条件
赤い光の原因は、エルヘンが着ている上着の胸ポケットに入っていた、赤い色の宝石であった。
エルヘンは、上着から宝石を取り出した。すると、再び驚いたような表情になった。
本部から渡された時には、ただ、赤い色をしただけの宝石だったのだが、光っている。
しかも、手渡された時にはなかった金色の字が、宝石の中に浮かんでいた。
「Der Freischütz……」
エルヘンが、その文字を口にした。
「デア……フライシュッツ?」
ミチルには、さっぱりわからなかった、その言葉。
エルヘンは、ミチルに、その言葉の意味を教えた。
「ドイツ語で、『魔弾の射手』という意味です」
説明が終わると、エルヘンは「すみませんが、電話をさせてください」と、ミチルに断りを入れて、ズボンのポケットから電話を取り出した。
エルヘンは、スマートフォンの画面を指でなぞり、電話をかけようとしている。
ミチルは、そんなエルヘンの様子を見ている──。
冷静に考えれば、二人がこんなことをする必要などない。
ミチルとエルヘンは初対面で、ほんの少し会話をしただけ。
エルヘンが電話をするのに、わざわざミチルを待たせる必要も、わざわざミチルが待つ必要もない。
電話をする用事があることを伝えて、会話を切り上げ、「では」などと言って別れたって、どこも不自然ではない。その程度の接点しかないのだ。
ただ、エルヘンもミチルも、お互いに、もう少し一緒にいたいという思いがあった。
エルヘンは仕事のためで、ミチルは好感を持ったため。
理由は全く違う。ただ互いに、この相手ともう少し一緒にいたいと感じる、何かがあった。
エルヘンが電話した相手は、ドイツ本部の上役だった。
「赤い宝石が光っていて、しかも『魔弾の射手』の文字が浮かんできました」
エルヘンから状況を聞いた上役は、興奮ぎみに指示を出した。
「キーワードが出たようだな。よくやった。今、誰かと一緒にいるはずだろう。その、一緒にいる人間を、本部に連れてこい」
「なぜ、何のために連れていくのですか?」
「理由は、本部に着いた後、説明する。とにかく連れてこい」
上役は、自分が言いたい指示だけを言うと、その直後、勝手に電話を切ってしまった。
(本当に勝手だ)
初対面の人間から、ドイツに来てほしいなどと言われたら、困るに決まっている。
エルヘンはため息をついた。
ただ、本部の命令を無視するわけにもいかないと、エルヘンは感じた。
赤い宝石の変化と、今、自分が一緒にいる少女には、きっと何か関係がある。
(だから上役は、少女を本部に連れてこいと言ったのだろう)
そう思ったエルヘンは、ミチルに、頼んでみることにした。
「失礼ですが、あなたのお名前を教えていただいても、よろしいでしょうか」
「海堂ミチルといいます」
「海堂さん、無理を承知の上で、お願いがあるのです。私と一緒に、ドイツまでついてきていただくことはできないでしょうか」
エルヘンは、【射手】の仕事内容や、今回の任務が特殊であること、そして、本部とのやりとりなどを、細かくミチルに説明した。
(しかし、そんなことを急に頼まれて、承諾してくれる人間などいるわけがない)
エルヘンはそう思った。だがしかし、ミチルは「いいですよ」と、笑顔で返事をしてきた。
その上、エルヘンの想像を超える発言をしてきた。
「けど、ドイツまで一緒に行く代わりに、私と1日デートしてください」
「え?」