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アリスダイナーの恋愛旅行  作者: 武田花梨
第二章・遥菜、女性らしさをやり直す
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 早起きして、メイクして、新しい服に袖を通す。それだけで自信が沸いた。きっと、梶くんも新しく来たバイトより私に注目するはずだ。

 汚れてしまった鏡の前で、私はにっこり笑った。美人ではないけれど、いつもより和やかな顔になれた気がした。外見を着飾るって、こんな力があるんだ。

 通勤の道。バスも電車も、いつもなら不快なだけなのに今日は心地いい。私の新しい人生の為に、事は進んでいる。今日はいい天気だ。今日も、か。一度は同じ日を過ごしているのだから。

 また桜が咲いている所を見られて、それだけでもあの黒猫に感謝したい。そんな気持ちだった。

 やり直しをすれば。きっとうまくいく。失敗は成功の母って言うもの。


 職場はコールセンター。お客様へ電話する仕事だが、細かい内容は個人情報に係わるので秘密であります。

「今日からお世話になります。朝霞莉帆です。よろしくお願いしますっ」

 LINEするとき、語尾にハートをつけまくるのだろうと容易に想像出来た。

 黒に近い、うっすら茶色い髪は肩下までの長めのセミロング。色白でくりっとした目と、小さな体格。アルバイト初日だというのにピンクのフレアスカートを履いていて、職場の女性からは鼻でせせら笑う声も聞こえた。

 新入りのバイトなんて、まず品定めされて、仲良くなれそうもないとわかれば関わらない。私は正社員だけれど、アルバイトも多い職場でほとんどが女性だ。男性、特に若くていい男が来るだけで浮足立つ位だ。

「新年度からバイトで入るのは朝霞さん一人だ。面倒を見てもらう教育係は、そうだな」

 主任が私たち正社員組を見渡す。前回はここで顔を伏せてしまい、梶くんがやることになった。だから今回は私が、と手をあげた。

「私がやります」

 その声で、みんなが私に注目する。いつもと違う雰囲気であることに気が付いた人も多い。

 梶くんも見てるかな。朝から寝ぼけていて、メガネに指紋がベタベタついているのに気が付いていない程だった。毎朝の事だ。

 今日も私の変化にはまるで気が付いていないようだったけれど、さすがに小さく首をかしげ、不思議そうに瞬きをした。それだけ。

 ちょっと、肩透かし。もしかしたら、ただ瞬きをしただけなのかも……。しまった、もっとアピールするべきだった。

 でも、梶くんはそういうの、好きじゃなさそうなんだよね。

 私と唯一の同期入社。ずっと仲良くやってきた。仕事帰りに何度となく飲みに行った。休日に出かける事はなかったけど、友達だと思っているし、時には悩み相談を電話でしたこともあった。

「竹内は、竹内のやりたい人生を歩めばいい。文句を言われても、誰もやり残したことを補填してくれない」

 受け入れてくれた。私の事を。

 でもそれが一方通行の恋心なのはわかっていた。だから、少しずつでも。そう思ってきた。あんまり強引に押したら引かれちゃうと思ったから。

 朝霞莉帆が現れるまでは。

 主任は手をあげた私を見て、少し沈黙した。そして、隣にいる梶くんを見る。

「竹内……。いや、女同士だとモメやすいから梶に頼む」

 あれ、思っていたのと違う。

 焦りが表情に出るが、それを気に留める人はいなかった。

「あ、僕ですか、わかりました」

 ようやく起きてきた声でゆるく返事をする。メガネの汚れに気が付いたのか、うっとおしそうにメガネを指でいじっている。何も考えていなそうだけれど、ちゃんと自分の考えを持っている人だって、私は知っている。こういう所を見ると、不安になるけれど。

「よろしく頼む。では、今日も頑張りましょう」

 そこで話は終わった。

 もう一度言う。思っていたのと違う。おかしい。

 梶くんが朝霞莉帆の元へ行き、挨拶をする姿を見ているしか出来なかった。

 でも、大丈夫。前回と決定的に違うのは、私の見た目と心構えだ。必ず、違う結果になるはず。きっとそうだ。

 自分に言い聞かせて、私は仕事に向かった。

「今日、恰好が可愛いね。髪型も。どっか行くの?」

 女性の先輩、後輩、清掃のおじさん、いろんな人に褒められた。そういえば、こうして会社の人と会話するって久々だな。職場で友達を作ろうなんて思ってないから、あんまり話そうともしないし。でも、一番褒めて欲しい梶くんはスルーだ。

 いいんだ、梶くんはそういう事をさらっと言うタイプじゃない。表面上、ちょっと何を考えているかわからないと言われるけれど、きっと思ってくれているはず。

 ……さっきから「きっと」とか「はず」とか願望しか出てこない。

 ダメだ、弱気になっては!

 だがしかし。

 ちゃんとメガネを拭き、目の覚めた顔で朝霞莉帆と接する梶くん。

 基本的な電話の受け方から、パソコン操作の仕方を指導されている。ここではインバウンド業務、つまり、顧客からの電話を受ける事がメインだ。営業をかけるわけではないが、専門用語を使われることもあるし、電話マナー、個人情報の取り扱いなど、注意すべきことが多い。研修期間は正社員が指導していく。

 その間の業務は私がやる。梶くんの分の仕事は増えるのに、ふたりが親密に話している所を見続けるという、現代の地獄を味わう事になる。業火に焼かれるのと何が違うのだ。死なないから違うか。

「どうしてUSBの差込口がふさがってるんですか?」

 パソコンのハードディスクを見ながら、朝霞莉帆が無邪気に質問する。その甘い声に、梶くんは「個人情報を持ち帰る悪い輩がいるからね」と、なぜだか照れたように答えた。「へぇ、そうなんですね」とキラキラした目で言われ、メガネをくいっとあげて頬を掻いている。

 照れるような話じゃないだろって思うのは私だけ? これ、前も見たし! 一度目の時に!

 悔しい、どうしたらいいのだ。

 せっかく大金を使って変わったのに。私のことは気にもとめず、今日来たバイトにはあんなに照れた顔を見せるなんて。なんという敗北感。


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