003 「透明な男」
エリシアは砦の大広間に移動しながら、魔術について教えてくれた。
「魔術というのは、魔力によって様々な事象を引き起こす物です。人間の力だけでは不可能なことを魔力を使うことで可能にすることができます。
「魔術には消費する魔力量によってクラスにわかれています。下から順に、
・ブロンズ
・シルバー
・ゴールド
・ダイヤモンド
・グランディディー
・ジェバイト
・レッドベリル
の7つです。
「例えば、先程わたくしが使ったのは、ゴールドクラスの魔術、物体制御と、物体削除です。
「あ、先程の魔術がゴールドクラスだからといって、物体制御や物体削除がゴールドクラスという訳ではありませんよ。先程も言いましたように、クラスは消費する魔力量によって変わります。より多くの魔力を加えればクラスは上がりますし、魔力を減らせば、クラスは下がります。
「ですが、みんながみんな、レッドベリルの魔術を使える訳ではありません。人間が体内に保有できる魔力量には、限界があるのです。
「考えてみてください。人間という『器』に、無限の魔力を注いだところで、その魔力はこぼれ落ちてしまうでしょう?そういうことです。
「ちなみに、使える魔術のクラスによってそれぞれのクラスで呼ばれます。称号のようなものですね。
「魔術についての説明は、このくらいですかね。どうです?理解いただけましたか?」
「ああ。すごくわかりやすかったよ」
なるほど。世界を破壊する災厄──『魔獣』と、その災厄への対抗手段──『魔術』、か。
この世界の事情は大方理解出来た。けれど、その二つの言葉にも聞き覚えはない。やはり僕は、これまでの記憶を完全になくしているようだ。
まあ、これから生活していく中で色々と思い出していくだろうからそれを待つしかないか······。
──大広間──
「ご紹介しましょう。これがわたくしが率いる、オリシオン王国直属の魔獣討伐隊──神託の騎士団です」
大広間の扉を開くと、そこには鎧を纏った騎士たちがわんさといた。どいつもこいつも重装備で、いかにも騎士団って感じだ。
「そしてこちらは、記憶喪失のソルナさん。あ、名前はわたくしが付けました」
エリシアは楽しそうだが、向こうは目が笑っていない。やっぱ英雄の名は重すぎたか······。
「姫!なぜ英雄の名を汚すような真似を!そのような危険な男、早急に尋問にかけるべきです!」
声を上げたのはさっき僕に魔術を放って来たやつだった。
うわぁ、睨んでる、睨んでる。おっかしーなー、そこまで嫌われることした覚えないんだけどな······。
ていうか尋問て。ちょっと怖いんですけど。
「え、ええと。僕は本当に記憶がなくて、何もわからない状態なんです。だから疑われるようなことは何も──」
「黙れ、この下衆が。そのような戯言、誰が信じるものか。姫もこのような輩をなぜ信じるのです?」
僕が記憶を失っていることは間違いない。だがそれを証明することが、僕にはできない。疑われても仕方が無いということか······。
どうにか身の潔白を証明できないものかと思考を巡らせていると、エリシアが口を開いた。
「わたくしがソルナさんを信じるのは──この方が、『透明』だからです」
僕が──透明?
「わたくしは魔術とは別に、ある特別な能力を持っています。それは、人の心の色を見る能力──『霊気眼』です」
「心の色を······?」
「心の色というのは、つまりはその人の性格です。冷静な人なら青、情熱的な人なら赤というように、わたくしは、その人がどんな人かが、色でわかるのです。」
なるほど、心の色が見えるとはそういうことか。つまり僕が透明というのは、性格を形作る経験や記憶がないから、という訳だろう。
「その通りです。もっとも、記憶喪失の人などわたくしも初めて会ったものですから、あくまでこれは推測に過ぎないのですが。」
「し、しかしそれは──」
「わたくしの目が、信じられませんか?」
そう言われた途端、その女は口ごもってしまった。どうやらエリシアには、頭が上がらないらしい。
「はぁ······、わかりました。今回だけは姫に免じて不問とします。」
なんとか僕の身の潔白は、証明されたらしい。とりあえずは一安心──
「お前のことを、完全に信用した訳では無いからな。妙なことをすればどうなるか、覚悟しておけよ」
──とは行かないらしい。とにかく目立つようなことはしないでおこう。
ソルナという名前をもらい、無ではなくなったものの、その存在は透明か······。確かにそんな男、疑われて当然か。そんな男をエリシアはよくも信じたものだ。普通、いくら自分の力に自信があると言っても、わざわざ怪しい男に近づこうとはしないだろう。
わからないな······。つくづく不思議な人だな。