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第十二話 復讐するは我にあり!

「うわあ! きれい!」

 はなは、花壇の煉瓦に腰掛け、大樹ひろきに寄り添いながら、シンデレラ城をバックに上がる色とりどりの花火を見上げていた。

 ふと気づくと、大樹が花を見つめていた。

「どうしたんですか?」

「僕は花火より花ちゃんに見とれていたよ」

「ひ、大樹さん」

 照れた花の肩を大樹が抱き寄せた。

「こんなに好きになる女性ができるなんて、正直、思ってなかった。これは、もう運命の出会いとしか思えないよ」

「大樹さん……。私もです」

 大樹の顔が近づいて来て、花の顔を見つめた。

「もう離したくない。いや、離さない」

 少し強引に大樹の唇が花の唇に重なった。

 みんな、花火を見ていて、花たちに注目はしていないだろうが、そうでなくても、そんな周りの目を気にすることなく、花もそれを拒む気も起きなかった。

 その時、大樹の携帯が鳴った。

 慌てて、顔を離した二人は、見つめ合って微笑んだ。

「やれやれ、良いところなのに、とんだ邪魔が入ったね。ちょっと、ごめんね」

 大樹はジャケットの懐からスマホを出すと、電話に出た。

「もしもし。ああ、どうした?」

 すぐに大樹の表情が険しくなった。

「花ちゃん。ちょっと、ここにいてくれるかな?」

 そう言うと、大樹は立ち上がり、少し離れた場所に向かい、そこで電話の続きを話していた。

 ときどき、花の方を見たが、その表情から、良い話ではないことが予想された。

 電話が終わった大樹が、花の元に駆け寄って来た。

「花ちゃん、すぐに帰ろう!」

「どうしたんですか?」

「花ちゃんの家の近所が火事なんだ」



 帰り道の車の中。

 祖母の携帯に電話をしても出なくて、花は祖母のことが心配で、無言でうつむいていた。

 大樹が語ったところによると、花の家周辺で大規模なガス爆発があったようで、花のアパートもそれに巻き込まれたようだとのこと。

 家の近くまで着くと車を降りて、大樹とともにアパートまで駆けて行ったが、途中、警戒をしていた警察官に止められた。しかし、その警察官の後ろには、無残に焼け落ちた自分のアパートがあった。

 それを見た花は、意識を失ってしまった。



 花が気づくと、大樹の顔があった。

 どうやら、病院のベッドのようであった。

「ここは?」

「近所の病院だよ。花ちゃんが倒れてしまったから、急いで連れてきたんだ」

「……お婆ちゃんは? お婆ちゃんは?」

 ベッドから身を起こして、周りを見渡しながら、花は叫んだ。

 その花を立ち上がった大樹がぎゅっと抱きしめた。

「花ちゃんのお婆さんは、向こうにいるよ。安らかな顔をしていたよ」

 大樹の言葉ですべてが分かった。

 花は、声にならない声で、ひたすら泣くことしかできなかった。



 この「爆発事故」は、花のアパートを含め、五棟の建物が巻き込まれ、八人の死者、十二人の重傷者が出るという大惨事であった。

 警察の調べでは、老朽化した地下のガス管から漏れ出していたガスに、何かの火が引火したのだろうと発表されていた。

 唯一の肉親である祖母と家を失った花は、焼け出された人用に緊急に用意された近くの公民館の一室に着の身着のままで入った。

 大樹が自宅に招いてくれたが、今は、祖母の近くにいたかった。

 二日後の月曜日には、大樹の協力を得て、祖母を見送った。

 その間、ずっと、大樹が側にいてくれた。

 そして、涙雨のように、しとしとと降り注ぐ雨の中。

 祖父と両親が眠る、近所の質素な墓に祖母を埋葬した。

 墓の前に立ち尽くす花を、少し後ろから大きな傘を差し掛けてくれていた大樹が見守っていた。

 長い祈りが終わると、花は振り向いて、大樹に歪んだ笑顔を見せた。

「大樹さん。これって、バチが当たったのかな?」

「バチ?」

「私がお婆ちゃんのことを放っておいて、遊んでいたから」

「花ちゃん。遊園地に行った日、お婆さんには、どこに行くか話していたんだよね?」

「はい。大樹さんと遊園地に行くって」

「お婆さんは何て言ってた?」

「楽しんでらっしゃいって……」

 その時の祖母の笑顔が浮かんで来た花は、また、涙が止まらなくなってしまった。

 大樹は、そんな花を、傘を持ってない方の腕で軽く抱きしめた。

「お婆さんも花ちゃんが遊びに行くことをうれしく思っていたんだよ。きっと、そうだよ」

「そ、そうかな?」

「そうだよ。だから、そんなに自分を責めないで」

「……」

「お婆さんだって、泣いている花ちゃんなんて見たくないはずだよ。僕だって、そうだ」

「……」

「花ちゃん。やっぱり、僕の家においで。他に行く所はないんでしょ?」

 そのとおりだった。父は祖母の一人息子で、花にとっておじやおばに当たる親戚はおらず、母方の親戚の連絡先も知らない花が身を寄せる先はどこにもなかった。

「私、大樹さんにお世話になりっぱなしですね」

「ずっと、お世話をするよ。花ちゃん」

「大樹さん……」

「花ちゃんは独りぼっちじゃない。僕がいる。僕がずっと花ちゃんを守る。ずっと」

「……」

「正式に申し込むよ。野原花ちゃん、僕と結婚してください」

 狭い傘の中で、大樹が花に頭を下げた。

「大樹さん、……私なんかで良いんですか?」

「何度も言わさない! 花ちゃんでないと駄目なんだ!」

「大樹さん……」

 花は、思わず大樹に抱きついた。

 そして、感情を抑えきれないように、熱い口づけを交わした。

 大樹も傘を離し、二人は雨に濡れてしまったが、そんなことは気にならずに、熱く抱擁をした。



「僕の家の方の準備もあるから、申し訳ないけど、今晩だけ、ここに泊まってくれるかい?」

「はい」

「明日の朝早く迎えに来るから」

「ありがとうございます、大樹さん」

 花を残して、大樹は公民館を出ると、しとしとと降る雨の中、傘も差さずに、駐車場までやって来た。

 大樹のスポーツカーの側には、傘を差した亀谷かめたに鶴屋つるやが立っていた。

「分かったか?」

 花と話している時とは打って変わって、「ドン」としての顔になった大樹が鶴屋に訊いた。

「はい。やはり、遠藤一派の仕業でした。辺りを徹底的に調べたところ、遠藤の所の下っ端がちょろちょろと動き回っていましたので、その中の一人を締め上げたら、あっさりとゲロしました」

 鶴屋が抑揚のない小さな声で答えた。そして、話を続けた。

「前日に緊急のガス管工事が行われていましたが、その時に仕込んだようです。工事の申請は、遠藤の息が掛かった工事会社でした」

「なぜ、事前にそれを掴めなかった?」

 静かではあったが、大樹の怒りが抑えきれずに雰囲気に出ていたようで、鶴屋も怯えた顔を見せた。

「も、申し訳ありません。遠藤がそこまで頭が回る奴だとは思いませんでした」

「遠藤に知恵を吹き込んだ協力者がいたとでも?」

「既に掴んでおります。同じ稲山会の別のグループの者で、工学部を出ているインテリです」

「すると、遠藤の一派だけではなく、稲山会全体が絡んでいるのだな?」

「そういうことになります」

 大樹は、こらえきれない感情をぶつけるように、自分の車のドアのガラスを思い切り叩いた。防弾ガラスに改造されているガラスは何ともなかったが、大樹の拳には血がにじんでいた。

「今回の責任は、僕にある。僕が花ちゃんと会うことを我慢できずに、よく出没していたから、花ちゃんのお婆さんは巻き添えを食ったんだ」

「ドン! これは、事前に封じ込めろというドンの指令を受けていながら、遠藤の動きを察知できなかった我々の落ち度です。二度とこんなヘマは踏みません!」

 亀と鶴が揃って、大樹に深々と頭を下げた。

「……僕がいくら悔やんでも、あるいは、どんなにお前たちを責めたって、花ちゃんのお婆さんはもう帰っては来ない。しかし」

 亀と鶴を見た大樹の顔は、阿修羅像を彷彿とさせる怒りの表情であった。

「僕の大切な人を悲しませた、その代償は払ってもらう!」

 大樹が亀谷に視線を移した。

「亀!」

「へい」

 亀谷は、待っていたかのようにうれしそうな顔を見せた。

「全部、潰せ」

「本気ですね?」

「跡形も残すな」

「ドンがその気なら、徹底的に潰して差し上げますぜ」



 翌朝。火曜日。

 花は、公民館から出る準備を終えると、テレビのスイッチを点けた。祖母と一緒に見ていた国営放送のニュースを見たくなったのだ。

「今日、最初のニュースは、稲山会本部にヘリが墜落したというニュースです。今日未明、稲山会本部上空を旋回していたヘリが突然、墜落。爆薬が仕込まれていたようで、稲山会本部は全壊し、総長を含む幹部や組員二十五名の死亡が確認されました。このヘリは、報道会社が所有しているもので、府中飛行場に停まっていたものに、何者かが勝手に乗り込んで操縦したものと思われますが、ヘリを操縦していた者が見当たらず、現在も捜査を続けています。なお、これとは別に、稲山会幹部遠藤組事務所でも配達された小包が爆発して、遠藤組長と組員九名の死亡が確認されています。差出人には稲山会の別の幹部の名が書かれていたようですが、当該幹部は小包を出した覚えはないと供述しており、真実の差出人は現在も特定されていないようです。これら一連の事件は、稲山会と風月会との抗争に関係があるのではないかと、警察では慎重に捜査を進めています」

 

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