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私は、ワタシ。
ワタシの意思で行動し、私がやろうとおもったことをやっている。
あれ、ワタシって誰だっけ?
そうだ、一応ワタシには、ペテロっていう名前があるらしい。
ワタシの後ろには、アンセムっていう巨大な支えがある。ワタシがワタシでなかったときは、みんながみんなアンセムだった。
今ワタシはワタシ、アンセムからもらった名前はペテロというけど、それになりつつあるらしい。
……違う、私は鳴海アキだ!私の中にいる奴、これは私の身体だ!
自分自身に強く言い聞かせ、私の、鳴海アキとしての自我を保とうとする。
しかしそんな私の努力に関係なく、私の中で響く声は勝手に大きくなり、勝手に私を動かし、私の存在を乗っ取るのだ。
私の身体は、そんな風に私とワタシを交互に表に出しながら、夜の闇の中を進んでいた。
日は既に沈みきり、空には一面の濃い青、もしくは黒が広がっている。
しかし今進んでいる道は、街灯のおかげでそれなりに明るい。ワタシの姿も、通り過ぎる人もはっきり見える。
部活帰り、仕事帰りらしい人と何度もすれ違った。その人たちは、学生服に上履きのまま、覚束ない足取りでどこかへ進み続ける私を見て、何を思ったんだろう。
そうだ、この状態は今日の放課後から続いている。放課後、
いや、昨日の夜に得体の知れないメッセージを見たときから、それは始まっていたんだと思う。
何回か、完全に意識を私の意識が失われてしまったこともあった。
だって、そのときにはワタシが身体を動かしてたから。
最初の時は、シノやサキが周りの机や荷物を巻き込んで、吹っ飛ばされていた。あの二人には本当に申し訳ないことをしたと思う。
そんな必要ないじゃない。それはワタシが望んでいたことなんだから。あんな二人なんかいない方がいい、消してしまった方がいい、それがワタシに必要なこと。
違う!
この声は本当になんなんだ。私に対してワタシを主張し、私が望んでもいないことをささやいてくる。
そしてその声は、放課後にサヤとシノを迎えに行ったときに大きくなった。
それこそ、私の存在を飲み込まんとするばかりに。
私は必死に抵抗した。そして私の元にこようとする二人から必死に逃げ出した。そして学校から、生徒の列から、必死に逃げ出した。
そして誰もいなくなったところで声をかけられ、また私はワタシに完全に飲み込まれた。
最後に見た顔、今ならはっきりと思い出せる。あれは昨日私と一緒に遊んだ子、名前は赤坂イチカ。
意識が残っていたら、イチカに来ちゃダメと叫んでいただろう。
そして今、私は私の自我と意識を保ちつつ、ワタシの意思によって身体を動かされている。
イチカは果たして無事だったのだろうか。残るわずかな意識の中でそれを考えた。
一体これから私はどうなるんだ。自分の身体も思うように動かせないまま、自分の意識はしっかり残っていながら、身体は思うように動かない。
だってそうしないと、あの子ーイチカがやって来ちゃうもん。イチカはワタシたちアンセムの動きを察知できるみたいだしね。これからすることを邪魔されたらかなわない。
ワタシには行かなきゃいけないところがある。だってそれはアンセムの指示だから。
着いた場所は、学校からは数キロは離れたところにある、街外れの工場だった。
ここは確か2年か3年前に新しく立てられた、この須的市では珍しくもない、半導体の専用工場だ。
元はこの街に拠点を置く大手メーカーが古い工場を持っていたのが、景気悪化の影響で取り壊され廃屋になっていたのを、少し前に新しく工場を作ったらしい。友達の友達くらいに、その関係で転校した子がいるので、よく知っていた。
工場は既に閉鎖された後のようで、人気はない。奥の方に小さな明かりが灯っているのが確認できる。多分宿直の人だろう。
一体何をしようというのか、それに対して答えを与えられることも、答えを考え出すこともなく、私はその工場の外壁に沿って、左手を壁に突き出しながら、ぐるぐると歩き始めた。
ワタシが表に出るのは、出来るだけ短い方がいい。イチカちゃんは割と敏感にワタシの存在を探知してくるみたいだ。
だから、目的の場所までは私が動かなくてはならない。
そのまま一分くらい歩いていると、ある場所に着いたとき、壁の向こうからこちらに向かって何かを叩いたような、そんな感触が左手に走った。
今がワタシの出時だ。ワタシは一瞬で姿を変化させ、壁をひょいと乗り越えた。
壁の向こうに降りて、再びワタシは引っ込む。
操業の終わった工場だから、安全装置が各所に張り巡らされているだろう。ワタシは自分の中で繋がっているアンセムに通信を送る。アンセム経由で、必要な場所のセキュリティを解除してもらう。
そして私は、その場所へ向けて進んだ。進んでも進んでも、警戒音などは鳴らない。流石アンセムのハッキング能力だ。
その場所は、大きな工場の脇に建っている、マッチ箱のような建物がある場所だった。
再びワタシが表に出て、指先でそっと力を込めて、建物の壁を壊す。
そして戻った私は、とうとうその場所に足を踏み入れたのだった。