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第二話 白馬に乗った王子様はヤクザのお友達?

「やっと見つけた。探しましたよ、旦那」

 チンピラたちの先頭にいた、紫色のダブルのスーツをだらしなく着た男が、はなの隣に座っている無精髭ぶしょうひげ男に、口をひん曲げながら言った。

 無精髭男は、花がそのチンピラのボスのような男からの視線に晒されないように、花の前に立ち塞がった。

「僕をどうするつもりだ?」

「どうするもこうするもねえっすよ。落とし前をきっちりとつけていただかないとねえ」

「落とし前とは?」

「こっちは総長のたま取られたんや。そっちのトップ、つまり、旦那の首、ちょうだいしますわ」

「ほ~う。この首は、そう簡単に与えるわけにいかんな」

 花は、いったい、何が何やら分からない状況で、声も出せずに、ベンチに座ったままで戸惑っていたが、無精髭男が背中越しに、花にだけ聞こえる小さな声で「君は逃げろ」と言ったことで、やっと、自分にも危険が差し迫っていることが分かった。

「警察、呼んで来ますか?」

 花は、震えながらも、無精髭男のすぐ後ろに立つと、その背中に小さな声で尋ねた。

「いや、あとが面倒だ。君はそのまま逃げるんだ」

「でも」

「良いから逃げろ!」

 無精髭男の大声で、自分が考えている以上にやばい状況だと感じた花は、踵を返して、自分の自転車に向かって走り出した。

 しかし、そちら側からもチンピラの仲間と思われる男たちが現れて、花は取り囲まれてしまった。

「おっと、お嬢ちゃん。夜道を一人で帰るのは危ないよ~」

「じゃあ、一緒に帰ってください」とはとても言えない、顔に縫い跡があったり、肩から綺麗な桜吹雪の模様が見えている男どもに、花はびびってしまい、足が震えて、動けなくなってしまった。

 すぐに無精髭男が花の近くまで駆け寄って来て、花を庇うように背中に回した。

「この子は関係ない! お前たちが用があるのは、この僕だろ? この子は帰してやってくれ」

「顔を見られちゃったからねえ。帰すにしても、その口から、わいらの顔や姿をしゃべられることがないようにしないとねえ」

稲山会いなやまかいは、いつから素人さんを巻き込むようになった?」

「運が悪いとしか言いようがないですなあ。まあ、若い女の一人や二人、行方不明になることは、今どき、珍しくもないですからなあ」

 トカゲのような気色の悪い笑みを浮かべたチンピラのボスに見つめられて、花は背筋に悪寒が走った。そして、途端に体が恐怖心で支配されてしまい、思わず目の前の無精髭男のシャツを掴んで、背中にしがみついた。

 背が高くスリムに見えたが、意外と広い背中で、汗の匂いもしたが嫌な匂いではなく、むしろ、心が落ちつくような感覚がした。

 恐怖心がやわらいでいくのが分かった。

(何だろう、この感覚は?)

 花は、非常事態のはずなのに、「絶対に大丈夫!」という、根拠を見いだすことのできない気持ちになってしまった。

 無精髭男も、相当、肝が据わっているようで、その体は震えてもいなかった。

「とりあえず、こんな所で始末する訳にゃいかねえですからねえ。わいらについて来てもらいやしょうか」

 チンピラのボスが懐からピストルを出して、無精髭男に向けた。

「どうするつもりだ?」

「どうしましょうかねえ。コンクリを詰め込んだドラム缶と一緒に東京湾に沈みますか? それとも富士の樹海でぶら下がって、鳥に内蔵を食われるのと、どっちが良いですか? けへへへへ」

 勝ち誇り、嫌らしい笑い声を上げたチンピラのボスに、無精髭男は「どっちも嫌だね」と冷静に答えた。

「そうでっか? まあ、わいらに一任させていただきまひょか」

 そう言ったチンピラのボスは辺りを見渡してから、無精髭男への注意をそらさずに、少し焦った様子で、配下のチンピラに尋ねた。

「おい! 車はどうした?」

「もう、来てもおかしくはないはずですが?」

 チンピラどもが道路に面した公園の入り口を見つめた。団地街のはずれにある児童公園で、街灯に照らされていてそれなりに明るいが、人通りはまったくなく、車が来れば、すぐに分かるはずだ。

「様子を見てこい!」

 チンピラのボスは明らかに焦っていた。

 二人のチンピラが公園の入り口に向かって走ったが、その後ろ姿が立ち止まったと思うと、ゆっくりと両手を挙げて、後ずさりしてきた。

 そのチンピラの前には、黒いスーツ、白いワイシャツに黒のネクタイ、夜なのに黒いサングラスを掛けた統一感ありすぎの一団がいて、その全員の手にはピストルが握られていた。

 チンピラどもを圧倒する迫力があるその黒服の一団の中から、あまり背は高くないが恰幅が良い男が一人、前に出て来た。その手にも消音器付きのピストルが握られていた。

「危ねえ、危ねえ。何とか間に合った」

 恰幅の良い黒服がそう言うと、「やっと終わったか」と無精髭男が呟いたのが、花にははっきりと聞こえた。

 どうやら、この黒服の連中は無精髭男の仲間のようだ。

「てめえら! 両手を挙げて、頭の上に置けや!」

 恰幅の良い黒服が、チンピラのボスにピストルを突きつけながらすごんだ。

 チンピラのボスがピストルをその黒服に向けたが、「プシュッ!」という鈍い音がすると、チンピラのボスが持っていたピストルが地面に落ちた。

「無駄なことはやめろい! フェニックス・シンジケートの実力、知らねえ訳じゃねえだろ? 命が惜しけりゃ、大人しくしな!」

 いつの間にか、黒服の男たちがチンピラどもを取り囲んでいた。

 チンピラの一人が黒服たちに素手で殴り掛かって行ったが、一発でノックダウンされてしまった。

 チンピラどもも、その「フェニックスなんとかとやらの実力」を見せつけられて、あっさりと抵抗を止め、両手を挙げると、黒服たちはチンピラどもをあっという間に拘束していった。

 そして、恰幅の良い黒服が、無精髭男に近づいて来た。

「申し訳ありません、ドン! こんなに時間が掛かってしまって」

 恰幅が良い黒服は、無精髭男よりも明らかに年上だったが、その腹が窮屈になっているのではないかと心配になるほど、深々と頭を下げた。

「いや、連中の包囲網がそれだけ完璧だっただけだ。だが、これから一気にカタを付ける」

「合点承知の助でさ」

 いつの間にか、チンピラどもは黒服の連中にどこかに連れていかれ、公園には、花と無精髭男、そして無精髭男を「ドン」と呼んだ、恰幅の良い黒服の三人だけになっていた。

「こちらの嬢ちゃんは?」

「ああ、食べ物を恵んでもらったんだ」

「そうでっか」

 恰幅の良い黒服は、花の前に進み出た。

「嬢ちゃん! 今、ここであったことは他言無用や。分かったな」

かめ! その子は、たまたま、巻き込まれただけだ。そんな子を脅してどうする?」

「脅したつもりはないんでやすが」

「亀」と呼ばれた恰幅の良い黒服が恐縮していた。

「ドン」と呼ばれた無精髭男は、穏やかな笑顔を見せながら、花と向き合った。

「ごめんよ。びっくりしただろ? でも、これは、君にはまったく関係のないことだから、今、ここであったことは忘れてくれるとありがたい」

「あ、あなたも何か悪いことをしてる人なんですか?」

 花は、勇気を振り絞って、無精髭男に訊いた。

「僕は、いろんな方面から命を狙われる危険があって、その防御のために先手を打つことはあるけど、君が思っているような悪いことをしているつもりはないよ」

「し、信じて良いんですね?」

「ああ、信じてくれ」

 花を見つめる、無精髭男の微笑みは誠実に見えて、その言葉に大きな信頼を与えた。

「分かりました。信じます」

「ありがとう。でも、君もなかなかに肝が据わっているね。泣き叫ぶこともしなかったんだから」

「というか、何が何やら分からなかったんですけど。でも、命を狙われているって、あなたは、いったい何者なんですか?」

「う~ん、そうだな」

 無精髭男は、少しの間だけ、人差し指を額に当てて考えてから、花に笑顔を向けた。

「白馬に乗った王子様かな」

「はっ?」

 花がジト目で、自称「白馬に乗った王子様」を見つめたが、無精髭男は、花の冷たい視線にも屈することなく、花に更に笑顔を向けた。

「この格好じゃあ、無理だったかな? でも、君とはさっき、出会ったばかりだけど、君の王子様になれたら良いなとは思ったよ」

「えっ! そ、それって?」

「何だろうね。自分でもよく分からないけど、君は今まで僕が出会ったことのないタイプの女性だという気がするんだ」

「……」

 ヤクザに取り囲まれるという状況から一転して、白馬に乗った王子様になりたいと男性から告げられるという、今まで経験したことのない出来事が連続して起きて、花も戸惑うことしかできなかった。

 無精髭男は、爽やかに笑った後、花に真剣な顔を見せた。

「騒がせて済まなかったね。焼きそばパンと牛乳パックのお返しは、必ず、させてもらうよ」

「い、いえ。良いです! それより、こんなことにもう巻き込まないでください!」

 花も臆することなく、無精髭男に注文を付けた。

「巻き込んだりしないよ。約束する。野原のはらはなちゃん」

「へっ? ど、どうして、私の名前を?」

「自転車にしっかりと住所と名前が書かれているよ」

「あっ」

「可愛い女の子がそんな個人情報を晒しながら走っていると危ないよ。少なくとも住所は消しておいた方が良い」

 花は、無精髭男に名前や住所を知られたことより、さりげなく「可愛い」と言われたことに気が動転してしまった。

「か、可愛いって、その、いわゆる、社交辞令ですよね?」

「いや、本当に可愛いと思うよ。ちゃんと人にお礼ができるところとかも素敵だと思う」

「……」

「ああ、馬鹿にしてるわけじゃないからね。僕の本心だから」

「ドン! そろそろ、騒ぎを聞きつけて、サツがやって来ないとは限りやせんぜ」

「亀」が急かすように言うと、公園の入り口に黒塗りの高級車が乗り付けた。

「分かった。じゃあ、花ちゃん、またね」

 後部座席に「亀」とともに無精髭男が乗り込んだ黒塗りの高級車が走り去るのを、花は呆然と見送ることしかできなかった。

「……またねって?」

 やっと我に返った花は、無精髭男のその言葉が気になった。

 

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