001「騎士の覚醒」
長い、夢を見ていたような気がする。確か、とても劇的な夢だったはずなのに、思い出すことができない。なぜだろう······。
まあ、どうせ夢だ。
夢は夢でしかなく、現実とは絶対に交わらない。そんな物を思い出したところで、何も変わりはしないだろう。
そして僕は目を開ける。
「······っ」
その瞬間、眩しい光が、僕の目を襲う。目が光に慣れて来ると、景色がハッキリとみえるようになった。
そして、『その人』は、僕が見ている光景の主役をはっていた。
他を寄せつけない、圧倒的な存在感。
僕と同じ状況の人がいたら、間違いなく、まず初めにその存在を、目に焼き付けることになるだろう。
僕の目の前にいる『その人』は、銀髪の、とても──美しい女の子だった。
「あ、お目覚めになられたのですね」
その子はとても優しげな笑顔でそう言った。
そのあまりの美しさに、僕は言葉を失ってしまった──輝くような美しい銀髪、透き通るような肌、その真っ直ぐな瞳に、僕は心を奪われた。
この世のものとは思えないその姿に、見とれてしまった。
釘付けにされた。
僕が呆然としているのを見て、彼女は不思議そうな顔をする。
「あの、どうかなさいましたか?」
「あ、あの、いえ······なんでもありません」
彼女に顔を覗き込まれて、僕は目をそらす。
落ち着け、僕。そうだ、まずは状況確認だ。僕はあたりを見渡す。どうやら僕はこの部屋のこのベッドで眠っていたようだが······それは全く見覚えのない景色だった。
「本当に、無事で良かったです。あなたが森で倒れているのを見つけた時は、驚きましたよ」
「え······?」
森で──倒れていた?
「ここはあなたが倒れていたナギアスの森の近くにある砦です。このあたりは国境になっているので、監視のためにこの砦が置かれています。わたくしがここまで運んで来たのですが······覚えていませんか?」
その時のことが思い出せない。
ふむ······となると、どうやらその時僕は、何らかの衝撃を受けて、記憶が混乱してしまっているようだ。
まあそのうち思い出すだろう。
そんなことよりも、まずは。
「あの······助けていただいたみたいで、本当にありがとうございました」
「気になさらないでください。それに、あの森の中で倒れているのを、放ってなんておけませんでしたから。」
とても──安心した。案外、見た目に反して何か見返りを求めてくるかもしれないと思っていた(失礼な)が、どうやら彼女は心まで美しいようだ。
「それと、その話し方もよそよそしいですね。敬語はいりませんよ」
「では、あなたも──」
「ちょっと待ってください」
そう言って彼女は僕の言葉を遮る。そして、ひらめいた、と言わんばかりの笑顔で、
「このあたりで、自己紹介と行きませんか?」
と言った。
ああなるほど。そういえばお互いまだ名前も名乗ってなかったな。
自分の存在を証明する物。
自分を、自分たらしめるもの。
名前無くして、自分は語れないだろう。
「では、わたくしから。わたくしは、エリシアと申します。エリシア・レン・オリシオン。エリシアと呼んでくだされば、幸いです」
エリシア──僕を助けてくれた人の名前。それを聞いた時、なぜかとても心地よい気持ちになった。理由はわからないけど、それは、そんな名前だった。
それで、あなたの名前は?と、彼女はそう続ける。そして僕は答える。
「僕の、名前は──」
僕の、名前は。
名前?
僕の──名前?
「名前が──わからない」
その瞬間、僕は僕の存在を証明することができなくなった。