エルード家Ⅰ ~姉の存在~
「えぇ、キングテレトリーで1、2を争う名家・・・ですよね。」
ケリーは、前提としてノルスが最初に言わんとしていることを、推測して先に答えた。
エルード家がトップクラスの名家ということは、広く知られている。
「あぁ。・・・キングテレトリーにおいて、トップクラスの名家であるエルード家。代々エルード家に生まれた者は、特別な存在であることを意識し、高邁さを、享受する。
・・・自身の体を流れている血は、特別なものであると。そして、”家の名”の権威に恥じぬようにと、生まれてくる子どもに期待することといえば、血の優秀さ、見合う品格。いわば、愛などと生ぬるいものはなく、厳格さしか与えない。それがエルード家の環境なのだ。」
「・・・まさに、名家の中の名家って感じですね。きっと私なら、生まれた瞬間に息苦しさで死んでしまうでしょうね。」
ケリーは、興味深い様子を見せながらも、拒絶するように軽口を言った。
厳格さは、自分のテキトーさとは、正反対のものだった。
「・・・うむ。だが、君なら死んでしまうほどの厳格な環境にライネットは生まれてしまった。生まれてしまったなら、与えられるものを拒否することはできないというのが世の摂理というものだ。
ライネットは、家の名に見合うようにと、ただただ英才教育を受けさせられ、無味乾燥の日々を送ることとなる。家であるはずなのに、居場所がない。そういった感じかね。」
「つらいですね。」
「だがそんな家の環境において、唯一拠り所となる存在がいた。・・・それはライネットの姉であり、エルード家の長女でもある、エルード・レーナだった。」
その時ノルスは、ケリーと目を合わせてお互いの共通認識を、確認する。
「そう。君も知っている通り、有識の1人だった、そして現キングソードにいる、あのエルード・レーナだ。」
ノルスは、話を続ける。
「レーナは、ライネットにとって、たった1人の親愛者だった。レーナは、ライネットに親愛に接してかわいがり、またライネットもその愛に応える形で寄り添った。まさに家族の相思相愛がここにはあった。
ライネットから見れば、冷たい世界から守って暖めてくれる暖炉のような存在に違いなかっただろうね。」
ノルスの語り口調に、いつしかケリーは聞き入っていた。
「だが、そんな状態が長くは続かなかった。・・・長女であるレーナが成長するにつれて、”家の呪い”、すなわち”家の重圧”が掛かってくるのは必然であり、当然のことだった。
長女という立場、そして『血の判別』からもっとも期待され、家の意向の影響を最大に受けることになったレーナは、有識入りするようにと言い渡されたのだ。」
ノルスは、鋭い視線で話し続ける。
「・・・そこから、より強靱な英才教育が長年に渡って注がれることになったレーナは、本人の努力、才能、そして血の優秀さもあって見事、15歳で有識入りを果たした。
キングテレトリー軍12の有識史上初の最年少入りかつ、当時の有識の判定では、レーナの有識入りへの反対意見は1人も出なかった。・・・私含めて、全員がレーナの実力を認めたのだ。」
「圧倒されますねぇ・・・。」
ケリーは、ただ驚くしかなかった。
「そして、これが私とライネットを関連づける出来事だったのだ。・・・レーナの有識入りの祝いとして、ある日、私はエルード家を訪問した。私が、エルード家と深く関わる発端ともいえるかね。
そして、招かれる形で、エルード家から歓迎を受けた。・・・とはいってもよくある形式上の何でもない世間話をしていたに過ぎないがね。確か、その時だったかね・・・」
ノルスは、過去を鮮明に思い出す表情を見せる。
「まだ10(歳)にも満たないライネットが、私の座っているところへ不安そうな表情で駆け寄ってきてね。私の目を見て、こう言った。
『おじさん・・・つよい?』
その時は、この発言の真意がわからなかった。
だが、幼きライネットは自分を強くして欲しいと訴えたのだ。・・・つまり姉、レーナのように有識入りしたいと。私は、ただ単に幼心で有識という地位に憧れを持っているものだと考えた。」
「・・・・・・。」
ケリーは神妙な面持ちで聞いている。
「家の後押しもあって、私は、ライネットの自分を強くしてほしいという要望を承諾した。ちょうど有識を集めていたこともあってね。そして、それから面倒を見ることになった。・・・エルード家の血が入っているライネットは、もちろん魔法の才能は凄まじかったが、レーナと同じ系統、さらに言うならば、レーナに匹敵するほどではない魔法力だけでは、後追いであるライネットの有識入りは厳しいと、私は考えた。
その結果、私はライネットに剣術を仕込むことにした。レーナとの差別化ともいえるかもしれんね。
・・・そこから長年に渡って、稽古が続いた。」
「そこで、発言の意味を知ることになった・・・。」
ケリーは自然と発していた。
そこまで聞いていれば、繋がってくる。
「あぁ。ライネットは、有識という地位に憧れを持っていたのではなく、有識入りを目指す理由はただ単純だった。
・・・長年の月日の中でライネットも成長し、ある程度、自分のことを客観視できるようになった。家の環境や姉レーナへの思いを、稽古の中で口にすることがあった。
それらを聞いているうちに、私はようやく、あの時の発言の真意を理解した・・・。
ライネットが、有識入りを目指す理由、それは・・・・・・姉、レーナを追って。ただ、それだけのことだったのだ。」
そこで重々しく数秒、執務室は静寂に包まれる。
ノルスは、オッホンと喉を整えた。
「因みに、これはあくまで私の推測にすぎんが、レーナに家の呪いが強まることで、ライネットとの距離がどんどんと離れていったといったところかね。極めつけは、有識入り。ライネットは、家で孤独にならざるを得なかった。」
「・・・容易に想像がつきますね・・・。」
ケリーは、ライネットが置かれていた境遇を想像し、同情するしかなかった。
ノルスは、話を本筋に戻す。
「・・・そして、その直向きな努力甲斐あって、ライネットは有識入りの候補に上がり、有識入りへの判定に掛けられることになった。・・・だが、反対のほうが多く、おそらく何もしなければ有識入りは実現しなかった。」
「あの(実力の)ライネットより、有力な者がいたんですか。」
ノルスは頷く。
「ちょうど、その時、婦人会の例の・・・淑女とでも言っておこうかね。彼女が候補に挙がっていてね。それに差別化はできたが、やはりレーナと、どうしてもかぶっている感は否めないという印象を消し去ることはできなかった。」
「・・・なるほど。」
「しかし、私が推薦したこともあって何とかライネットを有識入りに持ち込めた。・・・だが、当時レーナは、ライネットの有識入りを最後まで反対のままだった。・・・その事実がライネットを、空虚にさせる他なかった。・・・拒絶されたと。」
ノルスの語り口調に、いつしか感情がこもる。
「・・・私もここまで深入りしてしまったのだ。有識になり得るものを集めるという、最初は軽い気持ちで始めたつもりだったが、長年の稽古をつけて接するうちに、いつしか親身になっていた。
”あの娘”をこのまま不幸にさせてはいけない。そう考えた私は、忠誠を誓わせ、ライネットを支配することにした。・・・忠誠に支配されている間は、自分自身に目が向くことはないからね。」
ノルスは、前のめりの体勢を解く。
「・・・つい長々と話してしまったが、ここで一番最初に戻るとしよう。ライネットが有識入りしてから、キングテレトリーが侵略を受けるまで、だいたい2年程度かね・・・。私自身、ずっと探した期間でもあった。そして、ようやく見つけることができた。・・・それも奇遇にも、騎士という形でね。」
それを聞いて、ケリーは、聞かざるを得なかった。
「・・・ルークドですか。」
「うむ。・・・ルークドがライネットの特別な存在(拠り所)になり得ると、私は思う限りかね。
ライネットにとって、もう忠誠も、命令も、必要ないものだ・・・。」
そう言うとノルスは、語りの間、書斎でただ開いていただけの本をパタンと閉じた。
そして、目を閉じて目頭を揉むと、横になったティーポットを掴んで、カップに紅茶を注ぐ。
注ぎ終わったカップを持って、立ち上がると、後ろの窓へと近づいて、外を眺める。
ちょうど、ケリーに背を向ける形だった。
「・・・・・・何とも、運命を感じるものだ。」
ノルスは、外を見つめてそう言った。




