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IA-8+a

I

アンセムの反応が、完全に消滅した。

倒れていたアキは、ペテロの欠片も残すことなく、アキの姿に戻っていた。

私はアキの身体を抱き抱え、マンションの屋上から飛び上がった。そして近くにある建造物を経由して、地面に下りる。

そして、最初に座っていたベンチにその身体を横たえた。

念のためそっとその体に触れていく。大丈夫、心臓の鼓動は確かに感じた。

生きているし、パッとみる限りでは外傷などもない。

……?

何故か、私の身体の方で、心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。

一体どういう事?

その答えは、自分の内部を通して伝わってくる思考にあった。


―――――――――――――――――――


A

イチカはー僕の身体はー、鳴海さんの身体を抱き上げて、地面までピョンピョン跳びおりていく。

その感触を同時に味わっているというのは、正直たまったものではない。

安全と分かっているとは言え、落ちたらただでは済まないであろう高さの空中を、軽々と飛んでいくのだ。

地に足の着かない感触が、周囲を通過する空気のそのひんやりとした感触が、

戦っているときは興奮のあまり気にする余裕はなかったが、戦いが終わった今となっては、そちらの方に回す気の余裕ができてしまう。

心臓の鼓動がばくばくといっている。

そして地面に下りた後、抱えていた鳴海さんの身体を下ろすと、イチカはー僕の身体は優しくその身体を触り始めた。

今は装甲を纏った状態なので、手にはグローブが着いている。しかしグローブ越しでも、鳴海さんの身体の感触はしっかりと伝わってきた。

女の子の身体を触る体験なんて全く無縁の僕には、十分すぎる刺激だった。

恥ずかしくてたまらないのに、その手は勝手に動いていく。

僕はただ、心臓の鼓動を早めることしかできなかった。


――――――――――――――――――


I

「アヤト!何考えてんの!」

思わず口にしてしまった。意識が共有されている状態では、アヤトの思考は私にも筒抜けだった。なんては、破廉恥なことを考えている!

「だ、だって仕方ないだろ……僕の身体なんだし」今私が言葉を発した口から、私が発したのと同じ声で返事が返ってくる。

これが全ての感覚を共有しているという状態だ。なんだかもう訳が分からない。

私は自分の内に意識を集中させ、装甲を解いた。

装甲とともに、アヤトとの意識共有状態も解除されたのが分かった。意識を内に向けても、自分以外の思考は感じられない。

制服姿に戻った私は、ベンチに身体を横たえるアキの横に座って、彼女が目を覚ますのを待った。

太陽はだいぶ高い位置まで上がっていた。そろそろ昼だ。身体の方も空腹を訴え始めている。

今頃学校はどうなっているんだろう。朝から突然姿を消した男子生徒に、昨夜から行方の分からない女子生徒。

一週間前の事件ほどではないが、それなりに騒ぎになっているだろう。

でも大丈夫。もうすぐその二人は学校へと戻る。

……全然大丈夫じゃないかな。その二人が学校でどんな扱いを受けるのか。体験したことは無いが知識はある。それ相応のお叱りがあるだろう。

そればかりは、私が行ってもどうすることも出来ない。アヤトが学校に戻って、そんな泣き目を見てもらうしかない。

さっきも、こちらから突然意識を断絶してしまった。本当にごめん、でもこれは変なことを考えた罰だと思ってね。

本当に、アヤトには謝っても謝りきれないし、感謝しても感謝しきれない。

私のために、メッセージをくれた。そのメッセージが私を突き動かしてくれた。

そして今また、私と繋がった。私と一緒に戦ってくれた。

その事を思うと、私の心から何かがわき上がる。それは暖かくて、心を気持ちのよいものにする。

変だ、心臓の鼓動が未だに激しい。アヤトの意識には引っ込んでいてもらったはずなのに。

高まり続ける胸の鼓動、これは私が、私の感情が起こしているものだというのか。

この感情は、何だ。

「んっ、うーん」

それを考え始める前に、すぐ隣から声が上がった。私はあわてて姿勢を正し、そちらに向き直る。

「大丈夫、アキ?」

「イチカ……ここは一体、私は、今までどうして」

アキは混乱の様子を隠さない。まぁ普通の人間なら当然の反応だ。

そんなアキを、私は笑顔で出迎えた。

おかえり、アキ。私の友達。


―――――――――――――――――


A

気が付いた時、僕は学校に戻っていた。

イチカに強制的に意識を絶たれてから、気が付けばこの場所、学校の階段の脇にある、めったに人が来ない場所だ。

そっと動き出し、近くにあった8組の時計を見てみると、もうすぐ12時と言ったところだった。

これから僕は教室に戻らなければならない。荷物も何もかも置きっ放しだからだ。

しかし今戻れば、どの先生か分からないが、何らかの追及を受けることは間違いない。どこへ行ってただの、何をしていただの。

……そういう面倒くさいことはイチカに投げたいという思いもあった。何といってもそれをやったのはイチカなんだから。

まぁ、イチカにその役目を押し付けても何の意味もないことは分かっていた。

だからせめて、昼休みになり、先生がいなくなり騒ぎを取り戻した教室にそうっと戻ろうと思った。

黒川さん辺りは何か追及してきそうだし、後で担任からのお叱りも受けそうだが、仕方ないと割り切ることにした。

僕はとりあえずトイレの個室に入って時間を潰すことにした。ここなら誰かが来ても見つかることは無い。

そして、これからのことをいろいろ考えてみた。イチカのこと、アンセムのこと、その戦いのこと……

いつの間にか、僕はそれに対して冷静な思考が出来るようになっていた。つくづく人間の適応力は恐ろしい。

そしてふと姉からのメッセージを思い出した。イチカとの意識を常に共有できるようにする「Bird Cage」のアップデートのことだ。

僕の意識が途絶えることに対する姉の気遣いは、確かに嬉しかった。

しかし僕は、それ以上にイチカに世界が出来ていることの方が大きかった。

イチカには、イチカの世界がある。イチカの友達が、イチカの見るものが。

僕の持っていないものを彼女が持っているのは少し悔しいという思いもあったが、それ以上に、出来ることなら、それを守ってあげたいという思いに駆られていた。

それは、空っぽの僕の心をも満たしてくれる「目的」だった。

だから僕は姉に向けてメッセージを打つことにした。前のメッセージには「Bird Cage」のメッセージ機能を使うように言われていたのだが、アップデートをしていない状態では使えなかったので、普通のメール機能を使って。


そして一週間ほど経った日。

この一週間は、特に何事もなく平和だった。イチカが装甲を纏って戦うようなこともなかった。

なお、イチカには数回身体を貸した。鳴海さんたちとそれなりに遊んでいるようだが、メッセージが


学校から帰ると、ドアの前に、小包が置かれていた。

伝票も特に貼り付けられていない。あるのは荷物に結び付けられた「Rei」のタグだけ。

うん、いつも通りだと思いながら家の中に入り、部屋にあがってその中身を開けた。

中にはまたビニール袋に詰められた衣服が数点。それなりにデザインの凝った、ファッションという感じの衣服だった。

そしてそれを取り出した底に、小さな記録用メモリが貼りつけられていた。僕の目的はこれだった。

僕はデバイスを取り出し、そのメモリを差し込んだ。すると数秒のロードの後、画面にメッセージが表示された。


~~~~

アヤトへ

「Bird Cage」のアップデートについて、お前の希望を出来る限り取り込んだプログラムを作った。

・意識の共有は、戦闘時のみ行われる

・特定のアドレスを通して、中のエゴにもメッセージを送れるようにする。ただしこのアドレスはあくまでお前のデバイスのアドレスであり、厳密なアンセム用のフィルタリングをかけることになるので、送れるものがかなり限定される。

今回盛り込んだ機能は以上だ。

これで満足なら、下のリンクからすぐにアップデートを行うように。

今後、メールによる連絡は慎み、「Bird Cage」のメッセージ機能を使うように


追記

今回も衣服を送る。適当に活用してくれ。


白石レイ

~~~~


……何となく、姉の憤りというか不機嫌が伝わってくるような、そんな投げやりな文章だと感じた。

文句を付けられたのが悔しかったのだろうか。まぁそんなことを考えても仕方ないので、とりあえずメッセージを上に送った。そして画面に姿を現したリンクをクリックした。

画面が文字だけの状態になる。僕には全く判読の付かない文字が現れては消える。

残り時間が表示されないため、この作業がどれくらいかかるのか分からない。僕は一度デバイスを放り出してベッドに寝ころんだ。

イチカは果たして、どんな反応をするだろうか。僕はそれが楽しみだった。喜んでくれると嬉しい。

心臓の鼓動が、少しだけ激しくなるのを感じた。何だこれは。どうしてドキドキするんだ。

そうだ、これはワクワクのせいだ。遠足の前日に胸が高鳴って眠れなくなるのと同じだ。僕は自分にそう言い聞かせた。

そうした自分の気持ちを誤魔化すために、僕は部屋を飛び出し、掃除に食事に洗濯に入浴と、生活に必要な行為を済ませることにした。

一時間ほどして戻ってきた時、デバイスの画面には通常通りの、いや少しだけレイアウトが変わった「Bird Cage」が表示されていた。

そして、イチカからのメッセージが複数並んでいた。

[アップデートを行ったのか!?]

[どうして?いったいどうして?]

[いや、アヤトを責めるつもりはないけど……]

[とにかく理由を聞かせて!納得いかない!]

姉にプログラムの注文を送ったことは、イチカには全く話していなかったのだ。

別に話しても何ら問題はなかったが、そこは相手を驚かせてやりたいという僕の悪戯心だ。

[大丈夫だよ]

[僕の中に入って来てみて]

それだけ入力すると、インストールアイコンが表示された。

僕はそっと、その上に指を触れた。


a

朝。

大きなあくびをしながら、学校への道を進む。

いつも通りの朝だった。一週間前に起きた異変は、自分の身に起きたことなのに、もうすっかり記憶の彼方に消え去っていた。

「おっはよー!」二つの声が後ろから聞こえた。それだけで誰か分かる。

「おはよう、サキ、シノ」二人は私の両側に並んで歩く。

「今日うちは数学の小テストだよー」「それって方程式のやつ?もう8組ではやったよ」「ホント!じゃあ問題教えてよ」「同じ問題を出すわけがないでしょ……」そんな他愛もない会話も、するだけで歩いている私の周りも明るくなっていくように思う。

タッタッタ……!

後ろの方から、勢いの付いた足取りでこちらに何かが近づいてくるのが分かった。

「アキ!」私が振り向いたのと、彼女が叫んだのはほぼ同時だった。

赤坂イチカ。どこのクラスにいるのかも分からない、私が見せるあらゆるものに興味を示してくれる、ちょっとおかしな子。でもこの前起きた変な事件の時、私の傍にいてくれて、いろいろ励ましてくれた子。

その子が、私の前で息を切らせて立っている。

イチカは、ポケットからデバイスを取り出し、私にずいと見せた。

「私のデバイス直った!だからこれからはいつでもメッセージやり取りできるよ!」

軽く息を切らしながらそういう彼女の顔には、満面の笑顔が浮かんでいた。今まではデバイスが壊れているといって、彼女は連絡先を教えてくれなかった。

私も笑顔で「おはよう」と返し、連絡先の交換をすることにした。もちろん、サキにシノも合わせて。

こうして、何も生み出さず無駄だけど、とっても楽しい、そんな時間を一緒に過ごせる仲間が、mた一人増えたのでした。

……ここまで読んでくださっている方が、果たしてどれだけいらっしゃるでしょうか。

一人でもいたら、こんなにうれしいことは無いです。


前書き後書きで散々愚痴ってきたように、TSFのキーワードを付けながら、全然TSF的な面白さを出せていないことが、ただただ申し訳なく思う一方です。

「男の体の中に女の人格入れればTSFっぽくなるだろ!」みたいなことを考えて書き始めたのですが、現実はなかなか厳しいものです。


とりあえず、二つの人格を使って書きたい、というか書かなくちゃと思ったことは、この話で一段落付けたつもりです。


次回からは、TSFのキーワードに相応しい描写を入れていくように努めますので、どうかご一読いただければ幸いです。


よろしくお願いいたします。

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