舐めてんじゃねーぞ?
「えっと、今日から一ヶ月。此方でお世話になる『蓮川陽菜』です!!アーニャちゃん‥‥だよね?よろしく!!」
蓮川陽菜。蓮川春人の妹で、『紫電流』女子中学生部門で一年生にして優勝した兄と同じ剣の天才。今回の留学は今度開かれる全国大会に向けての準備らしい。兄である春人も、二年前の中学生二年生の時、別の場所で同じ様に留学している。なんで知っているのか?簡単だ。毎日朝起きたら『紫電流 蓮川春人』で検索して事細かに調べているからだ。だから妹の陽菜の事も、幼なじみ二人の事も、『紫電流』を習っていないもう一人の幼なじみの事もよ~く調べている。
「こ、こんにちは。始めまして陽菜さん。アーニャ・ヴェルコフです。これから1カ月、よろしくね?」
「堅いなー、同い年なんだから、陽菜でいいよっ!此方こそ、よろしく!!」
なんという奇跡。これは一気にハルに近付いたわ!!それに、ハルの妹って事は私の将来の義妹。仲良くならなきゃ!!!
そんな感じで意気込んでみたものの、全く、偶然なんかじゃ無かったらしい。
父の仕事は警察官。『紫電流』は警察官になる為に必要な資格だと言っていた。父は、『紫電流』の有段者らしい。こんなの全く聞いていない。考えてみれば、竹刀や防具が物置に置いてある時点で可笑しいと思うべきだったのだ。思い返せば、土曜日は竹刀や防具を持って何処かに出掛けていた。あれは稽古をしに行っていたのか。
そして、また一つ驚くことが。
「やぁ、陽菜ちゃん。久し振りだね。春人君は元気かな?」
「あっ、おじさん!!お久しぶりです。はい、兄は今頃師範に練習メニュー三倍にされて悲鳴を上げている頃かと」
「アハハ、だろうね‥‥もしかして、総師範もいる?」
「はい。去年は受験があって思う存分稽古出来なかったからと、凄く張り切ってました。‥‥兄と二つ年が離れててラッキーです」
「‥‥春人君、安らかに眠ってくれ」
なんと、父はハルに会ったことがあるのだ。五年前と三年前、何かの出張で数週間家を空けていたが、まさかそれが日本に行っていたとは。絶対に許さない。私も連れてって‥‥いや、私の事知らないから意味ないか。
「ほらほら、こんな所で立ち話もなんだし、家に入りましょう?アーニャ、陽菜ちゃんをお部屋に案内して」
「わかったわ、ママ。‥‥陽菜、こっちよ」
「うんっ!!」
「此処が陽菜の部屋‥‥と言っても、荷物を置く場所ね。寝室は私と一緒なんだけど、ゴメンね」
「うぅん!むしろ、一緒で嬉しい!!改めてよろしく」
「えぇ、よろしく‥‥ところで、陽菜ってお兄さん居るわよね?」
「へ?うん。居るよ?それがどうかした?」
「写真、持ってない?」
「うん。こっち来る前に皆で撮ったのが‥‥」
陽菜が最後まで言う前に奪うようにして取る。‥‥いた、真ん中の陽菜の頭に手を乗っけてる。ハルだ。まだ少し幼い感じもするけど、間違いなくハルだ。
「ちょっ、アーニャ!?なんで泣くの!?」
一瞬にして写真を奪われ茫然としていた陽菜が、我に返って慌てだす。‥‥ホントだ、顔に手を持って行ったら涙が出ている。道理でハルの顔が段々ぼやけていく筈だ。
「なんでもないの。なんでも‥‥」
「いやいや、なんでも無いって事は無いでしょ!?そんなにお兄ちゃんの顔が怖かった?それともキモイ?結構格好いいと思うんだけどなぁ」
「フフッ、そうね。お兄さん、格好いいわね」
『アーニャ、陽菜ちゃん!降りてらっしゃい!!早速だけど、道場で稽古の準備が出来てるらしいの。行きましょう!!』
下で母の声が聞こえる。今から道場に行く様だ。今着いたばかりなのに、陽菜は大丈夫なのだろうか?‥‥嫌そうな顔してる。
「‥‥まぁ、此処には稽古しに来たんだしね。頑張ろ」
「私も行っていいかしら?実は行ったこと無いのよ」
「もっちろん!!‥‥これで手は抜けなくなった」
「フフッ、頑張ってね」
ーーーーーーーーーー
「着いたよ。陽菜ちゃんは準備をしてね。更衣室は向こう。アーニャ、ママと一緒に飲み物の用意をしてくれ」
「アーニャ、教えるからこっちに来て」
「わかったわ。‥‥陽菜、後で」
「うん。美味しいの用意しててね」
道場は車で十分も掛からないビルの地下にあった。こんな近くに道場なんて見たことが無かったけど、これで納得がいった。
陽菜とパパはそれぞれの更衣室に向かい、私とママはスポーツドリンクを作りに行く。と言っても、水道水を水筒に入れてスポーツドリンク用の粉を入れて目一杯振るだけの簡単な作業だ。
「これはこっちね‥‥それにしてもよかったわぁ」
「?なにが?」
「アナタが陽菜ちゃんと仲良くしてくれて。学校ではアナタ、あんな感じだから少し心配だったのよ‥‥」
「うっ‥‥ママ、学校の話は止めて。思い出したくない」
「そんな事言わないの。ねぇ?お姉様」
「止めてよ〜‥‥」
少し面白そうに、からかって来るママに頭を抱える。本当に悩みの種なのだ。あぁ、どうしてこうなった?
私は学校で、『お姉様』そう呼ばれている。別に、お嬢様学校なら良いと思う。前世でもお姉様と呼ばれている子達は居た。(私はシルヴィア様か姫様だったけど)けど、今世は違う。普通の、一般の子達が通うような学校だ。なのに何故か私だけお姉様呼び。しかも、同学年の子や、友達までからかってそう呼んで来る。全く、困った物だ。いや、ホントに‥‥どうしてこうなった。
からかわれながらスポーツドリンクやタオルを持って道場に行くと、ちょうど稽古が始まる所だった。皆、防具を付けて正座している。私もそれに習って正座しようとするが、ママに止められた。後で地獄を見るから楽にしてなさい。と、なので、正座はやめて楽な姿勢で見る事にする。それにしても‥‥
「凄い匂いね。それに、陽菜が浮いてる」
「まだ中学2年生だもの。そうじゃ無くても女の子だからね。しょうがないわ‥‥でも、こうして見ると不安ね。大丈夫かしら?」
こんな話をしてると、パパと陽菜が入って来た。パパは皆の前に座って偉ぶっている。陽菜は、一番端っこにちょこんと座った。
「今日は先輩達が皆夜番なので、俺が指示を出す。よろしくな。始める前に、紹介しないといけない子がいる。この前も話したが、総師範の所から我々に稽古を付けてやって欲しいと昨年の全国大会、女子中学生の部優勝者の蓮川陽菜ちゃんが来ている。‥‥陽菜ちゃん、こっちに」
「はいっ!‥‥皆さん、初めまして。蓮川陽菜です。私の稽古は基本的に皆さんとの試合です。それまでは師範の練習メニューをこなす事になっているので、基本的に最後まで居ないものと思ってください」
皆が苦笑する。が、それも此処まで。次のひと言で場が固まる。
「総師範から、『アイツら弛んでるから活を入れて来い』と言われています。なので、子供だからと言って手加減せずにお願いします」
うわー、おもいっきり煽ってる。あっ、パパも顔が引きつってる。そりゃそうよね。一周り、二周りも違う小娘が自分達に活を入れると言っているんだ。そりゃそうなるわよね。
「ほ、ほぉ〜?そりゃ楽しみだ。‥‥じゃあ、向こうの方で練習メニューをこなしててくれ。終わったら声を掛けて欲しい」
「わかりました。では、失礼します」
大の大人が中学生の女の子を睨んでる。それを何とも思わないと言うように悠々と歩いて隅っこまで行き、木刀を振り始めた。それを見てパパ達も動き出す。
それから一時間半後、陽菜がとりあえずウォーミングアップが終わったと言う事で、まずは一番年が若いという人との練習試合が始まった。
でも、陽菜がしたのは基本技である『水狼』という上から下に斜めから斬り落として手を返し、今度は下から上に斬り上げる。という技を延々と繰り返していただけだ。
大人達は‥‥色々とやっていた。
しょうがないでしょ?ハルの試合の動画とか色々見てどんな技があるのか、とかは知ってるけど、稽古内容はさっぱりよ。
「では、第一練習試合を‥‥なんで陽菜ちゃんは防具を付けてないんだ?」
「そちらこそ、なんで防具なんて付けてるんですか?」
「は?」
「え?」
パパも、他の人達も訳が分からないと言った感じだ。陽菜も同じ顔をしている。
「いや、普通は防具無しの木刀ですよね?」
「いやいや、防具有りの竹刀だよ?」
「え?だって、戦場なんかで防具付けてる暇無いですよね?それに、そんな物付けてたら窮屈ですよ。防具を付けるのは走り込みの時だけですよ」
「戦場って、この時代にそんな所に行く事なんてそうそうないぞ?」
「‥‥驚きました。いつもそれで死合ってるんですか?総師範が活を入れて来いと言ってた訳がわかりました」
ビキビキ、と待っている大人達の方からこんな音が聞こえて来る。そりゃそうだ。
「いいですか皆さん。年上の皆さんに無礼を承知で言わせて頂きます。‥‥『紫電流』舐めてんじゃねーぞ?」
ガタガタッ!と防具や竹刀がぶつかる音を立てながら大人達が立ち上がる。パパも、顔を赤くしている。ヤバい、アレはマジでキレてる時の顔だ。
「陽菜っ!言い過ぎ‥‥」
手を真横にして邪魔をするなとパパが無言の圧を送って来る。
「陽菜ちゃん。流石に言い過ぎじゃ無いかい?おじさん達にも限界ってのがあるんだよ」
「うるせぇ、ちょっと黙っとけおっさん」
「おっ‥‥」
いきなり人が変わったかのように口が悪くなり、パパは声も出ない。いや、違う。この口調は‥‥
「いいかぁ、おっさん共。耳の穴かっぽじってよ〜く聞け。『紫電流』ってのは元々人を斬って、人を守る為の剣だ。時に戦場で、時に街中で。どこでも剣一振り構えただけで『紫電流』ってのは扱う事が出来んだよ。それをなんだ?防具だぁ?ざけんじゃねーよ。いつから紫電流は剣道になったんだ?あぁ?剣道ってのは人を斬るためじゃなく、礼儀とかそういうもんを学ぶ剣だ。けど『紫電流』は違う。人を斬って、守る剣だ。そんな剣を扱う奴らが、防具なんてもん付けんじゃねーよ」
ハルの口調だ。
「‥‥って言う事を、前にお兄ちゃんが言ってました!!あっでも、勘違いしないでくださいね!?別に防具を貶してるとかそういうんじゃ無くって、練習中なら付けてても良いと思います。それに、安全ですし。でも、せめて私と試合をする時は防具無しの木刀でお願いしたいなぁって」
言いたい事は言ったという風にいきなり口調が元に戻る。差が激し過ぎる。
「‥‥確かに、『紫電流』と『剣道』は違うな。我々の剣に防具はいらない。皆、外してくれ」
「しかし先輩っ!流石に危ないですよ!!もし怪我でもしたら‥‥」
「あ、大丈夫ですよ。流石に寸止めですから」
「けどねぇ‥‥もしもって事が」
「それに、私には当たりませんから」
うわ〜、まだ煽るんだ。もう皆手が握り過ぎて白くなってる。顔は真っ赤だ。
「そんなに言うなら見せてもらおうか!本当に当たらないかどうかを。先輩、防具外しました。合図お願いします!!」
「あ、合図有りですか?‥‥まぁ、試合だし有りで良いかぁ。調子狂うけど」
「‥‥参考までに聞かせて欲しいんだが、いつもどうやって試合をしてるんだ?」
「いつもですか?合図無しで準備整ったらそれが開始の合図ですね。たとえ自分の準備が出来てなくても相手は向かってきます。まぁ、お客さんやおじさんみたいに出張で来た人が居たらソッチに合わせますけど」
「なるほど‥‥悪いけど、今日一日は此方に合わせてもらって良いかな?」
「勿論です。私は胸を貸して貰う立場ですから」
「ありがとう。じゃあ、僕が手を振り落として始めというから、そしたら始めてくれ」
「わかりました」
「よし。では‥始めっ!」
一拍置いて、パパが始めの合図をだす。すると、目の前に陽菜の姿は無く、相手の胸に剣先を置いた格好で止まっていた。
場が静寂に包まれる。
「‥‥ッハ!い、一本!!勝者、蓮川陽菜!!」
「なんか、拍子抜けです。総師範に扱いてもらったらいかがです?というか、誰に教わったんですか、試合が始まっても突っ立っていろなんて?」
一瞬だった。けど、前世でみた猛者たち程では無い。陽菜がやった事は簡単。相手に向かって一直線に飛び出す。そして、さっきと同じ体勢で止まる。コレだけだ。見えたのは私以外居ないんじゃないか?皆には道着と同じ色の何かが動いた。位の認識だと思う。しかしコレは‥‥
「次元が違う」
見ていた人の誰かが呟く。すると、そのひと言でやっと場が動き出す。相手が後ろに尻もちを着く。ありえない。そんな顔だ。
「おじさん以外相手になりそうな人が居ないなぁとは思ってたけど、まさか此処までとは思いませんでしたよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!さっきのは油断してただけ‥‥」
「はぁ?なに言ってるんですか?アナタは戦場で死んでも、『油断してたんだ!!』なんて言うんですか?がっかりですよ」
本気でがっかりした顔で相手を見下ろしている。
「お兄ちゃんが『俺達や総師範がおかしいんだ。ちょっとやる気無くすけど、コレも修行だ』って言ってたのがわかりました」
あ、相手もパパも、他の人達も顔真っ赤。けど、今回は言い返せないなぁ。だって、全部ホントだしね。けど、ちょっと可哀想になってきたなぁ。
「もう良いです。正直、初日でこんなに落胆するとは思いませんでした。全員一斉に掛かって来てください。総師範に言われた通り、活をいれます」
次の瞬間、パパ以外の人達が飛びかかって行ったが、十秒と掛からずに全員地面と濃厚なキスをしていた。
‥‥パパ、汗凄いな。
「さて、おじさん。やりましょうか?」
ホントに、汗、凄いなぁ‥‥‥
「イッテテ‥‥」
「本当にスイマセン、皆さん!!私、刀持つと性格が少し好戦的になるみたいで‥‥本当にすいませんでした!!」
パパも地面と濃厚なキスをして、我に返った陽菜が、顔を青ざめながらペコペコと頭を下げている。さっきのややハルに似た好戦的な態度から、年相応の反応に変わって皆驚いているようだ。
「いやいや、いい薬になったよ。けどまぁ‥‥先輩達が居ないからって全員で一分持たないとは‥‥」
「ほんっとうに、スイマセン!!」
そう。相手になりそうだと言っていたパパでさえ三十秒程しか持たなかったのだ。どんだけ化け物なのよ、この子は。
「いやぁけど、此処まで奇麗に負かされるといっそ清々しいな。陽菜ちゃん‥‥って呼んで良いかな?君は道場で何番目くらいに強いんだい?」
「はい、大丈夫です。‥‥えっと、小学校中学年辺りから、他の子とは一緒に稽古してないんです。お兄ちゃんとお兄ちゃんの同級生の二人と師範の五人で稽古してます。総師範が偶に来て六人になりますけど。私はその中でも一番弱いです。もう毎日ボロボロですよ」
皆の目が点になる。私も驚いた。え?これで最下位?なんの冗談よ‥‥って、パパは普通ね?
「なんで出張に行って稽古付けてもらった時、先生役に回って小さい子達に教えていたのか納得が言った。確かに、君達が居たら稽古所じゃ無いな」
「はい。因に、強さランキングすると、私が一番下で、お兄ちゃんと同い年のタツさんが下から2番目。雫さんが3番目で、次に師範で、お兄ちゃん総師範と続きます。でも、経験の差でギリギリ総師範が勝ってる状態なんで、あと少ししたらお兄ちゃんが最強になるかと」
「ウソだろ、歴代最強と言われた総師範がギリギリ?」
「はい」
「というか、お兄さん師範より上なんだ‥‥」
ハルがなんであんなに強いのか納得だわ。ということは、試合のときは滅茶苦茶抑えてるってこと?だって、ネットに上げられた動画じゃ消えたりしてなかったわよ?
「ま、まぁこの話は終わりにしましょう!!それより、明日からどうしようかな‥‥」
「‥‥ごめんね?おじさん達弱くて」
「えっ?あっ、いやあの‥‥そ、そうだ!!おじさんの先輩ってどのくらいの強さなんですか!?」
中学生に気を使われる良い年したおっさん達。見てて泣けてくるわね。
とりあえず、明日になればその先輩とやらも来れるという事なので、とりあえずその日は解散。翌日に期待‥‥となったのだが、まぁ案の定陽菜の相手にならずただ皆の自身を失くすという結果に終わった。
「あぁ、お兄ちゃんはどうしてたんだろうなぁ‥‥」