少女
楽しかった──。
仲良しの友人と、新宿で遊んだ土曜日。
高校二年生の海堂ミチルは、この日を振り返り、そう思ったが……。
「早く帰らなきゃ」
ミチルは、ぼそっと呟いた。時間は午後8時を過ぎており、すっかり夜である。
帰りの電車に乗るため、駅を目指し、ミチルは一人で歩いていた。
友人たちはみな、ミチルとは違う駅から電車に乗るため、ミチルは、一人きりになっていたのである。
帰る途中、昼間に友人たちと見た建物が、目に入ってきた。
友人たちと一緒に、「ここ、写真で見たことある!」などと会話をしながら、その建物の近くを歩いたのだ。
友人と一緒に眺めた時とは、心境が全く違う。
さみしいというのか、何というのか……。
そんな気持ちになりながら、ミチルは歩いた。
(早く家に帰ろう)
そう思い、駅に向かうミチルであったが、突然、その足を止めた。
友人たちと見たときにはなかったものが、視界に入ってきたのだ。
金色の光──。昼間はそんな光など見えなかった。
昼間だったから見えなかった、などというレベルではない明るい光。
何の光なのか、気になったミチルは、その光のもとを、探してみた。
そして、都政の中心を担う、ある建物から数十メートル離れた、とある場所へとたどり着いた。
そこには金色の砂が入った、巨大な砂時計があった。
「きれい……」
ミチルは、思わず呟いた。
すると、「え?」という男性の声がした。
銃を持った、背の高い男が、ミチルを見ている。
(銃……?)
ミチルは怖くなった。恐怖で足がすくみ、からだが小さく震えた。
男性は、ミチルの怯えた様子を見て、怖がらせていることと、その原因を察してくれたらしく、右手に持っていた銃を、ホルスターにしまった。
見たところ、日本人ではなさそうな、その男性。歳はミチルより十歳ほど上に見えた。
男性は、ミチルに声をかけてきた。
「怖がらせてしまって申し訳ありません。私の名前はエルヘン・クリムといいます。少し、変な質問をさせてもらいますが、答えていただけないでしょうか」
「はい……いいですけど」
「今、あなたの目には、私の銃や、【金の砂時計】が、見えているのでしょうか」
「はい……見えています。大きな砂時計と、銃が」
「では、あなたは、もしかして、【射手】の研修を受けた方なのでしょうか」
「違います」
(研修って何のこと? わけがわからない。それに……)
困惑しつつ、ミチルは率直な疑問をエルヘンに伝えた。
「【射手】って本当にいるんですか」
「はい、実在します。現に、私は【射手】です」
実をいうと、【射手】という職業について、世間の認知度は低いのが現状なのであった。
都市伝説的に語られることはあっても、実在すると思っている者は少ない。
【射手】自身が、自分たちの存在をひた隠しにしているわけではない。
ただ、【金の砂時計】や任務に使う銃などは、【射手】の仕事をするための研修を受けた人間にしか見えないのだ。
そのため【射手】は、世間にあまり知られていない存在になっている。
「驚きました。本当にいたんですね」
ミチルが正直な感想を述べると、エルヘンも正直な感想を伝えてきた。
「私も、驚きました。研修を受けていないのに、【金の砂時計】が見えるなんて。そんな人がいるという話は、今まで聞いたことがなかったですし……」
エルヘンは、本当に驚いたような顔をしている。
ミチルは、そんなエルヘンを少しの間、ただ見つめていた。しかし、エルヘンが着ている服の、上着の中から、赤い光がうっすらと漏れているのに気づき、彼にそのことを伝えた。
「あの……何か光ってますが……」
「え?……本当だ。ありがとうございます。教えてくださって」
「いいえ」
礼を述べるエルヘンに対し、ミチルは笑顔で言葉を返した。
エルヘンとは出会ったばかりだか、礼儀正しいエルヘンに対し、ミチルは、好感を持ちはじめていたのであった。