第三話 帰還
ここから先は厳しくなる。
その予想は当たっていた。
あの武器庫から先、敵、トカゲ人間と出会う頻度が増したのだ。
しかも悪い事に、かなりの確率で奴らは二匹以上で行動している。
あれから二体のトカゲ人間を倒した。
いずれも一匹でいるところを襲ったのだ。
しかし、魔王に近づけたという感じはしない。
噂によれば、魔王は、トカゲ人間を魔術で無数に生み出せるという。
だからこうやって奴らの数を減らすことに、どれぐらいの意味があるのかは分からない。
もし噂が本当であって、代償もなしにトカゲ人間を無限に生み出せるのであれば、意味は限りなく薄いだろう。
さすがに魔王の力もそこまでではないと思いたいが……。
ともあれ、肉体的疲労に加えて精神的にも消耗してきたので、今回のところはそろそろ引き返そうと思った。
俺を訓練したあの少女たちに繰り返し言われたことだ。
引き返すのも万事順調にいくとは限らない、引き返す途中で敵と戦う可能性も十分ある。
消耗しきってからでは引き返すことすらままならないかもしれない、引き返すならタイミングが遅すぎないように気をつけろ、云々。
俺は来た道を戻りはじめた。
帰り道では二匹で行動しているトカゲ人間に遭遇したが、なんとか戦わずにやり過ごすことができた。
そもそも俺がどこから要塞に侵入しているかと言うと、要塞近くの天然の洞窟からだ。
一か所、その洞窟と要塞がつながっている場所があるのだ。
おそらく、魔王側はこの洞窟経由の侵入経路を、まだ把握していない。
俺が魔王を倒すという任務を遂行する上での、一つの生命線だった。
俺は要塞から洞窟に脱出し、さらに洞窟を抜けて地上に出た。
夕暮れの時間だった。
夕焼けの光を浴びて微妙に赤く染まる森の木々を見て、何とか今回も生還できたという思いがこみ上げる。
俺は、俺にたった一つだけ与えられた魔法を使った。
呪文を唱えたのちに、俺はひざまずき、神に祈る。
俺の体が光に包まれ、俺は小鳥に変化した。
意識が薄れる。
自分が小鳥になって空を飛んでいる感覚を味わいながら、完全に意識を失った。
いつものように、俺は聖域の礼拝堂の近くにある、祭壇の上で目が覚めた。
時刻は朝。
体は人間のものに戻っているし、装備も身に着けた状態だ。
「目が覚めた?」
長いストレートの金髪の少女が、俺に声をかけた。
聖域の五人の少女の一人、キリーラさんだ。
彼女の――彼女たちの――本当の年齢は分からないけど、キリーリさんは一番年上のように見える人だ。
俺に実の姉はいないけど、優しい姉がいたらこんな感じなのかなと思わせる人だ。
「おはようございます、キリーラさん」
体を起こす。
全身がだるい。少し体を動かすだけで関節がポキポキ鳴る。
鳥に変化していたあとは、いつもこうだ。
「体は大丈夫?」
キリーラさんが優しい目で問いかけてくる。
「大丈夫です。今回はそれほどやられないで済みました」
「でも、完全に無傷と言うわけにもいかなかったでしょう?」
キリーラさんのそばに、治療用の湿布などが用意されているのが見えた。
「そうですね、一度左足をしたたか殴られました。すね当ての上からだし、今は全然痛くないんですが」
「見せてごらんなさい」
そう言われて俺は素直にすね当てをはずし、ズボンをめくってみせた。
「あれ?」
間抜けな声を出してしまった。
思ったよりも大きな青あざが出来ている。
「本当に痛くないの、それ? とにかく治療しましょう、きっと他にも怪我してるでしょう、防具外して、ズボン脱いで」
「はーい」
俺は素直に従った。
怪我をして戻るたび、治療をしてくれるのは主にこの人だった。
この人になら裸を見られるのも別に恥ずかしくない。
下着姿になってみたら腕などにも多少の打ち身があった。
「治療しますからね」
キリーラさんは何種類かある湿布を俺の体に手際よく張っていく。
湿布の種類は使っている薬草によって違うらしく、傷の状態によって使い分けるのだという。
俺はしばらくされるがままに治療を受けていた。
「小さなダメージも出来るだけ蓄積させないようにね」
「はい」
素直に答える。
貴重な、心安らぐ時間だった。