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第二十一話 お金で買えない物はない?

 はなが私立白薔薇学園に通学し始めて数日が経った。

 今日も元気に学校に行き、教室に入った花は、ホームルームが始まるまで、前の席のみどりと他愛のない話をしていた。

「そうだ! 花ちゃん、今日の放課後は暇?」

 花は、急いで帰ってアルバイトをしなければならないということもなくなり、部活をしようと思えばできないことはなかったが、三年生の六月というこの時期からクラブに入って活動することもどうかと思い、また、最初に仲良くなったみどりも帰宅部だったことから、花も帰宅部になっていた。

「特に何も予定はないけど?」

「ほんと? じゃあ、ちょっと、買い物につきあってくれないかなあ」

「何を買うの?」

「お姉ちゃんへの誕生日プレゼント」

「みどりちゃん、お姉さんがいたんだ」

「うん、三歳上で、今は大学生だけど、昔から私のことを可愛がってくれて大好きなんだ」

 兄弟のいない花は少し羨ましかった。

「どこで買うの?」

「銀座にある飛鳥屋に行こうかなって思ってるんだ」

「デパートで買うの?」

「うん! そんなに高い物は買えないけど、飛鳥屋さんの中にあるジュエリーショップには、カジュアルな品物も多くあって、値段の割に品物が良いって評判なんだよね」

「そうなんだ」

 今までデパートなど行ったことのない花も飛鳥屋の名前は知っていたが、中に入ったことはなく、そこの品物が良いものだという話も聞いたことがなかった。

 しかし、現在の飛鳥家総帥、飛鳥あすか昌樹まさきの経営方針の一つは、「利益は適正に!」だそうだ。

 暴利を貪るようなことはせずに、お客様が納得する品質を納得する価格で提供すべしということで、その考えを夕食の席で聞いた花は、それが、飛鳥財閥が成長してきた理由の一つなのではないかと思った。

 今、みどりが言った「値段の割に品物が良い」ということは、その経営方針がしっかりと行き届いているからなのだろう。



 そして放課後。

 花は、大樹ひろきと一緒に結婚指輪を作りに来て以来の銀座に、みどりとともにやって来た。

 都心には、小学校や中学校の時に、先生の引率で社会見学に来たくらいで、地下鉄に乗るのも久しぶりだったが、みどりが先導して連れてきてくれた。

 地下鉄の駅から出ると、すぐ目の前に飛鳥屋が見えた。

 中に入ると、平日なのに買い物客が多く訪れていて、繁盛していることが分かった。

 エスカレーターで三階に上がり、ジュエリーショップに行くと、そこには多くの警備員が立ち、客が入れないように封鎖をしていた。

「えっ、何? どうして入れないの?」

 みどりが警備員に問い質すと、警備員は「午後五時までお得意様のための優先商談が行われますので、それまでお待ちください」と平然と言った。

「どういうこと?」

 みどりが花に訊いたが、花も分からなかった。

 花とみどりが仕方なく遠目にジュエリーショップを見ていると、綾小路あやのこうじ璃留るりが、その母親らしき女性とともに、高そうなブランドドレスをまとって、多くの取り巻きを従えながら、ジュエリーショップにやって来た。

 璃留は、花とみどりに気づいたようで、花たちに近づき、声を掛けて来た。

「あらあ、根本さんと飛鳥さんじゃないですか? 何をされているんですか?」

 ここのジュエリーショップは、花とみどりには場違いだと言わんばかりの口調だった。

「アクセを買いに来たのに入れないの。これって綾小路さんのせいなの?」

 みどりが臆せずに瑠璃に問い詰めた。

「お店が気を利かしてくれて、私たちが買い物をする間、中に人が入るのを遠慮してくださっているのよ。ほらっ、私たち、何千万という宝石を買うことにしていて、実際に手にとって選びますから、他の買い物客が同じ店にいると、防犯上も良くないでしょう?」

 確かにそれはそうかもしれないが、むしろ、綾小路一行を別室で対応すべきではないかと花は思った。もっとも、花がそう言って、どうにかなるものではない。

「では、失礼」

 顎が上がったまま花たちに会釈をした瑠璃が母親や取り巻き連中とともに、警備員たちが一時的に封鎖を解いた場所からジュエリーショップに入ると、警備員たちは、再び、ジュエリーショップの周りを封鎖した。

 ジュエリーショップだから、多くの客で混雑するということはなく、締め出された客は、今のところ、花たちだけだった。

 それにしても、待っている客が制服を着た高校生の花たちだけだから、こんなことをしているのだろうか?

 しかし、高校生だとしても、客は客だ。

 花は、飛鳥屋の対応が疑問であった。

「どうしよう? お姉ちゃんの誕生日は明日だから、今日、絶対に買いたいんだけどな。五時まで待つしかないのかな」

 みどりが諦め顔で呟いた。

 今、午後四時。五時まで、まだ、一時間もある。

「花ちゃん、どっかで時間を潰そうか?」

「う、うん。そうだね。でも、何か納得できないなあ」

 お金を持っている者が特別扱いされることは仕方がない場合もある。以前、大樹と一緒に行った遊園地の特別サービスのように、そういったサービスを買っていることもあるからだ。

 しかし、そのサービスで、他の客が迷惑を被るようなことがあって良いのだろうか?

 花が、もう一度、警備員に向かって、問い質そうとした時。

「すみません! 今、入れないんですか?」

 焦っているかのような男性の声がした。

 見ると、ジュエリーショップを取り囲んでいる警備員に対して、一人の青年が思い詰めたような表情で問い掛けていた。

「ただ今、高額のお買い上げをされるお客様をご案内中で、防犯のため、五時までお待ち願います」

「そ、そんな……、時間がないんです! 買う商品も決まっているのです! どうか、通してください!」

「時間がないと言われましてもねえ。この銀座には他にも多くの宝飾店はありますよ。そちらで買われたらいかがですか?」

「いえ! ここだけで販売している、セブンズスターシリーズのリングが欲しいんです!」

「申し訳ありませんが、五時までお待ちください」

 警備員の態度は変わらなかった。

 警備員たちも自分の頭で考えることはせずに、ただ、上からの命令を忠実に守ることだけに専念しているようであった。

 青年は諦めきれない様子で、腕時計を見ながら、警備員の頭越しにジュエリーショップを覗いていた。

 花は、その青年のことが気になって、近づいて行った。

「あの、どうされたんですか?」

 もしかして事態を打開してくれる人が声を掛けて来てくれたのかと思ったのか、青年は、一瞬、うれしそうな顔をして花を見たが、制服を着た花に明らかに落胆の表情を見せた。

「いや、このお店だけで売っている、セブンズスターズという星形にダイヤが埋め込まれた指輪を買いたいんですけど、こんな状態で」

「時間がないって言ってましたけど?」

「彼女が七時の飛行機でアメリカに行ってしまうのです。行ってしまったら、しばらく会えません。その前に彼女にプロポーズをしたいのです。彼女は、セブンズスターズシリーズの指輪がお気に入りなので、僕のこだわりには過ぎないんですが、絶対、その指輪を添えて、プロポーズをしたいのです」

 出発の七時まで、まだ三時間あるが、五時まで買えないとあと二時間しかない。

 花もここから空港までどれだけ時間が掛かるのか分からなかったが、外国行きの飛行機に乗るには、搭乗手続の他にも出国手続とか税関手続とかを経る必要があると、飛行機に乗ったこともない花も聞いたことがある。

 この青年の焦り具合から言って、五時では厳しいのかもしれない。

 大樹との恋を実らせた花は、この青年の恋の応援をしたくなった。

 花も警備員に「この方は急いでいるみたいなんです。少しの間だけでも、この方を通してあげてください!」とお願いしたが、警備員の返事は同じだった。

「仕方ありませんね。四時半までに開かなければ、プレゼントはあとにして、手ぶらででも自分の気持ちを伝えに行きます」

 青年の悲しげな顔を見て、花は「何とかしてあげたい!」という気持ちになった。しかし、高校生の自分ができるようなことではない。

 そう、諦め掛けていた時、ここが飛鳥財閥傘下のデパートだということを思い出した。

『困った時には、瀬場せばに連絡をしてごらん』

 大樹のその言葉を思い出した花は、鞄からスマホを取り出した。

「ごめん。ちょっと、電話をしてくるね」とみどりに伝えると、花はトイレに近くにある休憩スペースまで移動して、瀬場の携帯に電話をした。

 瀬場はすぐに出た。

「瀬場でございます」

「あ、あの、花です」

「若奥様、何かお困りのことでもございましたか?」

 花から電話があったということは、そうなのだろうと瀬場は判断したのだろう。

「瀬場さん。銀座にある飛鳥屋ってデパートは、うちと関係あるんですよね?」

「はい。左様でございます」

「実は、こんなこと、瀬場さんに頼んで良いのか分からないですけど」

「何なりとお申し付けください」

 

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