明日からは、少し仕事が忙しくなるかもしれない」と言った日の翌日から、大樹は見舞いに来なくなった。

 大樹の顔を見られない日が数日続いた、とある金曜日。

 コンビニのアルバイトが終わった花が自宅に帰ると、ドアに組み込まれた郵便受けに小さな小包が入っていた。

 差出人を見ると、大樹からだった。

 たった数日、大樹に会えなかっただけで、すごく寂しい思いをしていた花も、一気にそんな気持ちが吹き飛んでしまった。

 花は、急いで小包を開いた。

 中には小さな箱と便せんが一通、入っていた。

『仕事の都合で、これからしばらく夕方に時間が取れなくて、お見舞いに行けそうにありません。僕としては、花ちゃんの顔が見られなくて、本当に残念です。でも、何か緊急のことがあれば、前みたいに電話をしてもらって良いからね。何もかも放り投げて、花ちゃんの元に駆けつけるから! それといろいろあったから花ちゃん自身も忘れているのかもしれないけど、誕生日おめでとう! ささやかなプレゼントです。気に入ってくれるとうれしいよ 花ちゃんへ』

 祖母のことがあり、花は本当に自分の誕生日のことを忘れていた。

 小さな箱を開けると、中には可愛いアニメ風イラストとともに「災厄退散!」と書かれているキーホルダー型のお守りが入っていた。

 花に負担を感じさせないように高価な品物ではなく、また、少しユーモアも感じさせるお守りに、花の顔がゆるんだが、同時に涙腺もゆるんでしまった。

 泣き笑いのような顔をしながら花は、大樹はこんなに自分のことを想ってくれているのに、自分は大樹には何もしてあげられていないことが悔しくなった。

 そして無性に大樹に会いたくなった。

 お礼という意味で会いたくはない。大樹はそう言った。

 でも、これは「お礼」ということではない。

 自分が大樹のために、何かをしてあげたいという気持ちだ。自分と会って、話をするだけで、大樹の気持ちが安らかになるのであれば、そうしてあげたいと思った。

 いや、大樹に会いたくてたまらないのは、むしろ、花の正直な気持ちだ。

 花は、自宅の固定電話の受話器を握りしめた。



 自宅の前で待っていた花の近くに、真っ黒なスポーツカーが停まった。

 運転席側のドアが開くと、大樹が出て来た。

「花ちゃん、どうしたの?」

 ひょっとしたら、花の電話の声は、何か思い詰めたような声だったのかもしれなかった。少し不安げな顔の大樹に、花は頭を下げた。

飛鳥あすかさん、こんな夜遅くにごめんなさい」

「い、いや、良いけど。何かあったのかい?」

「私、……飛鳥さんに会いたくて」

「えっ?」

「飛鳥さんに会いたくて我慢できなかった……」

「……とりあえず、車に乗る?」

 こくりとうなずいた花を、大樹は助手席にエスコートして座らせた。

 大樹が運転席に座ると、すぐに車を出発させた。

「花ちゃん、どこか行きたい所はある?」

「飛鳥さんとならどこに行っても良いです」

「分かった」



 大樹は無言で車を走らせた。

 都心に向かっているようで、煌びやかなネオンサインやビルの夜景が踊りながら後ろに流れていった。

 高層ビルが建ち並ぶ一角で、車は、とあるビルの地下駐車場に入った。

 車を停めると、花は大樹が開けてくれたドアから車を降りた。

「ここは?」

「僕の職場だよ」

「飛鳥さんの?」

「うん。ついておいで」

 駐車場からエレベーターに乗ると、大樹は二十五階のボタンを押した。エレベーターの中にある各フロアの案内板を見ると、二十五階には「飛鳥総合企画」とあった。

 二十五階まで止まらずに上がり、ドアが開くと、すぐに曇りガラスがはめ込まれた木製のドアがあり、ドアの側の壁にインターフォンが設置されていた。

 大樹は、懐から鍵を取り出すと、ドアの鍵を開けて中に入った。

 モダンな作りの事務室だったが、深夜のこの時間には、さすがに誰もおらず、非常灯が点いているだけで薄暗かった。

 しかし、その奥にある、全面ガラスの仕切りで区切られた部屋にだけは煌々と灯りが点いていた。

「こっちにおいで」

 大樹の跡について、その部屋に入ると、立派な執務机と豪華な応接セットがある、いかにも重役室といった雰囲気の部屋だった。

「ここが、いつも僕が仕事をしている部屋だよ」

 花が部屋を見渡すと、執務机の上には書類が山積みになっていて、つい今まで仕事をしていたとしか思えない状態だった。

「飛鳥さん、やっぱりお仕事をされていたんですね?」

「そうだよ」

「ごめんなさい。お忙しいのに」

「花ちゃんから呼び出されると、仕事を放り出しても行くって言ったのは僕だからね。花ちゃんが気にする必要はないよ」

「飛鳥さん……」

「それに、僕が、普段、どんな所で仕事をしているのかも花ちゃんに見てもらいたかったんだ。そうすると、僕がヤクザの友達じゃないって分かってくれるでしょ?」

「そんなこと、もう思ってないです!」

 焦って言った花に、大樹が「冗談だよ」と笑った。

「花ちゃんは、さっき、僕に会いたくなったって言ったよね?」

「はい」

 自分の気持ちを抑えられずに正直にそう言ってしまったが、車に乗っている間に少し冷静になった花は、恥ずかしくなって、うつむいてしまった。

「すごくうれしかったよ」

 顔を上げた花の目の先には、いつも心を落ちつかせてくれる、優しい笑顔の大樹がいた。

 そして、すぐに真剣な表情に変わった。

「花ちゃん」

「はい」

「いままで、ちゃんと言ってなかったから言うね」

「……はい」

「花ちゃんとは、あれから、いろんな話もできて、花ちゃんという女の子のことも分かった。それは、初めて会った時に感じたとおりの素晴らしい女の子だということだった」

「……」

「花ちゃんの笑顔を見るとうれしくなる。花ちゃんが泣いていると悲しくなる。花ちゃんが側にいると心が落ちつく。花ちゃんのために何かをしたくなる。間違いなく、僕は花ちゃんに恋をしている。一目惚れしたのも当然だ。だって、こんなに素敵な女の子だったんだもんね」

「……」

「僕は花ちゃんが好きだ」

 花の目を見つめて、はっきりとそう告げた大樹の顔が霞んできた。

 花の目からは大粒の涙が溢れ出ていた。

「飛鳥さん……、私も飛鳥さんと同じです。飛鳥さんの声を聞きたい、会いたいって、いつも思ってました。でも……」

「でも?」

 花は、部屋の窓から見える高層ビル群の夜景に顔を向けた。

「こんな立派な所でお勤めされていて、お金持ちで、格好良くて、……やっぱり、私なんか、飛鳥さんとおつきあいできるような女の子じゃありません」

「……」

「飛鳥さんとおつきあいをしたいっていう女性は、いっぱい、いるんですよね? 私なんかよりも家柄が良くて、立ち振る舞いが優雅で、美人で、服のセンスも良くて、垢抜けてて、七頭身でモデルさんみたいにスタイルが良くて、飛鳥さんの隣に立ってても輝いていて」

「どれも必要ない!」

 大樹の声には怒りが混じっていた。

「そんなものが何になるんだい? 恋人は見世物じゃないんだ! 人に自慢するものでもない! 自分にとって、どれだけ大切に思える人かってことじゃないのかい?」

「……」

「僕は、花ちゃんの笑顔を見たい。だから、花ちゃんを大切にしたい。いや、守りたいんだ!」

「私なんかで良いんですか?」

「花ちゃんじゃないと駄目なんだ!」

 大樹は、花に近づいて来て、花の両肩に手を置いた。

「確かに、お見合いとかすれば、飛鳥の跡取りにふさわしいっていうような女性を次から次に紹介されるだろう。でも、僕は、もう野原花ちゃんに会ってしまったんだ。花ちゃん以外の女性には、もう胸がときめかないんだ」

「飛鳥さん……」

「何度だって言う。僕は野原花ちゃんが好きだ」

「……私も、……私も飛鳥大樹さんが好きです」

 涙でぐしゃぐしゃの顔の花を、大樹は優しく抱きしめてくれた。

 そして、見つめ合った二人の顔は次第に近づいていき、一つになった。


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