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ナナちゃん禁止です!

作者: 式神 影人

拙い話ですが、感想などいただけましたら幸いです

 なぁ、健全なる男子諸君。もしもだよ?もしも今自分の目の前に可愛い女の子が転がっていたらどうする?

 エッ?何故そんな事を聞くかって…?

 居るんだよ、今まさに僕の目の前に。しかもYシャツ1枚という姿で。 

 

 昨日、内定取消というそれは過酷な現実を突きつけられた僕は家から姉貴の缶ビールを数本掻っ払い、夜の公園で現実逃避してた訳だが、記憶がプッツリなんだ。で、目が覚めたら目の前に可愛い谷間…もとい、女の子が眠っていたという訳だよ。

 いや、そもそもこの娘は誰で、ここは何処なんだ?

 見渡せば確実に僕の部屋では無いと判る位にピンクでフリルなプリティー内装…。

 取り敢えずこの娘に事情を聴こうと肩に手を伸ば……。

―!?

 誰かの視線を感じる。別にやましい気持ちは無いが何かを感じる。

 そうっと視線を感じる方に振り向くと……、クマだの何だのというヌイグルミの山。気のせいかもしれないけど、この娘に少しでも触れたら一斉に襲い掛かってきそうだ。これだけ数が有ると結構怖い…。

「…ぅ、ウ〜ン…」

 あ、お目覚めのようだ。

「オハヨー」

「ぉ…お早うござ…」

……

………

「キャーーーッ!!」

 某アニメの様に書き文字が見えるんじゃないかと思える程の大声にドタバタと大勢の人間が集まって来る気配が。

「どうしたの実紅?」

「何?痴漢?」

 各自可愛いパジャマやジャージを着た女の子達が箒やラケット、薙刀を手に集まってきた。

「ご…ゴメン、ちょっと変な夢見ちゃって…アハハ」

「あのねぇ…実紅、子供じゃないんだからさぁ…」

「またぁ?全く実紅ってば…いい?最近変質者も彷徨いているらしいんだから気をつけてよね」

「ハ〜イ…」

 簡易武装の面々は一様にガックリと肩を落とし去って行った。

「もう良いですよ…」

 慌てて押し込められた毛布とヌイグルミを掻き分け出た。

「ゴメンなさい、ココって関係者以外立ち入り禁止の女子寮だから…」

 女子寮って…もしもし?

「あの…一応僕、男なんですけど?」

「…エッ」

……

………

「エエーーーッ!?」

 一度解散したヴァルキリュリア達が再集結する。

「今度は何!?」

 再び積み上げられたヌイグルミの山にへばり付いた様に身を寄せる実紅に視線が集まる。

「何か変ね?」

「ちょっと実紅?何を隠し…」

 ジリジリと詰め寄って来る一団の前を黒い影が過ぎる。

 

……

………!?

「イヤーッ!!ゴキブリーーッ!?」

 蜘蛛の子を散らす様にとはまさにこの事、パニクった集団は一目散に消え去り、取り敢えずの危機は脱したようだ。

 ヌイグルミの隙間から覗いて辺りを確認、…人は居ない。

ガチャ…

 これ以上の揉め事は勘弁して欲しいので鍵を架ける。一瞬不味いかなと思ったものの仕方ない。

 改めて事情を聴こうと振り返ると、実紅と呼ばれた女の子はあられもない姿で気を失っている。何かドンドン状況が悪化している気がするんだけど…?

 目のやり場にも困るので毛布を掛けてから揺り起こす。

「あの…実紅ちゃん…」

「…ン……!?」

ズザッ!

 目を覚ました途端、壁際まで逃げたものの、自分に毛布が掛けられている事に気付いたらしい。

「あ…有難う…」

 落ち着いたところで、一度僕に向こうを見る様に指示すると毛布を被ってモゾモゾと着替えだした。

「本当にゴメンね、てっきり女の子が行き倒れてると思って…」

 ポットから注がれたアップルティーのいい匂いがたちこめる。

 いや、確かに女顔ですよ…。よく間違われてナンパされたり、痴漢に遭ったりするけど、お持ち帰りされたのは初めてだよ。しかも女の子に…。

「で、もし良ければ、お名前教えてくれるかな?」

 少しツリ目の人懐っこい顔が近付いてくる。

「七瀬 (アキラ)ですが…」

「そう、私は葉常 実紅、アイドル目指してるの。ネェ、貴方のこと[ナナちゃん]って呼んでイイ?」

 何故名字?というツッコミを入れたたっかが、それよりも色々問題が有りそうなので却下。

「…晶でいいです」

「エー、何で?可愛いのに…」

 せっかく一歩退いたのに更に実紅ちゃんの顔が迫ってくる。

 何で?もナニも、先にココから出たいんですけど…。

「あ…アハハ、そうだね」

 僕の希望を聞くと何やらゴソゴソとクローゼットを探し出した。

「…これで良いかな?」

 取り出したピンクのパーカーを僕に被せるとニコニコ笑いながら手を引いた。

ガチャ…

 そういえばさっき鍵を架けたっけ…。

「…アハハ」

「あ…ははは」

 ちょっと頬を染めながら玄関ホールへと進む。

「大丈夫だと思うけど、気をつけてね」

 守衛らしきオバさんの目を抜け、扉を開ける。

「…じゃあね」

「…有難う」

カチャ…

 コッソリ閉めた扉を背に数歩歩いてから振り返ると向こう側からオバさんの声が聞こえた。 

 ひょっとしたら僕の所為で怒られたのかな?と気にしつつ豪華な門の白い建物を後にした。

 そして我が家の玄関に辿り着いた時ある事に気付く。

 あ…パーカー借りたままだ…。どうしよう?取り敢えずクリーニングに出してお菓子でも添えて返しておくとするか。




 で、2ヶ月程過ぎたある日、僕の同級生からバイトの話がきた。叔母さんにあたる人が病気になり、代わりの人を捜しているとの事。ちょっと大変らしいが割は良い。料理が出来る事が条件らしく、調理師免許を持ってる僕が話題に出たらしい。

「…と、いう訳でヨロシクね」

 紹介状と地図を渡され肩を叩かれた。

 ソイツの少し引きつった含み笑いが気になるがまぁイイか…。


「フェアリーテイルか…」

 地図を頼りに探してみる。名前からするとレストランかBARあたりかな?しかし周りにはそれらしき店は無く、やがて何となく見覚えのある場所に着いた。

「…此処って」

 住所は間違いない。微かな記憶と合致する門柱の綺麗な装飾の施されたプレートにはこう書かれてあった。

【聖 月華学園女子寮・フェアリーテイル】

……

………


『実紅ちゃんトコじゃん!?』


 ドッと背中を伝う冷や汗、思わず元同級生に文句を言おうと携帯を手にした瞬間、後ろから声が聞こえた。

「あの…何かご用ですか?」

 ビクッとした拍子に手から紹介状が落ちる。

「これは…ああ、新しい寮母さんですね、住み込みの…」

 住み込み?女子寮に…?

「さぁ、コッチですよ……?」

 硬直し呆然となる僕の手をとり、案内しようとする聞き覚えのある声が途切れる。

「エ…アレ?ナナちゃん…?」

 僕をこんな風に呼ぶのは1人だけ。恐る恐る振り向くとそこには…。

「み…実紅…ちゃん」

 手を繋いだまま固まっていると向こう側から人の気配が…。

「と…とにかく中に」

 こうして再び実紅ちゃんの手により男子禁制、禁断の園へと拉致られてしまう事になった。



バタンッ!

 放り込まれたのは綺麗に片付けられた管理人室。

「フゥ…、あ、そうだ。この前のパーカー、わざわざクリーニングまでしてくれて有難う。それと、お菓子美味しかったぁ〜、何処のお店のなの?」

「…いや、手作りなんだけど…」

(顔、顔が近いよ…)

「エーッ?ナナちゃんのお手製なの?凄い!」

 女の子はスウィーツに目がないのは知ってたけど、実紅ちゃんの目はキラキラと輝いていた。「[ナナちゃん]禁止…」

 実紅ちゃんは不満そうな顔をしたが、今はそんな事よりもっと問題がある。ここは女子寮で、僕が男だという事だ。

 率直にこの問題を実紅ちゃんにぶつけると少し頭を傾げるとニコリと笑って管理人室から飛び出していった。

「お待たせ〜」

 抱えて持ってきたのはバスタオルとドライヤーにコーム、そしてコスメポーチ。凄くイヤな予感…。

……

………

「ハイ!完成〜」

 極めてナチュラルメイクではあるものの、鏡に映ったのはそこいらの女性を軽く凌駕する……僕。まぁ、コレしか無いけど…。

 実紅ちゃんは想像以上の仕上がりにハシャギまくって、自分の服を持ってきてとっかえひっかえ併せている。最早着せ替え人形扱いだ。

コンコン…

 そんな賑やかな(一人だけ)雰囲気を征する扉のノック音。

 ヤバイ…。

コンコン…

 室内に人が居るのは分かっているだろうし、先の実紅ちゃんのセリフからも新しい寮母が来るのは周知の事らしい。出ない訳にはいかないだろう。

 意を決し扉を開ける。男とバレたとしても理由を話せば解ってくれるかもしれない。


「ハイ、どうぞ…」

「失礼します」

 扉の向こうに立っていたのは宝塚の男役が出来そうな綺麗な長身の女性。

「はじめまして。私はここの寮長の[汀 薫]です、宜しくお願いしますね」

「七瀬 晶です」

 ぅ…背中に冷や汗が…。

「これ、この寮のスケジュールと作業表と予算などの資料です、目を通しておいてください」

 一冊のファイルを差し出すと会釈をし退室して行った。バレてない…?まぁ、それはそれでヘコみそうなんだけど。


「あっ!?私、学校行かなきゃいけないからSee you〜」

 ウィンクひとつ投げかけて出て行った後、一人ポツンと残された部屋。逃避不能なのは確定してしまった。

 予想外の進行で呆気にとられたまま手渡されたファイルに目を通す。

 思った以上にやる事は多い。寮生の部屋以外の寮内やバスルームの掃除、特に問題なのは入浴時間と予算枠内での調理か…。前任のオバさんの記録を参照するとかなり細かく個別の嗜好が書かれているが、献立内容は僕的にも…。

 取り敢えず仕入れに行くか。………この格好で?まぁ、いいか。

……

………

「ハァ…ハァ…」

 甘かった…、甘くみていた。人数が多い分、尋常じゃ無い量だよ。着替えとか持ってくるついでに車かバイクをもってこなきゃ無理っぽい…。

 

 驚いた事に業務用卸売店で買うよりも安く済んでしまった。理由は簡単、鼻の下伸ばしたオッサン達が必要以上にオマケしてくれたから…。配達もすると言われたが流石にお断りした。

「さてと…」

 女性相手だからカロリー控え目で見た目オシャレに品数多くと…。

 あまり接する機会を増やさない為にブュッフェスタイルにして奥に隠れていよう。

「これで良し…と」

 食堂入口にポップを貼り付け、一通り準備が整った頃人が集まって来る気配がした。

「お腹空いたぁ〜、今日の当番誰〜?」

「もう生煮えのカレーとか勘弁して欲しい〜」

 未来のアイドル候補生達が集まってきた。その様はとてもでは無いがお見せ出来ない。

 共学の君、隣の娘が標準と思わない方がいい。女子校出身や身内に姉妹がいる人なら少しは解るだろう。[アレ]が集団で居るんだよ、ココには…。

「ン…、何これ?」

 その内の1人がポップに気付いた。

【皆さんお疲れ様。本日はブュッフェスタイルです。ご自由にどうぞ】

 ポップを読んだ生徒達が我先にと雪崩込んできた。

「凄ぇ!誰が作ったんだよ?」

「そういえば今日から新しいオバサンが来るとか言ってた気が…」

 前菜にサラダにメインディッシュ、デザートのプチフールまでがアッという間に空になっていく。

 ヨシ!と心の中でガッツポーズをとり、コッソリ出ていこうとした時に大きな声が邪魔をした。

「ヤッホー!流石はナナちゃん。GJ!!」

 ブンブンと手を振る実紅ちゃんに集まった視線が一斉に僕に集まる。

(み…実紅ちゃんのお馬鹿…)

 アッという間に人垣に囲まれ、最早逃げ道は断たれてしまう。

「コレ全部貴女一人で作ったの?」

「見た事無いんだけど転校生?何年生?何部?」

 矢継ぎ早に浴びせられる質問の山。コッチが答える間も無く、ただ口をパクパクさせるしかなかった。

パンッパンッ!

「何ですか皆さん、騒がしいですね」

 あれ程騒がしかった一団が急に静かになり、まるで十戒の如く道が顕れた先に1人の女性がいた。

「汀…さん?」

 確か寮長している人だ。その寮長さんがズンズンと隣にやって来て横手に僕の肩を掴んだ。

「静かに!紹介しますね。本日より[住み込み]で皆さんのお世話をする事になった七瀬 晶[君]です」

「あ…七瀬 晶です。よろ……」

 [君]…?もしかして、ば…バレてる?

 一瞬どよめきの歓声があがった後、全員が瞬時に女の子モードに切り替わった。 

「あ…ちなみにナナ君の伯父さんは某プロデューサーだから」

 ウワッ!?…何処まで知ってるんだよこの女性…。

 ニコニコと笑い、生徒達に釘まで刺してしまう。僕が不当な扱いをうけぬ様にとの配慮なのだろうが、生徒達の目の色が違う意味で輝いた気がする。

「ヨロシクお願いしまーすッ!!」(全員)

 実紅ちゃんをはじめとする粒揃いのアイドルの卵達に囲まれての一つ屋根の下、こうして一見バラ色に思える僕の受難の寮生活が始まった。予想以上の波乱の足音を潜ませながら…。「フム、此処か…」

 嵐はいつも突然やって来る、呼びもしないのに…。

「ナナちゃん、まだぁ?」

「ちょっと待って…ていうか[ナナちゃん]禁止!」

 寮生のお世話をするようになってから小さな障害を避けながら2週間が経っていた。男の僕に与えられた絶対条件は2つ。

1:寮生に手を出さぬ事。

2:寮の内外を問わず、女性に見える姿で居る事。

 スキャンダル防止の為、当然の事なんだけど結構面倒臭い。なまじ女の子に見えるから生徒達はとんでも無い格好のまま平気で歩き回るし、規定時間外…つまり僕がお風呂に入っている時に乱入してくる娘もいる。

 恐らくは僕の弱みを握り、いち早くデビューのきっかけを掴みたいのかもしれないけど…。

 で、今日はというとレッスンの娘達の為に学園本館に出張させられている訳。寮の掃除とかも有るのにいい迷惑だ。

 ガラス一枚向こうではレオタードやジャージを着た寮生達がダンスレッスン中。ここは各局のプロデューサーとかも出入り出来るから絶好のアピールチャンスの場なんだ。あ…ホラ、今日もあそこに1人来ているみたいだ。お目当ては実紅ちゃんのクラスらしい。

「七瀬さん、珈琲お願い」

 寮長の汀さんからお声が掛かる。

「ハイ、只今…」

 レッスンルームの一角に設けられた控え室、そこにはテレビで見た事のある男性が座っていた。

「どう?パパ…じゃなくて汀プロデューサー」

「そうだなぁ…」

 途切れ途切れに聞こえてきた会話によると、どうも今度の新しい女性2人組のユニットの人材を発掘に来たらしい。

「あの青いレギンスの娘は良い感じだがな」

 実紅ちゃんの事だ。流石お目が高い。

「しかし、もう1人がなぁ…」

 汀さんはソロデビューが内定していて、もう1人神秘的な魅力を持ったボーイッシュな娘が欲しいらしい。

「お待たせしました」

 粗相の無いよう慎重にカップを置く。

「ン、有難……」

 珈琲カップを取ろうとした手が止まる。

「…居たーッ!」

 突然僕の手を取り叫びだした。

「君、名前は?何学部の何年だ!?」

「…ハイ?」

 突拍子も無い事態に固まった僕の間に汀さんが割って入る。

「パパ…いえ、汀プロデューサー。この人は駄目です、練習生じゃないんです!寮で私達のお世話をしてくれている…」

「君こそ俺の描いていたイメージにピッタリだ。いや、君しか居ない!」

 周りの言う事なんて聞こえていない。


一方的に盛り上がってしまっている。

「よぉし、曲のイメージが湧いてきたぁ。じゃあ宜しく頼むな!」

 珈琲を一気に飲み干すとそのままダッシュで駆け出して行ってしまった。

「だからこの人は駄目…」

 必死に引き止める汀さんの声も虚しく、汀プロデューサーは姿を消した。

「もう…パパったら一度決めたら周りが見えないんだから…」

 ヤレヤレといった感じで両手を上げるとトボトボとレッスンルームに向かって行ってしまう。

「…ハイ?」

 トレイを手に首を傾げたまま僕はポツンと1人取り残されてしまった。

 

【2週間後】

 

 譜面を手にしたまま立ち尽くす僕の横で実紅ちゃんが笑っている。

「何か凄い事になっちゃったねぇ〜」

 ここは聖 月華学園の声楽室。寮の廊下を掃除中に連れてこられ、いま目の前のグランドピアノには汀プロデューサーが座っている。

「じゃあ軽く声を出してみようか?」

「…誰がです?」

「勿論、君達二人だよ」

 実紅ちゃんはともかく、僕は駄目でしょう?素人なんだし。いや、それ以前に重大な問題が…。

「何だ?楽譜が読めないのか。仕方ないな、一度弾くからカラオケのつもりで歌ってみたまえ」

 汀プロデューサーが奏でる旋律は軽快なリズムのアップテンポな曲。

 実紅ちゃんの話によると僕達をイメージした2人の女の子達が戦う来春公開の新作アニメの主題歌らしい。そういえば写真を撮りに来た人がいたっけ。

 壁にはプロットイメージのポスターが貼られてある。薄いブルーの娘は実紅ちゃんに似てるから、隣の赤い娘が僕?

 腹式呼吸すら出来ない僕にとってかなりハードな時間が過ぎていった。



「つ…疲れた…」

 寮のみんなの食事の後片付けも終わり、やっと本来の僕に戻れるバスタイム。1人には充分過ぎる程広い浴槽の中で僕はぐったりとうなだれていた。

 発声練習にダンスレッスン。寮の仕事だけでもハードなのに、これはかなりキツい。もしかしたら寮の娘達から嫌がらせをうけるかもしれないと思ったけど、逆にみんな面白がって応援してくれているのが不思議だった。

「七瀬君、居る?」

 脱衣所から声が聞こえれる、汀さんの声だ。

「ハ…ハイ、居ますよ」

 浴槽に隠れる様に深々と体を寝かせる。

「あの…ごめんなさいね。父は何にでも熱中してしまうと周りの事全然考えないから」

「アハハ…」

 頭や体を洗いたいが何となく出辛い…。 

「ネェ…七瀬君、…七瀬…君?」

……

…………

バタンッ!!

 勢いよく開かれた扉、飛び込んできた汀 薫…。ハイ、ご想像通りノボセました。

「ちょっ…誰か来て!…ヤッパリ駄目…じゃなくて取り敢えず手伝って!!」

……

…………

 汀の悲鳴にドカドカと駆けつけてきた女子連、それぞれ手にまたもラケットや箒を持っている。

「キャーッ!ナナちゃんが汀先輩を…あれ?汀先輩に襲われてますぅ〜!」

「汀さん、抜け駆けはズルいと思うんだけど?」

 倒れている七瀬のバスタオルに手をかけている姿を見て好き勝手言っている。

「ちょっ、誰が襲ってますか!?そこ!マジマジと観察しない!何でアナタは服を脱ぎだしてるのよ!!」

 手助けを呼んだつもりが更に混乱を誘発してしまったようだ。


『とにかく、運ぶの手伝って!!』


 箒とバスタオルを組合せて簡易担架を作って管理人室までどうにか運び込んだ。

 

 

ジ〜〜

「ヘェ、男の部屋ってサッパリしてるんだな。もっとフィギュアとかいやらしい本とか有ると思ったけど」

「ネェネェ、ナナちゃんはビキニ派みたいだよ」

「ウワァ〜、私達のとあまり変わんないねぇ」

 物珍しさに寮生達が勝手に室内を物色し始めていた。

「アナタ達いい加減になさい!!」

 興味津々の観客に汀の怒声が飛び、女の子達はワラワラと散っていった。

「フゥ〜、全くモウ…」

 残っていた1人が扉の影からヒョイと顔を出す。

「先パ〜イ…」

ニヤニヤ…

「いいから部屋に戻りなさい!」

 何か言いたげな含み笑いに流石の汀も呆れ顔で叫ぶしかなかった。

「さてどうしましょうか…このまま放っておくわけにもいかないし」

 毛布一枚掛けられた状態のままで帰る訳にもいかず困り果てている。

「…ぅう」

「あ…七瀬君、気がついた?」

「な…汀さん、すみません心配かけて。もうこの通り…」

 ガバッと立ち上がると掛けられていた毛布とバスタオルが…。

……

…………

『キャーーッ!?』

 汀の悲鳴を聞き、みんなが集結する。

「どうしたんですか寮…ちょ…」

 真っ裸の股間を眼前に固まる汀と目撃者一同。

……

…………

「…お邪魔しました。オホホ…」

 全員頬を染め、愛想笑いで去っていった。

「ちょっ…みんなぁ。ハァ…七瀬君が来てから大騒ぎね…」

「す…すみません」

「まぁ、七瀬君は元気みたいだから良いけど…」

 慌てて真っ赤な顔で言葉を濁した。

「あ…あのそういう意味じゃなくて…」

「……?」

 気まずい空気に堪えきれなくなった汀はそそくさと部屋を出て行った。

「お…おやすみなさい」【翌日】

 レッスンルームで手渡された衣装を纏った七瀬達の前に二人の女性が立っている。

「フ〜ン、2人が私達なんだ」

 衣装とは例のアニメのデザインを模した物で、そのままステージ用であり、この女性達はそれぞれのキャラを演じる声優さんだった。

(は…恥い。昨日の騒ぎですっかり忘れていたけど、コレはかなりヤバい。取り敢えずスカート付きのレギンスだからまだマシだけど、もしこんな格好で人様の前に立つような事になったら…)

 ステージ衣装だから当然それ以外に用途は無いが、それに気付けない程アガッている。

「なる程、流石に実物を見ると絵だけじゃ掴みきれない物が有るわね」

 2人は全身をジックリと観察し演じる際のイメージを膨らませていた。

(ぅう…穴が有ったら入りたい。無ければ掘ってでも…)

 そういう場合の行動は大抵墓穴を掘る事になるのだが…。

 ひとり思案にくれている時、声優の1人が七瀬の体に触れる。

「アナタって結構体脂肪率低いんだね、羨ましい」

「そ…そうですか?アハハ…」

(そりゃ男ですからとは言え無いよな…)

 女性陣(?)の盛り上がりを余所に汀プロデューサーが割って入る。

「そろそろイイかな?今日は振り付きでイクぞ」

「…ハイ」

「ハイ!頑張ろうネ、ナナちゃん」

「[ナナちゃん]禁止…」

 明らかに温度差の有る二人だったが、いざ曲が始まると持ち前のリズム感を発揮し歌い上げる。

「う〜ん、ちょっと笑顔が堅いな。もう一度!」

「分かりました」

 堅くなるのは仕方がない。踊る度に揺れる裾が気になってしまうのだから。

 ガラスの向こう側で手を振るギャラリーの目を感じつつ10回目のコールでやっと休憩が入った。

 実紅から手渡されたジュースを一気に飲み干す。

「恥ずかがらなくていいよ、下に履いてるし」

 そう言って自分のスカートをピラッと捲る。勿論アンスコ着用だが、不意を突かれると流石に怯む。

「ホラ、ナナちゃんだって…」

 今度は七瀬の裾を捲った。

「ワッ!?」

「ウン、大丈夫!」

 何が?とツッこむ前に[何が]に気付いてしまったらしく顔が真っ赤になる。

「アハハ…頑張ろうネ」

 何の羞恥プレイですかコレは?

 実紅まで緊張し始めてしまった為にこの日のレッスンは終了となった。

 という事で寮に戻ってきたが仕事は有る訳で…

「ナナちゃん、お腹空いたぁ…」

 と、雛鳥達が口を開けて待っていたのだった。

 とは言うものの、今から時間と手間をかけずに作れる物など限られている。仕方無いアレするか…。点検済みの材料を取り出しまして…切る。適度の大きさに切る!切る!!

 そして出汁を基に各種調味料を使い…、完成ッ!!

【全国鍋祭り開催!!】

 食堂のテーブル上には水炊き、味噌鍋、カレー鍋、火鍋、豆乳鍋、そして食材の山。

「お待たせ、〆にはうどん、ラーメン、雑炊も出来るからね」

 が、みんなの反応はイマイチ…。 

「お鍋って以外とカロリー高くなかった?」

「ナナちゃん、カニさんは無いですか?」

「私、辛いのパ〜ス」

 口々に勝手な事を言っている。確かに出身地や環境により好みは別れる処だが…。

「そうかぁ…残念だなぁ。どの出汁にもコラーゲンたっぷり入れてるし、カプサイシンやイソフラボンも美容痩身効果バッチリなんだけどなぁ〜」

 わざとらしく片付け始めた途端…。

「いただきまーす!」

「いやぁ、実は丁度お鍋が食べたいなぁと思ってたんだよね。流石はナナちゃん」

 現金なモノだ…綺麗になるキーワードを聞いた途端に我先にと食べ始めた。

「有難う、今夜勿体無いオバケに襲われずに済むよ」

 かくてテーブルの大皿にはエノキ1本残る事は無かったのだった。

 みんなの食事中に風呂の掃除を済ませ、お湯を溜めておく。

「ちょっと料理は手抜きしちゃったからお詫びのサービスしておいたからゆっくり愉しんでね」

 恭しく食欲魔神…もとい、お姫様達を浴場へとエスコートする。

「ウワァー、何これ!?」

「凄い、凄いよ!こんなの初めて!!」

 歓声が挙がるのも無理もない。扉を開けた瞬間、ほのかにたちこめるローズオイルの香りと一面に浮かぶ薔薇の花びら。ちょっとした憧れパラダイスが出現したのだから。

「う〜、上級生からなんて酷いよ〜」

「私も入りた〜い」

 下級生達から不満の声が漏れる。

「ヤルわね、七瀬君。でもどうしたものかしら…」

 ポンと肩を叩いた汀さんがため息をつく。

「寮長の裁量って事で…」

「ハァ…貴方って本当に男の子なのか疑いたくなってきたわ。乙女心掴みまくりなんだもの…仕方無い、みんな一緒に入りましょ」

『ヤッターッ!!流石は寮長様々だよ』

 みんな一斉に服を脱ぎ始める。

「うわっ!?ちょ…ちょっと…」

「な…みんな、まだ七瀬君がいるのよ!?」

 慌て目隠しをして廊下へと追い出した。

バタン!

 閉ざされた扉の向こうから愉しげな歓声が聴こえる。

「予想以上に喜んでくれたみたいで良かった」

チョイチョイ…

 満足そうに壁に寄り掛かる七瀬の袖を実紅が引っ張っている。

「有難う、プリムローズ!」

チュッ…

 頬に触れる柔らかな唇、正義のヒロインはパートナーの必殺技に倒されましたとさ…。

チャンチャン…。 

 

 

トントン…

 翌日、七瀬が寮長の部屋の扉を叩く。

「ハイ、あ…七瀬く…どうしたの?その目のクマ…」

「すみません、ちょっと出掛けてきていいですか…?」

 どうやら昨日は眠れず、色々と限界らしい。

「…わかったわ、みんなには私から話しておくから」

 ペコリと頭を下げるとフラフラと管理人室に帰って行った。

「大丈夫かしら…」

 

 

 大きめの鞄を提げて寮をあとにした七瀬がやってきたのは隣町の大型レジャー施設。ここには映画館をはじめ、3on3やテニスコート、ダーツにビリヤードなど各種設備やシャワーまで完備されている。

 受付を済ますとロッカーに駆け込み、鞄の中の服に着替えた。寮周辺では女の子に見える服装という規定が有る為仕方がなかった。

「さてと…行きますか!」

 久しぶりに男子に戻り気合いを入れる様に肩を回した。

 何故ここに来たかというと、1度喫茶店に寄ったのだが、男性客は勿論、女性客までがコッチを見つめて何やら話しているので落ち着かなかったから。

 あらゆる設備を制覇し、しつこく言い寄ってくるナンパ野郎を建物裏でフルボッコにした頃には七瀬の目はイキイキと輝き、お肌ツヤツヤになっていた。

「フゥ〜」

 シャワーで汗を流し、まさに生き返ったような充実感に満たされた一呼吸をつき、見上げた壁に記されたデジタル時計は午後10時を示していた。

「ヤバッ!門限過ぎてる?」

 ダッシュで帰宅するも寮に辿り着いたのは11時を過ぎていた。

「ウワァ…、汀さん怒ってるだろうな…」

 勿論鍵は閉まっているのでチャイムを鳴らす。

ピンポーン…

ガチャ

 オートロックが解除され開けた玄関の向こうには汀さんの他にも上級組の人達が待ちかまえていた。

「ぅ…遅くなりまして…」

 腕組みをした全員の視線が突き刺さる。

「お帰りなさい、シンデレラ姫」

「…全く、遅くなるなら連絡くらいしなさい。他の娘達にもしめしがつかないでしょ!」

 ご立腹はごもっとも、言い訳も有りません。

「申し訳ありません」

 深々と頭を下げ謝罪する。

「まぁいいわ、今日は遅いからお説教は明日にしますからもう寝なさい。その代わり明日は覚悟なさい」

「…ハイ」

 すれ違いざま1人の上級生が声を上げた。

「あーッ!?ナナちゃんのシャンプーの匂いが違う!」

「えっ?本当だ!…まさか変なお店に行って来たんじゃ?…不潔よナナちゃん」

 汀以外の全員が1歩退き騒ぎ始めた。

「あの…法的にも無理ですから、まだ未成年なんで」

 意外な事実に全員がポカーンと口を開けている。

「え…、ナナちゃん未成年だったの?」

「ハイ…」

「じゃあ、彼女と?もうH…」

 今度は逆にキャイキャイとハシャギ始めた。

「だから、そんな事してませんてっば。第一彼女も居ませんし…」

キラン!

 その瞬間、寮長以外のみんなの瞳が妖しい光を放った。

「あれ?お付き合いした事無いの?」

「付き合った事位有りますけど、一緒に歩いてても僕の方ばかりにナンパ野郎から声かけられるんでフラレました…」

「…あ、何か解る気がする」

 その場の全員がそのシーンを想像し、必死に笑いを堪えたり、頬をヒキ吊らせたりした。

 丁度会話も途切れたので七瀬は改めて頭を下げると管理人室に入っていった。

「で、どうするの寮長。ナナちゃんの処分は?」

「考えるまでも無いと思うわ、あの有り様じゃ…」

 呆れ顔である部屋を見詰め、ため息をつく。

「そ…そうかも…アハハ」

 全員が何故かバツが悪そうに視線を逸らした。

 

 

『…何事?』

 翌朝早く台所に向かった七瀬が目にしたのは凄まじき光景だった。

 焦げ付いた鍋に割れた皿やグラス、噴き零れたレンジ周りとかつて食材であっただろう生ゴミ、そして大量の某ファーストフードの紙包み…。

 昨日の様子が目に浮かぶようだ。

「…アハハ…ハァ〜」

 まずコレを片付けない限り朝食の準備は出来そうにない。

 ゴミは全て分別して袋に入れ、食洗機を作動させる。レンジ周りと鍋を磨き上げると1時間が過ぎていた。

 あらかじめコネて寝かせておいた生地を取り出し成形しオーブンに入れる。サラダを作り、各種ジュースをピッチャーに移し、珈琲と紅茶を淹れる。卵はスクランブルにプレーンオムレツとボイルドエッグ、フルーツも用意しなきゃ。

 準備が調いだした頃ぞろぞろとみんな降りてきた。

「お早うございます」

「おふぁやう〜」

 スッピンにボサボサな髪、ラフなスタイルならまだマシで、中にはパジャマのままな娘もいる。流石に慣れてはきたが女性に対するイメージが打ち崩される時間だ。

「お早う、七瀬君」 

 汀寮長のお出ましだ。流石に彼女はピシッとしている。

「お…お早うございます…」

「これからは気をつけて頂戴ね」

「ハ…ハイ、それで処罰は…」

「今朝は大変だったでしょう。それともまだ足りない?」

 笑顔な分、逆にプレッシャーがかかる。

「いえ、もう充分です…」

 

 

カチャカチャ

「ナナちゃん、行ってきま〜す」

 洗い終わった食器を片付け始めた頃、先程と同一人物とは到底思えない集団が玄関に集合していた。

「さてと、僕の作業に入りますか」

 簡素なエプロンで手を拭きながら部屋へ戻り、汚れ物を脱衣所横の洗濯機に放り込みスイッチオン。屋上に物干し場は有るのだが、ちょっと躊躇われる。何故なら他の寮生の洗濯物が干されているし、男物の衣類を晒す訳にもいかないから。

 という事で洗濯機が止まるまでに買い出しのリストアップを済ませておく。

 頃合いを見計らい脱衣所へ移動。結構たまっていたので数回に分けて洗った。その方が良く落ちるからね。ガッサリと取り出して1枚ずつポイポイと乾燥機に。あくまで雨天時の緊急用だけど僕の場合は仕方無いよね。

 止まるまでの30分程を寮内の掃除で過ごしつつ夕食の献立を考える。

「そろそろかな?」

 1枚ずつ綺麗にたたんでいくと見覚えの無い布地が…。ピラッと広げてみるとピンク地にレース&フリル付き。

……

『ぅわったたた…』

 慌てて手にした下着を落としそうになる。

 誰の物かは判らない。ただたまに取り込み忘れてたり、悪戯で忍ばせたりする娘がいるんだ。

 いずれにせよ持ち帰る訳にもいかないので、そっと脱衣かごに返しておこう。

 乾いた洗濯物をクローゼットにしまい、買い出しに出かける。

 今は学園側から借りている軽自動車があるから楽チン。あとはいつものおじさん達に…え?女性の場合?勿論抜かり無し。その人がファンの芸能人のサインを名前入りでお渡ししてますよ。僕のおじさんは有名プロデューサーだし、学園を運営する芸能事務所の経理に掛け合ったらサイン一つで年間それだけ削減出来るならと簡単に用意してくれました。

 ただ、事情を知ってか知らずか

「遣り繰り上手な良い嫁さんになれるな」

と褒められたのは笑えなかったけど。

 

 

「大量、大量っと!」

 買い出してきた物品をそれぞれの場所に収める。

「わっ、もうこんな時間か」

 今日からは曲の収録とPVの撮影かぁ…また遅くなりそうだから、ある程度作っておくか。

 

 

『お早うございます!今日も宜しくお願いします!』

 可愛く明るく元気良くご挨拶。

「おう、七瀬来たか。早速音入れ入るぞ!」

 汀Pは今日もテンション高いなぁ。

「お早う、ナナちゃん」

 一足先に入っていた実紅ちゃんとレコスタに入るとガラスの向こうから汀Pの檄がとぶ。

「準備は良いか二人共。こいつは友情を超えた絆がテーマの曲だ。魂込めてけ魂をな!」

「ハイ!」

「ハイ!」

 5…4…3…汀Pの指がカウントダウンを始め、人差し指が空を切った瞬間イントロが流れた。

……

…………

「OK!」

 スピーカーから汀Pの声が聞こえる。

「流石は俺が見込んだだけはある。お前達は日本一、いや世界一だ!」

 よもや一発OKが出るとは思わなかった二人は手を取り、互いに笑顔で喜び合った。

「良し、その調子で次は銀河一でイッてみようか!」

ガクッ!

 まぁ一発な訳ないだろうけどさぁ…。

 act2…先程の汀Pのお陰で無駄な力みが抜けた所為か今度は前より音も実紅ちゃんの声も澄んで聴こえる。自然と心に流れ込んできて体の奥底から不思議な何かが溢れ出てくる様だ。

……

…………

 メロディーが終わる。何故か1回目の疲労感は無い…、なのに汀Pの表情は険しく、某NE○Vのオッサンばりの形相でコッチを睨んでいる。

 何かマズったか?ゆっくりと立ち上がりマイクを掴んで叫んだ。

「何考えてんだテメェ等ァ!俺が言ったのは銀河一だぞ!!なのに…なのに…」

 汀Pのワナワナと震える拳がデスクに叩きつけられた。

ダンッ!!

「宇宙一で歌いきりやがって、これ以上無ぇぞコノヤロー!!OKだ二人共あがってイイぞ」

 これ以上ない程の笑顔で親指を突き出す。

「ハイ、有難うございました!」

『アザッス!』

 汀Pの勢いに思わず体育会系の挨拶をしてしまい慌てて口を抑える。

「ワハハ、良いなソレ。アニメの決め台詞に使うか?」

「勘弁してください…」

 スタッフ全員の笑い声がスタジオ内に溢れた。

「ヨシ、上手に出来たご褒美だ。今から二人で買い物にでも行ってこい。経費はコッチで持ってやる」

 願ってもない申し出に断る理由は無い。二人は顔を見合わせて頷くと声を揃えて言った。

『アザッス!』

 

 

「やったネ、ナナちゃん。私丁度欲しい服が有ったんだぁ」

「良かったね実紅ちゃん」

 汀Pがハシャぐ二人の背中を押す。

「明日は長丁場になるからゆっくり愉しんでおいで」

 手を振る汀Pが二人を見送った後、親指を立てた拳を横にして振る。

「2人共行ったな…」

 それを合図の様に影に潜んでいた数名の人影が二人の後を追って行った。

「ネェ見てナナちゃん、ホラこれ可愛いよぉ」

 二人が訪れたのは複合ショッピングモール。各種ブランドや年齢性別を問わず、あらゆるファッションの中心と言える。てっきり高級ブランドに行くかと思いきや、実紅が目を付けていたのはティーンズ向けのショップだった。買う物は決まっていたみたいだが、いざとなるとあれこれと目移りし、今やフィッティングルームの前で1人ファッションショーが開催されていた。

「ウン、どれも良く似合ってるよ、凄く可愛い!」

「エヘヘ〜」

 流石は女の子、流行を踏まえ自分のカラーを出す選択は秀でている。

「あ、そうだ!」

 そう言って次に実紅が集めてきたのはそれまでとは全く異なったコンセプトの物だった。

「ハイ、ナナちゃん」

 手の上に衣服の束を乗せられ強引にカーテンの奥へと放り込まれた。

「エッ?エエッ!?」

 ちなみに此処は言うまでもなくfor Lady's shopである。

 

 

「どう?」

 半ば天岩戸状態のカーテンを強引に開け放つ。

「うわぁ〜想像以上にバッチリだよ!ナナちゃんはスリムだから絶対似合うと思ったんだ」

 羞恥の余り体をくの字に曲げた七瀬は黒いハーフレギンスとデニムの超ミニ、ニットのセーターとダウンジャケットを着ていた。

「…何かスースーして落ち着かない」

 頬を染め、恥ずかしさに身悶える様は妙にそそるモノがあった。

ウズウズ…

「ナ…ナナちゃん…」

 実紅の瞳に妖しげな光が宿る。

「や〜ん、可愛い!可愛い!!おもちかえり〜」

 某ひ○らしの暴走かい!とツッコミを入れそうな店員を巻き込んでの着せ替え羞恥プレイの後、各自選び抜いた上下3着のセットをお買い上げとなった。支払いは無論、汀P(事務所)のカードで…。

「あ、そうだ!ナナちゃん今度はコッチ」

 上機嫌の実紅が何かを思い出したようにある店に引き込んだ。

「み…実紅ちゃん、実紅ちゃんてば…」

「うわぁ、これイイなぁ。あっ、これも可愛い!最近ちょっとサイズが合わなくなってきてたから」

 嬉々として次々にチョイスする実紅に比べ、七瀬の様子が妙に落ち着かない。敢えて言うなら挙動不審。

 それもその筈、ここは女性用インナー、つまりランジェリーショップである。

「何かお探しでしょうか?」

 身の置き場の無い七瀬に声を掛け説明を続ける店員をやんわりと退け、実紅の傍に駆け寄る。

「僕、そこのカフェで待ってるから」 

「エ、どうして?コレなんかナナちゃんに似合い…」

 そこまで言いかけてある事を思い出したようだ。

「そ…そうだね、じゃあちょっと待っててくれる?」

「ごめんネ」

 そそくさとカフェに逃げ込み、ため息をついた。

 もの憂げに向こうを眺める七瀬にウェイトレスが注文のロイヤルミルクティーを運んできた。

「お待たせしました、お嬢様」

「ああ、有難う」

 一瞬にしてウェイトレスの顔が真っ赤になりツタタタと去って行った。

 この店には何故か女性客しか居らず、ウェイトレスといっても全員執事服を身に纏っている。

 妙に纏わりつく視線、ソワソワと落ち着かない店内。先程の執事達も視線が合う毎に黄色い歓声をあげている。

「…早く帰って来て、実紅ちゃん。お願い…」

 どうやら完全に店の選択を間違えた様だ。

 男モードの時にナンパ野郎相手ならぶっ飛ばす処だが、大事なプロジェクトを控え、女性相手では愛想笑いで応えるしかなかった。

 実紅を待つ間、今日初めて知った事を思い出していた。女性用インナーは数多のデザインと高機能を有し、予想以上に高価な物で、女性を演じねばならぬなら必須知識かもしれないと。

 実紅がやって来たのは丁度ミルクティーを飲み干した頃だった。

 このまま退店しようかと思ったのだが予想外の言葉が聞こえた。

「すいませーん、ジャンボフルパくださーい」

 この寒い時期に?こんなスースーする服装で?しかもジャンボサイズ?

「お待たせしました、お嬢様」

 七瀬の前に現れたアイスクリームの山ともいうべき物が事も無げに切り崩されていく。

「ハイ、あーん」

 視線に気付いた実紅が一さじ掬って差し出す。

「え?」

「ホラ、あーん」

カプ…

「美味しい?」

 無邪気な笑顔に抗う事は出来なかった。口の中に広がるアイスクリームの甘い誘惑はひとつの想像を呼び起こす。

(これって、まるでデートしてるみたいだな)

 と、思っているのは七瀬のみ。他者から見れば仲の良い女友達、歪んだ方々には妖しい関係のカップルでしかない…筈が実紅も多少は意識していたらしく、少し頬が赤らんでいた。

 寮内では有り得ない甘い一時…。二人の世界に入り込んでいた七瀬達は自分達に付き纏う黒い影の存在など思いもよらずにいた。

 

 

【汀プロダクト】

「お疲れさん。で、どうだった?」

 戻ってきたグループの報告を受け、満足げに微笑む汀Pが次なる指示を出す。

「では、このまま計画通りに進めてくれ」

 グループの1人が頷き、とある場所に向かいバイクを走らせた。

 

 

【女子寮】

「只今戻りました」

「ただいまでーす」

 手提げ袋いっぱいのご褒美の山にホクホクしながら実紅は自室へと帰っていき、七瀬はというと管理人室に戻るなりクローゼットの奥へとしまい込んだ。

 

 

 日々特訓に堪える夢見る乙女達の憩いの時間の一つバスタイム。彼女達は本日の情報交換(つまり愚痴)に勤しんでいた。

「ったく、今日来たオッサンったらいやらしい目で見るからキモいったらないわ」

「私もぉ、絶対アイツにはプロデュースされたくない」

 本人達にはそんなつもりは無くとも女性側からすればこんなものだったりする。事実AV紛いの撮影を強要する輩もいるの確かだが…。

 

「ねぇ実紅、今日ナナちゃんとデートだったんだって?」

「…へ?」

「エ〜、ナニナニ?」

 どこで聞きつけたのか寮生の一人が振り出した話に風呂場の全員が喰い付いた。

「デートって訳じゃ…ただ一緒にお買い物して、お茶してきただけだよ」

「世間じゃそれをデートって言うんですけど?」

 意識していなかった訳では無いが改めて言われると妙に気恥ずかしく顔を赤くして縮込まってしまう。

「っちゃ〜、先を越されたかぁ。まぁ仕方ないよね、実際実紅が一番一緒にいる訳だし」

 実は七瀬を狙っているのは意外に居たりする。各々理由は様々だが興味を持っているのは間違いない。

「で、どこまでイッたのかなぁ?」

「何処って、ショッピングモールだけど…」

 ライバルの現状に興味津々のメンバーが詰め寄ってきて逃げ場が狭まっていく。

「じゃなくて、キスはしたの?それとももうこんな事とか?」

 同級の娘が実紅の胸を揉みしだく。

「キャーッ!?そんな事しません。」

「嘘は駄目よ、正直に言いなさい。うりゃうりゃ!」

 擽られるのに弱い事を知っているクラスメイトは全身コチョコチョ作戦に切り替えてきた。

「ほ…本当だってば、キャハハ…止めてぇ…キャハハハ」

 多感で純情な少年なら鼻血モノだろう。

「何してんだ、あの娘達…?」

 居ました。その多感で純情な少年が此処に…。偶然通りかかって聞こえてきた会話が気になって立ち聞きしてた七瀬君が。

「…でさぁ」

 廊下の向こうから声が聞こえてきた為、気にはなるけど撤退を余儀なくなり脱衣所前の扉から逃げ出した。

「…アレは?」

 角を曲がってきた1人が走り去る一瞬を見ていた。

 

 

「フウ…とんでも無い状態だったみたいだな…」

 ギシギシと軋む椅子に寄り掛かりながら先程までのシーンをアレコレ妄想していた。

「そりゃあ、気にならない訳じゃないけど、僕の事はイマイチ男扱いされて無い感じだし…」

 悩み続けてると実紅のアンスコ姿や、風呂場での謎の声を思い出し、悶々としてきてしまう。

………

「実紅ちゃん達には悪いけど…」

 ズボンのファスナーに手を掛けようとした瞬間!

コンコン!

「七瀬君、開けるわよ」

ガシャン!!

 バランスを崩し、頭と腰を思い切り打ち付けてしまった。

「痛ぅ…」

ガチャ

「どうしたの?」

 床でもんどり打つ七瀬の目に白い三角形が映った。

「いえ、ちょっと…」

「そう、だったら喋り難いから起き上がってくれると助かるんだけど…」

 視線の先に気付いたのか頬を染め、スカートの裾を押さえた。

「…ハイ」

 

 

「どうぞ」

 打ち付けた腰を擦りながらお茶を差し出した。

「有難う。ところでどうだったの収録は?」

(アラ、美味し…)

「それが思いのほか早くOKが出たので、ご褒美にと買い物まで」

 実紅チョイスの服の束を披露する。

「ヘェ、余程パパに気に入られたみたいね。良かったじゃない、どのみちレディースは必要だった訳だし」

 笑顔なものの言葉には多少トゲが感じられた。

(パパったら、私にはTシャツすら買ってくれないのに…)

「何か?」

「何でも無いわ。で、いつから覗きが趣味になったの?」

ブフォ!

 飲み込み掛けたお茶が気管に入ったらしい。

「な…何すかいきなり?」

 先程お風呂場の前から走り去るのを見かけた旨を伝える。

「七瀬君も男の子だし、色々都合が有るでしょうけど、規約…覚えてる?」

「…ハァ、勿論ですが」

「なら良いわ」

 立ち上がり扉に手を掛けた。

「あ…汀Pに感謝してますとお伝え下さい」

「分かった、伝えとく。私もレッスンで遅くなったし、今からお風呂に入ってくるわ。それと困ってるならちゃんと私に言ってね、出来うる限り協力するから。期待してるわ、ナナちゃん」

 軽くウィンクをすると扉を閉めた。

「…?」

 怒られる訳でも無く、結局わざわざ何しに来たのか真意が解らず首を傾げ、明日の準備に取りかかった。

………

チャプン…

「……意気地無し」

 充分に広い浴槽の中、汀はポツリと呟きため息をついた。

 

 

 

「ほう、なかなか良いじゃないか」

 お礼を兼ねて昨日買った服でスタジオ入りした2人を見て汀Pは満足げに頷いた。

「さて、ちょっと勿体無いが衣装に着替えてPVの絵を撮ろうか。今日も宇宙一で頼むぞ」

「ハイ!」

「解りました」

……

…………

 合成用の青いシートの前に立ち合図を待つ。汀Pの指が振られると同時に流れるイントロに合わせ元気良く踊り出す。

 

 しかし曲は途中で切られ、険しい顔のプロデューサーの激がとぶ。

「駄目だ、駄目だ!そんなんじゃ町内一だ。もっと笑顔で、もっと弾けろ!」

 撮影は歌だけでは無い。ヒーローショーさながらのアクションも有った。

「葉常、何だそのヘッピリ腰は?地球の未来が掛かってんだぞ!せめて痴漢野郎をぶっ飛ばす位の気合いを見せろ!!」

「七瀬!お前は女にしとくの勿体無い位だが動きが小せえ!!もっと大きく!もっと派手に見栄を切れ!!」

 汀Pの容赦ない叱責。何度も何度もテイクを重ね、結局撮り終えたのは深夜近くになってしまった。

 

 

「2人共、今日はお疲れさん。後は俺達が最高に格好良くしてやるから期待して待ってろ。ちゃんと寝ろよ、寝不足は美人の敵だからな」

 二人の頑張りを労い、プロデューサー自ら女子寮まで送ってくれた。厳しいだけで無く、こういう優しさが有るからみんなついてくるのだろう。

 疲れ果てた七瀬は荷物を部屋に放り込むとバスルームに直行した。

「フゥ…疲れたぁ…」

 よく見ると体中小さな痣が出来ていた。

「あんな大振り、実戦(喧嘩)じゃ当たらないって…」

 実に喧嘩慣れした七瀬らしい台詞を吐き、湯船に凭れ掛かった。また繰り返されているであろうキッチンの惨状など考えたくも無かった。疲れ果てた体は思考力すらも奪っていく。

「…体洗わなくちゃ」

 また倒れてみんなに迷惑は掛けられない。

ザバァッ!

 七瀬が立ち上がった瞬間、突然脱衣所への扉が開いた。

ガラッ!

「エッ…?」

「…あ」

……

「キャアッ!?」

 ボヤケた視界に飛び込んできた裸の女神は咄嗟に扉を閉めて走り去った。

「…今のまさか…」

 その瞬間、七瀬の思考回路はフリーズし、再起動に数分の時間を要した。

 …迂闊だった。いつもこの時間はみんな入浴を終えていた。しかし、今日は実紅と一緒に帰ってきている。彼女に対する配慮の無さで傷付けてしまったと今更ながら後悔していた。

コンコン

 磨りガラスの向こうで人影が扉を叩く。

「誰?」

「私…。ナナちゃん、さっきはゴメンね。突然だったから驚いちゃって…」

「いや、そんな…本来なら実紅ちゃんが先で…僕は…」

 上手く言葉が纏まらない。謝らなければならないのは僕の方なのに。

 磨りガラスに浮かぶシルエットは何かを言いたげに揺れていた。

「あ…あのね…ナナちゃん、私も一緒に入って良いかな?ガス代勿体無いし…それに入れてくれないと風邪ひいちゃうよぉ…」

 思考停止1分計画…。

「あ…実紅ちゃんが良いなら…あ、やっぱ駄目だ。今僕は…」

 真っ裸…。何か隠す物は無いかと慌てふためく。

「有難う…その前に、コレ…」

 少しだけ扉を開けてバスタオルを1枚差し出した。

 

チャプン…

 互いに胸までバスタオルを巻いたままでの入浴…背中を向けあったままただ無言の時間が過ぎる。

……

…………

 ちょっと恥ずかしいからと実紅の希望で同じ様に胸あたりまでバスタオルを巻き、髪もタオルで纏め上げさせられているその様はまさに女の子そのもの。

 見た目だけの上では恥ずかしくは無いねと笑っている。多少硬い表情ではいるが…。ちなみに七瀬はと言うと別の意味で堅くなっていた。

(うわっ…実紅ちゃんと一緒…実紅ちゃんと混浴…)

 いくら努力をしようと自然と視線が…。

「良いよ、こっち見ても…。何か余計に恥ずかしいし。それに下に着てるから…水着…」

「…ウ…ウン」

 ホッとしたような、ガッカリなような複雑な表情を浮かべ実紅の方へ向き直る。ただし上半身のみという不自然さで。脚の間に隠していても後ろめたさがそうさせる。

「あ…あのさ実紅ちゃん。ちょっと向こうを見ててくれる?体洗うから」

「う…うん」

ザブ…

 足早に洗い場に座り、バスタオルを解く。

「ま…まだだからね」

チラ…チラ…

 実紅も何気に気になるのかコッソリと鏡に映る七瀬を覗き見ていた。

(綺麗な脚…あまり筋肉質じゃ無いんだ)

 一方、七瀬は頭を洗いながらある言葉を呪文の様に繰り返していた。

(鎮まれ!鎮まれ!鎮まれ!…)

 ろくに会話も無く、シャワーの音だけが響いている。

「背中…洗わなくていい?」

 実紅の精一杯の申し出。しかしそれ以上に七瀬はいっぱいいっぱいだった。

「い…いい。もう終わるから」

 そして帰宅が遅い七瀬の代わりに見回りをしていた人が扉の向こうで呟いた。

「……青春小僧、どっちが女の子なんだか」

 この様子じゃ[間違い]が起こりようも無いと判断しその場を立ち去った。

 ザッと泡を流し去り扉に向かった。

「じゃあ先に出るからごゆっくり…」

 とりつく島も与えず脱衣所に逃げ込んだ。

「…フゥ」

 大きく呼吸をした瞬間崩れる様に座り込んでしまった。今更ながらに鼓動が早鐘の様に打ち響き、やっと空気を得た如く息が粗い。トゥルルル…

「ハイ、もしもし…」

 2週間後、寮にかかってきた2本の電話、それは七瀬にひとつの始まり、そして終焉を告げるものだった。

 PVの収録も終わり、本来の寮母としての仕事に汗を流す日々。この食事も充実した物となり、アイドル候補生たちも喜んでいた。デビューが決まった娘、志半ばで断念せざるを得なかった娘、時間はそれぞれの分岐を示し始めていた。

 

 1本目【始まりの音】

「オウ、久しぶりだな2人共、元気か?」

 汀Pからのお誘いの電話。観せたい物が有るからと事務所に呼び出された。

 取り出された素のDVDを嬉しそうに回している。

「やっとマスターが出来上がったんでな、一応お前達に観せとこうと思ってな」

 マスター?そう言われても直ぐにピンと来なかったのは七瀬がアイドルになる気など毛頭無かったから。つまり実紅と2人のユニットのPVが出来上がったという事らしい。

「こ…コレって…」

 僕達の歌に合わせ歌っている映像は勿論、あのデパート屋上ヒーローショーの紛い物映像も何の違和感も無くアニメとシンクロ合成して組み込まれていた。でも一番驚かされたのは別の映像だった。

「プロデューサー、何でこんな映像が入ってるんですか!?」

 それは収録初日、つまりご褒美として与えられた買い物やカフェで仲良く愉しみ寛ぐ2人の姿だった。

「言ったろう?今日からPVの収録だと。それに戦士では無い普通の2人、つまり自然体の絵が欲しかったんでな。ワハハ」

「盗み撮りなんて酷いですよ〜」

 赤い頬で抗議する実紅に比べ、七瀬の顔は青ざめていた。

(よ…良かった〜買ったばかりの女物の服を着てて。男としての自分に戻っていたら実紅ちゃんの…汀さん達みんなの将来潰すとこだった…)

 流石は一流大物プロデューサー、油断なら無い男だった。

「どうだい?気に入ったか?」

 微妙に気恥ずかしい所は有るものの、その出来映えは申し分無かった。

「充分過ぎますよ」

「僕的にも問題無しです」

「……」

 汀Pの表情に僅かな変化が起こったのに2人は気付いていなかった。

「ついでにもう一つ報せがある。実はな…」

 汀Pの目が真剣になり、重大発表を口にした。僕達がモデルとなったアニメの放送が急遽早まったらしい。理由は人気バラエティー番組のMCが不祥事を起こし、放送が取り止めとなり、その穴埋めに特番として1時間枠、しかもゴールデンタイムという待遇。幸い2話分完成している内の第1話と、残り半分を番宣として使うらしい。で、七瀬と実紅にも出演してくれとの事だった。

 勿論、実紅にとっては願っても無いチャンス、しかし七瀬の方は乗り気では無かった。自分の醜態がゴールデンタイムに、しかも全国レベルのメイン局での放送となるのだから。

 

 

【特番収録当日】

 元々アイドルになるつもりの無い七瀬はステージ用キャラコス衣装を着てアニメの設定通りのバイザーを着けてでの出演という事で渋々承諾したようだ。

 で、ここは与えられた控え室、今からメイクさんに可愛らしくオンナを上げて貰うのを待っている。

「お待たせ〜!私が貴女達をとびきりのお姫様にしてあげるわ」

 と、かなりハイテンションな女性がやって来た。隣では今、実紅がアイドルへと変身を遂げていく最中である。緊張する実紅に冗談混じりに話し掛けモチベーションを上げていく。流石はプロフェッショナルだ。キャラのイメージを壊さぬ様に可愛らしさの中に戦士としての使命を心に秘めた少女に生まれ変わっていく。

「ナナちゃん、どうかな私?」

 メイクアップ完了した実紅はまさに画面から抜け出て来たかの様に決まっていた。

「……」

「ナナ…ちゃん?」

 少し恥ずかしそうに笑う実紅に心奪われていたらしい。

「ウン、素敵だよプリム・リリー」

 実紅の笑顔が一段と輝きを増した。

「さぁ、次はアナタの番ね」

 七瀬の肩にフワリとケープが掛けられる。

「宜しくお願いします」

 七瀬もまた少し表情を強ばらせている。

「本当に良いわよね、若いって…。肌なんてプニプニでノリが違うもの」

 微かなコロンの芳香が鼻孔を擽る。

「……?」

 一瞬メイクさんの手が止まる。

「今日デビューなんだって?これから大変だろうけど頑張ってね…七瀬君」

 ピキッと固まる二人…。顔は蒼白になる。

「どうして…?」

 優しい笑顔の指が両頬に触れる。

「フフ…プロをなめなさんな。そりゃ判るわよ、何百人ものメイクをしてきてるんだもの。肌を視ただけでその人の体調や昨日何してたも判ちゃうんだから」

 自分が男である事がバレた…。もうこれで実紅の未来が閉ざされる…。

「あの…」

 七瀬の唇をしなやかな指先が塞ぐ。

「大丈夫!私に任せて。何も言わないし、事情も聞かない。だって君の肌は自分が売れたいんじゃ無く、誰かの為に…って言ってるもの」 

 鏡に映るその瞳は真っ直ぐ真剣な輝きを宿している。

「実は最初この仕事は断るつもりだったの」

 大きなボックスからメイク道具を取り出し語り始めた。

 ある事がきっかけで精神的に刷毛を握れなくなって、一時は自殺すらも考えていた。だが汀Pから「この娘達を頼む」と渡されたPVを観たら何か不思議な力がわいてきて、前以上のメイクが出来る様になったと…。

「恩人の貴女達の未来を傷付けたりしない。だから信じて…私が最高の女の子にしてあげる」

 頼もしげに腕をグッと曲げ、力こぶに手を添えた。

「それに私もナナちゃんと同じだし…」

 …っていう事は?

 驚きを隠せない七瀬に笑顔でウィンクをした。

 

 

 

「いいわよ」

 目を開けるとそこには可憐で熱い魂を宿した美少女がいる。

「貴女達のファン第1号の私が応援するわ、自信を持って!」

 親指を立てた拳を力強く突き出す。

「アザッス!」

 

 

フゥ…

 大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。

「行くよ、リリー!」

「ええ、ローズ!」

 ギュッと手を握り合い、二人は芸能界への扉を開けた。

 特番の放映直後より局に問い合わせが殺到し、回線がパンクしそうな程にアクセスが集中した。

 アニメだけではなく、歌っているアーティストの2人に対するものも多かった。ネットコミュ上ではアニメから飛び出た様な美少女二人に様々な憶測が飛び交う。

 そして噂が噂を呼び、その熟成が高まった頃、本放送開始と同時に発売されたCDとDVDにBD、そしてDLは急速に売り上げを伸ばし、ヒットチャートを駆け上った。

 二人が主役のアニメ[プリム・ナイツ]は社会現象となり、汀Pが手掛けた事、作品と同名の2人組ユニット、PVだけに公開された素顔それ以外の手掛りの無いまま、各メディアは出演を依頼出来ず困っていた。

 

「ワハハ!さぁ遠慮するなドンドン食え」

 予想以上の大反響に大喜びの汀Pはスタッフを始め、女子寮のみんなまで招待してくれている。

「良く借りれましたね…」

 当初某有名焼肉店での開催の筈が七瀬の「女の子相手に焼き肉ですか?」の一言でホテルのレストランとなった。

「アナタ達、未成年なんだからお酒は駄目よ」

 流石は汀寮長、監視は厳しい。

「しかし、お前も面白い奴だよな。それだけの器量、身体能力、歌唱力を持ちながらアイドルになりたくないなんてな。ああ、勿体無え…」

 適度(?)にボトルを空け続けた結果、いい感じにご機嫌なようだ。

「…僕はみんなのお世話係ですから。今は…」

 七瀬の言葉に汀Pの手が止まり、そのグラスをグッと突き出した。

「それだ!前から思ってたが何でお前は[僕]なんだよ?」

 他意の無い素朴な疑問、しかし汀Pとスタッフ以外の全員に僅かな緊張が走る。

「ちょ…パパ」

 席を立とうとする汀さんを七瀬の手が征する。

「仕方無いですよ…僕、男として育てられましたから」

 あっけらかんと笑うとおつまみの盛られた皿を差し出した。

「ナナ…ちゃん?」

「そうか…大変だな七瀬も。頑張れよ」

 汀P程の人物ならば中途半端な嘘や誤魔化しは容易く見抜かれてしまう。七瀬の素直な言葉は逆に希望とは逆に授かった娘を男の子として両親が育てたと思わせたようだ。

「ハイ。でも今日は汀Pの為に気合い入れて来たんですよ、どうですか?」

 スカートを摘み、クルッと1回転する。

「ああ、イイ女だ。俺の部屋に呼んで良いか?」

「パパ…!」

 汀さんがプロデューサーの腕を抓った。

「痛っ!?冗談だよ、ママには内緒な…」

 

 わき起こる爆笑とそれに隠された安堵の空気。打ち上げ会は盛り上がり進んだ。ただ一人、七瀬の言葉に揺れる実紅を除いて…。

 

 

「お早うございます」

「お疲れさまです」

 今日は春休みのイベントとして各番組のブースが賑わっていた。

 丁度ステージを終え、階段を降りてきた青年に声をかけた。

 七瀬達のアニメ[プリム・ナイツ]の30分前に放送されている特撮ヒーローのマスクを脱いだ彼は二人に爽やかな笑顔を返した。

「やぁ、2人共お久しぶり」

 さっきのステージを見てすぐ判った。殺陣や見栄を切る時の独特の癖、PVの時に共演したチームだと。

 差し入れのスポーツ飲料を手渡し暫し談笑していると呼び出しがかかる。

「もう直ぐ次始まりますので隊長ヨロシク」

「じゃあ、またな…」

「……」

 七瀬は何を思ったか元来た道へと駆け出した。

「何処へ行くの?ナナちゃん!」

「ちょっと其処で待ってて!絶対だよ」

 七瀬が走り去った後開演のアナウンスが流れた。

 第1回目と同じくMCのお姉さんが出てきて会場を盛り上げた所に悪の怪人登場…。お姉さんと子供達を人質にして、あ…怪人がお姉さんのスカート捲った?アドリブなんだろうけどなぁ…。お姉さんの踵落とし炸裂!これじゃヒーロー要らないような…(汗)。ちょっと持ち直した所にヒーロー登場!相変わらずノリ良いチームだなぁ…。と観ていると隊長さんの動きにいつものキレが無い……具合悪いの?

 怪人の攻撃が炸裂!お姉さんが誘導し、子供達の声援が響く。ここでヒーローが立ち……エッ!?動かない…動けないんだ!

 騒然とする会場、動揺するお姉さん…このままでは大問題に発展してしまう。

「実紅ちゃんッ!!」

 戻ってきた七瀬が鞄を投げ渡した。

「コレは…!?」

 二人はステージ裏の控え室に消えた。

 

 

 事故から5分これ以上は誤魔化しきれない。スタッフが失敗の後始末に入ろうとお姉さんに合図を送ろうとした瞬間、ステージ上の扉から二つの影が現れた。

「お待ちなさい!」

「子供達の夢を奪う者は僕達が許さない!!」

 子供達の目が輝き、大きな歓声が響き渡る!!

「プリム・ナイツだッ!!」

 岩を模したパネル裏のマットに向かい飛び降りる。

ドスッ!!

「き…君達…」

「フォロー宜しく」

 小声で話すとステージに飛び出して行った。

 インカムを通し、各スタッフに指示が回る。

 ぶっつけ本番とは思えない程のアクションで次々に戦闘員を倒していき、そっと隊長演じるヒーローに近付く。

「立てますか?」

 コクッと首を縦に振る。二人に支えられ、ヒーローとヒロインは怪人に向かい大きく手を振りかざし、必殺技のアクションに入る。

「プリミィ・フラワー・トルネードーッ!!」

 叫び声を合図に音響スタッフが爆裂音を入れる。捨てセリフを残し、フラフラと怪人はステージ裏へと消えていった。

 MCのお姉さんが纏めに入り、アニメのイントロが流れ出す。

 大興奮の子供達、二人に注目している間にお姉さんは隊長をステージ裏へと連れて行った。

「みんなー、今日はアザッスー!」

「これからも応援してねー!」

 主題歌を歌い終えると手を振り、ステージ裏に去っていく。

 プリム・ナイツが現れたとの連絡を聞きつけたマスコミや子供達を避ける為、戦闘員の衣装を借り、救急車に運ばれていく隊長に付き添い会場を後にした。

「済まない、2人共…」

 隊長の口を押さえ、無言で指を振る。

 

 

「フゥ〜、今日は大変な1日だったね。隊長さんには悪いけどちょっと楽しかったぁ」

 寮の入り口に辿り着いた実紅が微笑む。が、七瀬は何もこたえないまま管理人室に消えていった。

「ナナちゃん…」

……

…………

【翌日】

「ナナちゃん、お腹空いたぁ。今朝のご飯は何〜?」

 いつもと同じ朝が始まる筈だった。しかし、そこには七瀬の姿は無く、退院したオバさんが朝食の準備をしていた。

「あれ?聞いて無いのかい…あの子は昨日までで仕事終わりだったんだよ」

 寮生全員が管理人室へと集合する。扉を開けるとガラーンとした人気も何も無い室内。そして机の上にたたまれたステージ衣装の上に置かれた1枚の手紙。

 寮長の汀が手に取り読み上げる。


《皆さんお世話になりました。どうしても言い出せなかったのでこのまま失礼します。皆さんの活躍をモニター越しに応援しています。―七瀬 晶―》


 動揺する一同、中には泣き出した娘達までいる。

「オバさん、ナナちゃんは!?」

 皆、食堂に集まり口々に叫ぶ。

「さぁ、判らないけど駅の方じゃ無いのかい?」

 集団の内の1人が玄関に駆け出した。

「実紅、何処へ行くの!?」

 全員が後へと続く。

「嘘?嘘でしょナナちゃん…」

 

 

 駅のプラットフォームに立つ七瀬。アナウンスが列車の到着を告げる。入れ替わりに乗り降りする乗客。 最後に七瀬がドアをくぐると発車のベルが鳴る。

プシュー

 ドアが閉まると同時に階段の所から叫び声が聞こえる。

「ナナちゃーん、何処ー?」

「あー、居たー!!」

「実紅ちゃん、汀さん、そしてみんな…」

「ナナちゃん、どうして私達に黙って行っちゃうのよ」

「そうだよ、ちょっと酷くない?」

 皆、泣きながら怒鳴っている。

「ご免なさい。でも僕はオバさんが治るまでの代理ですから…」

 ゆっくりと列車が動き出し、徐々に距離が開き始める。

「それじゃあ、皆さん…」

 小走りの一団の後ろから1人の少女が飛びだし七瀬に唇を重ねた。

「ちょっ…実紅…」

 驚く一同、寮生の中でも一番温和しい実紅がこんな大胆な行動に出るとは誰も思わなかったのだろう。

「う〜、一番美味しい所持ってかれた…」

 悔しがる寮生の横で汀が呟く。

「チェ…、私だって…」

「エッ…?」

 全員の驚愕の視線が集中する。

「エッ…?エッ?」

 取り囲む全員の顔をキョロキョロと見回し真っ赤に頬を染めた。

 結局七瀬の最後の言葉は分からぬまま列車は去り、謎のアイドルユニット[プリム・ナイツ]は伝説となった。

 

 

【3月の終わり】

 ここ女子寮[フェアリー・テイル]は新たな寮生達を迎える準備で賑わっていた。

ピピー、ピピー

 今日も一台の宅配トラックがやって来た。

「ふぅ…どんな娘達が入って来るんだろうね?」

 レッスンを終えて帰ってきた寮生達がすれ違う。運び込まれた荷物はこれまでよりも量が多く、シンプル過ぎて可愛くない。

「居るんだよね〜規則守らない奴…」

「それ、貴女が言うの?」

 腕組みして首を振る生徒の後ろで妙なオーラを放つ人影。

「げっ?汀先輩…」

「ハァ…去年は3年の寮生が居なかったから、また私が貴女達の面倒を見なきゃいけないなんて…」

 正式にデビューは果たしたものの、まだ寮生である事に変わり無い汀はガックリと肩を落とした。

 各自一度自室に戻り、一段落つけた後、ゾロゾロと食堂に集まりだした。

「ウ〜、もう茶色いおかずヤダよぉ…」

「ナナちゃんのご飯食べたい〜」

 何人かの表情はドンヨリとしている。

 階段を降りると妙に食堂前が騒がしい。

 締め切られた扉前に飾られたPOPには見覚えの有る文字が書かれてある。

「……まさか!?」

 実紅がガラッと開けた扉の奥からあのアニメの主題歌が聞こえてくる。

 ブュッフェ形式に盛られた色とりどりのおかずとサラダ、空腹を直撃するいい匂い。

 そして爽やかな笑顔で迎える1人の少女(?)。

「今日から正式に皆さんのお世話をさせて頂く[七瀬 晶]です。皆さん、宜しくお願いします」

バッ!!

「ナナちゃん!!」

 またもや一番に飛び出し抱き付いた実紅が頬にキスをした。

「ア〜ッ!?実紅ばっかりズルイ!!」

 一斉に抱き付こうとうとする他の寮生の前に実紅が立ち塞がる。

「イイんだもん!ローズは私のパートナーなんだもん!」

 まるでどこかのアトラクションの様相をていし始める食堂。最早一触即発の状況に女神光臨…。

「貴女達、何を騒いでいるの?さっさと席に着きなさい」

 ウ〜と唸りながら着席する寮生達を背に七瀬の背中を押して奥へと追いやる。

「お帰りなさい、ナナちゃん」

 どさくさに頬にキスをする。

「あーッ!?寮長までズルイ!」

「横暴だ!職権乱用だ!」

カンカン!!

 おたまで鍋を叩き、声を上げる。

「ハイハイ、みんな静かにして!じゃないとデザート出さないし、もうご飯作ってあげませんよ!!」

 途端に静かになり一心不乱に久々のご馳走を食べ始めた。

「クゥ〜、美味しい。コレよコレ!」

「流石はナナちゃん。私達の好み解ってるぅ」

「ネェ、デザートは何?もしかしてナナちゃん?」

 自分の父親の様な発言に自己嫌悪した汀だが、真に受けた寮生はその食事のスピードを上げた。

「もう…そんな事は有りませんからユックリ食べてくださいね」

 ヤレヤレと肩を竦めながらデザートの準備へと向かった。

 

 

 七瀬が通り過ぎた食堂の壁に貼ってある寮則には手書きでこう書き込まれていた。

《ナナちゃん禁止!》

【 終 】

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