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アリスダイナーの恋愛旅行  作者: 武田花梨
第四章・明日を変えるのは莉帆自身
9/12

 わたしはとにかく、和航さんではなく竹内さんを観察することにした。

 なぜ、わたしを目の敵にするのか。自分だって、わたしと同じような恰好をしているのに。派手だから? フレアスカートで出勤しているから? そう思っていたけれど、それは竹内さんも同じ。

 じゃあ、自分が目立てなくなるから?

 観察していても「最近恰好が女性らしくなったね」と言われていることはあれど、職場のアイドル、という感じは見受けられない。

 それに、スカートなのに足を広げて座る癖がある。まるで長い事履いてこなかったような雰囲気だ。

 わたしが和航さんと知り合いだとはまだわからないはずだし、仕事はきちんとしているつもりだ。

 似たような見かけ。似たような話し方。

 同族嫌悪って事かな。

 でも、竹内さんには中身がない、と思った。女性らしいのは見た目だけ。

 だったら、勝負するのは中身だ。


 翌日、コンビニで買ってきたパンと抹茶オレを手にした竹内さんが、自分のデスクでもくもくと食べ始めた。わたし達バイトとは食事を摂ることはない。

 わたしは食べかけのベーグルを置いて、時間差で昼食の買い物へ行こうとする和航さんを呼び止めた。サービス業である以上、昼食の時間に差が出る。和航さんはいつも最後の方、一四時近くなってからお昼休憩に入る事は知っていたので、待ち構えていた。

「和航さん、今日もコンビニですか?」

 唐突に、下の名前を呼ばれて明らかに狼狽した。黒縁メガネの奥の瞳は、誰ともなく助けを求めているようにすら見える。

「あ、はい。一人暮らしなので」

 知っている。が、口には出さず、百円ショップで購入した、使い捨てのランチボックスを手渡した。

「わたし、いつもお弁当なんですけれど、作りすぎてしまって。よかったら、どうぞ」

「僕に、ですか」

 年下のわたしに敬語を崩さない。覚えていないんだろうな、という寂しさはあるけれど、あのころとは外見が違う。それでいい、とわたしは自分を納得させた。変わったのだ。

「中身はわたしが焼いたベーグルサンドです」

「ベー……」

 聞きなれない言葉だったのだろう。それ以上言葉は続かなかった。

「莉帆ちゃん、ベーグルなんて焼けるの? すごーい」

 頼んだわけでもないが、バイト仲間の人たちから賞賛を浴びる。年下の子もいれば、年上の主婦もいる。ベーグルを作る、ということがいかに大変か、面倒かとわたしに代わって力説してくれた。

 ありがたかった。和航さん以外とは親しく話そうという気のない竹内さんと違い、わたしは居心地のいい職場にしよう、と努力してきた。最初は、派手な格好の女が来たと、鼻で笑われていたから。

 遠出した際のお土産だったり、お昼のお共になるような簡単な手作りスイーツだったりを持ち込むことに余念がない。

 初めてバイトをした大学生の時は、仕事をするところだ、友達を作りに来たんじゃないと冷たい態度をとっていたら孤立した、なんてこともあった。その教訓を生かしている。孤立すると、仕事がしづらくなる。

【飲み会一切なし】という社風のおかげで、社員同士もほとんど交流がない。だからわたしは一向に和航さんに近づけない。余計な決め事を、と思うけれど、実際、無用な飲み会は嫌いだから歯がゆい。

 あくまでバイト仲間と打ち解けようとしていただけなのだが、日頃していた気遣いを和航さんに吹聴してくれる。

「莉帆ちゃんのお弁当もらえるなんて、梶さんうらやまし~い」

 ニヤニヤと笑う職場仲間。気遣いがこんな形で功を奏すとは、わたしまでニヤニヤしてしまいそうになる。

「へえ、朝霞さんって、料理上手なんですね」

 あの時。病院でのわたしを認めてくれた笑顔を、また見ることが出来た。

 その瞬間、時間を戻すより、努力して掴み取ろうとしてよかったと思えた。

 カレーパンのパン粉を口の周りにつけて、わたしを睨み付けている竹内さんを見た瞬間、心の中でずっと押さえつけていたもの。和航さんと連絡が取れなくなったあの日から、心に澱んでいたものがはじけた気がした。

 興奮して、顔が赤くなりそう。心臓がいつの間にか跳ねるような音を、振動を、せわしなく体に伝えてくる。

「誰かさんとは違って、気が利くものね」

 それを発したのは誰かわからなかったが、誰に向けられたかはすぐにわかった。

 竹内さんはバイトに対して冷たい。竹内さんは、昔のわたしと同じ考えだったのか、単にそういう人なのか。おかげで幅広い年齢層のバイト組からは、もれなくよく思われていなかった。

 わたしの中ではじけた澱みは、血液を巡って沸騰しそうだった。勝利の雄たけびをあげたくなる。必死に堪える。まだ勝負はついていないのだから。

 浅い呼吸のまま、ちらりと和航さんを見ると、表情のない顔のまま、ぼそりと呟いた。

「そういうの、よくないと思いますよ」

 言葉の意味を把握するまで、わたしの浅い呼吸は続いた。次第に、沸騰しそうな澱みがまた冷えて固まっていく気がした。

 わたしは、何に勝った気でいたのだろう。

 かばったのだ。みんなの前で、竹内さんを。

 うつろな思いで竹内さんを見ると、顔を赤くして口元をカレーパンで隠していた。澱みが一瞬にして昇華されたのだとわたしにはわかる。

 心を見透かされたみたいだった。

 人の上に立って優越感に浸る浅ましい人間だと言われたような気がした。わたしは何も言っていない。でも、みんなの意見に賛同し、よく言ってくれたと感謝し、勝ち誇った顔で竹内さんを見た。

 呆然としているわたしをよそに、和航さんは「お昼ありがとうございます」と目の前から立ち去ろうとしていた。そうはいくか、とかろうじて残っていた勇気を呼び出し、その背中に声をかける。

「わたしも、ご一緒していいですか」

 不思議そうに振り返ったが、和航さんは頷いてくれた。


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