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四月の魔弾  作者: うさぎ原よんたす
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予感

 自信を持っていると、本心から言い切れる人間は、この世に何人いるのだろうか──。


 XXXX年4月17日の夜。エルヘン・クリムは、日本の首都である東京にいた。観光目的ではない。任務のためである。

 ドイツ出身の彼にとって、今回は初めて経験する、日本での任務であった。

 地図で見た限りでの日本の印象は、小さな島国。エルヘンは、日本に対して、のどかなイメージを抱いていた。

 だが、実際に見た、日本の首都、東京の新宿歌舞伎町周辺は、予想と全く違い、のどかなイメージとは、かけ離れていた。

 とてつもなく高い人口密度で、かつ、騒がしい。日本に着いてから、まだ17日しか経っていないエルヘンだったが、その騒がさしさに、疲れきっていた。

「早く任務を終わらせて、ドイツに帰りたい」

 エルヘンという男は、決して外出嫌いな訳ではない。スイスでの任務があった際には、わざわざ事前に休暇を申請し、任務後に1週間、個人的な旅を満喫してから帰ったことだってある。

 日本を好きになる見込みはなさそうだと感じつつ、仕事で来ているのだから、やりきらなければと、エルヘンは目的地へ歩いていった。


 彼の目的──。それは、東京のとある建物の近くにあるとされている、【(きん)砂時計(すなどけい)】を見つけて、その【金の砂時計】を反転させる、ということであった。

 【金の砂時計】とは何なのかというと、歪みを調整してくれる装置と呼ぶのが、最も的確だ。

 三次元の世界まででは説明できない四次元の世界で生じている、ありとあらゆる歪みに対応し、その歪みを調整してくれるのだ。

 ただ、砂時計の形をした巨大な機械であり、中にある砂が落ちている最中にのみ、力を発揮するため、上にあった砂が、全て下に落ちきってしまうと、効力を失ってしまう。これが欠点である。

 そのため、定期的にひっくり返してあげないといけない。

 もし、効力がなくなった状態で放置すると、大変なことになってしまう。

 例えば、人類が生まれていないはずの時代に飛ばされてしまったり、存在するはずのない場所へ迷いこんでしまったり、いわゆるパラレルワールドを行き来してしまったり……。

 楽しそうだが、とんでもない状態になってしまうのだ。

 そのような事態を防ぐために、この【金の砂時計】をひっくり返すという仕事がある。

 その仕事をする者は、【射手(しゃしゅ)】という職業名で呼ばれており、エルヘンは、この【射手】なのであった。また、エルヘンは、同業者の中で、比較的優秀と評されていた。

 だが、そんなエルヘンにとって、今回の任務が簡単なのかというと、そうではない。決して、楽観視などしていなかった。

 いつも油断をしないように、気を引き締めているというのもあるが、今回は少し特殊なのである。

 何が特殊なのかというと、東京という場所が、特殊なのだ。


 【金の砂時計】は、世界中の様々な場所に点在している。そして、基本的には、どんな場所で任務を行うとしても、使う道具や手順は同じ。場所によって、やり方を変える必要はない。

 だがしかし、東京だけは違う──。そのため、東京については、昔から難しいと言われていた。

 エルヘンは、優秀ではあるものの、仕事にやる気を出す性格ではなく、厄介な仕事を、自ら進んでやるタイプではなかった。

 ただ、やると決めた仕事は、きちんとやるという性格であったため、周囲から、厄介な仕事を、やってくれと頼まれることは、頻繁にあった。

 なかなかに、自らを面倒な状況へと追い込みやすい、この性格。それが災いし、今回も、東京での仕事を、やることになってしまった。


 周囲の人間とは、勝手なもので、きちんとできているときには、もっと難しい仕事でも、多少厄介な仕事でも、きっと上手くやってくれるだろうと考えて、安易に任せてくる。

 しかし、失敗するとあっさり切り捨て、同じ仕事を二度と任せなくなる。

 そして、そのような扱いが、どれだけ人の心を傷つけるのか、考えもしない。本当に勝手きわまりないものである。

 エルヘンは、そんなことを考えながら、すたすたと歩いていった。


 歌舞伎町から離れ、公園通りの方へと歩いて向かう──。

 心の中で、ある程度の愚痴を吐き終えた頃には、目的地にたどり着いていた。

 そして、東京都の中で、都政の中心ともいえるような建物から、数十メートルほどの場所へ──。そこに、東京の【金の砂時計】は存在していた。

 エルヘンは、とりあえず、いつもの任務と同じように、【(ぎん)硬貨(こうか)】を、銃に装填した。


 【射手】であるエルヘンたちが使っている、この銃は、特殊な銃であり、【銀の硬貨】、【(どう)弾丸(だんがん)】、【(あか)魔弾(まだん)】という3種類の物を、装填できるようになっている。

 そして、それらを打ち出し、【金の砂時計】に当てる。その、勢いよく物が当たった時の力を利用し、【金の砂時計】を、ひっくり返す。

 ちなみに、【射手】という職業名は、この、銃から発射した物を【金の砂時計】に当てる、という仕事の内容に由来している。

 今、エルヘンが装填したのは、【銀の硬貨】。この【銀の硬貨】は、若干の例外を除いて、ほぼ100%【金の砂時計】に当てることができる。

 【銀の硬貨】は、【金の砂時計】がある場所の周辺に、落ちていることが多く、各地の【金の砂時計】に対応した【銀の硬貨】がある。

 例えば、今回の場合、東京の公園通り付近にある【金の砂時計】に当てることのできる【銀の硬貨】が、新宿歌舞伎町に落ちていた、といった具合だ。


 余談だが、東京の【金の砂時計】に対応している【銀の硬貨】で、他の土地──例えば、スイスのベルンにある【金の砂時計】をひっくり返そうとしても、都合よく当たってはくれない。

 対応する場所の【金の砂時計】に当てようとした時のみ、驚異的な的中率を発揮するのである。

 また、もし仮に、東京の【金の砂時計】に対応する【銀の硬貨】を、ベルンで打ち出しても、その【銀の硬貨】が、遠く離れた東京へ飛んでゆく、といった事態は起こらない。

 つまり、対応していない場所で【銀の硬貨】を打った場合、一般的な、普通の銃弾を打つのと、同じ状態になる、というわけである。


 そして、ついでに説明をしておくと、この、普通の銃弾というのに相当するのが【銅の弾丸】である。

 【銅の弾丸】は【銀の硬貨】に比べ、的中率も、威力も劣る。同じ銃から発射するのだが、力は全く違うのだ。【銅の弾丸】は、通常、【銀の硬貨】の補助として使われ、単独で使われることは、まずありえない。

 また、いまだかつて、【銅の弾丸】だけで【金の砂時計】をひっくり返せた例はない。

 誰もやってのけたことがないからという、非科学的な理由からだが、【銅の弾丸】のみで【金の砂時計】をひっくり返すことは、現在、不可能といわれている。

 逆に、【銀の硬貨】のみを当てただけで【金の砂時計】がひっくり返ることは、頻繁にある。

 それくらい、【銀の硬貨】と【銅の弾丸】は、威力に差がある。それゆえ、まず【銀の硬貨】を探して、それを回収したら、次に【金の砂時計】がある場所へと向かうというのが、お決まりの手順になっていた。

 そして、回収しておいた【銀の硬貨】だけで【金の砂時計】をひっくり返すというのが、定番のやり方になっていた。

 また、【銀の硬貨】だけでは任務の遂行が難しい場合に、【銅の弾丸】を使う、というのが一般的なやり方になっていた。


 エルヘンは、【銀の硬貨】の装填が済むと、銃を右手に持ち、【金の砂時計】を見つめた。

 巨大な砂時計。きらきらと光る金色の砂が、上から下へと流れ落ちている。その後ろには、東京都のシンボル的なビルや、有名ホテルなどが並んでいる。星も、わずかな数ではあるものの、光っているのが見える。

 日本の首都──東京。この地が特殊といわれているのは、解せる気がする。エルヘンはそう思った。

 昼も夜も人でごった返す新宿歌舞伎町周辺。驚くほどの賑わい。さらには、ビジネスが行われているのであろう高層ビルや、落ち着いた雰囲気のホテル。

 新宿という一部の場所だけしか見ていないが、東京には、様々な顔がある。エルヘンは任務を前に、東京という地への、新たな思いを抱いた。

「特殊か……」

 エルヘンは呟いた。

 エルヘンの仕事に直接関わる部分で、東京の何が特殊なのかというと、【銀の硬貨】が当たらないという点であった。

 原因は不明なのだが、【金の砂時計】がある場所から歩いて行けるくらい近い、新宿歌舞伎町に落ちている【銀の硬貨】を使っても、【金の砂時計】に当たらないのだ。

(当たるのは、【赤の魔弾】のみ──。だが……)

 エルヘンは、しぶい顔をした。


 【銀の硬貨】には、ご丁寧なことに、対応する【金の砂時計】の場所が記されている。

 東京の場合も、もちろん『Tokyo』と記されている。

 しかし、当てようとすると、銃から打ち出した【銀の硬貨】は、ことごとく、狙っている【金の砂時計】から外れるのだ。

 軌道が突然それる──。たとえどんなに射的の能力が高くても、当たらない。

 東京という場所は、この意味で、非常に特殊かつ、任務の遂行が難しい場所と、いわれていた。

 しかしエルヘンは、疑り深かった。本当に当たらないのか、始めに実験してみたいと考え、まずはいつもの任務と同じように、【銀の硬貨】を探した。

 その次に、【金の砂時計】を探した。

 東京に到着した4月1日から今日までの17日間、エルヘンは、通常の任務時と同じ手順で、仕事を進めていたのである。

 彼が所属している組織の本部は、東京に到着後すぐに、【赤の魔弾】を探せと、エルヘンに指示した。

 しかし、エルヘンはそれを拒んだ。初めての任務地、しかも、特殊な場所である東京。

 できるだけ慎重に進めたい。特殊な場所だからこそ、通常の手順を試してみて、その結果が、通常の場合と比べて、どれほど違うのか、確かめてから次に進みたい。それが、エルヘンの考えだった。


「時間がないんだ。東京の【金の砂時計】は、おそらく4月30日で砂が落ちきる。急がなければいけない状況なんだよ。君は、そんなことすら、理解できないのか」

 出発前、ドイツのベルリンにある、【射手】が所属している組織の本部──。上役らが、エルヘンに対して、厳しい口調で批難をした。

 しかし、エルヘンも、主張を変えなかった。

「私は、まず【銀の硬貨】を試してみます。それで無理なら、【銅の弾丸】のみで【金の砂時計】を反転させられないか、試してみます。わずかな情報しか得られていない【赤の魔弾】を、すぐ使うという選択は、できません」

 さらに、エルヘンは続けた。

「もし、本部で把握している【赤の魔弾】に関する情報を、全て教えてくださるというのであれば、話は別です。ただ、どなたに聞いても、情報を教えてくださらない。このような状況下で、そんな得体のしれない物を使うなど、できれば避けたい。これは当然の考えでしょう」

 文献を読んだり、インターネットを利用したり、資料館や博物館へ行ってみたり……。

 自分でできることも、人を頼ることもした。しかし、ほとんど情報が得られなかったのだ。

 【赤の魔弾】──。それは一体、どんな物なのか。エルヘンが知っている情報はというと、東京の【金の砂時計】をひっくり返すには、【赤の魔弾】を使うしかない、という情報であった。

 その情報は、【射手】全員が研修時に習うものであり、特別な内容ではなかった。

 また、今回の任務が決定した際、本部から、赤い色の宝石を渡された。ただ、その宝石について、本部からは、「宝石のことで何かあったら連絡しろ」という指示があっただけで、詳細を教えてもらうことは、できなかった。


 【赤の魔弾】については、研修時に習う内容以外の情報を知っている者が少なく、かつ、知っている者にたずねても、積極的に教えてくれる人間など、ほとんどいない。現にエルヘンは、【赤の魔弾】について教えてほしいと頼んだ相手全員から、それを断られた。

 分からないことだらけの代物【赤の魔弾】──。

 東京での任務が決定する前までのエルヘンは、【赤の魔弾】について、関心を持ったことがなかった。だが、東京での任務をやることになった以上、知る必要があると考えた。

 だが結局、エルヘンは新たな情報をほとんど得られないまま、東京へ出発し、自分のやり方を強引に貫くことになってしまった。


 いくつもの灯りに照らされた、東京の夜──。エルヘンは、もやもやした気持ちになっていた。本部に対する苛立ちのせいもあったが、何か嫌な予感がする。

 その予感が的中しないことを祈るエルヘンだったが、世の中、思うようにいかないことなど、たくさんある。

 三次元で説明できない、四次元の世界。歪みを調整する【金の砂時計】。【銀の硬貨】や、【銅の弾丸】。

 そして、東京という特殊な場所と、【赤の魔弾】──。

 エルヘンは、今回の任務が、自身にとってどのようなものになるのか、この時、全く想像できていなかったのであった。

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