護衛の鬱憤
ノルスの雰囲気が、さっきまで拍手を送っていた紳士らしい雰囲気から厳格なものへと変わり、ノルスは、鋭い視線で一体のかかしの断面を見る。
「だが・・・私にはいまひとつ調子が悪いように見える。・・・刀に迷いがあるか。」
「・・・いえ、迷いなどとは・・・。」
ライネットは、見透かされているのを感じ、つい反射的に目を逸らして否定してしまった。
「それにしても、どうしてここへ・・・?」
話題を変えるようにノルスに聞く。
「あぁ、何々、これといって特に意味はないよ・・・私もずっと執務室にこもっているものだから、久々に汗を流したくなってね。だから、ここへ来たという次第だよ。」
そのやり取りだけを交わすと、少し沈黙があった。
ノルスは景色を眺めながら、少し歩いて、ライネットの前を突っ切ると、立ち止まる。
「・・・せっかくだ。久々に私と勝負でもしようか。最近は、すっかり戦う機会が無くなってね。君だって、かかしばかり相手にしてつまらないだろう。どうかね?ライネット。」
そのノルスの意外な提案にライネットは、驚いて、思わず下げていた視線をはっとノルスに向ける。
それと同時に昔のことも頭にぼんやりとよぎる。
ライネットの剣術は、すべてノルス仕込みだった。
訳あって、ライネットは幼い時からノルスに刀の稽古をつけてもらい、時には勝負もして、剣術を磨いてきた。
そして、ライネットが一人前になったと同時にノルスから譲り受けたのが、今使っている刀だった。
なので、刀を譲り受けた後は1回も勝負などしたことがなく、ノルスから今になってそのような提案が発せられたのには、ライネットにとって驚きでしかなかった。
「・・・確かに、その・・・いろいろと退屈を感じてはいましたが・・・」
困惑した様子で曖昧な返事をする。
「退屈・・・?退屈というよりは、鬱憤と言ったほうがいいんじゃないかね。」
「・・・。」
やはりノルスの前では、心情を隠すことができないとライネットは、その時、実感し沈黙することしかできなかった。
それは、お互いの長い付き合いからによるものでもあるし、人心を掌握するノルスの年の功、手腕といえた。
例えるなら、老人が孫のことを理解することと同じだった。
ライネットは、覚悟を決め、ノルスの目を見る。
「・・・御意。」
「・・・うぬ。それでよい。」
その時、ライネットは、否応なく何かうまく乗せられたという感じもしたが、すでに勝負に向けて集中状態に入っていた。
それは、鬱憤がついにライネットの中であふれ出した瞬間だった。
ノルスもコートを脱いで、準備を始める。
「・・・勝負といっても、昔のように刀と刀でチャンバラをしようというわけではない。言うまでも無く私自身、剣術を引退しているし、刀だけなら、私にもはや勝ち目はないだろうね。」
ノルスは、少しユーモアを交えながらそう言うと、少し笑った。
「・・・・・・。」
ライネットは、もちろんノルスの剣術事情をよく知っている。
元12の有識の一員で、現キングシールドにいる、オオワダ・カンジュウロウ。
別名「十一官衛笠」
一人十刀の剣術に達した人物で、ノルスの旧友であり長年共に剣術を磨いた仲という。
ライネットの稽古で仕込まれた今の剣術、残像体系は元を辿れば、すべてこの人物に由来する。
その体系は、護衛としては究極だった。
そんな人物との決別がノルスの剣術引退に関わっていたとまでは知っていた。
「・・・だから、実戦の勝負をする。・・・ライネット。これは君が、本当の意味で一人前になるための・・・最後の課題といえる。本気でかかってきなさい。」
本当の意味で一人前になるという意味が、ライネットにはよく分からなかった。
だが、今から行うのは本気の勝負であるというのは、ノルスの気迫からも伝わる。
(・・・。)
ライネットは、コクッと重々しく頷いた。
ノルスのその行動の真意、なぜ今この時なのかといった疑問はあったが、ライネットは存分にぶつけたいという気分だった。
そして、二人は修練演習所の広々とした場所へと位置につく・・・。




