第五話 回想と復活
自分が今どうなっているのか、認識できない。
体が動かず、目を開けられない。
自分は死んだのか、どうもそのような気がするが、確認することもできない。
意識はあいまいだ。
夢を見ているような感じ。
自分は夢を見ているのか。
何の夢だろう?
ああ、そうか。
魔王の要塞に挑む前。
聖域で、少女たちの訓練を受けていた時代の夢か。
あの赤毛の少女の声が聞こえた気がした。
聖域の片隅、何もない草原。
アルアと木剣を使った戦闘訓練をしていたのだ。
今はユーゴはすっかりばててしまって、草の生い茂った地面に仰向けにその体を横たえている。
「本当、アルア達はどうなってるの……」
まだ整わない呼吸で、ユーゴはそう言った。
と言うのも、二人ともそこそこの重さのある防具を装備して模擬戦闘をしているのだが、アルア達、この聖域の少女たちはどれほど激しい運動をしようとも、息一つ切らさないのだ。
「えへへー」
アルアは今は地面にしゃがみ込んで楽しそうに、雑草の中に生える地味な花を摘んでる。
「実は、人間じゃないんじゃないの?」
失礼かもしれないと思いながら、ユーゴは前から思っていたことを聞いた。
「えへへー。そうかな?」
アルアは機嫌を悪くした様子もなく、笑う。
その笑顔を見ていると、ユーゴはそれ以上追及する気を無くした。
顔を空に向ける。
まぶしい太陽が雲から抜けて、まぶしい光を放つ。
ユーゴはその光の強さに顔をしかめた。
意識が遠のく。
ここは、聖域の地下にある模擬戦闘場。
戦闘場と言っても、一般に連想される闘技場のような場所ではなく、むしろ迷宮・要塞の内部を模したものだ。
たくさんの壁が通路や部屋を形作っている。
その薄暗い通路を、一歩一歩踏みしめながらユーゴは歩いていた。
緊張の面持ち。
と、ビィン、と細い金属線が音を立てた。
「あっ……」
思わず声を漏らすユーゴ。
低い位置に張り巡らされていた金属線を足でひっかけたのだ。
「はい終了、不合格、残念でした!」
通路の奥の方から声がする。
ため息をつくユーゴ。
「厳しい……」
思わず弱音が口を突いて出る。
「もう、ダメダメじゃない! 罠を踏んじゃったら、生きてられる方が珍しいぐらいの危険なんだからね!」
通路の奥からやってきた少女は鮮やかな茶色の髪の少女。
それほど長くない髪は無造作に頭の後ろで束ねられている。
少女の格好はいつものように機能的で身軽に動き回れる服装。
聖域の少女たちはみな何種類かの服を持っているようだったが、この少女、ジェージャがスカートを穿いているのをユーゴは見た覚えがなかった。
まあ、それはともかく。
「あんな見えづらいワイヤー、どうやって見つければいいんだ?」
「神経を集中するの!」
「集中してるつもりなんだけど」
「集中が足りない! 基礎は教えてあるんだから出来るはず!」
ユーゴはため息をつくしかない。
「よしんば見つけられなかったとしても! 鎧越しとはいえ、脚がワイヤーに触れた瞬間に分からなきゃ! 罠が動作するまでワイヤーを引いてしまうなんて修行不足!」
どこか嬉しそうに説教をするジェージャ。
なんだか、また意識が遠くなる。
場面は屋外の、投擲を練習する練習場。
「見ていなさい、ユーゴ。」
スレンダーな体系の、プラチナブロンドの髪の少女が言う。
そして、少女は短剣投げの技を披露する。
服のベルトから短剣を抜き、流れるような動作で10メートルは先にある的に命中させる。
しかも、ナイフはただ木製の的に刺さるだけではなく、突き破らんばかりの威力で的を揺るがせる。
さらに驚くことに、一呼吸よりも短いぐらいの時間で、もう一本の短剣を投げ、それはもう一つの的に命中しているのだ。
「や、やってみます」
短剣投げの訓練はこれが最初ではない。
ユーゴも少しは習熟してきているはずなのだが。
結果、一投目は的の中心にに命中したが、二投目に一瞬手間取ったあげく、その二投目はあらぬ方向に飛んで行ってしまった。
「……難しいですキルリさん」
「出来るだけ、流れるような動きを意識なさい。この訓練は離れたところにいる二体を、反応する隙を与えず倒す訓練。命中も大事ですが、まずは一投目と二投目の間隔を縮めるところから練習です」
「はい……」
暗い部屋。
髪も肌も真っ白のアルビノの少女が、小型の鍋で何かを煮ている。
「ユーゴさん、前にも言ったけど、わたしの技、つまり魔術をユーゴさんが使う事は不可能なのです、だけど」
少女、ミキミは机の引き出しから乾いた粉にしてある薬草のビンを取り出し、
その中身を匙で鍋に入れる。
ツンとくる匂いが徐々に部屋に満ちる。
「ユーゴさんが魔術を使う敵と戦う事はありうるし、その対処法も憶えないといけないのです。今、この部屋には魔力を感じやすくする空気が充満しています。魔術をつかえないユーゴさんでも、今なら魔術の気配を感じることは出来るかもしれないのです」
ユーゴは頷く。
「目を閉じてください、ユーゴさん、そして気配に集中してください、今まで感じた事のない気配に。今からわたしが魔術の気配を作りますので、感じたらどちらの方角か、答えてみてください」
そんな事を言われても、とユーゴは思っていた。
気配とやらがどちらの方角から来るのか、さっぱり分からなかった。
昼間の草原。
ユーゴは金髪の少女、キリーラと一緒に薬草の採取に来ていた。
「ありましたキリーラさん! これですよね!」
ユーゴは息を切らしてキリーラのもとに駆け寄り、採取した花を見せる。
「あらあら。違いますよ。探してほしい花は、もっと小ぶりで、花びらのふちに紫の斑点があるやつです」
「えー……違うんですか……」
「はい。でも、間違いやすいのは分かりますよ」
キリーラは微笑んだ。
少し風が吹いて、ストレートの金髪が揺れた。
きれいな人だな、とユーゴはいつも思う。
「じゃあもう少し探してきます……」
キリーラは少し首をかしげて、考えてから、
「今日は見つかりにくい日かも知れません、もう帰りましょう」
そう言った。
「いいんですか?」
「大丈夫です、念のために薬草の在庫を増やしておきたいというだけですから。その代り、明日はミキミちゃんが必要とする薬草を探しに行きますよ」
「はい!」
今日は薬草探しから解放されると知って、俺は元気よく返事をした。
キリーラはクスクスと笑った。
そんな夢を見た後、俺は、本当に目を覚ました。
自分は仰向けに寝ているようだ。
自分の周りに、あの少女達のうちの四人がいるようだった。
徐々に、目がはっきり見えるようになってくる。