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第二十六話 慈悲の心を

 はなはあずかり知らないことであったが、青葉あおば大樹ひろきと対面した次の日。

 私立白薔薇学園の三年生たちは、全クラスとも校外活動として、福祉施設の手伝いをすることになっていた。

 福祉活動はセレブの義務とされている。白薔薇学園でもボランティア活動に力を入れていて、今日、三年三組の生徒たちは、学校の近くにある「夢の木坂学園」に行くことになっていた。

 夢の木坂学園は、身寄りのない零歳児から中学生までの子どもを引き取り育てている福祉施設で、主に宗教団体の寄付で運営されていた。

 学校から歩いて、夢の木坂学園に行った生徒達を、シスター姿の職員たちが出迎えてくれた。

「皆さん、今日はありがとうございます。子どもたちもお姉さん方と一緒に遊べることを楽しみにしていました」

 はると同じくらいの年齢と思われる園長の歓迎の挨拶を受けてから、花たちは、施設の掃除をする係、小学生の入居児童と一緒に遊ぶ係、乳幼児のお世話をする係に別れて、活動を開始した。

 花は、みどり、青葉とともに掃除係となった。本当は、乳幼児の世話係をしたかったが、抽選の結果、はずれてしまったのだ。

「あ~あ、私も可愛い赤ちゃんを抱っこしたかったなあ」

 みどりの愚痴に、「クジにはずれたんだから仕方ないよ。でも、トイレやお風呂を綺麗にすれば、子どもたちだって気持ちが良いって喜んでくれるよ」と花が慰め、そして発破を掛けた。

 掃除担当の生徒たちでもジャンケンでグループごとに掃除場所の担当を決めていき、花とみどり、そして青葉の三人は、風呂場の掃除をすることになった。

 三人は、ソックスを脱ぎ、スカートもたくし上げて、風呂場に入った。

「思ったより狭いね」

 花は率直にそう思った。

 職員の話では、四、五人が一緒に入っているらしい。小学校低学年までの子どもが入浴する際には、事故が起きないように職員も一緒に入るらしい。

 しかし、浴槽は小学生の子どもでも三人が入れば満杯の大きさで、シャワーも二人分しかなかった。大人の職員が子どもたちの世話をしながら入るのは大変なのではないかと思った。

 花は貧乏ではあったが、祖母と一緒にずっと暮らすことができていた。しかし、この施設に入っている子どもたちは、一緒に暮らす家族もいないのだ。そんな子どもたちを職員たちが頑張って世話をしている。宗教団体からの寄付と自治体からの補助金で何とか経営をしているという園長の話からすれば、きっと、職員の給料もそんなに高くはないだろう。

 しかし、花が見る限り、職員は、みんな明るく元気に子どもたちと接している。暗い過去を背負った子どもたちも多いというが、その子たちが辛さを忘れるように、務めて明るく振る舞っているという話を聞いて、花は本当に感激してしまった。

 そんな職員の手助けなら、どんなことでもしようと思った。

 大樹にお願いして経済的な援助をしてもらおうとも思ったが、今、一番欲しいのは、お金よりも同じ想いで一緒に働いてくれる仲間だという職員の話で考え直した。

 何でもお金で解決しようとすることは一番簡単なことだ。しかし、それだけでは救えないことは、いくらでもあるのだ。

 花は、そんなことを考えながらも、風呂場の掃除に精を出した。

 愚痴を言っていたみどりも一生懸命、浴槽を磨いていたし、青葉も花と一緒にタイル張りの床をブラシで綺麗にしていった。

 床を磨き上げた花は、天井にカビのような黒ずみがあることに気づいた。

「天井も拭きたいな」

 古い建物ではあるが意外と高い天井を見上げながら、「とても手が届かないですよ」と青葉が答えた。

「踏み台か、脚立がないか、訊いてくるよ」と花が、浴室から出ようとすると、青葉が「花さん!」と呼び止めた。

「私が、花さんを肩車しましょうか?」

「えっ! そ、その申出はありがたいけど、私、けっこう重いかもよ」

 体育の時間でも抜群の運動神経を見せる青葉だったが、そんな青葉でも同年代の女性を肩車することは、さすがに無理ではないかと思われた。

「これでもけっこう力持ちなんですよ。一度、やってみて、駄目なら脚立を借りてきましょう」

「本当に大丈夫?」

「ええ」

 そう言うと、青葉は、花に背を向けてしゃがんだ。

「ごめんね、青葉ちゃん」

「遠慮せずにどうぞ」

「じゃ、じゃあ」

 そう言うと、花は、青葉の首に跨がるようにして立つと、青葉の肩に腰を降ろした。

「では、立ちますよ」

 そう言うと、青葉は花のひざを抱えるようにして持ち、ゆっくりと立ち上がった。

 花の頭が浴室の天井に着くくらいの高さまで上がった。

「だ、大丈夫? 青葉ちゃん」

「楽勝です。花さん、言うほど重くないですよ」

 その言葉どおりに、青葉は体を揺らせることなく、しっかりと立っていた。

「そ、そうかな。とか言ってないで、早く済ませるね」

 花は、手にした雑巾で天井の黒染みを素早く拭き取っていった。

「わあ、すごい綺麗になってる!」

 横で見ていたみどりも驚くほど、見る見ると天井が綺麗になっていった。

 ゆっくり、青葉に移動してもらいながら、天井をすべて吹き終えるた花が、「青葉ちゃん、もう良いよ」と青葉に告げると、青葉はゆっくりとしゃがんで、花を降ろした。

「青葉ちゃん、ありがとう。でも、すごいね。本当に力持ちなんだ」

「いろいろと鍛えていますから」

 花からお礼を言われた青葉はうれしそうに答えた。



 職員も驚くほどに浴室を綺麗にした花、みどり、青葉の三人は、これで義務は果たしたと休むこともなく、竹箒とちり取りを持って、施設の玄関先から遊戯広場を通って正門に至るまでを掃き掃除していった。

 普段から職員による清掃が行き届いているようで、大きなゴミは落ちてなかったが、落ち葉や風に飛ばされてきたであろう小さなゴミを丁寧に拾っていった。

「お疲れになったでしょう? ちょっと休憩してください」

 声がした方を見ると、優しい笑顔の園長が湯飲みを載せたお盆を持って立っていた。

「すみません。園長先生直々にお持ちいただいて」

「いえいえ。もう、私みたいな年寄りは、体が思うように動かなくて、皆さんに手伝っていただいて、本当に助かります。それで、さきほどから拝見させていただいていましたが、三人ともすごく頑張ってくださっていて、本当にありがとうございます」

 自分よりも遙かに年下の花たちにも丁寧に語りかける園長の微笑みに心が癒やされるような気持ちになった花は、「いただきます」と言って、みどり、青葉とともにお茶をいただいた。

 立ったままだったが、お茶を飲みながら、園長からいろいろと話を聞いていると、ほんわかとした気持ちになって、何だかそれだけで幸せな気分になってきた。



 突然、一台の黒塗りの乗用車が学園の正門に乗り付けられた。

 中からは、ダブルのスーツをだらしなく着た、絶対に堅気な職業とは思えない男が二人出て来た。

「園長はいるかあ!」

 大声で園長を呼んだ二人の前に、園長が怯えているような態度を微塵も見せずに進み出た。

「園長は私です。大きな声を出さなくとも聞こえます。子ども達が怖がりますから、大きな声は出さないでください!」

「あんたらがここを立ち退いてくれたら、大きな声なんて出す必要はないんだよ!」

「以前から申し上げているとおり、私たちはここを離れるつもりはありません」

「あんたらにそのつもりはなくても、もう、あんたらがこの土地を使う権利はねえんだよ!」

「だから、その件は、東京都の方とも相談させていただいていると何度も言っているではないですか。ここに直に来られても迷惑です」

「うるせえよ! とにかく、早く出て行ってくれよな!」

「身寄りのない子どもたちを連れて、どこに行けとおっしゃるのですか?」

「そんなこと知るかよ! それこそ、東京都とでも相談しな。こっちは、この土地を明け渡してくれりゃあ良いんだよ!」

「そうそう! あんたが出て行きますとひと言言えば、もう終わることなんだよ。あんたが変に逆らうから、俺たちもわざわざ出向いて来なくちゃいけないんだからよ!」

「とにかく! 今はボランティアの生徒さんたちもいますから、お帰りください!」

「おやあ。そういや、女子高生がわんさか居るじゃねえか。へへへ、俺達も一緒にお手伝いをするかな? 引っ越しの手伝いをよ! げへへへへ」

 下品に笑う二人に、多くの生徒たちが怯えた表情を見せていた。

 花も大樹と出会った経緯や亀谷たちとのつきあいで、少しは耐性ができていたが、かといって、目の前のチンピラどもをどうにかできるはずもなかった。

 突然、花の後方から何かがチンピラどもに飛んでいった。それが何かを確認する前にチンピラ二人のズボンがストンと落ちた。

 女子高生に派手なパンツ姿を晒された二人のチンピラが必死にズボンをずり上げながら、「誰だ?」と周りを見渡すと、正門の方向から亀谷かめたにが配下の黒服三人とともに男どもに近づいて来ているのが見えた。

 もちろん、花以外の者には、新たな別のヤクザが来たとしか見えなかっただろう。

 亀谷はチンピラ二人の側まで来ると、「てめえら、パンツ晒すんなら、もっと、綺麗なパンツを履いてこいや」と煽った。

「何だと! 貴様か、このナイフは?」

 よく見ると、チンピラどもの近くの地面にナイフが二本刺さっていた。どうやらそのナイフがチンピラどものベルトを切ったようだ。

「そんなことは知らねえよ。それより、早くここから出て行けや。見苦しくてたまらねえ」

 亀谷たち黒服たちから発せられる本物の迫力に、とても敵うような相手ではないと、チンピラどもも恐怖心を覚えたのか、「ま、また、来るからな!」と捨て台詞を吐いて、車に乗り込み、去って行った。

 亀谷は、チラっとだけ、花を見ると、無言のまま、配下を連れて正門から出て行った。

「な、何なんでしょう、あの方々は?」

 さすがの園長も何が何やら分からないようであった。

(でも、あのナイフ、どこから飛んで来たんだろう? 亀谷さんがいた方向からは逆の方から飛んで来たように見えたけど……)

 花は、青葉が密かに花の側を離れていたことに、まったく気づかなかった。

 

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