第十一話 同じ世界で恋をして
花は、月曜から金曜までの平日は午後六時から午後九時までのコンビニでのアルバイトを続けていたが、土日の週末についてはシフトから外してもらった。
オーナーの近藤には特に理由は言わなかったが、近藤の方が勝手に祖母の介護のためと思い込んだようで、花の申出を快諾してくれた。
祖母も少し後遺症が残っていたが、普段の生活には支障がなく、花の介護が特段、必要な訳ではなかった。花が週末のバイトを辞めたのは、大樹とデートをするためだったが、人の良い近藤には、ついぞ、言い出せなかった。
大樹に買ってもらった携帯で、本当は毎日、大樹と話をしたかったが、 月曜日から金曜日は、今まで育ててくれた祖母に対する感謝を忘れずに、今までどおり、一緒に過ごす時間を大切にしたいと思って、あえて、大樹と話をすることを避けていた。大樹と話をすると、大樹との話に夢中になって、祖母を置いてけぼりにしそうだと思い、自重していたのだ。
そんなこともあり、花は週末が待ち遠しかった。
金曜日の夜。バイトが終わって、家に帰る道すがら。
自転車を押して歩きながら、明日か明後日のデートのことを携帯で大樹と話すことが、花の楽しい週末の開始を告げるセレモニーになっていた。
「ディズニー?」
「うん、以前、その直前まで行ってて、次はそこにしようって言っていたけど、結局、行けてなかったしね」
「私、行ったことないので、すごく楽しみです!」
「ただね、せっかく行くのなら、夜のパレードと花火も見たいなって思っているんだ。だから、帰りがちょっと遅くなるけど、大丈夫かな?」
大樹が「大丈夫か?」と気遣ってくれているのは、祖母のことだ。それをはっきりと言わなくても、花にはもう分かるようになっていた。
「花火は九時からなので、それを見て、家に帰っていたら、帰り着くのは十一時か、道路の渋滞次第では次の日になってしまうかもしれないんだ」
いつもは、コンビニから直帰して九時半頃には家に帰り着いていたから、それよりもかなり遅くなることは確かだ。
「最近は入院前とほとんど変わらないので、大丈夫だと思います。でも、お婆ちゃんに訊いてから、お返事します」
「分かった。無理なようなら、いつもどおり、どこか近場で済まそう。僕としては、花ちゃんと一緒にいられるのなら、別にどこでも良いんだけどね」
「大樹さん……。ありがとうございます」
祖母からも「ぜひ、行ってきなさい」と勧められ、翌日の土曜日、花は大樹とともにディズニーランドにやって来ていた。
初めて入った花は、夢のような世界に舞い上がっていた。
「あっ! ミッキーだ! あっちにはドナルドもいる!」
まるで小学生のようにはしゃぐ花を大樹が優しい眼差しで見つめていた。
「花ちゃん、カメラも持ってきてるよ。ミッキーと記念撮影するかい?」
「本当ですか? したいです!」
「じゃあ、ミッキーの横に立って」
「えっ、大樹さんは?」
「僕はカメラマンだから」
「じゃあ、良いです」
「花ちゃん?」
「ミッキーよりも大樹さんと一緒に写真を撮りたいです」
「そういえば、一緒に写真を撮ってなかったね」
「はい。だから」
「じゃあ、あのお城をバックにして、一緒に撮ろうか? 誰かにカメラマンを頼むよ」
「はい!」
花は、大樹のデジカメの画面に見とれていた。
大樹と一緒に初めて撮った写真は、シンデレラ城をバックに二人並んで撮ったものだった。
「花ちゃんの顔が少し硬いね」
「ちょっと緊張しちゃって」
「緊張?」
「だって、人生初のツーショット写真だったから。大樹さん、この写真、いただけますよね?」
「もちろんだよ。でも、楽しさは写真よりも自分達の記憶に焼き付けておこうよ」
「それもそうですね。はい!」
「じゃあ、次は、どこに行こうかな?」
「あれに乗りたいです! ……でも、すごく並んでますね」
「並んで待つのも、花ちゃんと一緒だと退屈じゃないよ」
「……大樹さんって、やっぱり、大人ですね」
「うん? どうしたの、急に?」
「だって、大樹さんの言うことに、いちいち納得しちゃうんです」
「一応、八歳年上だからね。それなりのことは示さないとね」
「もっと、いろんな経験をしているみたいに、言葉に重みがありますよね」
「歳は誤魔化してないよ」
「疑ってませんよ~」
「ははは」
大樹とは、もう冗談も言い合える仲になっていて、八歳という年齢差も感じることはなかった。
「あれって?」
花は、ディズニーの制服を着た女性が案内をしている家族連れらしき団体を指しながら、大樹に訊いた。
「ああ、あれは優先的にアトラクションにも乗れるし、会場の案内もしてくれる特別サービスだよ。もちろん、それなりの料金が掛かるけどね」
「そうなんですね」
「花ちゃんも、あのサービスを受けてみたかったかい?」
「いえ、特に。というか、特別扱いされるのが慣れていないこともあるんですけど、何だか恥ずかしいです。逆に大樹さんに訊きたいです。大樹さんはどうして、あのサービスを受けなかったんですか?」
大樹にとっては、特別サービス料金を出すことなどたやすいはずだ。
「花ちゃんがそう言うと思ったからだよ」
「大樹さん……」
「これが以心伝心ということかな?」
「そうだとすると、うれしいです」
「そうだね。それに、僕も特別扱いされることは、あまり好きじゃないんだ。子どもの頃は、ずっと、そうされてきたから、そのアレルギーがあるのかもしれないね」
「大樹さんも?」
「うん。飛鳥家の一人息子ということからは、もう逃れることはできないんだから、それで、特別扱いされることは仕方ないけどね」
「……大樹さん」
「うん?」
「私、今でも、本当に私なんかで良いんだろうかって、すごく不安になるんです」
「何のこと?」
「だから、大樹さんの相手として私なんかで良いのかって」
「その話はもうしないって約束してなかったっけ?」
「そ、それはそうですけど、……でも、大樹さんとは住む世界が違うような気がどうしてもしてしまうんです」
「別に僕は魔界の人間じゃないよ。花ちゃんと同じ世界の人間だよ」
「ぷっ、それはそうですけど」
大樹の言葉に、花も思わず吹いてしまった。
「前にも話しただろ? 父親はヤクザの娘である母親と結婚したんだ。それは、学生時代に熱烈な恋愛をした相手が、たまたま、ヤクザの娘だったってことなんだ。でも、父親は純愛を貫いて母親と結婚をした。世間の評判なんて気にすることなしにね。僕にもそんな両親の血が流れているんだ。相手の家柄とか、育ちとか、世間の評判とか、そんなのは関係ない。関係あるのは、どれだけ僕が花ちゃんのことを好きなのかどうかだよ」
「大樹さん……」
「僕はね、花ちゃん。両親みたいに、この愛を貫き通したいんだ。結婚のことまで考えている」
「……」
「まだ、花ちゃんは高校生だし、今すぐってことにはならないけど、でも、僕は、できるだけ早く花ちゃんと一緒になりたいって思ってる」
「そ、それって?」
「プロポーズだと取ってもらって良いよ。僕は本気だ」
「……」
「もちろん、返事はまだ良いよ。でも、それくらい、僕は花ちゃんのことに本気なんだ。そのことは分かっていてほしい」
「は、はい」
「なんなら、両親に会ってみるかい?」
「えっ! そ、それは、さすがにまだ心の準備があ」
「そんなに身構えるような親じゃないよ」
「ご両親には私のことは?」
「もちろん、話してるよ。将来は結婚まで考えているとも。両親とも花ちゃんに会ってみたいって言ってるよ」
「あ、あの、ちょっと考えさせてください。たぶん、まだ、無理です。心臓が口から出ちゃいそうです」
「それは大変だ。心臓が出ないように塞いでおかないとね」
大樹が花の隙を見て、その唇に軽くキスをした。
花は焦って左右を見渡したが、誰も花たちに注目していなかった。
「心臓は引っ込んだかな?」
「は、はい」
「でも、予防のため、もう一回塞いでおこうか?」
「えっ?」




