ご先祖様
陽菜を落ち着かせて、三人の所に戻ったところまでは良い。が、その後だ。この後の治療した男の発言が意味わかんない。なんて言ったコイツ?
「あれ?聞こえなかったか?結構大きい声で言ったつもりなんだが‥‥まぁいい、もう一度言う。一目惚れだ。僕と婚姻を結んで欲「お断りします」最後まで言わせてくれっ!?」
どうやら聞き間違いでは無いようだ。この男、なに考えてんの?頭も治療した方が良いのかしら?‥‥正直、もうあんまり近寄りたくない。
「でっ、殿下!?いきなり何を言っているんですか!?今はそんな話をしている暇は無いですし、第一アナタには婚約者が‥‥」
「キャーッ!!アーニャ、プロポーズされてる!!すっごい初めて生で見たっ!!」
このアホ陽菜。横には死体が積んであるのにキャーキャー言いやがって‥‥ていうか、私が嫌がってるのわかんないのかしら!?助けてくれても良いじゃないっ!!
アイコンタクトで助けを求める。幸い、『殿下』と呼ばれた男はさっき一番に叫んだ男となにやら話している。‥‥目の前から離れようとしないが。と言う訳で、逃げようにも逃げられない。少しでも動いたら話を振られるだろう。それだけは避けねば‥‥っ!!
陽菜がアイコンタクトに気づいたようだ。満面の笑みでサムズアップをしてもう一人のお付き(コッチは女性)に近づく。えっなんでソッチ?私助けてって送ったんだけど!?もう一人から情報収集しろなんて送ってない!!
「あのぉ、あの人って惚れっぽい人なんですか?それともこんな事言ったの始めて?」
情報収集でも無い只の恋バナかよ。助ける気ゼロねむしろ楽しんでるわねウフフ‥‥後で覚えてなさい。
心の中の口調がドンドン荒くなって行きながら、これからの行動の選択肢を考える。
まずは一つ目、ある程度の話を聞いてから別れる。勿論、少しお金は貰う。二つ目、話を聞いた後付いて行く。三つ目、この場で全員殺す。
この中だったら一つ目が妥当だろう。三つ目は厄介事から逃れる為に一応提示したが、論外だ。さっき一人逃してる時点で私たちの情報は渡ったし、陽菜の居る前で殺しは極力避けたい。次に二つ目、これも無しだろう。さっきの奴らはいずれまた、必ず襲って来る。陽菜一人なら守りながらなんとかなるが、三人は無理だ。それにこれは明らかに厄介事。こんなのに関わってる暇は無い。向こうも余り関わりたく無いようだし。と言う訳で、陽菜一人を守りなおかつ厄介事を避けるなら一つ目だ。けど、もし『あの人』なら、助けないといけない‥‥さてっ!方針も固まった事だし、そろそろ動こうかしら。
「あの‥‥‥」
「とにかくっ!俺はあの子を妃にすると決めたのだ!!邪魔をするな!!前からお前は俺のやることなすことクドクドと‥‥‥」
「何を言いますかこのアホ殿下っ!貴方にはクラリス様という立派な婚約者が‥‥というか、やることなすことクドクド言っているのは貴方のやることが全て滅茶苦茶だからでしょう!?五歳の時、使えもしない魔術を使おうと魔法陣を書いて城の一角を壊したのお忘れですか!?思えば私がクドクド言いだしたのは‥‥」
‥‥‥うるっせぇ。早く話聞いて別れたいんだけど?面倒事はイヤなんですけど?追われてるって言ってたのになんでそんな余裕ぶっこいてられるのかしら?そろそろキレるわ。えぇもうキレるわよ?
「そうですねぇ。殿下があんな事言ったのは初めてですよ?私がお仕えし始めたのは五年前ですが、その間婚約者のクラリス様とも仲良くしてましたし、お互いに好いているのかと‥‥は思いませんでしたね。婚約者のクラリス様は殿下をお慕いしていますが、殿下は女友達感覚ですね」
「へぇ~。あの人婚約者いるんだ。それでアーニャにプロポーズ‥‥私の好きなドロドロの修羅場が始まっちゃうのかしら!?」
この二人もなにを話してるの?陽菜、私で遊ぼうとしてるでしょ。怒るわよ?というかもう怒った。
「あの‥‥いい加減にしてくれないかしら?私達も暇じゃないの。そんなに余裕があるのかしら?無いわよね?それとも、無理やりじゃないと喋ってくれないのかしら?」
ニッコリと微笑んで、四人を威圧。黙らせる。‥‥‥どうやら思いは伝わってくれたようだ。顔を青くさせて首を縦に振り続けてくれる。
「ありがとう。‥‥‥さて、そちらのおじ様?私の聞きたいこと、全部聞かせてね?まずはそうねぇ‥‥此処の正確な位置と、通貨について教えてね?」
「わ、わかった。まずは通貨だが‥‥‥
それから小一時間話して、色々と情報が集まった。その間、他の三人は黙って体育座りだ。
まず此処、フィルニール王国とグラン帝国の境。グラン帝国に近いらしい。此処まではさっき聞いた。問題はこの後だ。私達がいるのはグラノス樹林。『迷いの森』なんて呼ばれてるらしい。まぁ、此処は私がまだシルヴィアだった時にも残っていたので、すぐにある程度の場所がわかった。
次に硬貨だが、これは使っている物が違うだけで他は同じみたいだ。なんとか入手できれば後はなんとかなるだろう。
あと、聞かなければならないのは‥‥‥
「フィルニールが王位継承権争いで揉めてるでしょう?‥‥そこの、貴方もしかしてクロード殿下かしら?今はさっき話していた婚約者であるグランの王女様の所に逃げ込もうとしてるの?」
「「ッ!?」」
「‥‥‥へぇ。どこでそれを?」
さっきまでアホ殿下だと思っていたのに、急に雰囲気が鋭くなる。多分、これがこの男の本当の姿で、さっきまでのはウソ‥‥でも無いんだろうけど、こういう顔もできるんだろう。
それは置いておいて、この人がクロードで、前世の私のご先祖様なら‥‥暫く帰れないなぁ。
「まぁちょっとね。私がこれを知ってるのは複雑な事情って奴よ。別に、これでアナタ達を脅したりしないから。情報教えてくれれば直ぐにでも別れる‥‥つもりだったんだけどね。事情が変わった。私達の正体はまだ明かせないし、なんでこの事を知ってるのかも教えられない。けど、助けてあげる」
「ちょ、アーニャ!?さっきと言ってること違くない!?」
「助けてあげるって‥‥しかも、正体を明かさない?ふざけないで。アナタ達みたいな女の子に助けてもらうの自体屈辱だし、身元がハッキリしない人達に背中を預けるなんて論外だわ」
さっきまで陽菜と話していた女の人が、顔を真っ赤にして反対してくる。当然だろう。先程彼女が言った通り、私達は年も幼く身元不明。そんな人達に背中を預けるなんて無理だろう。
「あら、身元はハッキリしないけど実力は本物よ?それに、殺すつもりならとっくにそこの死体と同じにしてるわ。少なくとも、追っ手が来るとき私達がいた方が生き残れる可能性は格段に上がるはずよ」
「それは、同じぐらいアナタ達に殺される可能性が増えるという事でもあるのでは?」
確かに、私達が殺すつもりならそうなる。‥‥‥どうにかして危険が無い事を認めさせないと。『誓約』は‥‥使えないわね。今度は私達が危険になる。正体を明かすのもなし。そうなったら未来の話をすることになる。歴史が変わるわね。
「別にいいんじゃないか?これからも追っ手は必ず来るんだ。さっき助けて貰って、少なくとも敵じゃないのはわかるだろう?命も救ってもらったしな」
「なっ!?殿下ッ!!」
殿下と呼ばれてる男が私達の味方をしてくれる。けど、なにか可笑しい‥‥こんな簡単に信用するものか?普通、助けたのも何かの芝居だと思うはずだが
「殿下、助けたのも計算の内かもしれないんですよ!?そんな簡単に連れて行くなんて言わないでくださいっ!!」
ほら、女の人もそう言ってるわよ?‥‥初代皇帝ってバカなの?皇国を立ち上げたくらいなんだからもっと凄い人かと思ったけど、これは部下が賢い愚王だったのかしら?
「いや、俺も殿下の考えに賛成だ。計算で仲間まで殺すとは思えない。其方の黒髪の少女のリアクションは演技とは思えなかったからな」
「なっ!?グラディス殿まで!!」
どうやらこの男、グラディスという名前らしい。‥‥そう言えば名乗っても無いし、向こうの名前、というか彼女の名前聞いてないわね?
「さて、これで3対1ね?まだ反対かしら。もう一度言うけど、殺そうと思えば何時でも殺せる。なのにそれをしない。‥‥この意味、わかるわよね?」
「‥‥わかった。でも、私はアナタ達を信用しない。それだけは覚えておいて」
唇をキツく噛み締め、信用なんてしてないわよオーラを出しながら睨んでくる。怖い。
「えぇ。私もアナタを信用しないわ。それに、私の方が強いからね」
フフン、と言いながら胸を若干反らして怖くないぞアピールをするアーニャ。しかし、下半身は少し震えている。
この十四年間、殺気とは無縁の生活をしていたから少々甘くなっているようだ。
「さて、話し合いも終わったし、そろそろ移動しよう」
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「ねぇねぇアーニャ。なんでついて行く事にしたの?私てっきり、お金貰ってポイッてするのかと」
ポイッてなに?私達、山賊じゃ無いんだけど?
今は、話し合いを終えて元々アーニャ達が行こうとしていた方向で、道ではない森の中を進んでいた。
『シルヴィア』としてこの世界で生きていた頃とは違う植物が生えていて、辺りをキョロキョロと見回している。初めて来た陽菜は言わずもがなだ。そんな風に歩きながらの、先程の陽菜からの質問。
「えっとね、話せば長くなるんだけど‥‥取りあえず、さっき私にプロポーズしてきた男は、『シルヴィア』だった頃の私のご先祖様かも知れないの。その人は、私達の住んでいた『フィルニール皇国』って国を作った偉い人でね?物語もあるぐらいなのよ。で、その物語の登場人物の『双翼の戦女神』ってのがもしかしたら私達かもなー‥‥‥と、その確認の為に付いていっています」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?ごめんもう一回」
頭を抱えてもう一回と言ってくる陽菜を申し訳無さそうに見てから、同じことを繰り返し説明をする。
三回目でやっと「もう一回」が無くなり、ホッと一息つく。
「つまり、私達は伝説に名前を残すかも知れないと?」
「まぁそう言う事ね。でも、名前は何故か伝わってないから大丈夫よ!!それに、まだ決まった訳じゃ無い‥‥‥のよ!!」
嘘である。もう九割決まったようなものだ。
物語でも命の危機に晒された皇帝を助けたのが出会いだとあるし、何よりもこの『魔法』だ。多分、どこかで私達が、というか私が魔法に付いて教えることになるのだろう。
どこかで、というのには理由がある。この『フィルニール皇国建国記』は殆どが読めなくなっていて、子供達の寝物語として聞かされているのは殆どが想像なのである。
国がハッキリと解読しているのは皇帝と『双翼の戦女神』の出会いと別れ。(出会いはちょうど、今の時期だと推察されている‥‥)そして何時、この国が出来たのか。これだけである。他にも、他国からの情報を集めたりもしているが、分かったのは戦争が五回と、突然の魔王の襲撃。しかも、これらが何時有ったのかはわかっていない。
だから、まだ決め付けるのは早いわ!!
「‥‥‥そう。私達、伝説になるのね」
「だから、まだ決めつけるのは早いって言ってるでしょ!?」