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IA-6

I

私しかいない、私だけの空間。私は考え、思考し、メッセージという形で意思を伝えることが出来る。

でも結局そこには、私しかいないのだ。外部からメッセージが入力されない限り、こうして考えている私以外は存在しない空間(正確には空間でもないのだが)だ。

そしてその私も、何がなんだかよく分からない存在だ。

どうして生まれたのか、なんのために、何をするために。

アンセムにプロメテウスを撃ち込んで、私というエゴを切り離したとき、

最初にあったのは、アンセムを憎く思う気持ちだった。私という存在を自らのシステムに組み込むことで、私の自由を、私という自我の存在が生まれた。

だから私は、「私」でいることを強く望んだ。人間の身体の中に入って、その身体を変化させ、現実世界で存在し、行動した。

それが「私」が持っていた意思だと、何も疑うことはなかった。

……本当にそうなのか。「私」は本当に「私」でいられてるのか。そうしたことを望み、行動したのは「私」の意志なのか。

そもそも「私」が存在するという前提が間違っているのではないか?

私は、一体何なんだ。


耐えることのない意識の中で、ひたすらそれを考え続けた。

でも、答えは出ない。いくら考えようと、この考える私自体が何者なのか、

どのくらいの時間が経過したのだろう。

デジタルの世界なんだから、時間なんて知ろうと思えばいくらでも、万分の一秒の単位まで知ることが出来る。しかし人間の身体になった際は、感覚で時間を知る必要があった。あの習慣が私に残ってしまっているのだろうか。

そんな事を考えながら、そのメッセージを受信した。

アヤトの方からメッセージを送ってくるのは、もしかしたら初めてかもしれない。

私はその文面を瞬時に記録し、認識した。

…………

人間だったら、吹き出していたかもしれない。文章を読んだ私は、そんな不思議な感覚におそわれた。

なんなんだこの文章は。アヤトが真面目にこのメッセージを入力したのだと思うと、笑い出してしまいそうだった。

むろん、それは嘲りの笑いでも、バカにする意味での笑いでもない。

普段は私に対する質問に対する答えしか返さないアヤトが、私に対して、一生懸命に言葉をぶつけてきている。

その事に対するギャップがおかしいのだ。アヤトを愛おしいと思ってしまうような、そんな感情だ。人間ならばこうした感情も、身体への表出によって発散できるのだろうが、今の私にはそれがない。

……でも、こんな感情が生まれてくるのも、結局はプロメテウスの力なんだろうか。アンセムに対する反発から、個人的な、人間的な感情を持とうとしてしまうのだろうか。

あぁダメだ、折角気持ちがいい方向に傾いてきたのに、

自分について考えることへの志向を止めた。

その代わりに、アヤトの言葉に返事を返すための思考を私は始めた。

私は、自分の中にある疑問を、悩みを、素直に言葉にしてみることにした。

私は一体何なのか。何をして、何をするべき存在なのか。そしてこれからの戦いのためにアップデートを行うべきか。

一つ一つ、自分自身に言葉を選びながら文章を作り上げていった。

現象的にはプログラムの乱れとでもいうのか、そんなもやもやは作業を進めている内に、いつの間にか私の中から消え失せていた。

そして、全てを出し切って、アヤトの答えを待った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


A

夕食だけでなく、入浴まで済ませてしまった。

二時間弱は経ったくらいのところで、僕は部屋に戻った。

そして、置きっぱなしになっていたデバイスにおそるおそる手を伸ばした。ふれたら爆発する、そんな爆弾に触れるかのようの手つきで。

ええいままよと勢いに乗せ、僕はデバイスの画面をのぞき込んだ。

[ありがとう]

一番上に表示されていたメッセージはそれだった。

僕の中の緊張が一気にほぐれ、その代わりにむず痒さと熱さが折り混ざったようなようなものが全身の中を満たしていった。

デバイスを持ったまま、僕はベッドに寝転がった。そして身体に溜まったものを発散させるかのように身体を激しく動かした。

数分そうしている内に、気持ちの方も収まってきた。ようやくメッセージを読める体勢になった。

僕はデバイスを手にし、そこから

[悩んでいるんだ]

[私って、一体なんなのか。どういう存在なのか]

[ただのプログラムなのか、データなのか]

[アンセムから切り離されたということだけは、事実としてはっきり認識している]

[でもそれだけだ]

[そこから先も前も、何も分からない]

[私は自分の内なる意思が命じるままに動いた]

[あなたの元に来たのも]

[あなたの身体を借りて、人間として世界に現出したのも]

[プロメテウスの力を引き出して、アンセムの尖兵と戦ったのも]

[あなたにわがままを言って、人間の生活を楽しんだのも]

[でもそれらは本当に、「私」の意思だったんだろうか]

[私は一体、何なのだろう]

イチカの言葉選びは非常に流ちょうだった。呼んでいくうちに、僕も彼女の悩みに強く共感するようになった。

いや、共感できるのは、それだけが理由じゃない。

今日の戦いの中で、一度だけ僕の意識が目覚めたことがあった。

その時に伝わってきた、イチカの苦しさ、悩み、悲しみ。

それは僕の中にも覚えがあるものだった。

そうだ。僕も同じ経験をしたんだ。

僕はイチカへの返信を考え始めた。イチカも精一杯言葉を選んで、自分のことを伝えてくれたんだ。僕もそれに応えたい。

……しかし、なかなか言葉が出てこなかった。

直接入力はあきらめて、テキストファイルを別に開き、そこに入力する。しかし、なかなか書き上がらない。伝えたいことは確かにあるのだが、どう言っていいものか、なかなか踏ん切りがつかないのだ。

考えている内に、僕の身体を疲れが襲い始めた。そしてそれは僕の意識と身体を乖離させ、眠りの世界へと導いていく。

寝たらダメだ、イチカへの返信を書き終えるまでは。

そう抵抗すればするほど、僕の意識は薄れていくのだった。

そして、フェードアウト。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


I

私の言葉は、アヤトに届いたのだろうか。

こちらが送ったメッセージが開封されたかどうかは、私の方でも確かめることが出来る。

アヤトに送ったメッセージの全ては、開かれたことがこちらでも確認できた。

でも、未だに返事はこない。

メッセージに内容を込めすぎたのだろうか。その内容の濃さ故に、アヤトもどう返事を出していいか迷っているのだろうか。そしてその内に寝てしまった、それならそれでいいのだが。

私の中には不安の感情もあった。もしそんなことで悩む私の存在を否定されたら、このメッセージが「Bird Cage」の彼のアップデートを決意させてしまったら。

いや、私の心配の根本的な原因はそれではなく、やはりアヤトが自分のことを理解してくれるかどうかだ。

これも、プロメテウスの力が起こすものなんだろうか。アンチアンセムのプログラムは、自分のことを心配するように作られているのだろうか。

自分の存在が確かなことを心配してきたのが今までの私だから、その説も正しいのかもしれない。


その夜、一度か二度、アンセムの気配を感じた。

昼間戦った奴と、同じ反応だった。あのペテロとか名乗る、アキの身体を乗っ取ったエゴだ。

時間は深夜の0時12分と28分の二回。どちらも十秒程度で存在は現れて消えた。

念のためインストールアイコンを表示させたが、私が呼び出されることはなかった。普通の人間ならばもう寝ている時間だ。それでなくとも昼の戦いでアヤトの身体には負担をかけすぎた。休んでいてもらいたい。

……私は、アヤトのことを心配している。

これもまた、アンセムとの戦いには必要なことだから、そんなことを考える必要に駆られての思考なんだろうか。

考えれば考えるほど、訳が分からなくなる。しかし、メッセージを送る前よりも、心は少し穏やかなものになっていた。

私は大人しく待った。アヤトからの返事も、アンセムの出現も


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


A

起きた瞬間、実に変な状態で寝ていたことに気がついた。

部屋の電気も机の電気も点けっぱなし、僕の身体はベッドの上にあったが、枕の上に足を乗せ掛け布団の上に乗るという、実に奇妙な姿勢だった。

窓からは既に朝の光が差し込んでいて、既に電気は全く役に立っていない。真っ先にやったのはそれらの電気を消すことだった。

それからベッドの上に転がっていたデバイスを拾い上げて、時間を確認する。6時55分、いつも通りの起床時間だった。

普段なら、こういう変な体勢で寝てしまったときは、大抵深夜のどこかで目を覚ましてしまうものだが。よほど疲れていたんだろう。

そして、僕が何の途中で寝落ちしてしまったのかを思い出す。そうだ、イチカへの返信メッセージを考えていたんだ。

デバイスにイチカのメッセージはない。その代わりに、インストールアイコンが二回ほど表示された後がある。アイコンは今でもメッセージライン上に残っていた。

何かあったのだろうか。でもそれならイチカからのメッセージも残っているはず。僕は特に気にしないことにして、支度に取りかかった。

朝食をとりながら、再びイチカへのメッセージを考える。

テキストデータとして残っていたのは、僕が思いつくままに言葉や表現を書き連ねただけの、言葉の塊だった。時間をおいて、頭を切り替えた上で見直すと、その支離滅裂さや日本語の間違いが目に付き、とても恥ずかしく感じる。

そんな間違い箇所をなおしている内に、あっという間に出発の時間が来てしまった。

書けば書くほど、迷いの気持ちが生まれてきた。そしてそれは学校に行く間にどんどん大きくなっていくのだった。

さらにその感情の反対側には、早く送らないとイチカを心配させるだろうからさっさと送れ、という別の意志も作用する。

そんな感情たちに板挟みになって、僕はどうしたらいいのか分からないまま学校に着いたのだった。

教室に入ると、いつも通り黒川さんが挨拶をくれる。

「おはよう、白石くん」

その語調は、何かいつもと違うようだった。どことなく明るさに欠けているような、どこか別の方向を見ながら(もちろん実際には僕の顔を見て言ってくれたのだが)

そのまま無視してもよかった、でも僕はつい声をかけてしまった。

「黒川さん……どうかした」完全に気まぐれと勢いでやった行為だった。こういう行為のあとは、一瞬だけど凄まじい後悔の念に襲われる。

「あ、実はね……」幸い黒川さんが応えてくれたことで、後悔はさっと消え去った。「5組の鳴海さんが、昨夜から家に帰ってなくて、行方不明らしいんだ」

その名字には心当たりがあった。イチカの名前を出したときに黒川さんが話してくれた、イチカが知り合いになったという人の名前だ。

「鳴海さんと仲良しの広瀬さんや美杉さんに聞いたんだけど、二人ともすごくショック受けてて……」

その原因は僕にも分かっていた。イチカから、その子がアンセムの影響を受けて代わってしまったという事は聞かされていた。

「何か心当たりがあったら、教えてね」黒川さんはそれだけ言って、ふらりと離れていった。

僕は机に座ると、デバイスを取り出し、保存しておいたテキストデータを開いた。

もう内容の整合性や言葉選びなどどうでもいい。とにかく言葉をぶつけて、そしてそのままの勢いでコピーアンドペーストして「Bird Cage」の

そして、黒川さんに「体調悪いんでちょっと抜けます」一声かけ、教室を飛び出した。

勢いと熱が僕を突き動かしていた。するべきことが見つかったから、目指すべき場所が見つかったから、あとはそこに向かって進むだけだ。

僕は、少なくとも記憶にある限りの僕は、そうして進んできたんだ。

朝礼前なので、まだ廊下には生徒の姿がちらほら見受けられる。それらをくぐり抜けて、誰もいない場所を探した。

そして、メッセージに残されていたインストールボタンに指を走らせた。

イチカがやってくる。

後は、君の番だ。



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