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IA-5

TSFタグによってここに来た方。

この話にはあまりTSF的な面白さはありませんので、どうかご容赦ください……

I

ペテロは既に、長刀のリーチの範囲まで近づいてきていた。

早く立ち上がらなくては。拳にプロメテウスの力を溜め、アンセムの力が込められた刃から身を守らなくては。

しかし、震える身体は全く思うように働かない。自分の内に意識を集中するいつもの行為が全くできない。

長刀を振り上げたペテロは、先ほどまでと同じような笑顔を私に向けた。

「じゃあね、イチカちゃん。これで苦しみや悩みともバイバイだよ」

あぁ、私はここで終わるのか。せっかくアンセムから離れる事が出来たのに。独立した自我意識を得て、人間の身体を得て、人間としての生活を送ることが出来たのに。

いや、そうした行為に対する憧れも、所詮アンチ・アンセム的存在であるプロメテウスによって生み出された幻想だったのかもしれない。

ならば、これは夢の終わりのようなものか。私は相も変わらずアンセムの一部であったのが、妙なエネルギーを撃ち込まれたせいで悪い夢を見ていたんだ。


目を閉じて、暗闇の中でそれを待った。

しかし、私の意識は途切れない。今もこうして思考を続けている。

私はそうっと目を開けた。

ペテロは長刀を振り上げたまま、電源の落ちた機械のように動きを止めていた。

さっきまで笑顔を向けていたその顔は、頭上の虚空に向けられていた。

会話の時もこんな反応は見えた。おそらくアンセム本体と通信を行っているときの状態だろう。

数秒その姿勢を保った後、ペテロは長刀をゆっくりと下に降ろした。

彼女の顔には笑顔に代わり、残念で仕方がないと言った表情が浮かんでいた。

「……アンセムは、イチカを抹消するよりも優先すべき目的があります」

声の調子も、アキ本来の声に近かったさっきまでのものとは打って変わって、冷酷で落ち着いたものへと変わっていた。

「目的を、遂行します」それだけ言って、ペテロは屋上を駆け抜け、隣の建物の屋根へ向かって跳躍した。そして、その姿は見えなくなった。

助かった、のか。

その事実を認識したとたん、私の全身から、一気に力が抜け落ちるのが分かった。もうその場に立っていられず、腰を打ち付けんばかりの勢いで屋上の地面に座り込んだ。

全身から戦いへの意志が抜けていく。すると全身を包むアーマーも粒子状になり、形状変化が始まる。

このまま元に戻りたい。アヤトの身体を変化させた女子高生の姿ではなく、鳥籠の中のデータの塊に。

そこでふと、今自分が屋上にいることを思い出した。ペテロを誘導してここにきたのはいいものの、これでは帰ることが出来なくなってしまう。

私はもう一度だけ全身に力を入れると、軽く跳躍して屋上を離れ、緑の多く茂っている近くの地面へと降りたった。

そしてそのままデバイスを取り出し、「Bird Cage」を起動した。

今はもう、この世界にいられる気分ではなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


A

家に戻る頃には18時を過ぎていたが、外はまだまだ明るい。もう夏至はあと一ヶ月というところまで迫っているのだから当たり前か。

家の中もそれほど暗いわけではなかった。僕はそのまま部屋へと上がっていった。買い物は昨日イチカにしてもらったばかりだから、特に足りないものもないはずだ。

そのイチカは、未だに沈黙を続けていた。

流石に部屋は暗くなっていたので、電気をつけ、デバイスを充電用クレードルにおいた。そのまま画面に指を触れ「Bird Cage」を操作したが、何のメッセージも表示されていない。

今日の午後に、一体なにがあったのだろうか。


昼休み、一人の女の子の名前を出した途端に黙り込んでしまったイチカ。

それからも特にメッセージは送られてくることはなく、そのまま放課後を迎えた。

荷物を片づけようとしたそのときだった、デバイスが後ろポケットの中で振動したのは。

僕はさっとデバイスを取り出して内容を確認した。

[昼と同じ反応だ!]

[今度は間違いない、この学校の中にいる]

[私がいく]

そしてインストールアイコンが出現した。どうするればいいのか、一瞬だけ迷った後、僕は鞄をおいてそのまま廊下へと飛び出した。

放課後でも人の廊下の隅の方に隠れ、アイコンに指を押しつけた。

そして、僕の意識は途絶える。


気づいたとき、僕は同じ場所にはいなかった。

木々の揺れる音、風が通り抜ける音、遠くにかすかに聞こえる車の音。

そこは学校ではなく、町の中だった。周りに並んでいるのは住宅ばかりだった。

町の中とはいえ、突然こんな場所に放り出されれば誰だって戸惑う。僕もとりあえず歩いてみるしか出来なかった。

が、すぐに見覚えのある通りに出ることが出来た。車線は一つ分だが車がそれなりに行き交い、人通りもある。空は既に赤くなり始めていたが、僕と同じ制服の学生が数人並んで歩いているのも目に入った。

何とか学校には戻れそうだ。そう安心したとき、自分の足下の違和感に気づいた。上履きのままだったのだ(ちなみにこの上履きも形状変化服の一つで、イチカの)。別にそれが誰かに気づかれたというわけでもないが、それを見られないように必死で学校への道を進んだのだった。


教室に入った僕を出迎えてくれたのは、黒川さんだった。

「あ、白石くんだ。どうしたの?」

黒川さんは

「ちょっと、忘れ物しちゃって……」

「それって、これのこと?」黒川さんが足下から何かを持ち上げた。それは僕の通学鞄だった。

「あ、そうそうそれ……ありがとう」近づいてきた黒川さんからその荷物を受け取った。

「もう、鞄丸ごとなんて、それはもう忘れ物とは言わないよ!放課後になったらいきなり教室飛び出して、それっきり。一体なにしてたの?」

「あー、いや、ちょっとね」夕日を隠す位置にある黒川さんの顔が、じっとこちらを見ている。

「もしかして、変なところに行ったんじゃ……まさか誰かとの喧嘩?あ、もしかしていじめ?校舎裏に呼び出されたり……」

「ち、違うよ!全然そんなんじゃない、ホント、大したことじゃないから・・・」

「ほんとーに?」彼女はしばし疑惑の目を向けていたが、やがて笑顔に戻った。

「白石君を信じるよ!さぁ、これで心残りも無くなったし、安心して帰れるね。よかったら一緒に帰ろう」

黒川さんは自分の机の上に置いてあった荷物を抱え、出口へと向かった。

ん?心残り?まさか僕の荷物のためだけにわざわざ残っていたんじゃあるまいな。

「黒川さんの方は……今まで何してたの?」思い切って尋ねてみた。

夕日に照らし出される彼女の笑顔が、ちょっといたずらっぽいものに変わった。「ひみつ、です!」


黒川さんと並んで道を歩く。

最初の一分くらいはお互いに何を喋ったらいいのか分からず、沈黙が続いた。

しかし黒川さんの方が、そんな居心地の悪さを拭ってくれた。彼女は楽しげに、クラスや生徒、教師といった学校の話をしてくれた。僕は適当に相づちを打ったりちょっと笑ったりするだけだったが、黒川さんはイヤな顔一つせずに話を続けてくれた。僕の気分も盛り上がっていった。

が、そんな時に彼女はその話題に触れた。

「あ、そういえば白石くん、赤坂さんって知ってる?赤坂、イチカさん」

僕の思考が止まった。ついでに歩みも止まっていた。どうしてここでイチカの話題が。いや、まだ同姓同名の可能性もある。というかイチカには苗字なんてないはずだが

「え、えぇと、知ってるような知らないような……どんな子?」

「うーんとね……」やや赤みがかった髪を首のあたりまで伸ばして、ぱっちりした目が釣りあがっている、彼女が事細かに語るその特徴は、一週間前に鏡の中で見た、イチカの肉体データのみが入った時、僕が鏡の中に見た、イチカの身体の特徴と一致してた。

「それで、そのイチカさんがどうしたの?」

「この前初めて会ったんだけど、5組に最近入ってた子って言ってたかな。でも今日5組を覗いたんだけど、その子はいなかったんだ。誰かに聞けばよかったのかもしれないけど、そんな余裕まではなくて」

「そ、そうなんだ……」

イチカが知り合いを作っていたとは。自分の存在を、学校内のほかの人間に知らせていたとは。意外だった。イチカは自分の存在を隠すと思っていたのに。

もちろん、そんな生徒はこの学校にはいませんなど、本当のことなど言えるわけもない。

「もしどこかで見かけたら、チアキが探してたって伝えてね!あと、 組の鳴海さんと、7組の美杉さんと広瀬さんも!」

後半に聞こえたのは、僕の知らない名前だった。

イチカは既に、僕の手の及ばない、彼女だけの世界を作り上げていたのだ。そう考えると、何とも複雑な気分だった。

……正直に言おう、少し妬ましいというか、羨ましいと思ったのだ。

僕の身体を使っているのに、僕の知らない場所で、僕の知らない人と交流する。もちろん僕がそれをしたいというわけじゃないが、


そして夜、自分の部屋のベッドの上

真上にある電灯に向けて、意味もなくデバイスをかざした。逆光に反応してディスプレイが明るくなる。

そこには何のメッセージもない。この無言がイチカの今の心境なのだろうか。

僕の中でももやもやが収まらなかった。何故もやもやしているのか、理由は察しているけど、認めたくはなかった。イチカのことを心配しているなど。

でも僕は、その行動に移ることを我慢できなかった。デバイスを頭の下におろして、指を画面の上に走らせた。

「イチカ、一体どうしたの?」

「何かあったの?」

「僕でよければ、話を聞くよ」

「黒川さんがすごい心配していた」

「あと鳴海さんって人と、ミスギさんと、あと……」

「とにかく、色々イチカのことを聞かれた」

「黙ってちゃ、何も分からないよ」

そこまで一気に打ち終わると、僕はデバイスをベッドの上に放り出して、部屋から逃げるように飛び出た。

心がむずむずした。顔が火を吹きそうなくらいに熱かった。考えてみれば、自分の思いを込めたメッセージを他人(厳密には人ではないが)に送るのは初めてだった。こんなに恥ずかしくてむず痒いものだったのか。

あのメッセージは間違いなくイチカの目に触れるだろう。それを見たイチカは何を思って、どんな反応をするのだろうか。怒るのか、悲しむのか、笑うのか。

いずれにしても、すぐにその反応を見ようとは思わなかった。あんなに言葉を一生懸命に入力した自分を思うと、全身が脈動しそうになる。

ちょうどお腹がすいていたので、晩御飯でも食べようと思って、僕は階段をどたどたと降りていった。



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