表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新世界へ  作者: 戸雨 のる
弐-2-
6/36

イツキ

 道端に、朝顔の花が咲いている。

 昨晩は月が綺麗だった。あまりにも月が綺麗だったので、僕はついうっかり、面白いことを思いついてしまった。どうやっても僕には辿りつかない場所で、どの程度思考を操れるのか。実験をしてみよう。

 前はとても上手くいった。まあ、僕が背後で操っていたのだから、失敗するはずもなかったのだが。

 仮初めの家族はもういない。父と母、姉と弟。僕が操り、家族だった愚者を殺めた。

 操ることは簡単だ。理性を奪い去り、行動を指示すれば良い。奪い去る理性とは、すなわち言語。行動に名を与えるのが理性だとしたら、その名を奪い去るのが感情。

 僕は感情だけを植え付け、父だったものを制御した。父の凶行。一家惨殺、無理心中。残された僕は、被害者の息子か、加害者の息子か。

 どちらでも構わないか。僕は、僕でしかないのだから。

 僕の最古の記憶は、保育器から見上げた白い天井。生まれて間もなく息を止め、僕は一度死んだらしい。そのことはさすがに覚えていないが、復活してからは覚えている。

 僕は黄泉に行き、黄泉から戻ってきた。最高の贈り物を手にして。愚かな現世で暮らす権利と引き換えに、責務と共に戻ってきたのだ。

 薄青い朝顔の花を千切り取る。僕の右手で摘んだ花は、いとも簡単に萎れていった。見る見るうちに鮮やかな色は落ち、枯れ色に変化していく。花の未来は儚い。僕の栄養にはなり得ない。

 すっかり生気を失った花を投げ捨て、髪を掻き上げた。見上げた空は、薄灰色の雲に覆われている。

 今日はひと雨降りそうだ。

 雨の日は好きではない。美しい月が見られない。昨晩の霞んだ月は、今日の雨を予言していたのだろうか。もう少しはっきりと、伝えてくれれば良かったものを。

 僕は、黄泉の住人なのだから。

 そう。現世の住人ではないのだ。家族という枷から解放され、漸く思い出してきた。

 僕は月夜に生を受けた。黄泉から戻り、夜見から出づる。現世における名とは別の、本当の名は、おそらくは。

「男神だったんだな、一応は」

 黄泉の国、夜見の国。月夜の晩に、常世を夢見る。無実の罪で追放されし、夜の世界の支配神。夜之食国よるのおすくにの統治の神。

 本当の名は。

「……なるほどね」

 僕に与えられし能力。美しく、才に溢れる所以は、本当の名にこそ隠されていた。他の者どもとは、根本的に異なっている。僕は特別なのだ。人間などという、愚かな生物とは違う。

 太陽の創ったこの現世を、僕の手に収めてみせる。高天原への道は遠いが、しかし。

「還ってみせる」

 下賤の者に囲まれて、ただただ輪廻を繰り返すのみ。記憶を封じ、記録を封じ、僕の存在を封じ続ける。

 これは、僕が手にしたまたとない機会。一度失ったことにより、鮮明に蘇る記憶。明白に蘇る能力。蘇る、望郷の念。幾千年の宿怨は、この世界を変革することによってのみ晴らされる。

 僕は、神だ。

 掌に繋がる黄金の糸を手繰り寄せ、生命をついばむ。目立たないように確実に。少しずつ、黄泉比良坂を解放するために。この、神の能力で。

 そのためにも、実験を行うのは悪くない。昨晩の月に誓おう。間違いなく、夜を常にする。下準備は万全に済ませ、革命は派手に始めようか。

 嗚呼、愉しみで堪らない。

 しかし、未成年という立場は厄介なものだ。いくら凶悪な犯人に仕立て上げたとしても、報道が抑制されてしまう。

 勿論、いくらでも駒はあるのだが。張り巡らせた金糸の先は、何も同級生だけではない。学校関係者だけではない。

 街中ですれ違っただけの者もいるし、さらに糸を伸ばした全く接点のない者もいる。それらのどれを使おうと、それらで何を起こそうと。

 全てを握るのは、僕の手なのだ。

 神の手に逆らえる者など、この現世には存在し得ないのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ