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第二十話 セレブな学校生活の始まり

「おはようございます! お婆ちゃん!」

 地下の秘密通路を通って、はるの家までやって来たはなは、居間でちゃぶ台に座り、テレビを見ていた春に元気に挨拶をした。

「おはよう。今日から学校だったのう」

「はい! じゃあ、行ってきます!」

「行ってこい」

 春に手を振って、引き戸の玄関から外に出た。

 飛鳥家の本宅がある高級住宅街の隣町であるここは、都心に近いにもかかわらず、昔から住んでいる住民が多く、下町的な街並みが残っていた。

 襟に優雅な刺繍が施された白いセーラー服、膝丈の空色のプリーツスカート、足元は折りたたんだ白のソックスに茶色のローファーという、真新しい制服を着た花は、既に六月になっている今から来年の三月まで残り十か月の学園生活を送ることになる、私立白薔薇(しろばら)学園に向かって歩いて行った。

 私立白薔薇学園は、上流家庭の令嬢が多く通学をしている、日本でも屈指のお嬢様学校であった。大樹ひろきの母、竜子たつこの母校でもあったが、花が日本一の大富豪である飛鳥家の嫁だということは、竜子の知り合いである校長以外には知らされておらず、表向き、花は両親を事故で亡くして、祖母である飛鳥春と二人で暮らしているという設定になっている。

 そんな「一般家庭」の花であったが、両親の死亡保険金で高額な学費も負担できるようになったし、祖母も家から一番家に近い白薔薇学園に通わせたいと思ったからだと理由が付けられていた。



 私立白薔薇学園の校舎は、東京タワーも見える都心にあり、近代的なビルが校舎であった。

 一階にある職員室に入ると、担任の原田はらだという教師が自分の席を立って、花に近づいて来た。いつも微笑んでいるかのようなふくよかな年配の女性だった。

「お話しは聞いているわよ。お婆様と二人で大変でしょうけど頑張ってね」

「はい。ありがとうございます」

 大樹と結婚する前と同じ、祖母との二人暮らしという設定に、花も戸惑うことなく、自然に振る舞うことができた。

 授業開始の予鈴が鳴ると、花は少しドキドキとしながら、原田とともに三年三組の教室に入り、原田と並んで教壇に立った。

「今日から一緒に勉強することになりました、飛鳥花さんです」

 原田の紹介を受けて、花は「飛鳥花です。よろしくお願いします!」と元気にお辞儀をした。

 女子校独特の相手を値踏みするかのような生徒の視線に、少し気圧されたが、自分はもう一人じゃない、いつも大樹が守ってくれていると思うと、怖くはなかった。

「じゃあ、申し訳ないけど、窓際の一番後ろの席が空いているから、そこに座ってくれるかな」

「はい」

 花が席に座ってから、原田は、いくつかの注意事項を述べると、教室を出て行った。

 それを見届けた後、前の席の女生徒が振り向いた。

 セミロングの黒髪に丸っこい眼鏡を掛け、人懐っこい笑顔の可愛い女の子だった。

「私、根本ねもとみどり! よろしく、飛鳥さん!」

「よ、よろしく、お願いします」

 超お嬢様学校と言われていたから、みんな、かしこまった人ばかりかと思っていたが、みどりは花と同じように元気が弾けているように見えた。

「今頃、転校してくるなんて、珍しいね」

「え、ええ。あ、あの、父親と母親が事故で亡くなってしまって、祖母の家で暮らすようになったものですから」

「ああ、ごめんね。嫌なこと、訊いちゃって」

 みどりが申し訳なさそうな顔をした。その表情に建前だけの同情など見えなかった。

「お詫びと言ってはなんだけど、お昼休みに校舎を案内するよ。飛鳥さんはお弁当?」

「いえ、学生食堂もあると聞いていたので」

「うん! じゃあ、お昼も一緒に食べようよ?」

 みどりとはすぐに仲良くなれそうな予感がした花であった。



 昼休み。

 花は、みどりに案内されて、学生食堂にやって来た。

 校舎自体がモダンなビルで、食堂も広く、お洒落な内装であった。

 もちろん、お嬢様学校とはいえ、昼からフランス料理のフルコースが出るわけもなく、うどんやカレーといったポピュラーなメニューもあった。

 食券を買い、カウンターで料理を受け取るセルフサービス方式で、花とみどりは、カレーを載せたお盆を持って、空いていたテーブルに向き合って座った。

「でも、花ちゃんは、どうして、この学校を選んだの?」

 みどりとは休み時間ごとに話をしていて、既に名前で呼び合う仲になっていた。

「家から近いということと、大学にもそのままエスカレーター式に行けるから良いだろうって。それだけの理由なんですけど」

「あはは、私と同じだ」

「そうなの?」

「うちはさあ、そんなにお金持ちなんかじゃないのに、母親が見栄張って、ここに私を入れたかったみたいなのよ。お陰で、ちょっと肩身が狭い思いをずっとしてきたけど、花ちゃんは、一目見た時から何となく私と同属の気がしたんだよね」

「そ、そう?」

 今まで染みついてきた貧乏臭がまだ抜けきっていないのかもしれないが、飛鳥家の嫁となった今、それはどうなのだろうと、少し、心配になった花であった。

 もちろん、今までの自分を変えるつもりはなかったし、春が言ったように、稼いでくれる旦那様が呆れるようなお金の使い方をするつもりもなかった。

「あらあ。根本さんは、今日もカレーですの?」

 その声で、目の前のみどりが顔をしかめたが、すぐに愛想笑いを浮かべて、テーブルの横に立った女生徒たちを見上げた。

 そこには、三人の女生徒がいて、その中心には、縦巻き髪に真っ赤なリボンを付けた美少女がいた。

「私、カレーが好きなので」

「そうですの。この食堂で一番安いおうどんとカレーを交互に食べていらっしゃるようですけど、このスペシャルランチセットも美味しいですわよ」

 その女生徒が持ったお盆には、女生徒用なので、量はそんなに多くはないが、いろんな料理がコンパクトにプレートに盛りつけられた料理が載せられていた。値段は確か八百五十円で、学生食堂のメニューとしては高いなと、注文する際に花自身も思った。 

「こちらは?」

 その美少女が花に視線を向けて、みどりに訊いた。

「今日、うちのクラスに転校してきた飛鳥さんよ」

「飛鳥? ひょっとして、飛鳥財閥の関係者ですの?」

 美少女は、少し恐れるような顔をして、花に訊いた。

「い、いえ。まったく関係ないですけど」

「そう」

 花が飛鳥家と関係ないと知ると、女生徒の顎が上がった。

「あ、あの、あなたは?」

 まだ、名前を名乗っていなかった女生徒に花が訊いた。

「あら、ごめんなさい。失礼しました。ワタクシ、三年一組の綾小路あやのこうじ瑠璃るりと申します。以後、お見知りおきを」

「私は飛鳥花と言います。よろしくお願いします」

 花は立ち上がって、璃留に頭を下げた。

「よろしく。では、失礼」

 顎が上がったまま、花とみどりに会釈をした璃留は、取り巻きのような二人の女生徒を引き連れて、別のテーブルに移っていった。

「はあ~」

 花が座ると、みどりがため息を吐いた。

「彼女は、家がアヤホテルって高級ホテルを何軒も経営している綾小路家のお嬢様で、今の生徒の中では、一番のお金持ちらしくて、それを鼻に掛けてるのよ。私は、一年と二年の時には彼女と同じクラスで、さんざん自慢話を聞かされて、辟易させられていたんだよね」

「自慢話って?」

「夏休みにはヨーロッパを旅行してきて、それも十回目だとか、ジョニーズ事務所のアイドルが自分の誕生日パーティーに来てくれたとか」

「ふ~ん」

「私の家は、只のサラリーマン家庭で、そんなにお金持ちなんかじゃないことが分かっているから、いつも馬鹿にされるんだよ」

 お金持ちの家の女性は、人を思いやることができないから好きではないと、大樹もいつも言っていた。もちろん、裕福な家の女性が、みんな、そうではないだろうが、大樹が言うからには、何かしらの根拠もあるのだろう。



 その日の夜。

 花と結婚してから、ずっと休暇を取っていた大樹だったが、月曜日の今日、出勤したら、山のように仕事が溜まっていたらしく、今日は遅くなるから、夕食は一緒に食べられないと、花の携帯にメールが入っていた。

 ということで、同じく、財界のパーティーに出席している昌樹まさきもおらず、竜子と二人きりの夕食となった。

 もちろん、竜子のざっくばらんな性格で、二人きりでも緊張するようなことはなかった。

「花ちゃん、学校はどうだった?」

 調理師の大山と小島が腕を振るった、懐石風の夕食を食べながら、竜子が訊いた。

「はい、早速、友達もできました。お嬢様学校と聞いていたので、みんな、セレブな人ばかりかと思っていましたけど、一部の方を除いて、普通でした」

「一部の方? ふふふ、鼻持ちならない人もいた?」

「あ、あの、根本さんというクラスメイトが嫌っていて」

「そう? まあ、いつの時代もいるのよ。私が通っていた時もいたしね」

「そうなんですか?」

「私も別にお嬢様なんかじゃなかったんだけど、父親が一人娘の私をあの学校に入れたかったみたいなんだよね。だけど、私もその頃は純情な乙女だったから、家がヤクザだなんて知られたくなかったのよ。嘘でしょって顔で見てるけど本当だよ」

「み、見てませんよ~」

 本当は少しそう思っていた花だった。

「だから、積極的に同級生たちとは交流しなかったけど、自慢話とかは耳にタコができるくらいに聞かされたもんよ」

 まさに、瑠璃と同じような人がいたようだ。

「だから、白薔薇女子大学には進学せずに、男女共学の大学に行ったんだけど、そこで昌樹さんと出会ったんだから、人生って分からないものよねえ」

 花もそうだ。大樹との出会いは花にとって奇跡とも言える出会いであった。

「私も昌樹さんと結婚して、裕福な家庭の方々とも、いろんなつきあいをしなければならなくなったけど、やっぱり、小さな頃から贅沢をして育てられた人は、まず、我慢ができないし、自分の要求は何でも通ると勘違いしてるし、自分が特別な人間なんだと思い込んで、他の人を下に見る癖がついているのよね」

 花自身は、これまでそんな人とのつきあいもなかったから、よく分からなかったが、今日の瑠璃の態度からして、竜子の分析は間違っていない気がした。

「大樹には、そんな人間にはなってもらいたくなかったから、小さい頃は特に厳しく育てたつもりよ。おもちゃなんかを見て、あれが欲しいって泣いてても、クリスマスとか誕生日とかの買ってあげる理由がない時には、絶対に買ってあげなかったしね」

「そうなんですね。でも、泣いている小さな頃の大樹さんも見てみたかったです」

「可愛かったわよ~。そうだ、大樹の昔の写真を、今度、見せてあげるわよ」

「ぜひ! でも、大樹さんもお義母様の教育のお陰で、あんなに素敵な人になったんですね」

「あらあら、ご馳走様」

「あっ」

 竜子から冷やかされて照れてしまった花だったが、大樹がそんな人間だったからこそ、花ともつきあってくれて、結婚してくれたのだ。逆に大樹が贅沢し放題の男だったら、花も大樹に惹かれることはなかっただろう。

 

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